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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act03:姉達の悪だくみはタチが悪い

 昶達がフィラルダに到着してすぐ、シェリー、リンネ、アイナの三人組も同じ場所に到着した。

 ちなみにこっちは昶達と違い、アイナが二人を引っ張って来たので本人はくたくたである。なにせ、シェリー……の発動体が重いのなんの。

 シェリーはいつも軽々と扱っているが、あれは普段の訓練と肉体強化の賜物であって、普通の女の子にはやっぱり超重いのである。

 とそこで、シェリーはあることを思い出した。

「そういえば、アキラ達って魔力の気配がわかるのよね」

「…そう、言ってた」

「ですね。言ってましたね」

 ………………………………………………………………………………あれ?

「じゃ、じゃあさぁ、私達が付けてるのも、もしかして、バレちゃってる?」

「…そう、思う」

「むしろ、気付いてない方が有り得ないんじゃないですかね。ソフィアさんと、あとアキラさんのお姉さんも含めて、マジュツシさんが三人もいるんですから」

 それはつまり、

「じゃあここまで来た意味ないじゃん!」

 現場に到着してから、シェリーはようやく大事なことに気づいたらしい。

「どうすんのよ! せっかくだからアキラのお姉さん驚かせて、そのままサプライズお食事会とかしたかったのに! あと、ソフィアさんにも!」

「そんなこと、私達に言われましても……」

「…困る。シェリー、無計画すぎ」

 そもそも、サプライズお食事会をしたいなんて、アイナもリンネも今初めて知ったところである。

 二人の可哀想なものを見るような視線に、シェリーの心はポッキリ折れそうになっていた。いやいや、ここで負けちゃ駄目だ。

 毒を食らわば皿までと言うではないか。使い方が合ってるかは知らないけど、フィラルダまで来ちゃったんだからやるだけやってやる。

「で、ソニス。レナの魔力はわかる?」

 気合いを入れ直したシェリーは、制服のマントくらいは貫けそうな眼光でリンネの肩に止まる青い鳥――ソニス――を見た。

 一見ただの鳥にしか見えないが、これがリンネの契約したサーヴァント。スピリトニルと呼ばれる獣魔の一種で、人間に劣らない高い知能と、そして高い念話能力を持っているのだ。

『一応、わかるけど』

 だがそれとは別に、獣魔は総じて人間より高い魔力察知能力を持っているのである。シェリーが今頼っているのは、その魔力察知の方だ。

「アキラ達のは無理なんでしょ?」

『はい。あの人、術を使う時しか魔力を出していないので。凄い技術ですね。本当に』

 ソニスの思念波が、シェリー達三人の頭の中に直接響きわたる。ソニスは思念波を最小限まで絞っているので、他の人には聞こえていないだろう。

「…獣魔でも、そういうの……って、無理なの?」

『無理というか、私達も含めて獣魔は感覚が鋭かったり、保有する魔力量が多いだけで、制御力そのものは人間さんの方が上なのですよ?』

「あ、そうなんだ。なんか意外」

「私、初めて知りましたよ、シェリーさん」

「…私も」

 とまあ、人間って意外とすごいんだっていう新しい事実も判明したところで、

「じゃあ案内して、ソニス。くれぐれも、見失わないようにね」

『わかってますよ、シェリーさん』

 こっちですと、ソニスはレナの魔力のする方を向いて思念波を飛ばす。三人はやや急ぎ足で、レナ達の居る方へと向かった。

 ――でも、レナさんのこの魔力量は、かなり異常なんじゃぁ……。でも、凄い時のアキラさんは、もっと凄いし、うーん。

 ソニスの感じたその疑問は、しかし思念波に乗せることはなかった。




 雑貨屋まで来たところで、朱音とソフィアは別の出入り口から再び外へと出て行った。

 だが、なぜか人数は先ほどまでと同じ四人のままだ。

「ここに来たいって言ったの、あんたのお姉さんなのに。どこ行っちゃったのよ、もう」

「悪い。普段はあんなんじゃないんだけど、異世界に来て変なスイッチが入っちまったらしい……」

 その正体は、朱音の残していった式神である。それも、自分とソフィアの二人分。いつの間に、こんなことまでできるようになったのか。少なくとも、昶にはまだできない芸当である。

