第三話 傷痕 Act02:復旧に向けて
驚愕に目を見開いている客人達の反応に、マーサはアイナの肩をとんとんと叩いた。
「アイナあなた……。もしかして、まだ教えていなかったの?」
「えっと、そのぉ……。なかなか、言い出せなくて、そのままぁ」
「まったく、あなたという子は……」
マーサは額に手を合てて、深いため息をつく。バツの悪いアイナも、視線が下を向きがちだ。
そんなアイナを家の奥に下がらせ、マーサは再び三人と向き直った。
「ごめんなさいね。あの子ったら、こんな大事な事をまだ言っていなかっただなんて」
「じゃあ、アイナって……」
「あなた方の考えていらっしゃる通り、あの子は孤児だったんです」
レナの言葉に続けるようにして、マーサは言い切った。あえてその言葉を使わなかったレナの表情が、一層曇ったものになる。
孤児、単に言葉で言い表すだけなら簡単であるが、いざ突きつけられるとどういう反応をすればいいのか。こうなることがわかっていたから、アイナも黙っていたのだろう。
現に、次になんて言葉をかけたらいいのか、レナにはわからなかった。
「まぁ、まずは入ってください。狭くて汚い場所で、申し訳ないのですが」
そう言うとマーサは、三人を建物の中へと招き入れた。
玄関から入って薄い壁を一枚隔てた場所には、大きな長テーブルが置かれていた。恐らくは、食堂なのだろう。
どことなく、昶は懐かしさを感じ取った。なんとなく、まだ向こうにいた頃の食卓を彷彿とさせられるのだ。
兄と姉と母親との小さな食卓が、今ではもうはるか昔のことのように思える。
「レナといいます」
「昶です」
「アキラ様のお世話をさせていただいております、キャシーラと申します」
中に通された三人は、それぞれマーサに名乗った。マーサもそれに頷くと、三人に座るよう促す。
「本日は遠いところからわざわざ、あの子のわがままを聞いていただいて、ありがとうございます」
三人が座ってから自らも席につくと、マーサはまず深々と頭を下げた。
「いえ、そんなことは……」
その様子に、レナは両手を前に突き出して頭を横に振る。
確かに、きっかけはアイナから相談を受けたことだ。区画の復旧作業が進んでいないから、昶に手伝って欲しいという。
レナが自身に頼まれたことではないにしても、知ってしまったからには放っておくこともできない。それにレナも、今回の事件の関係者として少なからず責任を感じているのだ。
あの戦闘に参加し、強大な力を振るった者として。
「お手伝いできることがあるのなら、喜んでさせていただきます。ね? アキラ」
「ん、あ……。あぁ、はい。ぜひ、やらせてください」
それとは正反対に、昶はマーサの話を全くを聞いていなかった。いや、聞こえていなかった、と言った方が正確だろう。まさに、心ここに在らず、といった状態である。
こんなうじうじとした気持ちから少しは解放されると思って、ここまで来たというのに。
そして意識した次の瞬間に沸き上がったのは、底知れない罪悪感だ。昶があの事件に対して抱いている自責の念は、レナの比ではない。
来る途中で見てきたたくさんの傷跡。それが、何度も何度もフラッシュバックされる。あの時は相手にしなかった市街地での戦闘、あそこでもう少し頑張っていれば、この場所もこんな風になっていなかったかもしれない。
過ぎ去ってしまったことに、『たら』『れば』を言っても意味はないが、考えずにいられるはずがなかろう。事実、昶にはそれだけの力があるのだから。
「あのそれで、具体的には何をすればいいんですか?」
迫り来るネガティブな感情を振り払うように、昶はマーサにたずねた。実はそこの部分は、まだアイナから聞かされてい。
レナとキャシーラも、背筋をピンと張ってマーサを見つめる。
「そうですねぇ……」
三人に見つめられるマーサは腕を組み、うむと頭をひねり、
「まず、資材の運び込みをやっていただけると、ありがたいわね」
少し考えた後に柔らかな笑みを湛えてそう口にした。
