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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act06:いざ、メレティス王国へ

 飛行船舶は予定通りの航路を順調にたどり、ネフェリス標準時の六時三〇分頃(地球で言えば十三時頃)、ビルカーニの街に到着した。

 付近が火山地帯であるグレシャス領の街であるが、ここはそんな火山とは縁がなく、グレシャス領ではよくある温泉も一つもない。

 国境沿いに位置するこの街は、いわば兵士達の多く滞在する街だ。

 そのおかげで中型の軍用艦も使える港が整備され、宿舎の周囲にはそれなりの数の飲食店や娯楽施設が軒を連ねており、小さいながらも活気のある街となっている。

 とはいえ、昶達にとってこの街は中継地に過ぎない。ここからさらに陸路で、隣国のメレティス王国の首都、メルカディナスへと行かねばならないのだ。

 問題は、その陸路が何か、というところなのであるが。

「う~ん、これならフィラルダで食べ歩きしたお店の方が美味しかったかも」

「弟に奢らせといて何言ってんだよ。まぁ、確かに鮮度落ちてるけど」

 下船したレイゼルピナ魔法学院の一行プラスオマケ数人は、ビルカーニの街で昼食を食べている。

 学院の食堂と同じくらいの規模だが、調度の品々はだいぶ安っぽい感じだ。

「そりゃ、ここけっこう遠くだもん。味くらい落ちちゃうわよ。ね、グレシャス領のお嬢さまのシェリー」

「なんか嫌みったらしい言い回しねぇ……。まぁ、レナの言う通りだけど。輸送船の便数も少ないから、どうしても食料関係もまとめてになっちゃうのよ。でも大丈夫、腐ってはいないから」

 そしてこの街が兵士達の街であるのを象徴するかのように、食堂には鎧姿が目立つ。

 ただその大半は、灰色の鎧をまとった普通の兵士である。今まで訪れた都市は比較的多くの魔法兵がいたのだが、あっちの方が特別で普通はこんなものなのだろう。

 実際、エザリアの残していた資料によると、レイゼルピナ王国軍の構成員の内、魔法兵は二割程度で大半は魔法の使えない普通の兵士となっていた。

「でも、ここってなんか、パンの味も違いますよね? なんででしょうか?」

「…アイナ、それ……小麦の種類、違うから。これ、レイゼルピナのじゃなくて……、メレティスで、よく作られてるタイプ」

 そして兵士達は、やはり仕事に忙しいのだろう。ものの数分で昼食を胃袋に流し込むと、そそくさと食堂から出て行く。

 年末の一件もあって、国境警備に就く彼等は相当ピリピリしているようだ。

 国王命令で国境警備に力を入れているとの話をネーナから聞いていたが、それをひしひしと感じることができる。

「シャリオ、大丈夫? 気分は悪くない?」

「大丈夫。それより、みんなに会えるのが楽しみ! そしたら、今度は本当に、しばらくの間会えなくなっちゃうけど」

 そんな空気が街中に溢れているせいもあって、食堂を出て行く生徒は一人もいない。一応食後少しの間は自由行動とはなっているのだが、とても『ちょっとだけでも観光してみようか』という気分にはなれないだろう。

 直接戦闘に参加していなくとも、どれだけ悲惨な事件があったかくらいは、みんな知っているのだから。

 その件はもちろん朱音にも話しているので、さすがに観光したいとは言わなかった。

「それでリンネ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 何でメルカディナスまで行くのか、察しがついてるんでしょ?」

