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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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紅蓮の奏者篇 開幕

 まだ真夏の暑さを残した九月の上旬。頭上付近まで登った太陽が、眼下の者を焼き尽くさんと強烈な光を放っている。

 そんな光に照らされるのは、人里から遠く離れた山中にいる三人の男女のだ。

 男が二人に、女が一人。学友と言うには歳の差があり、恋人というには距離感があり、親子ともまた違う。

 ただ一つ確かなのは、とても登山をしに来たといった雰囲気ではない、という事だ。

 女の方は大きなショルダーバックとキャリーバックを持ち、半袖ティーシャツにジーンズという、まるで街中のような格好。

 男の方も、片方は真夏だというのに厚手のブラウンのコートを着ており、白い手袋なんかはめている。

 唯一まともなのは、背中に馬鹿でかいリュックを背負い、くたびれたジャージを来た若い男だけだ。

「今回はありがとうございます。えっとぉ……」

「ヴィシャラクタ=クシュリターナ。気にしないでくれ、覚えにくい名前なのは自覚している」

 女の途切れた台詞に繋げるように、コートの男は苦笑しつつ名前を名乗った。

「えっとぉ、あははははぁ……」

 女の方も、男の対応に乾いた笑いを浮かべる。やっぱり覚えてもらいにくいんだ、なんて思ったり。

 険しい山道を歩いても汗すら流していなかった女は、どこからかわきでてきた変な汗をぬぐった。

「それにしても、随分と山奥にあるのだな。その分、一般人からは見つかりにくいのも確かだが」

「頭の中が明治や昭和初期で止まってるだけですよ。今の時代、こんな市街地から離れた場所に住んでたって、いいことないですって」

 三人が向かっているのは、女の生まれ故郷である山の中の隠れ里だ。

 もっとも、中まで入ることはできない。もし部外者が侵入したとなればそれだけで厳戒態勢が敷かれるし、部外者をここまで招いた女の方も処罰を免れない。

 一年半ぶりの故郷にも関わらず、女の心中はどんよりしていた。

「でも、本当にあるんですか? 『異世界』なんてものが」

「あぁ。翼の民(フリューゲラ)のことは、もう知っているのだったか?」

「えぇ。知ってますけど」

 女は四ヶ月ほど前の事を思い出す。翼を持った人間、翼の民(フリューゲラ)

 存在を知ったその時は確かに驚いたが、今はとても仲がいい。特にあの翼をもふもふしている時は、まるで楽園だ。

 おっといけない、顔がゆるんでる。女は慌てて、ゆるんでいた表情を引き締めた。

「以前、翼の民(フリューゲラ)の元々いた世界には行ったことがあってな。だからあるだろう。異世界の三つや四つくらい」

「そ、そうなんですか。なんか、すごい事実知っちゃいました、私」

 砂利だらけで滑りやすい獣道を、雨に削られてつるつるになった岩の上を、おかしな恰好をした二人は驚くべき速度で登ってゆく。

 一番まともな恰好をしている上に一番荷物の少ない男が、実は一番速度が遅い。

 最寄りのバス停を降りてから既に五時間。お昼の時間はとっくに過ぎていて、もうすぐおやつの時間がやってくる。

 先を行く男と女は、もう少し気遣うべきだったかと今更ながらに後悔していた。

「お弟子さんって、一般人なんでしたっけ?」

「あぁ。まだ魔力(マナ)の扱いには不慣れだが、錬金術師(アルケミスト)としての才能はなかなかのものがある。とりあえず、後釜が見つかって一安心といったところさ。他の連中と違ってな」

「師匠! あんまり言わないでくださいよ! はっ、はっ…………恥ずかしいじゃないですか!」

 とはいえ、あまり時間をかけていられないのも事実だ。

 もうここは隠れ里の目と鼻の先。もう一キロも進まない内に、多重結界の境界線に到着する。

 それに、周囲は隠れ里の術者が定期的に巡回している。その連中に見つかってもアウトなのだ。

「よし、ここでいい。霊脈の調査と、式の最終設定を行う。マサキ、そのリュックを貸してくれ」

「はっ、はい……師匠」

 コートを着た男──ヴィシャラクタ──は、弟子である男──マサキ──から、大きなリュックを受け取った。

 中からは理科の実験室にでも置かれていそうな小物から、用途の不明な計測機器がいくつも取り出される。

「お疲れさま。はい、水分」

「あ、ありがとう、ございます」

 マサキは女から受け取ったペットボトルのキャップを開けると、それを一気に飲み干した。そして、今し方飲み物をくれた女を見上げる。

 自分より動きにくそうな服装で、自分よりもずっと重い荷物を持っているはずなのに、まるで今家から出てきたばかりのようにケロッとしている。これが、まだ一般人である自分と、魔術師と呼ばれる彼女や師匠との差なのかと実感する。