「資材の方は、あの子が奨学金のお金で工面してくれたのですけど、運び込む手段がなくて」
昶達は、ここに来るまでの道中を思い出す。資材というのがどんなものかはわからないが、あの狭く入り組んだ道を使うとあれば人力で運び込むしかない。
この区画の惨状的に、運び込むのはかなりの量になるはずだ。が、レナと昶はそれよりももっと気になることがあった。
「あの、奨学金のお金で、なんですか?」
「えぇ。あの子ったら、使い方がわからないって言って、学費以外に使っていないらしくて」
確認するレナに、マーサは答えながら再び深いため息をつく。
なるほど、昼食時に一回も食堂で見かけたことがなかったのは、そのせいか。朝食と夕食は学費に含まれて入るが、昼食は自費だ。そのため座席の埋まり具合でいえば、昼食時は朝夕の半分くらいの人数しかいない。
実際、リンネも昼食への出席率は週に二回ほどである。そのリンネも、レナやシェリーが誘えば一緒に昼食を食べるのだが、アイナはいくら誘ってもはぐらかすばかりで首を縦に振ることは一度もなかったのだ。
「なによ、水臭いわねぇ。アキラの昼食代なんて、あたしとシェリーが出してたくらいなのに」
「なら、今までの分返そうか? 俺も前の月からもらってるし」
「いいわよ、別にそれくらい。お金なんかじゃどうにもならないくらい、あんたには助けてもらったんだから……」
と、レナの声がだんだん尻すぼみになって、最後には聞こえなくなってしまった。そして聞こえなくなっていく声に反比例するように、首から上の辺りがかぁぁっと赤くなっていく。
今まで昶に助けられた時のことが、次々と溢れ出てくるのだ。もちろん、一番強烈に残っているのは、暴走していた昶が自分自身を止めた時の一言である。
『俺のレナに、手ぇだしてんじゃねぇぞ、こら……』
自らの内側に巣食う魑魅魍魎共の意識を跳ね除け、発した一言。あれから、いったい何度思い出して赤面したことか。胸の奥が、キュンとなってしまう。
しかも、その後回復して目を覚ました昶と、熱烈すぎるキッスまでしてしまったのも一緒に思い出してしまって、もっと恥ずかしい思いに。
「あらあら、お二人は仲がよろしいのですね」
そんなレナの様子を見ていたマーサは、聖母のような慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
気付いたレナは、ハッとなってますます赤くなってうつむいてしまった。昶の方も、俺のこと考えてたんだろうなぁ、とか思ってしまってもらい赤面。レナほどではないにしても、頬が一気に熱くなった。
「アキラ様に、レナ様ぁ。多少なりともぉ、時と場所を考えた方がよろしいとキャシーラは思うのですがぁ」
「わかってるから言わないでくれ。レナがだめになる」
とはいうものの、もう手遅れのようで。レナは完全に茹で上がって頭からぷすぷすと煙を出してしまっていた。怒りの沸点も低いが、恥ずかしさの沸点はそれに輪をかけて低い。
まあ、放っておいても少しすれば元に戻るだろう。それくらいには、昶もレナのことをわかっているつもりだ。
「えぇっと、話を元に戻しますけど、俺達はその資材をこの区画まで運べばいいんですね」
「えぇ、さしあたっては」
頭をかきながら言う昶に、マーサは微笑みながら首肯した。
すると話がひと段落したところを見計らって、女の子がティーセットを持ってやってきた。赤毛の三つ編みがトレードマークの、ちょっと気の強そうな雰囲気の子である。
「院長先生、お茶を持って参りました」
「ありがとう、マティルダ」
マティルダと呼ばれた少女はマーサの分も含めて四人分の紅茶を入れると、そそくさと部屋から出て行った。
いや、よく見れば物陰からずっとこちらを観察しているようだ。警戒半分、興味半分といったところか。視界の隅にマティルダを入れつつ、三人はマーサへと向き直った。
