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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第三話 傷痕 Act05:ヴェルム・プロスペリス

 結界の類でも張っているのか、空を飛ぶ式神に気付いた人は誰一人としていなかった。

 もっとも、見つかって騒ぎになるよりはマシだ。誰も彼もが、まだあの時の事件を引きずっているだけに、変に刺激したくない。

 アマネはレイゼンレイドの街を抜け、南に見える小高い山へと向かっていた。山と言うよりも、ちょっと高めの丘と言った方が正しいだろうか。

 見晴らしのいい草原地帯であるレイゼンレイドの周辺では、唯一隠れられそうな山林がある。その山の中腹辺りに、アマネは降下していった。

 このままでは、取り逃がしてしまう。そう思った瞬間、今まで全くわからなかったアマネの気配がはっきりと伝わってきた。

 恐らく、気配を遮断するローブを脱いだのだろう。

 誘っている。昶が追いかけてくることを。いや、追ってこさせるのが目的なのだから、これで正しいのか。

 怖がっていないだろうか、酷い目にはあっていないだろうか。レナのことを思うと、胸が苦しくなる。

 だが、その苦しみを糧として、怒りの炎はどこまでも燃え盛る。

 山の木々の隙間を縫い、最短距離で昶はアマネの気配に近付いてゆく。迎え撃つ準備でも整っているのか、動く気配はない。もっとも、この気配も偽装された式神かもしれないが。

 しかし、その心配は無用だった。

「お待ちしておりました。お早いお着きですね。さすがです」

 ちょっとしたクルーザーほどもある船の上。まるで客人でも出迎えるかのように、アマネはその場にたたずんでいた。それが逆に、昶の神経を逆撫でする。

 人攫(ひとさら)いなんてしておきながら、どうしてそんな平気でいられる。昶は再び村正を抜き放ち、アマネへと狙いを定める。

 すると、その時だった。

「アマネ、よくやった。もう下がっていいぞ」

 アマネの背後から、派手な格好の大男が現れたのは。

 パステルグリーンの髪はぼさぼさで、まるで野生の獣を彷彿とさせる。服は薄汚れている上にボロボロで、もはや元の姿を想像することはできない。

 身長は、二メートルにも届きそうだ。そのくせ、必要充分な筋肉はしっかり付いている。近接戦闘を主体とする術者には、理想の体型といっていいだろう。

 そう、昶やシェリー、そしてアルトリスと同じような。

 しかし、それらを差し置いて一番目を引くのは、隅々まで刺青の施された右腕だ。手首の辺りから肩まで、まるで紋章のように刻み込まれている。

「アキラっつうんだったか? オレはマサムネ=スメロギってんだ。ヨロシクな」

 マサムネと名乗った大男は、キラッと白い歯を見せて笑った。が、それは一瞬にして狂喜のそれへと様変わりする。

「んじゃあ、さっそくだが……」

 船の縁を蹴り上げたマサムネは、一直線に昶へ向かって飛んできた。

「このオレ様と、コロシアイをしようじゃねぇの!!」

 その拳に、パステルグリーンの魔力を纏って。




 両腕を覆い尽くすように物質化した魔力は、まるで篭手(こて)のよう。反射的にバックステップしていた昶は、難なくマサムネの初撃を回避した。

 そして、その破壊力を目の当たりにした。

 パステルグリーン──緑系ということは、風精霊(シルフ)を引きつけやすい魔力なのだろう。その証拠に篭手が地面に突き刺さった瞬間、拳の部分でくすぶっていた風精霊(シルフ)が一挙に物質化したのだ。

