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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act07:今日はお泊り

 飛行船舶と比較した時の水蒸気機関車の利点は、運行にマグスが必要ない点である。大規模な港を整備する必要もなく、また間違って落下するような事故も起こらない。

 逆にデメリットは、飛行船舶に比べて速度が遅く、またレールの敷かれている場所しか走ることができないこと。

 と、いうわけで、

「集合時間は明日の四時、出発は十五分後です。決して、遅れないように。では、解散」

 今日は予定通り、途中の街で一泊することとなった。

 電気がほぼ普及しているのもあって、レイゼルピナの街と比較しても非常に明るい。

「う~ん、やっと終わったぁ……。話がなっがいから嫌なのよねぇ、あの先生」

「シェリー、あの先生地獄耳なんだから、そういうのは口に出さない方がいいわよ」

 その街の比較的大きな宿泊施設を幾つか借り上げており、今日はそこに別れて泊まることになっている。

 そして翌日はネフェリス標準時で四時半に駅に集合、間に合わなかった生徒は大会までに自力で来いとのこと。

 とはいえ、なんやかんやで自力で来ちゃいそうなのが、レイゼルピナ魔法学院の生徒の恐ろしいところである。シェリーなら、根性で走って付いても水蒸気機関車来れそうだ。

「さーってと。で、みんな今日の宿はどんな感じなの?」

「残念ながら、あんたと一緒よ」

「…私も、シェリーと一緒」

「わ、私もです」

「俺も……みんなと一緒っぽいな」

 シェリーがどうよ? と声をかけると、それぞれが自分の宿泊施設の地図の描かれた紙を突き出す。

「みんな一緒だなんて、すごい偶然ですね」

「て言うか、何かやらかしそうなメンバーを一ヶ所に押し込めた、って感じね」

「ですわね。わたくしやアカネさん、それにシャリオも、同じ場所のようですから」

 明るい声で喜ぶアイナを、朱音はばっさり切り捨てた。

 それくらいのこと、もちろんみんなわかっている。だからあえて言わなかったのに。この、いつもの顔ぶれを見れば。

 しかも地図を見れば、昶達の泊まる宿は、よく言えば閑静な、悪く言えば市街地から少し離れた場所にある。

 もし厄介事に巻き込まれたとしても、被害は最小限に抑えられるだろう。

 いやはやまったく、注目されるとろくなことがない。

「まあ、泊まる場所が一緒なら面倒も少ないし、いいんじゃない?」

「面倒って、今度は何考えてるわけ?」

「いや、このまま宿行くのも面白くないし、どっか遊びに行こうと思ってるんだけど」

「どこに行くのよ、こんな時間に……。もうほとんど真っ暗じゃないのよ」

 体力の有り余っているシェリーは、遊びたくてたまらないらしい。

 それとは正反対に、レナは相当くたびれているようだ。そういえば、昶も久し振りの列車の旅で、関節のあちこちが凝り固まっている。少しは身体を動かしたいが、すぐにでも寝てしまいたいほどだ。

 と、凝り固まった身体を伸ばしている昶の横では、未だ興奮覚め止まぬリンネが、目をキラキラさせて話し続けていた。

「…ア、アキラ、メレティスの水蒸気機関車、どうだった!?」

「どうって言われても、初めて乗ったからなぁ。蒸気機関車って」

「…そ、そうなの?」

「ああいう列車、蒸気じゃなくて電気で動いてるからな」

「…もうあるの!? 電気機関車」

「あ、あぁ……。って、乗ってた時にも言ったぞ?」

「…ご、ごめんなさい。聞いて、なかった」

 お昼から暴走しっ放しもとい、延々と話し続けている。昶が疲れている原因の半分以上が、実はリンネにあったりするのだが、言わないでおくのが華というものだとう。

 一応はみんな話を聞いていたのだが、内容が専門的すぎて付いていけるのは昶と朱音だけだったという。まさかのソフィアは理系は無理とのことで、どうせわたくしなんて……とずっと頭を抱えていた。