「ここにいる中で最年長の子です。アイナも下の子達の面倒をよく見てくれていましたが、あの子もよくやってくれています」
「確かに、すごくしっかりしいそうですね。キャシーラよりしっかりしてそうです」
「うふふふ、ありがとうございます、キャシーラさん。ただ、もう少し愛想がよければいいのですけれど」
アイナもマティルダもどこで育て方をまちがえてしまったのかしら、とマーサはまたまた深いため息。自分の感情を隠すつもりなら、もっとちゃんとすればいいものを。
同じ施設で育ったからか、マティルダもアイナによく似て、表情を偽るのが下手くそだ。本人はできているつもりかもしれないが、ぎこちなくて本心がバレバレなのである。
もっとも、アイナの方は初日の歓迎会に仮面を引っぺがされて以降、あまり隠すようなことはなくなっているわけであるが。
「あ、お茶、ありがとうね」
いつの間にかオーバーヒートから復帰したレナは、壁の向こうからちらちら見てくるマティルダに向かってお礼を言う。あわてて壁の向こう側へと引っ込むマティルダであるが、客人が気になって仕方がないらしく再びちらっと顔を出した。
そんなに気になるのなら、近くに来ればいいのに。レナは隠れるマティルダに笑みを向けつつ、淹れてくれた紅茶を一口くちに含んだ。
すると、
「これ、うちのと一緒……」
口の中に広がる香りに驚いた。
「この茶葉、どうしたんですか?」
「あら、わかっちゃいましたか」
レナの指摘に、マーサはまるで子供みたいな無邪気な笑みを見せる。
「この紅茶がどうかしたのか?」
「これ、すっごい高いやつよ。王室も確か、この茶葉使ってたはずだもん」
本当に? 昶はそれを聞いてから、恐る恐る紅茶を口に含む。
言われてみれば、いつも学院で出されているものよりまろやかで優しい感じがするような気がする。とはいえ、昶の舌ではそんな繊細な違いはよくわからないのだが。
ちなみに昶の隣では、キャシーラが目をキラキラさせて紅茶を楽しんでいた。味がわかるのか、さすが王室から派遣されたメイド。昶よりも、よっぽどいい舌をしているらしい。
「この茶葉は、知り合いから頂いたものです」
「知り合いって言うと、やっぱり……」
「えぇ、貴族の方です。今はこんなですが、私も昔は貴族でしたから」
マーサがさらりと口にした内容に、レナとキャシーラは激しくむせ返した。というか、そんなさらりと話してもいいような内容でもないだろうに。
「父の代で爵位を剥奪されてしまいましてね。当時はわたくしもまだ幼かったですから、なぜそうなったのかはわからないのですが」
そう言ってマーサは紅茶を口に含み、一呼吸置いた。
慈愛に満ちた表情はいっそう温かさを増して、みているだけでこっちまで優しい気持ちになってくる。
「それで、住む家どころか食べ物にさえ不自由していたわたくしを拾って育ててくれたのが、ここの前の院長先生なんです」
当時のことを思い出しているのだろう。マーサはどこか遠くを見るように、天井に視線をさまよわせた。
まだ周囲のこともよくわからないまま、いきなり外の世界へ投げ出されて、きっと昶以上の苦労があっただろうに。それなのにこんなに優しい顔ができるのは、きっとマーサの言う院長先生がとてもいい人だったのだろう。
今のマーサを見ているだけで、当時の院長先生がどんな人だったのか。三人にもなんとなく伝わってきた。
「そのうち院長先生を手伝うようになって、苦しかったですけれど、とても楽しい毎日でした。それからしばらくして、先代の院長先生が亡くなられて、わたくしが院長を引き継いで、今に至ります。それで、まったくの偶然なのですけれど、わたくしがまだ貴族だった頃の幼馴染に会う機会がございまして。今は、その方から色々と支援していただいております。この孤児院の運営も」
なるほど、この孤児院の運営には貴族の人間も関っているのか。孤児院というにはかなり設備が整っているのは、そういう背景もあるのだろう。
今座っているソファーだって、少なくとも安物という感じではない。