 一瞬にして生成された空気は逃げ場を求め、膨張する。その結果、地面はまるで爆弾でも爆発したかのように弾け飛んだのである。

「よく避けたな! 良い反応してらぁ!」

 声高らかに笑うマサムネは、続けて右腕に風精霊(シルフ)を収束させてゆく。

 そしてそれが一線を超えた瞬間、無数に構成されたパステルグリーンの弾丸が球状に弾け飛んだ。圧縮された空気をロケットのように噴射して、無軌道に空間をえぐり取る。

「オン・バザラヤキシャ・ウン!」

 とっさに金剛夜叉明王の真言を唱え、昶は無双の剛力をその身に宿す。鋼の肉体は文字通り、迫り来る魔力の弾丸をはじき返した。

「っ痛……!」

 だが、ダメージを完全に防ぐことまではできない。痛みに顔をしかめ、身体がわずかにこわばる。

 そこを狙って、マサムネは再び昶に向かって突っ込んできた。

 ──くそっ、やっぱ普通の肉体強化じゃ……!!

 顔をしかめていたわずかな時間に、マサムネは回避不能の距離にまで迫ってきていた。

 ならば、

(ひらめき)!」

 逆に迎え撃ってやる。最小限の詠唱だけで、雷華の技を発動させた。放射状に枝分かれした雷撃は、包み込むようにマサムネへと迸る。

「ふっ……」

 自身の速度もあって、回避は間に合わない。だが、マサムネは笑っていた。

 そして、雷撃がマサムネを直撃する。

 しかし、

「そんなんで、オレ様を止められると思うなよ!」

 なんとマサムネは、昶の雷撃に自らぶつかってきたのだ。パステルグリーンの篭手を突き抜けた雷撃が、マサムネの身体を穿つ。身体は不自然に痙攣し、歩みは今にも止まりそうになる。

 だが、止まりはしなかった。痙攣しているはずの身体は、より力強く大地を踏み抜いた。

「おらよぉっ!」

「ぐあぁっ!!」

 全体重と速度を乗せた一撃が、がら空きになっている昶の腹部に炸裂した。

 それもただの一撃ではない。魔力で物質化した篭手、そこ篭手を構成していた魔力を全て風精霊(シルフ)の収束に使い、解放したのである。

 最初の地面を破裂させた攻撃とは、比較にならない絶大な威力。昶の身体はまるで玩具のように飛び跳ね、二、三本の木々をへし折ったところでようやく止まった。

「おりょ、やりすぎちまったかな? おーい、生きてるかー? いてっ……」

「スッ、スメロギ様! やり過ぎです! それでは、ご自分の身体も持ちませんよ!」

 一方で、もろに雷撃をもらったマサムネの方も、ただでは済まない。立ち上がった瞬間に全身が痺れ、顔から地面に倒れ込んだ。

「ひひ、はひびょぉぶは」

 慌てて駆け寄ってきたアマネを、マサムネは倒れたまま手で制す。

「っつつ、男同士の()り合いに、手出しは無用だぜ」

 魔力循環系に無理やり魔力を流しこんで痺れを抜き、立ち上がる。

 内側からの痛みは倍以上になってしまったが、動かないよりはいい。どうせ、後でアマネが治療させろと言ってくるのだし。

 マサムネは、昶をぶち飛ばした方向に向かって歩き始めた。返事はなかったが、気配はちゃんとする。

「頑丈な身体してんなぁ……。自分でやっといてアレだけど、オレなら死んでっかも」

 身体的にはともかくとして、気配的にはまだ弱っている様子はない。

 さてさて、いったいどんな(つら)を拝ませてくれるのやら。知らず知らずの内に舌なめずりしているのに気付いて、マサムネは改める。

 これでも一応、組織の長なのだ。みっともないところはもちろん、カッコ悪い姿やはしたない姿なんて見せられるか。

 どうせならカッコ良く、強そうで凄みのあるところを見せつけてやらねば。そうだろう?