「私はすごく疲れたんで、早く休みたいです」

「わたくしも、今回ばかりはアイナさんに賛成ですわ。リンネさんの話を聞いていたら、頭痛が……」

「だ、大丈夫? ソフィアお姉ちゃん」

 わからない話を真面目に聞いていたアイナとソフィアは、お昼頃と比べてだいぶげっそりとしている。

 体力自慢のシェリーはまだしも、体力のないレナが割と元気なのも、ほとんど聞き流していたからだったり。存外、ソフィアも生真面目な性格のようだ。

「ソフィアさんって、思ってたより体力ないんですね」

「近接型のアカネさんと違って、体力のなさは自覚しておりますわ……。情けないですけれど」

 なんかもう、荷物までシャリオに持ってもらっているあたり、本当に限界寸前らしい。

 そんなわけで、圧倒的多数で一行はさっさと宿へ向かうことになった。

 とはいえ、宿は泊まるだけでご飯は出ないので、まずは夕食の確保からだ。

「そんじゃ、さっさとご飯済ませて、温泉行って、宿のコースでいっか」

「えっ!? 温泉あるの? こっちにも!!」

 何気なく宿に行くまでの予定を口にしたシェリーであるが、その中の『温泉』という単語に朱音は食いついた。

「は、はい。まあ、メレティスは温泉の本場ですから」

「たっぷりのお湯張って、肩までしっかり浸かるやつだよね?」

「そ、そうです、けど」

「そっかぁ……。久しぶりにお風呂。いっつもシャワーだったし」

 急にテンションを跳ね上げた朱音にたじろぐシェリーという、けっこう珍しい姿も見られたところで、

「じぁ、あたし達先に行ってるから」

 レナはシェリーと朱音を放って、リンネと一緒に先頭を歩き始めた。

 けっこう人数いるし、どこがいいかなぁと話し合っている。

 まあ、地元民──ではなく自国民のリンネと、メレティスに来たことのあるレナに任せていれば大丈夫だろう。

 昶がふと横を見ると、朱音の対処に困っているシェリーが切実な目でこっちを見ている。

 とはいえ、ようやくリンネから解放された昶も疲れてるわけで。頑張れよと手でサインを送り、そのまま歩き始めた。




 夕食の店だが、思いの外早く見つかった。

 レナ、シェリー、リンネ、アイナ、昶、それに朱音、ソフィア、シャリオと八人のけっこうな大所帯だったので、全員で食べられるようなお店は無理だろうと思っていたのだが、

「リ、リンネお嬢さんではございませんか!? お父様にはいつもお世話になって……。八人ですね、今すぐに準備させていただきます!」

 と、まさかの一店舗目でいきなり一番奥のビップ席に通された。

 しかも、

「お勘定なんてとてもいただけません! その代わり、お父様には、今後ともご贔屓(ひいき)にとお伝えください」

 と、食事代もタダでいいという。メレティスでは、リンネはとんでもないお嬢様のようだ。

 まさに、アンフィトリシャ商会恐るべし、である。

 料理の方も値の張りそうなフルコースで、レイゼルピナとは違った風味でなかなか新鮮な味だった。

 そして空腹も満たされたところで、いよいよ日本人二人がお待ちかねの温泉の時間がやってきた。

「メレティスと言えば温泉、温泉と言えばメレティス。メレティスに来たら、どんな街だろうと入らないとね!」

 と、握り拳を作って豪語するシェリーは、気合い満々だ。ただ単に風呂に入るだけなのに。

 それはそれとして、日本で言う銭湯をむちゃくちゃ豪華にした感じだろうか。建物は見るからに、上流階級の人が来そうなたたずまいだ。

 もちろん、庶民向けの大衆浴場もある。もしかしたらメレティスの人は、日本人よりも風呂好きなのではないかと思ってしまうレベルだ。

「まぁ、それについては同感ね。グレシャス領の温泉もけっこうすごいけど、やっぱ本場の温泉は違うもんねぇ」

 レナの方も楽しみにしているようで、目が少しうきうきしているのがわかる。

「アキラさん、シャリオのこと、お願い致します」

「わかりました。シャリオ、行くぞ」

「は、はい」

 ソフィアと離れて少々緊張気味のシャリオを連れて、昶は二人で男湯に、残りのメンバーは女湯へと向かった。

「メレティスの温泉かぁ。何年ぶりだっけ?」

「さぁ。けっこう小さい頃ってくらいしか覚えてないわ」

「考えてみれば、レナとの付き合いもけっこうなもんになるのよねぇ」

「腐れ縁って言いなさいよ。あんたに振り回されるのも、いい加減慣れちゃったわよ」

 思い出話に花を咲かせるレナやシェリーとは正反対に、初めて見る建築様式に興味津々な朱音と、体力的に限界のソフィアとアイナは無言。リンネもようやく疲れが追い付いてきたらしく、目がうつろになっている。