「…シェリーの頼みでも、ちょっと、ダメ。みんなには、その……。びっくり、してもらいたい、から」

「でも、リンネがそう言うってことは、メレティスに関係のある乗り物ってことよねぇ……。何があったかしら」

「…レナも、あ、あんまり考えないで。ね?」

「それもそうね。あたしが無粋だったわ。リンネの言う通り、楽しみにしてる」

 とはいえ、そんなピリピリした街の空気に、生徒達まで合わせる必要はない。

 競技会とはいえ、半分は観光みたいなものだ。朱音ほどではないにしても、めったに来ない場所なのだから楽しまなければ損だ。

 少なくとも、レイゼルピナ魔法学院の生徒達に限っては、の話であるが。

 他の魔法学校の生徒達は、今年こそは優勝してやると意気込んでいるだろう。

「そういえば、みんなは何の競技に出るの? 昶は模擬戦の個人の部って聞いてるんだけど」

 朱音はスプーンをくわえたまま、テーブルに身を乗り出した。

 レナも、シェリーも、アイナも、そしてリンネも、少し恥ずかしそうにしながら小声でぼそりとつぶやく。

「私は、アキラと同じ模擬戦闘個人の部、です」

「あたしは、それの集団戦の部です。正直、なんで選ばれたのかわからないんですけど……」

「私は飛行術の競技です。私って、空飛ぶくらいしかできませんから」

「…私は、錬金術の部門」

 シェリーは模擬戦闘・個人戦の部、レナは模擬戦闘・集団戦の部、アイナは飛行術、そしてリンネは錬金術、とのことらしい。ちなみに、ミシェルとミゲルはレナと同じ、模擬戦闘・集団戦の部に出場するらしい。

 もっともレナとは違い、二人はあくまでも補欠とのこと。そのせいか、レナ達よりも観光気分が強い。さっきも食堂の可愛い給仕の女の子に声をかけようとして、ミゲルに連れ戻されていた。

 なるほど。兄があんなにだらしないから、弟の方があそこまでしっかりしてしまったのか。良い意味でも悪い意味でも。

「みんなバラバラなんだねぇ。でもシェリーちゃんだけは、昶と同じ個人戦なのか……。もしかして、途中で二人が当たっちゃったりして」

「いやいや、もしそうなっちゃっても、アキラには勝てませんから。いや、マジで……」

 楽しげに聞いてくる朱音とは正反対に、シェリーはやや苦笑いを浮かべる。

 集団戦のテストの時には練習にも付き合ってもらったが、シェリー達四人を相手に昶はたった一人で戦ってのけたことがある。それも、まだ余力を残したままでだ。

 そんなのと当たったらどうなるか…………考えたくもない。というか、どう考えても出場そのものが反則だろう。

 こうなったらもう、神様に祈るしかない。どうか決勝戦までは当たりませんように、と。

「それで、模擬戦闘と飛行術は何をするかわかるのですが、錬金術はどのようなことを行うのですか?」

「…えっと、変換する材質や、形状とか、そういう課題を順番にこなしていく、感じ……です」

 ソフィアの質問に、リンネはどこにしまっていたのか、赤茶けた小石のようなものを取り出した。

 この錆び付いてるのは、もしかして鉄…………だろうか?

 地球組がそのように材質の見当をつけていると、不意にリンネは杖をその錆び付いた塊に向けた。するとなんと、赤茶けた塊がまるで鏡みたいにぴかぴかの銀色へと変わり始めたのである。

 そして銀色の塊はだんだんと細長くなり、昶達のよく見たことのある形になった。

「ネジか」

「あぁ、やっぱ鉄だったのね。さっきの錆びたやつ」

「この世界にも、ネジがあるのですわね。わたくし達の世界のものとそっくりですわ」

「…えっと、こんな風に、材質や、形状を、変えたりするん、です。本番は、もっと難しいん……ですけど。それよりも、これってそっちの世界にも、あ……あるんでしょうか……!!」

 そして錬金術の競技について説明していたリンネであったのだが、久々に素の表情が表に現れてしまったようだ。

 そりゃ、ネジを使うような機械もないのだから、メレティスはともかくレイゼルピナの人にはわからないだろう。あったとしても、せいぜい釘くらいで。もう凄まじい喰いつきっぷりだ。