「よぉ、アキラ。生きてっか?」

 昶の元までやってきたマサムネは、地面に這いつくばる少年を見下ろした。

 土まみれの情けない姿。だが、その眼光はまだ死んではいない。剥き出しの殺意に、背筋がぞっとする。

 たまらない。こんな目をするやつは、域外なる盟約(アウター・レギオン)の本家筋の中にもなかなかいない。

「ふん、なかなか良い目してんじゃねぇの。けど、まだだ……」

 マサムネは、立ち上がろうとする昶の脇腹を蹴っ飛ばした。仰向けになって苦悶の表情を浮かべる昶に追い討ちをかけるように、今度は腹を踏みつける。

「見せてみろよ。この前の、王都の時みたいな力を。テメェの力は、まだまだそんなもんじゃねぇだろ!」

 何度も、何度も、マサムネは昶の腹を踏みつける。

 オレに見せてくれ、お前の本当の力を。本家筋連中なんてわけない、源流使い(オリジネイト)の使う正真正銘の魔術ってやつを。

「う、る、せぇッ!!」

 昶は振り下ろされる足をはねのけ、村正を振るった。マサムネがいったん距離をとっている間に、昶は体勢を立て直す。

 人のことを、散々踏みつけてくれやがって。そっちがそのつもりなら、やってやる、やってやるさ。怖いなんて言ってられるか。

 ──力を貸しやがれ、このクソ野郎共!

 自らの内側へと、精神の奥底へと手を伸ばす。来るなら来やがれ。今度こそ屈服させてやる。怨霊なんかに負けてたまるか。こんなヤツで手間取ってたら、“ツーマ”や、ましてやエザリアなんか相手にできないのだから。

 しかし、現実はそこまで甘くはなかった。

 ──デキルモノナラヤッテミロ! コゾウ!