 できたとしても、自分の分身を十数秒間維持するので精一杯だ。とてもじゃないが、数十分かあるいは数時間、それも二人同時だなんて絶対に無理である。

 この前の、レナに偽装したアマネのことを思い出すが、あれよりもずっと凄い。

 現在の隠れ里一の術者、それも技巧派と呼ばれているだけのことはある。

「それで、アカネさんとソフィアさんって、いったい何しに行ったの?」

「えっと、実はだなぁ…………」

 特に意味はないが、昶はレナの背丈に合わせてかがみ、耳元で静かにささやいた。

 レナは不用意に近付いて来る昶の顔に胸がキュンキュン高鳴った、のだが……。その内容を聞いた瞬間に急速に冷めていった。

 そして思った。あの脳筋女、今度は何をやらかすつもりなのだろうか。心配になってきて……あれ?

「つまりだなぁ、向こうの悪だくみに対して、悪だくみで迎撃してやろうっていう話になったらしい」

「…………あんたも大変なのね」

「いや、あんな生き生きした悪い顔は初めて見たかもしれねぇ。普段はもっと別のことで困ってるけど」

 シェリー達は、果たして無事にマギア・フェスタに出発できるのだろうか。

 とはいえ、今から止めるとこはできないし、止めに行ったとしても昶よりも強い二人を止められるとも思えない。三人の運命は、もはや天に任せるしかないというわけだ。

 ――あ、でも今なら……。

 しかしレナは、ここで今自分が昶と二人っきりだということに気が付いた。実は昨日から朱音は昶にべったり、二人で話すことができなかったのである。

 朱音がレイゼルピナに転移してきたことによって、レナを取り巻く状況は一変したのだ。だから、確かめねばならない。

「ねぇ、アキラ」

 レナは改めて早鐘を打ち始めた心臓をおさえ、昶の袖をくぃっと引っ張った。

「どうしたんだよ、いきなり」

 紅潮した頬をしたレナ反応を見て、昶の心臓もドキンと飛びはねる。

 お世辞抜きで、超可愛い。なんだよ、そんなちっさい手で袖なんて持ってきて、いじらしくてたまらない。小さい手は思った以上に冷たくて、ついつい握って温めてあげたくなってしまうじゃないか!

「やっぱり、帰っちゃうの?」

 どこへ、とは言わなかった。言わなくてもわかるから。

「…………どうなんだろうな」

 昶は袖を持つレナの手を乱暴に払い、そして手のひらを力強く握り直した。

「そもそも、そこまで積極的に帰りたいなんて、思ってもなかったわけだし。ましてや、姉ちゃんが……知り合いが異世界にまで探しに来るなんて、全然想像してなかったから」

 タイムリミットは、確実に迫ってきている。

「自分でも、どうすりゃいいのかわからないくらい、すげぇ迷ってる」

 レナと別れなければいけない。その事実が、痛いほどに胸を締め付けるのである。

 そして、問題はもう一つあるのである。

 ろくに力の使えなくなった自分なんかが戻ったところで、果たして居場所なんてあるのかどうか、だ。隠れ里の外に出れば少しはマトモに暮らしていけるかもしれないが、それだって現当主である父親の許可が必要なのである。