「じゃ、服脱いだらまた集合ってことで」

「えぇ」

「…わかっ、た」

「は、はぃ」

「わかりましたわ」

「じゃ、みんな後でねぇ」

 仕切るシェリーにレナ、リンネ、アイナ、ソフィア、そして朱音は答えて、それぞれの脱衣室へと入って行った。

 建物の見た目にそぐわず、脱衣所は完全に個室で、小さいながらも洗面台を完備している。

 そして脱衣室に入ってからわずか十数秒、二つの扉が開いた。

「お、シェリーちゃんと同着」

「そうみたいですね。よく着替えるの早いって言われるんですけど、どう考えでもみんなの方が遅いんですよね」

「あぁ~、それすごいわかるわ」

 最初に脱ぎ終わったのは、近接型の二人だ。朱音は普段から時間に追われているので、シェリーは修練後の着替えで、それぞれ早着替えが習慣になっているのである。

「…二人共、早すぎ」

「そうですよ。私、これでもけっこう急いだんですよ?」

 次に出て来たのは、一応は一般人なスーパービップお嬢様なリンネと、一般人の女の子代表のアイナの二人。早いとはいえ、朱音やシェリーの三倍はかかっている。

 だが、上には上がいるというもので……、

「シェリー、あんた性別間違えたんじゃないの?」

「アカネさんも、なんですのその早着替えは。もう少し淑女としての……」

 リンネやアイナの更に三倍時間が経ってから、ようやくレナとソフィアは脱衣室から出て来た。

 とはいえ、二人から発せられるお嬢様オーラのせいか、遅いのにも妙に納得してしまう。不思議なものだ。リンネとアイナは、シェリーとレナの間を行ったり来たりする。

 これが両方とも同じ名家のお嬢様なのだが、この差は何なのだろうか。永久に解決しないであろう命題に、二人は首をかしげていた。

「アイナは、メレティスのお風呂は初めてよね」

「そうですけど。シェリーさん、それがどうかしたんですか?」

「なんでも。ただ、腰抜かすなよってね。じゃ、張り切って入るわよ!」

 にししと口角を吊り上げながら、シェリーは扉を開いた。




 シェリーの言った通り、レイゼルピナのお風呂しか経験したことのないアイナは、あまりの違いに絶句してしまった。

「これ、木、ですよね?」

 全てが石材やタイルの使われていたレイゼルピナとは違い、メレティスのお風呂はほぼ全て木材で作られていたのである。

「…そう。湯船は伝統的に、木で作ってた……から。その名残」

 朱音的には、写真でしか見たことのない檜風呂が連想されて、別の意味で感動的である。

 石材では有り得ない、独特の木の香りが心地良い。もっとも、それは朱音に限った話で、他の全員はツンと鼻の奥に刺さる香りに、少しだけ顔を歪めていた。

「メレティスのお風呂って、この臭いさえなかったらいいのに」

「何言ってるのよ、レナちゃん。この木の香りがいいんじゃない」

 同じお風呂文化の人間として、こればっかりは言っておかなければならない気がしたのだ。

 この木の香りを楽しめなくては、温泉のよさも半減してしまう。

 ただ残念なことに、誰も朱音の話なんちゃ聞いていない。プールみたいな巨大な湯船に、どっぷりと浸かっていた。

「はぁぁ、生き返りますわぁ……」

「そうですねぇ。気を付けないとこのまま寝ちゃいそうですぅ……」

 既に湯船の端っこには、目の上に熱々のタオルを乗せて全身を投げ出すソフィアとアイナの姿がある。まるで週末の仕事帰りの、疲れきったおっさんのようだ。

「う~ん、やっぱメレティスの温泉は一味違うわねぇ。ねぇ、レナァ」

「そうねぇ。身体の芯からあったまるのよねぇ。そういえば……。リンネ、ここの効能でてなんだっけ」

「…美肌と、色白になる、だったと思うぅ」

 そしておっさんではないが、こちらも週末のOLと化している女の子が三人。

 もっとも、最近のおっさんやOLが温泉に来るかはさておき。

 これが文化の差なのかと、朱音はがっくり肩を落とした。

 せめて、自分だけはマナーを守って入ろう。入念に身体と髪の毛を洗いみんなから遅れること数分、ようやく朱音も湯船に浸かった。

「っあぁ~! 染みるぅ~」

 冬の空気で冷えた身体に、熱々のお湯がちくちくと突き刺さる。だが、これがまた気持ちいい。

 久々のお風呂に大興奮の朱音は、肩どころかそのまま頭のてっぺんまでざぱぁっと浸かった。

「あ、アカネさん。やっと来ましたね。待ってましたよ」

 ようやくやってきた朱音に、シェリーはどうですかと豊満な胸を張る。

 自慢げなシェリーの表情も、確かによくわかる。日本でも、こんな温泉はめったにお目にかかれないだろう。

 ハーブのようなすっと鼻を通る木の香り、情緒豊かな照明、とろみのある乳白色のお湯は温度も感触も絶妙。良い意味で想像を超えてきた温泉には、もちろん朱音も文句の付けようがない。