 血の力に触れようとした直前、確かに聞こえた。怨霊の声が、明確なイメージとなって脳内を侵食してきたのである。

 頭の中を、心を、肉体さえも、全てがどす黒く混沌とした色に染め上げられ、最期には自分さえも塗りつぶされるような、そんな感覚。

 またしても、昶は血の力を使うことができなかった。敵との戦いだというのに。

「くそったれが……」

 それは情けない、自分自身へと向けた言葉。

「……くそったれがぁああああああああ!!」

 五行の流れを整え、一気に跳ね上げる。先ほどまでよりも、能力は高くなったかもしれない。

 だがそれも、血の力を使った肉体強化と比べれば子供のようなものだ。

「ナウマク・サマンダ・ボタン・インダラヤ・ソワカ」

「……舐めてんのか?」

 帝釈天──雷神(インドラ)の権能を村正へと宿し、渾身の力を持って振り下ろす。

「雷華、五之陣──(たばね)!」

「舐めてんのか、ってんだよ、ガキがぁああああああああ!!」

 刀身に轟雷を収束させた村正を、パステルグリーンの篭手が迎え撃つ。

 篭手を構成する魔力の密度も、先ほどまでとは桁違いだ。

「オレに、お前の本気を見せてみろよ!」

「そんなもん、知るかよ!」

 轟雷と篭手がぶつかるたびに、炸裂音を伴った雷光が飛び散る。

「はんっ、隠したって無駄なんだよ!」

「なにを!」

 欠けた魔力の欠片が、昶の頬を裂く。

 弾いた轟雷が近くをかすめ、マサムネの腕を焼く。

「クサカベの系譜もいるから、全部わかってんだよ! 自分の中のバケモンに喰われそうで、怖くて仕方がないんだろうが!」

「……くっ!!」

 袈裟斬りに振り下ろされた轟雷を、マサムネは篭手を交差して受け止めた。

 力と力のせめぎ合い。両者一歩も譲らず、相手を押し込もうと下肢に力を込める。

「はっ、やっぱり図星か。ノールヴァルトん時の反応を見るに、まさかなーとは思ってたんだが」

「……うっせぇ」

 力の拮抗が、徐々に崩れ始めた。昶の足が、少しずつ前へと進む。

「うっせぇよ! んなもん、自分でもわかってんだよ!」

 高ぶった感情が爆発し、一気に形成が逆転した。マサムネがバランスを崩したのを逃さず、昶は全力で押し込んだ。

 しかし後退もすぐにできなくなり、マサムネは岩肌へと押し付けられた。

「でも、どうにもならねえんだょ。しょうがねぇだろうが!」

 マサムネに向かって、昶は胸の内をぶちまけた。

 全部バレている相手に隠したところで、どうしようもない。いやむしろ、全部バレているからこそ吐き出せたのかもしれない。

「わかるか? 自分が塗りつぶされて消えそうになる感覚が! 自分の手で、好きなやつを殺しちまうかもしれない怖さが!」

「……なっさけねぇ」

 その昶の叫びを、マサムネはたった一言で切り捨てた。

「もっと見込みのあるヤツだと思ってたのによ。とんだヘタレ野郎だな。お前」

 興醒めだ。戦いの昂揚はもはやどこにもなく、吐き気すら覚える。

 こんなヤツ、視界に入れているだけでも不愉快だ。

「アマネ、予定変更だ」

 マサムネは轟雷を側面にいなし、反対側から抜け出す。危うく、肩を壊されるところであった。

 あれでまだ全力を出し切れていないのだから、源流使い(オリジネイト)の力とやらには呆れるばかりだ。

 もっとも、こちらも奥の手は残しているわけであるが。

「コイツを連れてくのはナシだ」

「でも、あの文書の解読には源流使い(オリジネイト)の知識が必要だって!」

「いいったらいいんだよ! つっても……」

 村正の刀身を覆っていた轟雷が、みるみる内にほどけてゆく。あれだけの威力だ。本来、瞬間的に用いるような術なのだろう。

 そしてマサムネは、その隙を見逃してやるようなお人好しではない。

「泣いて頼んでくるんなら、考えてやらなくもねぇけど、なっ!」

 肉体強化に全ての魔力を注ぎ込んだマサムネは、昶のこめかみを狙って右手の拳をふるった。瞬間、昶の頭が弾け飛んだ。またも身体が宙を舞い、地面を何度も跳ねた。

 こっちにも余裕がないのだ。この辺りの太い木よりも頑丈なら、死ぬようなことはないだろう。

「あぐっ!?」

 いくら源流使い(オリジネイト)だろうと、あれだけやれば脳震盪(のうしんとう)くらい起こすだろう。無論、普通の人間なら首が千切れている。

 これでなんともないようなら、本当にバケモノだが……さて結果は。

「はぁぁ、はぁぁ……。っふうぅぅぅ」

 気配は……弱いが一応ある。やっぱり頑丈なやつだ。

 顔には出していないものの、マサムネの方もダメージは大きい。足元はおぼつかないし、額の辺りがズーンと思い。

 想像はしていたが、まだまだ甘かった。源流使い(オリジネイト)とまともにやり合おうとすれば、もっと色々仕込まなければならないらしい。

 アマネも、あれでも一応本家筋の人間だ。だから、源流使い(オリジネイト)の力もそれに準じる物だと思っていた。

 しかし、実際は全く違った。域外なる盟約(アウター・レギオン)の本家筋との連中とやり合った感覚では、今度はこっちの首が取られることになる。今日のこの痛みは、勉強代ということにしておこう。