 勝手に出て行けば、強制的に連れ戻されてしまう。それなら、このままこっちの世界に残った方がいいのではないか、と。

「……アキラ」

 レナもまた、昶の手を強く握り返した。近いうちに、昶は朱音と一緒に元の世界へと帰るのだろう。朱音が来れたということは、帰る手段もあるに違いない。

 それは、絶対に避けられないことで、そしてレナがずっと望んできたことでもある。

 ちゃんと送り出してあげないといけない。それが、今まで助けてもらってきた自分の役目であり、またけじめでもあるのだ。

 もう、とっくに決めたではないか。

 昶は本来、この世界には居ない人間。存在するだけで危険な、魔術師と呼ばれる存在。

 この気持ちは、全てなかったことにしなければいけないのである。

「間違えたら、ダメよ」

「何をだよ、いったい」

 レナは、絞り出すようにしてのどから声を出した。

 悲しさを押し殺し、声が震えないように細心の周囲を払って。

「ちゃんと、帰りなさいって意味よ。わざわざ、こんな場所まで迎えに来てくれるような人、いるんだから」

「……わかってるよ、それくらい」

 レナが言うからこそ、その言葉には重みがある。レナはもう会えないのだ。思い出の中でしか、大切なお兄さんに。

 そして朱音に会ったことで、昶も自分の中の帰りたいという僅かな気持ちを確認したのである。会いに来てくれて、探しに来てくれて、嬉しかった。

 それをわかっていながらレナの気遣いを無視するなんてこと、昶にはできない。

「そう……。わかってるなら、いい」

「おぉ。その、ありがとうな、今まで」

「いい。あたしだって、何度も助けてもらったんだから。おあいこよ、これで」

 朱音と一緒に居場所のない元の世界へ帰るか、それとも異法なる旅団(テリビリアス)へ行き源流使い(オリジネイト)となるか。

 どちらにしても、レナとは別れなければならない。

 まだ、昶の覚悟は未だ決まらない。元の世界か、異法なる旅団(テリビリアス)か、それともレナの元にとどまり続けるのか。三つの葛藤の中で、昶の心はまだ揺れ続けていた。




 昶とレナが雑貨屋の一角でしっとりっとした空気を醸し出していた頃、

「やっと見つけた。思った以上に歩かせてくれちゃってもう」

「そりゃ、アキラさん達は私達が付けて来てること……には気付いてるんでしたね。たぶん」

「…うん。でも、こっちのこと、気にかける必要、ないし」

 レナ達の入っていった雑貨屋から一ブロック離れた場所で、シェリー達はようやく目的の四人を見つけた。

 だが、ここで問題が一つ。

「で、どうしようっか?」

 首謀者であるにも関わらず、シェリーはどうやら何も考えていなかったご様子である。

 無計画すぎるのも、いい加減にしてほしい。一度でいいから、巻き込まれる方の身にもなって欲しいものだ。

「…………」

「…………」

 嗚呼、二人の視線が冷たすぎて帰りたい。

 さっきした決意が、さっそく砕け散ってしまいそうです。粉々の木端微塵に。

 ――いやいや、しっかりしろ私。いくら相手がすごいマジュツシだからって、怖がってちゃダメ。ちゃんとおもてなししないと。何より、アキラのお姉さんだし、うん。

 バラバラに砕け散った決意を拾い集めてくっつけたシェリーは、ぐっと拳を握りしめた。

 ――あ、復活した。

 ――…わかりやすい表情。

 とりあえず、これくらいならすぐに復活するのはわかっているので、二人ともフォローするつもりは毛頭ない。こっちは迷惑をかけられている身なのだから。

 それで、次はどう出るつもりなのだろう。この、脳みそまで筋肉でできていそうな、今回のろくでもない企画に巻き込んでくれた首謀者(シェリー)は。

「それで、次はどうするんですか?」

「…はやく」

「う~ん、そうねぇ……」

 シェリーは顎に手を添え、しばし考える。

「せめて、レナくらいは驚かせたいわねぇ……」

 で、とりあえずの方針は決まったらしい。実際、それができるかも最近怪しいところがあるのはさておき。

「となると、大事なのはタイミングねぇ。やっぱ、一人になるところを狙うのがいっか。で、レナ経由で私とリンネを紹介してもらって」

 よし、もっと接近するわよ。と、シェリーは一人、物影に隠れながら雑貨屋の方に近寄っていく。それを後ろから見ているアイナとリンネからすれば、ただの不審者に過ぎないのだが。

 街行く人々の視線が、チクチクと突き刺さる。他人のフリがしたい。学院の制服着ているから無理だけど。しかも王立レイゼルピナ魔法学院の制服ともなれば、目立ち具合も最低五割はマシマシなのだ。

 アイナとリンネはため息を付いて、シェリーの後を追いかける。どうせ、こちらに決定権はないのだから。

 だがその瞬間、二人の真上から黒い影が襲いかかった。




 戦闘中はとてつもない集中力で敵の動きを察知するシェリーであるが、それは戦闘中に限ってのことである。すれ違う人全員から好奇の視線を向けられていることには、全く気付いていない。

 雑貨屋の窓際でちらりと中をうかがう姿は、まるで間の抜けた忍者のよう。レイゼルピナに忍者がいるかどうかはさておき。

「お、いたいた……」

 シェリーは、棚の商品を手に取るソフィアの姿を見つけた。となると、その隣にいる変わった服装の人が昶のお姉さんなのだろう。黒髪と黒い瞳をしているし、ほぼ間違いない。

 なんというか、今朝も思ったけどけっこう小柄な人だ。身長は、アイナよりちょっと小さいくらい。ゆる~い三つ編みが印象的である。

「にしても、ほんとに可愛い顔してるわねぇ」

 てか、なによあの童顔。あれでホントにお姉さんなの? 実は妹とかじゃなくて。

 昶がだいたいシェリー達と同じくらいの年だから、シェリーよりも年上なのは間違いない、はずなのだが……。見た感じでは、とてもそうは見えない。

「ねぇねぇ、リンネはどう思う? アキラのお姉さん。って、あれ?」

 ふと横を見ると、リンネの姿が見あたらない。

 いや、リンネだけではない。アイナの姿も、辺りには見あたらなのである。いったいどこへ行きやがった。もしかして、見捨てられた?