「なら、その方から復旧に必要な費用を提供していただけばよかったんじゃないんですか?」
「孤児院のことならまだしも、それはこの区画全体の問題ですから。そこまでお世話になるのは、さすがに図々しすぎますでしょう?」
レナの質問にマーサは柔らかく、しかし毅然として答えた。苦しくとも譲れない一線がある。そしてそれを実行できるだけの強さがある。
そんなマーサが、今の昶にはまぶしかった。
「それにしてもいいですわね、こうやって色々なお話ができるのは。午後からの作業再開までまだ時間がありますから、もう少しお話しましょう。アイナのこと、いろいろ聞かせていただけませんか?」
いたずらっぽく笑いかけるマーサに昶とレナは互いに見合わせて苦笑すると、過激すぎる内容を避けてアイナとのことを話し始めた。
「ふぅぅ、さすがに疲れたなぁ……」
何十本目かの木材を運び込んだ昶は、大きく伸びをした。背骨を中心に、ぽきぽきと関節が乾いた音を立てる。
アイナの奨学金を元に大量に仕入れた木材やら石材やらその他諸々は、メイン道路沿いにある空き地に置かれていた。もっとも、そこも始めから空き地だったわけではなく、戦闘によって元々あった建物が跡形もなく倒壊してしまった場所である。
そのため、近くから集められた瓦礫の山もあれば、別の区画の修繕用と思われる資材も置かれていた。
また、資材の運搬や建物・道路の修繕は、同じ地区の人間が交代で行っているらしく、昶達以外にも十数名の人間が資材運びを行っていた。修理の方も、同じ地区の者が交代でやっているそうだ。
ちなみに、資材の運び込み先はマーサの運営している孤児院──その隣にあるちょっとした広さのある庭だ。もちろん、本来の用途は孤児院の子供達の遊び場である。ただ、大人達にとっては臨時の資材置き場かもしれないが、子供達にとっては遊具が増えただけであったり……。
「にいちゃん、すげー! どうしてそんなの一人で持ち上げられんの!」
「なんあぁ、もう一回やって! もう一回!」
積み上げられた木材や石材の上に登って遊んでいた子供達が、昶のそばまで駆け下りてきた。昶が一人で木材をもってきたのを見ていたようだ。
なにせ、運んでいる量が量である。資材置き場からの距離が長いのもあって二人で三、四本を運んでいるところを、昶は一人で十本以上は運んでいるのだから、嫌でも目立つ。
「もう一回って言われてもなぁ……」
いったいどうしろと。
「そんじゃぁ……」
「うぉぉっ!?」
「あぅっ!?」
色々と頭を捻った昶は男の子二人を両脇にしっかりとかかえると、体内の霊力の流れを整え始める。四肢に力があふれた次の瞬間、できるだけ衝撃を与えぬように大きくジャンプした。
放物線を描きながらジャンプした昶は、そのまま孤児院の二階の窓枠へと着地する。だが昶はそれだけでは終わらず、もう一回ジャンプして孤児院の屋根の上まで跳び上がった。
「よっと。こんなもんでどうだ?」
「すっっっげぇぇええええええええ!」
「どうやってんの? ねぇ、どうやってんの!?」
「肉体強化ってやつ。わかりやすくいうと、ものすんごい力持ちになれる魔法が使えるんだよ」
「「おぉぉぉぉ…………」」
両脇に抱えられている男の子達は、もう目がキラキラだ。
普段の生活の場がほとんど魔法学院の昶には自覚のないことだが、レイゼルピナも含めてこの世界でマグスとは花形職の一つなのだ。憧憬の目で見られるのは、むしろ当たり前といっていいだろう。
しかも二人にとって最も身近だった人が現在、王家の後援を受けて魔法学院に通っているとなればなおさらである。
「んじゃ降りるから、暴れるんじゃねぇぞ」
「降りるって、飛び降りるの?」
「そりゃ、飛び上がって屋根まで上がってきたわけだからな」
「にいちゃんは、空飛ばないの?」
「残念ながら、そっちは今練習中だ」
昶を見上げる二人の表情が、すこしばかり引きつっている。いざやると言われると、さすがに怖いのだろう。ぱっと見ただけでも、地上までは十メートルほどはある。