 しかし、気に入らない点が一つ。

「そういえば、さっき身体洗ってましたね。あれって、なんでなんですか?」

「あのね、レナちゃん。身体洗ってから入らないと、お湯が汚れちゃうでしょ。後から入る人のことを考えて、私達の国では先に身体を洗うのがマナーなの」

 やはり文化の違いなのだろう。レナやシェリーだけでなく、この世界の温泉本場国民のリンネまで、そうなの? と首をかしげられてしまった。

 あれなのか、源泉かけ流し状態だからお湯の汚れとかも気にしないのだろうか。

 そんな風に朱音が嘆いているのは対照的に、三人は改めて朱音の身体を見て、そして絶句していた。

 シェリー以上に、全身擦り傷や切り傷だらけだったのだ。傷跡が残りそうなものはないものの、それだけ朱音は危険な状況を切り抜けてきたということになる。

 小さくて華奢な身体つきをしていても、この人は昶のお姉さんで、マグスでは遠く及ばない魔術師という存在なのだと三人は改めて思った。

「ん? どうしたの? 三人とも」

 自分を見たまま呆然としている三人に、朱音はキョトンとする。

 どこかおかしいところでもあるのだろうか、自分の身体に。

 スタイルはそれなりに自信のある方ではあるが、シェリーには負けているし……。もしかして、変なところでもあるのだろうか。

「あ、その、アカネさん、けっこう傷だらけで、びっくりして」

「私も同じ近接タイプなんですけど、それよりもすごかったから。ねぇ、リンネ」

「…うん」

「そう? 残るような傷はないし、接近戦主体の術者なんて、みんなこんなものよ?」

 むしろ、同じ近接型のシェリーの身体はまだ綺麗すぎるくらいだと、朱音は反論した。

 朱音だって、女の子なのだ。跡の残るような傷を負わないために、毎日修練を積んでいるのである。

 それに加え、もし実戦の最中に跡の残るような傷を負えば、それは死に直結しかねない。

 だから、修練だって必死になる。その甲斐もあって、朱音はレナ達では想像もつかないような危険な状況を何度もくぐり抜けてこられたのだ。

 それを聞いたシェリーは、短い間ですがお願いします師匠、と再び師弟の関係を確認するのだった。

 まあ、そっち系の魔法魔術の話は昶を含めておいおい行うとして。朱音はレナ達にどうしても聞きたいことがあった。

「ところでさぁ、昶ってみんなの中で、いったい誰が好きなのかなぁ~?」

 朱音の急な発言に、びくんと反応した人物が一人。いや、二人いた。

 予想以上の反応に、もうニヤニヤが止まらない。

「ふむふむ。わっかりやすいわねぇ。ここまで魔力の波長が揺らぐとか、ちょっとびっくりしたわ」

 魔力の感じだけで見破るなんて、すごすぎる……。ただ、そんなすごい能力を、こんなことに使っていいのだろうかと、思わなくもないマグスの三人組である。