 いやいやいや、そんなことはない…………はずだ…………たぶん。

「きっと、その辺に隠れてるのよね。うん、そうよ。きっとそう」

 だんだん自信がなくなってきた。ちょっと、アイナとリンネを探してこようか。

 そう思って窓辺から離れた瞬間、

 ────ちょんちょん。

 背後から肩を小突かれた。

「ん?」

「ハーイ、ハジメマシテ」

 すごい変な口調で話す、黒髪で、黒い瞳の、自分より背の低い女の人がいた。

「うわっ!?」

 思わず飛び退いたシェリーは、半ば条件反射的に片手を背中の大剣へと手を伸ばしていた。

「いきなりだけど、大事なお友達は預からせて頂きました」

 そんなシェリーの反応を見て、女は舌なめずりをする。

 期待通りの反応だ。そうでなくては、せっかくのイタズラが台無しになってしまう。

「返して欲しかったら、全力で追いかけて来な。マグスのお嬢さん」

 そして女は、変な機械をシェリーに見せつけてきた。

 それは薄い板状の機械で、表面には本物同然のリアルな絵が、怖がるアイナとリンネの姿が映ってあったのだ。

「お前!」

 一瞬にして、シェリーの闘争本能に火が点いた。怒りの炎は烈火の如く燃え上がり、魔力が身体の隅々まで行き渡る。

「はぁっ!」

 大剣を抜き放ったシェリーは、斜め上から袈裟斬りに振り下ろした。

 だが、敵である女はそれをあっさりと回避して見せたのである。

 ふわりと舞い上がったと思うと、女はそのまま雑貨屋の屋根の上まで飛び上がったのだ。あの動きは、間違いなく肉体強化である。

「おぉおぉ、恐い恐い。いきなりそんな大剣ぶん回さなくてもいいじゃない」

「私の友達さらっといて、どの口で言ってんのよ!」

 シェリーも同じように屋根へと飛び乗り、女と相対した。

「あんた、アキラのお姉さん、なんでしたっけ? どうして私の友達を」

「あらあら、よく知ってるじゃない。草壁(くさかべ)朱音(あかね)っていうの」

「だから、どうして私の友達をさらったか聞いてるのよ!」

「私からの、ちょっとしたサプライズ? かな」

「ふっざけんなぁッ!!」

 真横に振り抜かれた大剣を、朱音はひょいと屈んで回避して、

「付いて来られるもんなら、付いて来な!」

 脱兎の如く、シェリーの前から逃げ出した。

 それはもう、拍子抜けしてしまうほど鮮やかな逃げ足で。

「ま、待ちなさいよ!」

 衆人環視の中、フィラルダの屋根の上でド派手な逃走劇が始まった。




 ──あいつ、なんて動きしやがるのよ!