 人見知りとはいったいどこへいったのか。

「…そ、それと、ネジ以外に、物を固定、するようなもの……何がありますか……!?」

「リ、リンネ、そこは後で話してやるから、今は、な……」

 身を乗り出して目をキラキラ輝かせるリンネに、昶は後方を指さした。わずかな自由時間も終わったらしく、生徒が続々と食堂から出て行っている。

 レナやシェリー、そしてアイナは準備を終えて、既に昶達のことを待っていた。それも、レナはけっこうキツめの目で。

「アキラ、早くしなさい! 置いて行っちゃうわよ!」

「リンネもよ! 本当に置いていくからね!」

 レナとシェリーの急かす声が、部屋中に反響した。朱音とソフィアも、そしてシャリオも既に荷物を持って席を立っている。

 リンネも大慌てで、テーブルの下から自分の荷物を引っ張り出しにかかった。

「…ほ、ほんとうに、後で聞かせてね」

「あぁ、わかってるから……」

 これはまた、久々にリンネの話に付き合わされそうだ。部分的にはむしろ昶より詳しかったりして、聞く方も大変なのである。

 これはもう、朱音も巻き込むしかないな。昶とリンネは他のメンバーにやや遅れて、食堂を出た。




 食堂を出てから十数分、周囲の建物と比べて真新しい建物が現れた。

 やっぱり過酷な学院の環境のせいなのだろう。歩かされることに関して文句を言う生徒は誰もいなかった。いや、引率の先生──メルチェリーダ──が大変怖いのもあるのだが。

 するとメルチェリーダは、その建物の前で立ち止まった。ここが目的地だとしれば、ここが例の陸路の出発地点なのだろう。

 生徒達はいったいここがどんな場所なのかわからず、周囲をキョロキョロと見回している。まあ、それはそうだろう。これはまだ、レイゼルピナでは一部でしか運用されていない乗り物なのだから。

 しかも長距離の移動は飛行船舶どころか竜籠の方が多いので、むしろ普通の人よりも見る機会は少ないのだ。

 周囲よりやや高く盛られた土の上に、金属製のレールが二本乗っているのが見える。その二本のレールもまた、頑丈そうな分厚い木製の板で固定されていて、地面に縫いつけられていた。

 これだけでもどんな乗り物か想像のつく昶達であるが、より決定的な駆動音がどんどん近付いて来るのが聞こえた。

 金属同士のこすれる甲高い違音と、ピーっという蒸気の吹き出す音。

「…ふふふ、メレティスの誇る、最新鋭、水蒸気機関の列車、ふふふふ……」

 地球ではもはや骨董品扱い、移動手段ではなく観光資源となってしまった蒸気機関車が、重厚で力強い姿を見せてやってきた。

 煙突から黒煙が上がっていないのは、燃料に火精霊(サラマンドラ)の結晶を使っているからだろう。だんだんとその気配が近付いてきているのが、何よりの証拠である。

 その辺はさすが、魔法の世界といったところか。ただ、制御が相当に難しそうであるけれど。ただでさえ不安定な精霊素の結晶を、燃料にするというのは。

 だがそれよりも、昶は隣で大口を開けているレナやシェリーの方に驚いていた。

「あのさ、なんでレナとシェリーそんな驚いてんだよ。俺、鉄道の話って二人から聞いた気がすんだけど」

「あ、うん。水蒸気機関車の事は知ってたんだけどね。ね、シェリー」

「そうそう。でも、私もレナも、見たことは無いんだけど。ただ、ねぇ……」

 レナとシェリーは、傍らにいるリンネと水蒸気機関車を交互に見返す。

 そして呆然としたまま、レナは昶の方に向き直って口を開いた。

「あそこにね、製造元が、アンフィトリシャ商会って……」

「アンフィトリシャ……商会?」

 昶も一瞬その意味がわからなかったのだが、その直後にあらゆる要素が一本に繋がった。

「……アンフィトリシャ!?」

 リンネ。リンネ=ラ=アンフィトリシャ。アンフィトリシャ。アンフィトリシャ商会。

「…あれ、うちの会社で、作ったやつ」

 リンネはなぜか頬をぽっと赤らめながら、自慢げにつぶやいた。

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