 が、そんな感嘆もさっさと引いていく。

「えぇっと、アイナちゃんだったかなぁ。あっちの子は疲れてそうだからおいおい尋問するとしてぇ……。今日はレナちゃんから、お話し聞かせてもらおっか」

 朱音が聞きたいのは、レナと昶との、その、ごにょごにょなアレ的な内容の話だろう。

 まるで獲物を捉えた肉食獣の如き視線で射止められたレナは、もうてんやわんやのわけわからん状態だ。昶のお姉様(朱音)の視線に背筋は凍り、お湯で頭はのぼせそう、そこへとどめに昶とのエピソードで恥ずかしさはマックスである。

 昶とのあれこれは、すごく嬉しいし、ドキッてするのだが、でもとともじゃないが人に話せるようなものではない。

 話せるようなものではないのだが……、

「さぁさぁ、うちの弟とはどこまで進んでるのかなぁ~? 早く言っちゃいなよ~」

「ひゃうっ!?」

 実のお姉さんからの圧力がすごいのだ。朱音はレナの腰に抱きついて、うりうりと濃密なスキンシップをしてくる。

 昶のお姉さんなのだから言わなきゃいけない気もするのだが、でもやっぱり恥ずかしい。

 弟さんとキスしちゃいましたなんて、キスしちゃいましたなんて、い、い、言えるわけがないではないか。恥ずかしすぎて。

 そして困窮極まってしまったレナは…………ちゃぽん……。

「アカネさん、いきなりいじめすぎですよ」

「…やるなら、じわじわ」

 朱音の腕から抜け出して、お湯の中へと逃げてしまった。水面では、オレンジ色の髪が海草みたいになっている。

 しかしながら、体力のないレナの息がそうそう続くわけもなく、早々にあきらめて浮かんできた。

「お帰り~、レナちゃん」

 まあ、それでもせめてもの抵抗の表れか、浮いて来たのは鼻までだが。

 息切れからか、のぼせたからか、それとも羞恥心からか、とにかく全部真っ赤だ。

「でもこの反応なら、進んでてもキスまでかなぁ」

 そう言いながら、朱音はキラリーンと目を光らせながら、横目でレナをチラリと見やる。

 すると鼻の下までお湯に浸かっていたレナは、頭からぷしゅ~っと噴いてまた頭まで浸かってしまった。

「うわ、図星だったか……。しばらく同じ部屋だって聞いてたから、もうちょっとくらい進んでるのかと思ってた」

 ナニが、とは口にしないが。

「アカネさん、レナにそんな度胸あるわけないじゃないですか」

「…レナ、私より、箱入り」

 二人の援護射撃により、レナはますます沈んでゆく。

 しかしこの反応、聞こえているのだろうか。お湯の中まで。

「でもそうよねぇ。学院のみんなって、すごいお坊ちゃんとお嬢ちゃんばっかりだもんねぇ。昶も奥手だし、隠れ里には同年代の女の子ほとんどいなかったし……。でも、キスくらいしてんなら、まだ頑張ってる方かもなぁ……」