 屋根から屋根へと飛び移りながら、シェリーは大剣を振り抜き、周囲の建物に当たらないよう火炎弾をばらまく。だが、朱音はその全てを絶妙な距離感で回避していくのだ。

 いや、回避するだけではない。紙切れから取り出した曲がった剣で、火炎弾を次々と消し去ってゆくのである。

 魔法を無効化させる武器なんて、凄いを通り越してもう反則だろう。

「でやぁッ!」

 気合い一閃。シェリーの動きはますます加速し、その斬撃の軌跡は残像すら残すほどに速くなる。

 しかし、それでもシェリーの攻撃は当たらないのだ。紙一重なんてレベルでもなく、笑顔を見せつけるほど余裕を持って。

 こっちはこんなに全力なのに、向こうは……。実力差を見せつけられているようで、ものすごく腹が立つ。

 だが、おかげで思考の方はだんだんと冷静になってきた。

 ──アカネさん、どうしてこんなことを。

 朱音の意図が見えない。どうしてこんなことをするのだろう。

 自分に腹を立たせて、喧嘩をふっかけて。恐らく、何か目的があるのだろうが。

 ──でも、すんごいムカつくから、本気でやってやるわ。

 これだけの実力差があるなら、自分が本気の本気になっても軽くあしらってくれるだろう。腹立たしいけど。

 どうせ肉体強化で身体も頑丈になっているのだから、地上に叩きつけるぐらいは大丈夫なはずだ。実際、シェリーもこれくらいなら平気である。

 見世物か何かと勘違いしているのか、建物の下にはいつの間にか観客がつめかけていて、大いに盛り上がっていた。

「可愛い子がなんかやってるって、みんな大興奮してるみたいよ。ちなみに、応援はそっちの方が多いみたいね」

「そりゃ、どうもッ!」

 シェリーが逆袈裟に斬り上げた斬撃を、朱音はひょいとかわして耳元でささやきかける。

 くそっ、やっぱりどうやっても当たる気がしない。しかも、向こうは火炎弾を消した以外は、一回も剣を振っていない。

 完全に見切られている。シェリーの間合いも、大剣の軌道も。

「あったれぇぇえええッ!!」

 まっすぐに斬り上げた大剣を、強化した腕力で無理やり振り下ろす。

 それなら、人間の力を無視した戦い方をしてやる!

「あっま~い」

 ────ガシャァッ!!

 だがそれすらも、朱音はあっさり見切ってきたのである。振り降ろした大剣のストップしたその瞬間、朱音はその先端を踏みつけたのだ。

「ッ!」

 持ち上げようと気合いを入れても、まるで動く気配はない。

「肉体強化を使うんなら、わかるでしょ? 私や昶の使う剣技は、肉体強化で使うことが前提なの。つまり、あなたのさっきやった、人間の筋力を無視した動きはやって当たり前なのよ」

 まるで教師か何かのように、朱音はまっすぐにシェリーの目を見て説明してくる。

 そっちからけしかけておいて、いけしゃあしゃあと……。

「それなのに、『こんな無茶な動きには対応できないだろう』なんて勝手な予想でそんな大振りしてたら、当たるものも当たらないわよ」

 すると、朱音はいきなり大剣を蹴り上げた。続いて魔法を消し去った剣を紙の中へとしまい、腰から下げてある剣を抜き放つ。

「どうせやるなら……」

 その瞬間、シェリーには朱音の姿が消えたように見えた。

「これくらいしないとね!」

 声のした方を振り向くも、いきなり正面から衝撃が襲いかかってきたのだ。

 反動を堪えきれず、シェリーの身体が後方へと飛ばされる。もしかしたら、肉体強化の強度は昶よりもすごいかもしれない。腕の痺れが、今まで経験したこっのないレベルになっている。

 まずは、体勢を立て直さなければ。

 しかし、朱音はそんな余裕すらも与えてはくれなかった。シェリーの足がまだ地に着かない内に再接近し、もう一撃を叩き込んできたのである。

 辛うじて大剣で防御したものの、真横へとはね飛ばされたシェリーの身体は、屋根の上から空中へと投げ出されていた。

 そして間もなくして、

「っつぅぅ……」

 地面へと叩きつけられた。

「うん。荒削りだけど、いい線いってるわよ。承認ランクD+ってとこかなぁ」

 朱音は鞘に剣を戻し、地面に横たわるシェリーへと手を伸ばす。

 地面に叩きつけてやるつもりが、逆に自分が叩きつけられてしまった。それも、たった二撃で。

 悔しいけど、やっぱり強い。魔術師とかそんなものではなく、戦い方そのものが自分よりずっと洗練されている。シェリーは改めて、自分と朱音の間にある実力差の本質を思い知らされた。

 そして朱音からはいつの間にか威圧感が消えていて、この戦い(茶番劇)が終わったことを告げていた。

「それで、なんでこんなバカな真似したんですか?」

「う~ん、なんと言うか、時間稼ぎ?」

 シェリーは素直に朱音の手を取り、立ち上がる。

 肉体強化のお陰で怪我はしていないが、背中は痛いし制服も砂埃で汚れていた。

「あ、ちょうどあっちでも準備が終わったみたいね」

 すると上の方から、紙を折って作られた鳥のようなものが降りてきた。

「あの、それって……?」

「折り鶴で作った式神。昶からの連絡よ。それじゃ、今度はちゃんと付いて来てね」

 そう言うと、朱音は再びフィラルダの空に向かって飛び上がる。

 シェリーは言われるがまま、朱音の後を追いかけた。

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