「はっ、さすがに、立てねぇらしいな」

 地面にうずくまったまま動けなくなった昶を、マサムネは鼻で笑う。内心、立ってこられたらやべぇなぁとは思っていたが、結果オーライってことでいいだろう。

「一つ、いいことを教えてやるよ」

 昶も必死で立ち上がろうとするのだが、手足に力が入らない。まるで、自分のものではないみたいだ。

「お前の中のバケモンは、これからもっとでかくなってくぜ。うちのジジィ共の話だと、過去に何人かそれで狂っちまったクサカベの系統のやつらがいたらしい」

 頭だけ辛うじて動かして、昶はマサムネを(にら)みつける。だがそれも、倒れたままやっていては(むな)しいだけだ。

 血の力を使えないというプレッシャーから、戦闘を急いでしまった。血の力も使わずに、雷華や真言といった大技を重ねて使えば、こうなることはわかっていたはずなのに。

 その結果が、この有り様(敗北)だ。

「それでだ。もしお前が自分の意志でオレ達んとこに来るなら、オレがなんとかしてやる。お前は貴重な源流使い(オリジネイト)だし、オレは部下には寛大で優しいからな」

 マサムネからはもはや、殺気はおろか魔力さえもほとんど感じない。完全に勝負は決した。そのたたずまいが、雄弁にその事実を語っていた。

「もしその気になったら、キャシーラに言え。迎えくらいなら出してやる。っとに、本当なら無理やりにでも連れてくつもりだったのによ。お前のシケた面見てると、そんな気もなくなっちまったぜ」