 もう少しじっくり話を聞くのは、宿に着いてからにしよう。

 愛だの恋だのの話もそうだが、昶と何かしらの契約関係にあり、また昶が一番お世話になっているレナからは、もっと色々な話が聞きたいのだ。昶についての話を色々と。

 しかしなぁと、朱音はお湯から手を出して、うにうにと手を閉じたり開いたり。

「昶って、もしかしてロリコンなの? 真剣に心配になってきたんだけど」

 朱音の突飛な質問に、聞かれた方のシェリーとリンネもぽかーんとなってしまう。

「いや、だって、ねぇ?」

 朱音はちょっと遠くの方で沈んでいるレナの方を振り返ってから、再び二人へと視線を戻す。

「あまり発育がよろしくないみたいだったから、そっちの気でもあるんじゃないかと思って」

 すると今度は、リンネまでもがお湯の中へと沈んでしまった。これで二人撃沈。

 容赦がねぇなぁと、シェリーは苦笑いを浮かべる。

「ろ、ろり、こん?」

 初めて耳にする言葉に、シェリーの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「えぇっと、年の離れた女の子が好き? 的な意味だったかなぁ。レナちゃん、見た目けっこう幼いから」

「でも、歳はそんなに変わらないんですから、ロリ、ロリコンってことは……」

「あ、そういえばみんな何歳なんだっけ。よく考えたら知らなかった」

「みんな、だいたい同じくらいです。だから、ロリコンってことは、無いと思うんですけどぉ?」

 そうだったのか。じゃあ、シェリーも恐らく年下なのか。

 朱音はもう一度、シェリーのグラマラスな身体をじぃっと見つめる。

 なんだろう、この圧倒的な敗北感は。自分の方が年上なのに、年上なのに、年! 上! な! の! に!

「うわっ! ア、ア、アカネさん!?」

「何なのよ、本当にもう! 羨ましいわ、こんちくしょうが!」

 朱音は怒りのはけ口を、シェリーの見事なバストへと向けるのであった。

 ところで、さっきからレナの姿が見えないような気がするのだが…………。

「レ、レナちゃん?」

「やばっ、レナ!」

 水面にオレンジ色の藻がぷかぷかしていて、ではなく! シェリーが大慌てでレナの両脇に手を入れて引き上げると、オレンジ髪の女の子はのぼせて目を回していた。

「レナ! えぇっと、この場合どうすればいいんだっけ!」

「ままま、まずは人工マッサージと、心臓呼吸を……!!」

「…二人とも、レナ、息してる」

 そしてやんややんや騒いでる四人から遠く離れた湯船の隅では、

「うぅ、頭痛が……」

「お願いですから、静かにしてくださいませぇ……」

 アイナとソフィアが、襲いくる頭痛に顔をしかめていた。




 とまあ、女子勢がキャーキャー騒いでいる頃、男湯では昶とシャリオが静かな時間を過ごしていた。

 いかにも身分の高そうな老人数人が仲良さげに談笑しながら、持ち込んだボードゲームで遊んでいる。

 それを正面に見ながら、昶とシャリオは肩まで浸かって今日一日の疲れを癒していた。

「はぁぁ……。やっぱ風呂はいいなぁ……」

「そ、そうですね。あ、でもレイゼルピナ魔法学院にも、あるんですよね?」

「あぁ。メレティスみたいな木材じゃなくて、石材だけどなぁ。だからまぁ、風呂には困らないぞぉ」

 昶はお湯をすくい、顔を洗って一息つく。

 少し刺激が強いものの、木の香りが心地よい。このまま嫌なことも、全部忘れてしまいたいのだが、まあそれは無理か。

「シャリオ、だっけ?」

「はい、アキラさん」

「シャリオは、どうして魔法学院に来たんだ?」

 昶はまだ少し緊張気味のシャリオに、共通の話題をなげかけた。

 もっとも、これしか一緒に話せそうな話題もないのだが。

「えっと、ソフィアお姉ちゃんに、勧められて、です」

「そういや、ソフィアさんに習ってからだっけ? 魔法の練習を始めたのは」

 フィラルダをぶらぶら歩いていた時に、そんな話をソフィアから聞いた覚えがある。

「はい。マグスには、ずっと憧れてたんですけど。魔法学校には行けないですし、教えてくれる人もいなくて。だから、今からどんな講義が受けられるのか、とっても楽しみなんです」

