Act02:草壁朱音
「なになに、何が起こってるの?」
中庭での異変に気付いたレナは、杖に乗って窓から飛び出した。
精神力を集中させて、魔力の流れを読み取る。
──なんなの、これ……!?
いつものように集中するまでもなかった。未熟なレナでもちょっと注意すればわかるくらい、莫大な量の魔力が一点から溢れ返っていたのだ。
魔法陣のようなものもうっすらと見えるものの、陣は常時変形し続けていて全体的なイメージを把握することはできない。見えるのは、魔力が集まり過ぎて激しく明滅する七色の光だけだ。
このまま上空から見ているだけでは埒が明かない。レナはもっとよく観察するために、比較的人口密度の低そうな場所へと静かに降下した。
するとそこには、
「あ、あんた……」
「……レナさん」
ちょうど降下した場所には、現在絶賛大喧嘩中のアイナがいたのである。先日、孤児院でちょっとだけ話せるようになったものの、気まずい。非常に気まずい。
どれくらいかって言うと、家族に昶とのキスシーンを見られた時くらいだろうか。母親のラスターシャは『キャッ!』くらいかもしれないが、父親のロイスは駐屯軍まで投入して昶をどうにかしかねない。
――って、何考えてんのよあたしは。こんな時に、アキラとキスした時のことと比べるなんて…………。
だってしょうがないもん、好きなものは好きなんだから。いきなり赤くなってあたふたし始めたレナにはアイナは首をかしげ、そんなアイナの反応を見てレナはもっと恥ずかしくなってしまった。
うぅぅ、もう帰りたい。でもでもでも、前で起きている現象もすっごく気になる。レナはアイナに顔を見られないように俯いたまま、器用に視線だけを例の場所に向けた。
すると今度は、
「レ、レナさん! アレ!」
「何よ、アレって!」
せっかく視界入らないように気をつけてたのに。いきなり声をかけられてイラッとしたレナだったのだが、そんなものはアイナの指差す方向を見た瞬間にどっかへすっ飛んでしまった。
だってだって! 例の、昶と同じ世界から来たとか言う、銀髪眼帯フリフリ黒ドレスの女が、あろうことか昶と一緒に空から降りてきたのだ。
アイナの時以上に、胸の中がもやもやする。
自分どころかアイナよりも圧倒的に美人。年もそんなに変わらなさそうなのに物腰は落ち着いているし、ついでにめっちゃ強い。
しかも、昶と同じ世界の出身というアドバンテージまである。
──ってまた! こんな時に何考えてるのよ、あたしは!!
気付けばソフィアにヤキモチなんて焼いてたりして。
ちょっと前に昶を元の世界に戻すと決めたばかりなのに。このままじゃダメだ。レナは頭をふるふると振って、余計な考えを追い出す。
ただ本人が自覚してないだけで、もう重傷なのであった。
しかしそれとは別に、この現象についての疑念は残っている。ここは、昶やソフィアに話しを聞いてみるべきだろう。昶とソフィアなら、自分達よりも詳細に事態を把握しているはずである。
レナは二人の降下した場所に向かって歩き始めた。
すると、その時だった。溢れ返っていた異様な魔力は一点へと収束し、爆発にも似た衝撃波を生み出したのは。瞬時に土煙が巻き上がり、視界を埋め尽くす。
近くにいた生徒が、何人か吹き飛んだように見えた。
いったい何が? そう思っている内に土煙が晴れてゆく。中には人影のようなものがあって、それはものすごい速さで今まさにレナの向かっていた方向に移動していって、
「あっきらーーーーーーーー!!」
って叫びながら昶に抱きついて、てちょっと待ちなさい!