「あなたは、その、いいんですか?」

「ん? 私はまぁ、もうすぐ自宅だし、この道使うのも慣れてるから」

「はぁぁ。やっぱり、すごいんですねぇ。魔術師の方って。確か、陰陽師でしたっけ」

「そっそ。しかも、肉体強化使えるからね。今平気なのも、ここ来るまで軽く使ってたからだし」

 これが肉体強化なのか、初めて見た。マサキは呆然となって女を見上げた。

 師匠からは詳しい話を聞いていないのでわからないが、この人もとてつもない術者なのだろう。

 マサキも最近になって、“強い雰囲気”というものがわかるようになってきた。

 女とマサキが話している間にも、ヴィシャラクタは作業を続ける。作業台の上にアルミ板を置き、計測機器の情報を元に様々な図形や文字を書き加えてゆく。それも二枚も。

 絵画でも描くかのようで、線を引く工具もまるで筆になったかのようだ。一辺の長さは十センチくらいだろうか。元からかなりの量が書き込まれていたが、今はもう線を引かれていない部分などないのでは、というレベルになっている。

「やはりか。ソフィア(●●●●)の居た場所と同じように、霊脈が無茶苦茶になっている。大規模なくせに、雑な術が使われたようだ」

 確信したと言わんばかりに、ヴィシャラクタは頷いた。

 その荒れ果てた霊脈に合わせて、アルミ板の式に微調整を施す。最適化というのは確かに必要な作業ではあるが、女もここまで緻密な設定を行う術は見たことがない。

 それだけ、難しい術式なのだろう。『世界を渡る』という術は。そもそも女は今この瞬間まで、異世界があるなんて思いもしていなかったわけで、それだけでも想像を絶するような繊細さが必要なのがわかる。

「よし、式をここの霊脈に最適化させた。あとは、君の頑張り次第だ」

 それを、無茶苦茶に荒れ果てた霊脈に合わせて最適化をしようというのだ。ヴィシャラクタの技量も、呆れるほどに凄まじい。

 その超高難易度の作業を終えたヴィシャラクタは、二枚のアルミ板を女へと差し出した。

「さっすが、世界最強を名乗るの正義の味方。仕事も早いですねぇ」

「早く行け。我々は、少し休憩してから下山する」

「はい、わざわざこんな場所まで、ありがとうございます」

 女は二枚のアルミ板をショルダーバックに押し込み、ますます険しくなる山道をこれまでの倍以上の速度で登ってゆく。

 マサキは改めて女の能力の高さに舌を巻き、ヴィシャラクタは心に決めていた言葉を送った。

「会えるといいな、弟に」

「えぇ。会う機会があったら、玲奈さんによろしく伝えてください」

「わかった。そっちも、ソフィアに会うようなことがあれば、よろしく頼む」

「もちろんです。玲奈さんからも、色々頼まれてますから」

 最後に少しだけ言葉を交わし、女は山の中へと消える。視覚に作用する結界でも張られているのかもしれない。

 まるで霧に紛れるかのように、いつの間にか見えなくなっていた。

「師匠、あの人って結局何なんですか?」

 一息ついたマサキは呼吸を整えると、道具をしまうヴィシャラクタに聞いた。

「うちの首領の、遠い親戚の方だそうだ。先月の件で二つ名を下賜されたらしい」

 ヴィシャラクタは、全身の汗をふくマサキを視界に入れつつ答える。

 まったく、我等が領主様も、不思議な縁があったものだ。

「二つ名が下賜されるって、そんなに強いんですか、あの人。あんなに可愛いのに」

「見かけに騙されるな、という良い例だ。覚えておけ」

 マサキを一喝しつつ、ヴィシャラクタは独自のルートから仕入れた情報を思い起こした。

 我等が首領も一枚噛んでいたという話であるが、なんでもとんでもないことをやったらしい。

 人が紛争地帯で医療活動をしている間に、何をやっているんだか、あの人は。

「それで、なんて名前なんですか? 彼女」

「名前は知らないが、首領から二つ名は聞かされている」

 一呼吸の間をおき、ヴィシャラクタはその名を口にした。

紅蓮の(スカーレット・)奏者(シンフォニー)、というらしい」

 紅蓮の奏者──それは炎の調べを奏でる、ある一人の戦巫女に下賜された名である。

さて、そんなわけで。前回と比べて相当に早いですが、第二章本編に突入します。紅蓮の奏者とはいったい誰なのか、わかる人にはわかるでしょう。ずっとこのネタやりたかったんですよねぇ。今から気合が入ります。それでは。

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