 適性もあって、本人のやる気も充分。確かに、これからが楽しみな子だ。

 これなら、ソフィアが期待するのも納得である。

「ちなみに、得意な属性はなんなんだ?」

「ソフィアお姉ちゃんと同じ、火属性ですっ!」

 するとソフィアの話になったとたん、シャリオの顔がぱぁっと明るくなった。

「すごいんですよ、お姉ちゃんの火って。すごく強くて、見てるだけで頑張ろうって気持ちになれるんですよ!」

「……そっかぁ」

 自分にもこんな時代があったのだろうなと、昶は幼い頃を思い返す。

 魑魅魍魎を調伏する、退魔師への純粋な憧れ。もちろん、今でもそれは持っている。

 そういう力をもつ家系に生まれたのだから、それを生かしたいと思うのは当然だ。

 しかし、憧れだけではどうにもならないこともあるのだ。

 誰かを守るというのは、裏を返せば誰かを傷付けることでもある。

 それが悪を働く人外の存在ならいいが、もし同じ人間だったとしたら。

 だからもう、そういった純粋な憧れを保つことができないのだ。

 それだけに、シャリオは昶にとって眩しい。

 そして同時に、その魔法を人に向けることのないように祈っていた。

 自分やソフィアや、そして朱音みたいに。その力を、他人に向けることのないように。

「じゃあ、アキラさんの得意な属性って、なんなんですか?」

「俺か? そうだなぁ、雷かな」

「すごい! 雷って、風の上級者しか扱えない、すっごく難しい属性なのに!」

「まぁ、俺の術はソフィアさんと一緒で、こっちの魔法とはだいぶ違うんだけどな」

 感動に目を輝かせているシャリオの頭を、昶は優しく撫でた。昶としては、そんなにすごいものでもないのだが。たまたま適正が高かっただけで。

 しかもその大部分は自分自身の努力によるものではなく、血の力によるところが大きい。

 まあ、実際に言ったらみんなから怒られそうだ。特に、しばらく一緒に朝練をしていたシェリー辺りに。

「それで、魔法が使えるようになったら、どんなことをしたい?」

「えっと、特にこれっていうのはないんですけど……」

 いったん口どもるシャリオ。しかし、やりたいことがない、というわけでもなさそうだ。

「けど?」

「お世話になった孤児院に、色々お返ししたいなぁって、思ってます。院長先生、いつもお金のやりくりが大変そうだったから」

「まぁ、金のある孤児院なんて聞いたこともないしなぁ」

 そういえばアイナも、自分が世話になった孤児院とその周辺の復旧に、貯めていた奨学金の残りを全部使っていたなと、昶は思い返す。

 そういや確認してないが、自分の奨学金はどうなっているのだろうか。いや、もうそれも関係ないか。

「どこも厳しいんだろうなぁ。えらいな、シャリオは」

「いえ、そんなことないですよ」

 決められない決められないと言いつつ、結局は朱音に連れられて元の世界に戻るのだろうから。

 レナ達のこと、異法なる旅団(テリビリアス)の連中のこと。心残りは山ほどあるが、恐らくはそうなる。

 そうなると思って、心の準備をしておかなければ。

「あの、アキラさん。ぼく、もうのぼせそうなんですけど」

「先に上がって待っててくれ。俺はもう少しだけ、浸かってから行く」

「はぃ、わかりましたぁ」

 無理して付き合っていてくれたのか。

 これは、悪いことをしてしまったな。後でソフィアに怒られるかもしれない。

「やっぱ、帰るんだろうなぁ……。全部、ほっぽり出して」

 時間が経つにつれて、元の世界に帰るというのがだんだんと現実味を帯びてきた。

 それにつれて、気持ちも少しずつ変わってきている。来るべき時に備えて、ほんの少しずつ。

 昶は頭まで勢いよくお湯に浸かってから、湯船を出た。

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