 用事は済んだとばかりに、マサムネは昶に背を向けた。

 なにもできないんだろ? そんな挑発の意味も込められている。

 それは勝者にのみ与えられた特権だ。敗者は例え納得がいかなくとも、それを受け入れるしかない。

「帰るぞ、アマネ。キャシーラ、後の処理は任せる」

「ま、待ってください! スメロギ様!」

「わかりましたぁ! スメロギ様も、お身体に気を付けてくださぁい!」

 二人の姿が消えるまでぶんぶんと手を振っていたキャシーラは、くるりと昶の方を振り返った。

「すごいですねぇ、アキラ様。あれでも、まだ全力でないなんて」

「……嫌味かよ」

 うつ伏せからなんとか仰向けにひっくり返った昶は、冷めた目でキャシーラを見た。

 こんな人畜無害で純真そうな女の子が、魔術師を擁する危険集団である異法なる旅団(テリビリアス)の一員なのか。

 先の一幕を見ていたにも関わらず、未だに信じられない。

「そんな! 滅相もございません! 源流使い(オリジネイト)の方、魔術師の方にお仕えできて、キャシーラは本当に嬉しいんです! ですから、その……」

 考えがまとまっていないのか、弁解するキャシーラの声はだんだん尻すぼみになってゆく。

 うむ、純真なのは間違いではない。

 源流使い(オリジネイト)──魔術師に対する度を過ぎた憧れは、彼女の本心なのだろう。

 それだけでも、域外なる盟約(アウター・レギオン)異法なる旅団(テリビリアス)の中で、魔術師という存在がどのような地位にいるのか察することができる。

「では、孤児院に帰りましょうか。飛行術は使えないですけど、魔法には自信ありますから」

 その途端、キャシーラの身体から魔力が溢れ返った。

 牽引された風精霊(シルフ)は昶とキャシーラを包み込むと、地面からふわりと浮いた。

「ちょっと待て! レナはどうなってんだよ!」

 昶は孤児院に戻ろうとするキャシーラを、大慌てで制した。

 そもそも、昶はアマネやキャシーラに捕まったレナを助けるためにここまで来たのだ。

 しかし、キャシーラは昶の静止も聞かずに、まっすぐ王都に向かって飛行を始めてしまった。

「レナ様なら大丈夫ですよ。今頃は孤児院に帰ってきて、またお勉強会をしてると思いますよ」

 そしてその口から、予想外の状況が伝えられた。

「どういうことだよ、それ」

「簡単なことですよ」

 意味がわからず呆けているご主人様()に、キャシーラは嬉々として真相を語り始めた。




 薄い月明かりの差し込む大部屋から、小さな寝息が無数に聞こえる。

 ここは、子供達の眠る寝室だ。昼間は遊び場、昨日と今日は勉強部屋として使われていた。

 遊びと勉強で疲れたのだろう。よく眠っている。

 無論、男女で部屋を分けるような余裕はないので、全員が同じ部屋だ。なので、室内を見回せばレナやアイナの姿も見ることができる。

 もっとも、男女でしっかりと境界線は引かれているが。

「まだ、具合が優れないでしょうか?」

 なかなか寝付けない昶を見て、キャシーラが近付いてきた。いつものメイド服ではなく、厚い生地のネグリジェを着ている。

「いや、治療の方は大丈夫。単に眠気が来ないだけだ」

 結局のところ、レナはどこにも連れ去られてはいなかった。

 また来る時に持ってくると言っていた教科書であったのだが、あまりにも子供達が頑張るものだから買ってあげたくなったらしい。

 つまり、昶が勘違いするようにし向けられて、まんまとはまってしまったわけだ。レナのこととなると、どうにも冷静な判断ができなくなる。

 これが、惚れた弱味というやつか。少し不思議そうにしてはいたが、レナに気付かれるようなことがなかったのが、唯一の救いだろう。

「そんならそのぉ、アキラ様……」

「ん?」

 昶が式神を飛ばすタイミングを把握していたのは、アマネの占いでそう出たのだそうだ。

 そんな細かいところまで分かるというのも、空恐ろしいものを感じる。あんな虫も殺せないような顔をしておいて、なかなかえげつない術を持っていやがる。さすが、土御門の系譜の者だけのことはある。

「ぐぐぐぐ、ぐっすり眠れるよう、キャ、キャシーラがお相手を! は、初めてですけど、頑張りますから!」

 そしてタイミングを見計らって出てきたのが、レナに変装したキャシーラだったのである。アマネから気配すら誤魔化せる変身術式の刻まれた護符を借り受け、昶からの手紙を受け取ったのだと嬉しそうに語ってくれた。

 しかもその手紙は、大切に保存するのだとか。キャシーラに宛てた手紙ではないのに、なにがそこまでいいのやら。

「いいって、そういうのは! いいから早く寝ろ」

「は、はぃ! 出過ぎた真似をして申し訳ございません! お先にお休みさせていただきます!」

 昶に怒られて縮こまったキャシーラは、何度も頭を下げて自分のベッドへと戻っていった。

「はぁぁ……」

 何十度目かのため息が、昶の口からこぼれた。

 マサムネは言った。草壁の系譜の者の中に、怨霊に飲み込まれて自分を無くしてしまった者がいたと。

 それが本当なのか、それとも口から出任せだったのか。昶には、それを確かめる(すべ)はない。

 だが、もしそれが本当だったとしたら…………。

 そう遠くない未来、昶はレナをその手にかけてしまうかもしれない。そんな事態になることだけは、絶対に避けなければ。

異法なる旅団(テリビリアス)か……」

 そこに行けば、少なくとも今より多くのことがわかるだろう。魔術師だけでなく、昶と同じ草壁家に連なる者達もいる。

「レナ、俺、どうしたらいいんだろうな……」

 どうすることが、一番いいのだろうか。安らかなレナの寝顔を見ながら、昶は苦悩していた。

初めての方、初めまして。お久しぶりの方、マジお久しぶりです。社会人一年生になって社畜生活を送っております、自称どっさり投稿魔の蒼崎れいです。しばらく更新してなかったせいか、だいぶ見放されてしまってる気がしますが、書いてなかったわけじゃないですからね。就職活動と卒業研究と、卒業する前に読み切りと新人賞出す作品を書こうとしていたら、一年近く投稿がストップするという事態になってしまいました。更新を待っていてくれた方、本当に申し訳ありませんでした。とりあえず、その辺が全部済んで落ち着いてきたので、しばらくはこれに専念できるかともいます。ただまぁ、HDDの中で腐らせてるネタがごろごろあるので、お姉さんの話が終わったら、マグスと読み切りの中編一作のパターンでいこうと思います。お姉さんの話はあと二章で終りで、四章目は現在執筆中です。

まあ、現状はこんな具合です。じゃあ、今回はこれくらいで。それでは。

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