「アキラ! 誰よその女!!」
「アキラさん! その人誰ですか!?」
昶のところまで駆け寄ったレナは、あの忌々しい声に思わず真横を向く。するとやっぱりそこには、同じようにこっちを向いているアイナの顔があった。
「……ねぇ、昶。この可愛らし~い女の子二人とどんな関係なの?」
「どんな関係って……。えっと、友達……かなぁ……」
「へぇー。あんたの口から『友達』なんて言葉を聞く日が来るとはねぇ」
「だから、なんだってんだよ……」
「いやー。あんたも成長したんだなぁって感慨にふけってたの」
するといきなり、昶の耳にピキッ、なんて音が聞こえたような気がした。
うん、見なくてもどんな状況になっているかくらい、今までの経験からわかっている。
「アキラ!」
「アキラさん!」
危険獣魔だって逃げ出しちゃうくらいの恐ろしい形相をした女の子が、今にも噛みつきそうな勢いで昶のことを見ていた。否、睨みつけていた。
「だから、その女誰なのよ!」
「そうです、説明してください!」
前門の虎、後門の狼とはまさにこのこと。しかも狼は二匹ときている。
あぁ、これは死んだかもなぁ……。多少の打撃じゃ打撲にすらならない昶である。
アイナはともかくとして、一度キレたレナはこうなると本気で容赦がない。
迫り来る痛みに備えて、昶は肉体強化を施しにかかる。
が、その二匹の狼から救ってくれたのは、そもそもの原因を作った虎であった。
「おぉ、すごい。ほんとに言葉がわかる。すごいな、このチョーカー……」
二匹の狼ことレナとアイナは、言葉を発した謎の女へと目を移す。
昶から離れた女は首元のチョーカーをいじりつつ、レナとアイナを交互に見やった。
いったい何者なのか。レナとアイナは、かつてないほどの緊張感に包まれる。
そんな二人の気持ちなど露知らず、女は同性すら惚れ惚れするほど凛々しい立ち姿で名乗りを上げた。
「初めまして。星怜大……じゃなかった。草壁流陰陽術高野派の、草壁朱音」
まさか、そんなまさか。女の、ではなくお姉さまの名乗った名前に、レナとアイナの緊張感はベクトルを変えてますます高まってゆく。
「昶のお姉ちゃんです」
お姉ちゃんです。それを聞いた瞬間、二人の心は真っ白になって燃え尽きた。
朱音は学院長であるオズワルトへの挨拶を済ませると、昶の部屋へと向かった。正確には、朱音に無理やり案内させられて、だが。
学院長室には見たことのない男の子──ソフィアが連れてきたらしい──がいたのだが、事態が事態だけに席を外してもらった。
朱音と昶、そこにソフィアを加えた魔術師三人とオズワルトの間でどのようなやりとりがあったのか、外にいたレナやアイナ、ソフィアの連れてきた男の子、そしてオズワルトの秘書的な位置にいるユーリにすらわからない。
「いったい、どんなこと話してるんでしょうね?」
「元いた世界の話でしょ。アキラに、ソフィアさんに、アキラのお姉さんの三人でする話っていったら、それしかないでしょ」
「それはそうですけど、やっぱり気になるじゃありませんか!」
「それはまぁ、ねぇ……」
そして現在。昶と朱音、それにソフィアを交えた魔術師三人組は、昶の部屋にて秘密の会議(とレナ達が勝手に思っている)がとり行われている。
例によって防音関連の魔法文字が部屋の内外に刻み込まれているため、いくら聞き耳を立てたところで何を話しているのか、さっぱり聞き取ることはできない。こと時ばかりは、無駄に高性能な防音機能が憎らしかった。
「それにしても、アキラさんのお姉さん、可愛い方でしたね」
「確かにねぇ。まぁ、お姉さんより妹って感じだったけど。アキラより背低かったし、すごい猫なで声で甘えてたし」
「あー、そういえばそうですねぇ。言われてみれば」
半ば呆れ気味なレナのこぼした感想に、アイナもついさっきの朱音の登場シーンを思い返してみる。
うん、どう見てもお兄ちゃんに甘える妹の図だった。この前孤児院に帰った時も、約一名をのぞいて同じような感じであったし。思い返したら、アイナはまた会いたくなってきた。
「あ、あのぉ……」
と、レナとアイナが話していると、気の弱そうな少年が今にも消え入りそうなボリュームで声をかけてきた。
「あなた、さっき学院長室にいた」
「もしかして、新入生さんですか?」
「は、はいっ!」
気の弱そうな少年は姿勢を正し、ぺこりとお辞儀した。
「シャ、シャリオっていいます! 春からこの学院に通うことになりました!」
頬を紅潮させ緊張感たっぷりの声に、至上最悪に仲が悪くなっているレナとアイナも、くすりと笑ってしまう。