普通ならば、飛び降りればただではすまない高さだ。しかし、昶にとってはなんてことのない衝撃である。
なにせ、戦闘中はもっととんでもない衝撃が、どこからともなく襲いかかってくるわけで。この程度で音を上げていれば、草壁流の名を背負うことはできない。
──名前を背負うって考えるとか、俺も変わったってことかなぁ……。
この世界に来るまでは、逃げたくて仕方のなかった草壁の名。それが今では、“草壁昶”という人間──そのアイデンティティを形作るまでになっていたわけだ。
草壁の血に流れる力に、何度助けられたことか。もっとも、その力が今現在昶を苦しめている原因となっているのであるが。
「しっかりつかまってろよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「まだ心の準備がぁぁ……!!」
拒絶する二人の言葉を無視して、昶は屋根のふちを思い切り蹴った。前方に向かって飛び出した三人は、重力に引かれてだんだんと下に向かって加速してゆく。両脇の男の子二人は、あまりの怖さに大絶叫。
今にも地面に激突しようとしたその時、昶は肉体強化とは別の力を解放した。引き寄せられた風精霊が形を成し、三人の身体を包み込む。
「ふぅぅ、うまくいったぁ」
地面から十センチあたりを滞空していた三人は、ぽんと着地した。
「どうだ? びっくりしただろ?」
両脇に抱えていた男の子を下ろすと、昶はニヤッと二人の顔をのぞきこんだ。恐怖と驚でぽかーんとしている二人は、なにが起こったのかまだ理解できていないようである。
しかし、だんだんと自体を飲み込めてきた二人は、さっき以上に目を輝かせた。
「もしかして、今の魔法!?」
「すげぇ! からだがふわってなった!」
そう、昶は魔法を──昶達の言葉で言えば精霊魔術を使ったのである。これも一度レナと繋がった時に、レナの中にある魔法についての知識や経験に触れたおかげだ。
おぼろげだったイメージが、今ならはっきりと思い浮かべることができる。精霊を集めるのにはまだまだ時間がかかるが、慣れれば符術以上の大きな武器となることは間違いないだろう。
目下の目標は、とりあえず威力は二の次で発動時間の短縮だ。
「ただなぁ、俺魔法はそんなうまくないからなぁ。失敗しなくてよかったな」
もっとも、例え失敗していたとしても怪我をするようなことはない。ただ、ものすんごぉく、男の子二人が痛いだけで。
それを聞いた人も、『え? ほんとに?』とでも言いたげに頬を引きつらせていた。
「そんじゃ、仕事に戻るか」
ちょうどいい気分転換になったことだし、そろそろ運搬作業に戻ろう。休憩使用と思ったのもそのためで、体が疲れていたわけではない。
木材は運び終わったが、まだ大量の石材が残っている。夕方まで頑張れば、今日中に全ての資材を運び終えることができるだろう。
「お前ら、別にここで遊んでてもいいけど、怪我だけはすんなよ」
「はい! わかってます!」
「でもその前に、おやつの食べてくる!」
男の子二人は、昶の注意にピシッとまっすぐに手を上げて答える。これも、マーサによる教育の賜物だ。わいのわいのと騒ぐ二人は、そのまま孤児院の方に全力でかけて行った。
おやつなんて作る余裕があるのか? なんて思う昶であったが、すぐに思考を切り替える。それよりも今は、任されたことをしっかりと果たす方が大事だ。まさか肉体強化をして力仕事をするなんて夢見も見たことはなかったが、できるならば魔術なんて物騒な先頭になんか使わずにこんなことに使うのが一番であろう。
誰かを、なにかを傷つけることなく、他人を幸せにできる、笑顔にすることができる、役に立つことができる。そんな、戦闘とは無縁なことに使えることが。
そう思うと、少しだけ気分が晴れた。
「っし、もうひと頑張り」
頬をたたいて気合を入れなおすと、昶は再びメイン道路沿いにある資材置き場に向かった。