もうすぐ先輩後輩の間柄にになるからって、そこまで緊張しなくてもいいのに。
「あたしはレナ。よろしくね、シャリオ」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
「私はアイナです。これから頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。がんばります!」
──なんか、ちょっと懐かしいかも。
初々しいシャリオの姿に、学院に入学したばかりの自分を思い出すのだ。
魔法はダメダメだったけど、志だけは誰にも負けないくらい強かった。立派なマグスになるって、そんな思いだけで闇雲に頑張って、でも早々に壁にぶち当たって。
辛い過去だが、今ではそれも懐かしい。なぜなら、そんな辛い時に昶と出逢えたから。
「さて、自己紹介も終わったそうですし、そろそろ中へどうぞ」
ちょうどそこへ、タイミングを見計らったかのようにソフィアが出てきた。
「何言ってんですか。どうせ風精霊使って盗聴してたんでしょ」
「白々しいですよ、ソフィアさん。てか、趣味悪すぎますよ。いくら気になるからって、俺でもしませんよ、そんなこと」
「ふふふふふ。いいから、いらっしゃい」
草壁姉・弟から送られる非難の目を気にした風もなく、ソフィアは部屋の主を無視して三人を室内に招き入れた。
「でッ! な! に! が! どうなってるわけよ?」
「シェ、シェリーさん、顔が近いです」
翌日、学院に帰ってきたシェリーは朱音を入れ違いに出て行った昶達を見て、アイナの部屋に押しかけていた。
だって、明らかに昶やソフィアと同じ文化圏っぽい意匠の服着た人が、昶とソフィアと、あとレナと一緒にどこかへ出かけていったのだから、そりゃこうなるだろう。
「で、誰なのよ。あのちんまい人。なんか、アキラと似てたような気がするけど」
「えっと、アキラさんのお姉さんの、アカネさんだそうです」
「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ え?」
それからたっぷり五秒後、
「お姉さんんんんんんんんんッ!?」
アイナが耳を覆うほどに大絶叫した。
「どうやってよ!? アキラってば異世界から来たんでしょ? アキラだってどうやって来たかわかんないのに、お姉さんの方はどうやって来たのよ!!」
「わ、私に聞かれたって、わかるわけないじゃないですか」
「あぁ~、それもそうか。ごめん、ちょっと動揺してたわ」
シェリーは自分の胸に手を当てて、何度か深呼吸。まずは気持ちを落ち着かせないと。
ひぃぃ、ひぃぃ、ふぅぅ。うん、ちょっとだけ落ち着いてきたかも。
「つまりあれなの? アキラが知らなかっただけで、アキラの世界には異世界に行く方法があったってことなの?」
「たぶん、そういうことなんじゃないでしょうか。昨日もちょっとお話ししたんですけど、マジュツ? でしたっけ。その辺りの話はぼかしてましたから」
「まぁ、それだけ危険なんだもんねぇ、マジュツって。だってさぁ、アキラレベルで平均なんでしょ? 私らの使ってる魔法なんかじゃ、全然話にならないもんねぇ」
「ですよね。信じられませんよ。本当に……」
シェリーとアイナは、そろって苦笑いとため息をつく。
どれだけぶっとんでるんだろう、昶達の使うマジュツというやつは。
昶の使っている術は桁外れに威力が高いし、有り得ないような現象を引き起こすし、それどころか別世界にまで移動できるなんて、何もかもが違いすぎる。
ここまで差が開きすぎていれば、そりゃため息も出るってもんだ。
「それで、アキラ達はどこに行ったの?」
「明日のマギア・フェスタに持って行くものをフィラルダに買いに行くって言ってました」
「え、アキラも出るの? マギア・フェスタ」
「アキラさんも一応生徒になったわけですから、出ることに関してはおかしくないんですけどね」
ついでに言えば、実力も学院の中でもぶっちぎりであるわけで、模擬戦の部門に関しては大会の全選手の中でも間違いなくトップだろう。
「そういえば、アイナも出るのよね」
「はい、飛行術の部門で。シェリーさんも出るんですよね?」
「うん、模擬戦の部門。私は準備できてるけど、アイナはどうなの?」
「私の方も準備はできてますよ」
「ふむふむ、そうかそうか……」
するとさっきまで力の抜けていたシェリーの頬が、ニヤリと釣り上がった。
あぁ、これはまた、ろくでもないことを考えている。生気が戻ったのはいいけれど、変なことに巻き込まれなければいいのだが。
明日にはマギア・フェスタの会場に出発するのだから、できるだけ疲れはとっておきたい。
「…あ、シェリー。帰って、たんだ」
するとそこへタイミング悪く、気の弱そうな──シャリオほどではないが──少女がやってきた。
名前はリンネ。白味がかった水色の髪を黒いリボンでツインテールにまとめ、深い青色の瞳をしたレナに負けず劣らずの小柄な少女である。
「おぉ、リンネいいところに来たわね。ちょっと私らに付き合いなさいよ」
そんなリンネの一番の親友が、よくろくでもないことを思い付くこのシェリーなのである。
それに今日はアイナも巻き込みながら、シェリーはひそひそと思い付いた内容を話し始めた。
シェリーがアイナとリンネを巻き込んで悪巧みをしている頃、昶達は学院から一番近い都市──フィラルダに来ていた。
昶と朱音は肉体強化を使って爆走し、ソフィアは二人の速度に合わせて低高度を飛行。レナは三人の速度に付いて行けないので、ソフィアが精霊魔術で一緒に飛ばして連行して行った。
「それで、フィラルダまで来て何買うんだよ、姉さん」
「さぁ?」
「『さぁ?』じゃねぇよ! 目的もなく来たのかよ! てか、準備万端で異世界まで来たんだから、そもそも買うもんなんてないだろ!」
「あはははぁ、やっぱバレてた?」
やや乾いた笑いを浮かべる朱音に、昶は全力で突っ込んだ。
そもそも『マギア・フェスタに一緒に行きたいから、買い足したい物がある』なんて言った時点で気付くべきであったのだ。
自宅でぼけーとしている内に召喚されてしまった昶と違って、朱音は『あるかもしれない異世界』に向かう前提で転移されて来たのである。何の準備もしていないわけがないのだ。
昨日は夏全開だった服装のくせに、今日は昶の制服より圧倒的に暖かそうな毛皮のコートなんか着ているのが、何よりの証拠である。
「せっかくの異世界だもん。色々見てみたいじゃない?」
「なら、最初からそう言えばいいだろうが……」
「だってぇ~、そんなこと言うとぉ~、昶だるいって言って付いて来てくれないじゃない」
「もう呆れてなんも言えねぇよ……」
いいかげん、弟離れして欲しいものである、心底。
これさえなければ、本気で尊敬できる姉なのに。まったく残念だ。
「そういえば、わたくしもこうやって街を歩くのは初めてですわね」
「じゃあ、普段は何してるんですか?」
「そうですわねぇ……」
昶に聞かれて、ソフィアは空を見上げてしばし考える。とはいえ、エザリアと一戦やらかした以外はこれといって珍しいことはしていない。
「ずっと、シャリオのいた孤児院手伝いをしていましたわね。あと、精霊魔法の指導もしていました」
「こっちも孤児院なのか……」
「『こっちも』?」
「いや、こっちの話なんで、気にしないでください」
つまりはシャリオもアイナ同様、孤児というわけか。
それと比べれば、親に捨てられてないだけ自分はマシだったのかもしれない、なんて思ってしまう。嫌な考えだけど。
「あの子、適性もそうなのですが、なんだか弟のように思えてしまって、それでつい教えてしまって。もっとも、精霊魔術の基礎だけなのですけれど」
「基礎だけでも、けっこうなもんだと思いますけどねぇ。下地さえしっかりしてたら、こっちの魔法なんてすぐに追い抜きますよ」
「でしょうね。そう思っているからこそ、あまり多くは教えていません」
基礎って、もしかして禍焔術式の基礎だったり…………はないよな?
あれは対人戦闘、それも集団を遠方から狙い撃ったり、あるいは砲撃で薙ぎ払ったりなんてできるとんでも兵器的代物なわけで。間違ってもこの世界の人に教えていいようなものではない。
「あの、さっきからずっと気になってたんだけどさぁ」
先を歩いていた朱音は、後ろで話している昶とソフィアに振り返り、
「あっちの魔法とかこっちの魔法とか、なんの話ししてるの?」
ある意味、いきなり核心とも言える部分に切り込んできた。
だが、これは伝えておかねばならない情報でもある。この世界において、魔術師とはどのような存在であるのかを。
昶とソフィアは、先を歩く朱音とレナのそばまで歩み寄った。
「この世界で魔法って呼ばれてる術、精霊魔術とよく似た術が普及してるんだけど……」
「その魔法と呼ばれている術、わたくし達の使っている魔術より、二、三世代ほど遅れてるんですの」
昶の言葉を継ぐ形で、ソフィアが説明を続けた。
「それに、俺達の世界と違って魔法の存在を一般の人も認知してるし、日常生活でも必要不可欠なものになってる」
「そんなせいなのもあって、術体系も平和利用と利便性を追求した方向に進化してるようですの」
「俺達の、戦闘力だけを追求して進化してきたのと違ってな」
「それなので、緊急時以外はあまり術を使わないようにしていますのよ。わたくし達は」
自分達の魔術もレイゼルピナの魔法のような進化ができていたら、魔術師の世界はもう少しだけマシなものだったかもしれない。
ソフィアと昶の台詞の端々からは、そんな未練にも似た何かを垣間見ることができた。そして、この世界で魔術師がこの世界においてどれだけ危険な存在なのかも。
「ようは、術者の数は多いけど、質はかなり落ちるわけなのね。で、私達は歩く戦略兵器ってとこか」
歩く戦略兵器、か。大雑把な表現だけど、確かにその通りかもしれない。昶は隣を歩くソフィアと、そして朱音を見ながら納得した。
──魔術師、かぁ……。
そして、この場で唯一魔術師ではない少女──レナは、ちょっと前までは信じられないような話を、ただ無言で聞いていた。
世代遅れ、戦闘への最適化、日常向きへの進化。それらは全て、小さな針のようにレナの心をチクチクと突き刺してくる。
否応なく、昶が自分達とは違う存在なのだと感じさせられてしまう。
そして、また思い知らされる。自分の非力さを、魔術師の強大さを。
尊敬と畏怖。よく似たようでいて全く違う感情が、レナの中でぐちゃぐちゃに渦巻いていた。
「それで話し変わるんだけど、ホントすごいわね。このネームレス謹製の翻訳チョーカー。異世界の言語までわかるなんて」
「確か、上位の念話をベースとした式を応用したもので『入力が思念か言語の違い』と、無免許医の錬金術師が言っていましたわね」
どういう原理で動いているのか、ソフィアはかいつまんで説明してくれた。よく見れば、ソフィアも似たようなチョーカーを首に付けている。
言っている意味はわかるけど、やってることが滅茶苦茶だ、とは昶の感想だ。なぜ『上位』の念話だなんて言われていると思っているのだろうか、その錬金術師は。その言葉の壁を取っ払うのが大変だというのに。
だが朱音の方は、昶とは違う方で驚いていた。
「錬金術師っていうと、まさか……」
「えぇ。ヴィシャラクタです。貴女がここに来る時に使った、世界間転移術式、とでも言えばいいのでしょうか。そのビックリ式を構築した」
「うっはぁ…………。つくづくすごいなぁとは思ってたけど、すごいどころか頭おかしいレベルね」
なんかもう、どれだけすごいのか考えるのもバカバカらしくなってくる。
朱音の感想を聞きながら、昶も呆れ果てていた。ネームレス、みんながみんなどうかしてる集団、という認識が昶の中で生まれた瞬間だった。
いったいどんな頭をしているのか、一度会ってみたいものである。
「で、その歩く戦略兵器なお姉さまは、何か気になるものでも見つけましたか?」
「う~ん。じゃあ、どっか雑貨屋みたいなとこない? 大学の友達にお土産持って帰りたいし」
「ほんと、観光気分ですわね。朱音さんは。レナさん、でしたわよね?」
「は、はいっ!」
ずっと三人の話を聞いていたレナは、突然ソフィアに声をかけられてぴょんと飛び上がった。
びっくりし過ぎて声が裏返っちゃったのが、とても恥ずかしいです。
「雑貨屋のようなお店まで、案内していただけないかしら」
「は、はい。雑貨屋ですね。それなら、この通り沿いに何店かいいお店がありますよ」
魔術師三人に囲まれて緊張しっ放しなレナは、ぎこちない足取りで歩き始めた。
その少し後ろに、昶、朱音、ソフィアの三人が続く。
「なんか魔力が三つ、同じくらいの距離で付いて来てるんだけど?」
「この感じは、なんとなく覚えがあるような……」
「あぁ、大丈夫です。三人とも知り合いですから」
朱音の問いかけにソフィアは頷き、昶はがっくりと肩を落として答える。集中しないとまだわからないレナと違い、昶達は先ほどから付かず離れずの距離で追いかけてくる三つの気配に気付いていた。
どうせシェリーあたりが首謀者で、リンネとアイナを巻き込んだのだろう。今度はどんな悪巧みを計画しているのやら。
「そっかそっか、三人とも知り合いなのね」
「ふふふふふ。それなら、ちょっとからかって差し上げましょうか、アカネさん」
「そうですね、ソフィアさん」
そして昶のすぐそばでも、悪巧みを考えている歩く戦略兵器が二人。この二人を止められる人間は、恐らくこの世界にはエザリアをのぞいて存在しないであろう。
もうどうなっても知らねぇぞ。昶は朱音達を止めるのは諦めて、前を行くレナを追って足を早めた。