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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
132/172

第二話 ユキカゼの舞う国 Act07:ミカドノシキ

 昶の感覚が、突然特異な反応を捉えた。と言うよりはむしろ、昶にとっては懐かしすぎる気配である。

 だが昶にとって懐かしいということは、レイゼルピナの人々にとっては異常な事態が起こっている、という意味でもある。

「この感じ、嘘だろ………………。ほとんど土御門(つちみかど)のじゃねえか!?」

「アキラ?」

 血相を変える昶の反応に、レナは疑問符を浮かべていた。

 確かに、目に見えた変化が起きていない以上、レナにこの気配の変化を感じ取れと言うのも無理な話だ。

「信じらんねぇけど、俺の世界の術の気配がする。それも、とびきり強力なヤツだ」

「それって、かなり危ないんじゃ……」

 昶やエザリア、そしてソフィアといった魔術師の力を目にしてきたレナは、すぐにその意味を悟る。

 魔術師の目から見ても強力な術ともなれば、マグスから見れば絶大な脅威に他ならない。

 そして昶の脳裏には、一週間ほど前にロイスから聞いたある組織の名前が浮かび上がっていた。

 ──域外なる盟約(アウター・レギオン)に、異法なる旅団(テリビリアス)

 異世界人と思われる人間を保護しているらしき組織と、その戦闘集団。

 そのどちらかもしれないし、あるいはどちらでもないかもしれないが、確実なことが一つだけある。

 相手の使っている術が、土御門の系統に属する術な点だ。

 しかもこの、不気味さと気持ちの悪さで、身体が内側からむずがゆくなるような感覚は……。

 ──式神、だろうな。それも、霊格がかなり高い。

「レナ、ロイスさんの所まで連れてってくれ。たぶん、右の補給艦にいる」

「わかった」

 昶は杖にまたがるレナの後ろに回り、お腹の辺りにしっかりと腕を巻き付けた。

 羞恥心などと言っていられる場合ではない。焦燥感に駆られ、レナはふわりと浮き上がると、一直線に補給艦へと向かう。速度はそれほどでもないが、雪の上を走るよりは速い。

 レナは自分の力不足を呪いながらも、懸命に戦場を目指して飛行した。




 最初に変化を感じ取ったのは、上空から群れの動向を観察していた監視部隊だった。

 灰色の雲は次第に暗くなってゆき、時折雷光が走るのが見える。

 この時期は確かに曇ることは多いのだが、それでもここまでの急速な変化は異常だ。

「いったい、なにが起こっているんだ?」

 と、その時だった。

 レブラプテル達が降りてきている山の中腹に、特大の雷が落ちたのは。

 一瞬だが視覚と聴覚が完全に麻痺し、あわや墜落するところであった。




 ────────ヒョーーーー、ヒョーーーー────




 回復したばかりの聴力が、不気味な鳴き声を拾い上げた。

 鳥のようでいて鳥にあらず、獣のようでいてこれも違う。

 そして監視役の兵士の目がついに、山麓から出現した謎の生物の姿を捉える。

 ──なんだ、あれは。

 あまりに奇怪な姿に、言葉すら出てこない。

 猿のような頭、胴は茶色い毛に覆われているのに、手足を覆うのは黄色と黒の縞模様。挙げ句、尻尾は蛇ときたものだ。

 全身に青白い閃光をまとったソレは周囲のレブラプテルを焼き焦がし、蹴散らしながらノールヴァルトに向かって走り出した。




 正体不明の獣魔が出現したという知らせは、すぐにロイスの元まで届いた。

「レブラプテルの状態はどうなっている?」

「依然として、油断できない状態です。現状で、許容範囲内ギリギリ、といったところです」

「待機中の魔法兵を総動員して、迎撃に向かわせろ。火精霊(サラマンドラ)火線砲はまだあるか?」

「不調だったものが五台と、予備が十台」

「壊れてしまっても構わんから、全て出させろ。その獣魔を止めるのが最優先だ」

「了解しました」

 矢継ぎ早に下される命令を、通信兵が念話で飛ばし、もしくは伝令が全力で走る。これは、かなり危ない事態だ。

 報告によれば、出現した獣魔は未確認のもの。全長は十メートル以上。走る速度もレブラプテルより速く、しかも全身に雷を纏っていると言う。

「第二級、くらいか」

「そうですね。都市警備隊レベルの魔法兵では、もはや相手にできないでしょう」

 第二級危険獣魔。王都派遣組とも呼ばれる蒼銀鎧のエリート魔法兵が、十数人から数十人規模の部隊を組んで対処しなければならない獣魔を指す。

 レブラプテルの大軍勢を相手にしながら、どこまで対処ができるか。

「イェレスティオくん、行ってくれるか?」

「お任せあれ」

 イェレスティオはロイスに恭しく一礼すると、風のように颯爽と船室を飛び出して行った。

 ──今回は、危ないかもしれんな。

 ロイスの脳裏には、考え得る中でも最悪の状況が描き出されていた。




「くそっ! 止まらない!!」

「前の右足を集中して狙うぞ! 足が一本でも使えなくなれば、進撃の速度は緩む!」

 補給艦近くの野営地で休息をとっていた魔法兵達は、現在謎の獣魔を上空から攻撃していた。

 レブラプテルとの戦闘は短くても二週間、長ければ一ヶ月以上も続く。そのために、数日おきに休憩がとれるようにシフトが組まれているのだが、今は身体を休めている場合ではない。

 ここでこの獣魔をくい止められなければ、横長に展開された戦線は易々突破され、ノールヴァルトの町が蹂躙されることになる。

 一度崩れた戦線を元通りにするのは容易ではなく、その間に大量のレブラプテルが町へと雪崩れ込むだろう。

 それだけは、なんとしても阻止しなければならない。

「くそ、止まらねぇぞ!」

「どけ、でかいのを一発ぶつける!」

 後方で待ち構えていた魔法兵が、事前に作っていた巨大な火球を投射した。

 降り積もった雪は一瞬にして蒸発し、周辺のレブラプトルをもまとめて消し飛ばす。

「やったか?」

 足音は聞こえないが、状況は黒煙のせいでよくわからない。

 魔法兵達は各々発動体を構え、もしもに備えて魔力を練り上げてゆく。

 無限とも思える刹那の緊張感。すると次の瞬間、黒煙の中を青白い雷光がほとばしった。

「生きてるぞ!」

「撃て! 撃てぇぇええええええええ!!」

 氷の槍が、炎の(つぶて)が、風の弾丸が、岩の杭が黒煙に向かって飛翔する。

 しかしそれは、

「ヒョーー、ヒョーーーー!」

 黒煙から飛び出した雷光によって、次々に迎撃された。

 だが、それだけで終わらない。黒煙から飛び出した謎の獣魔は、なんと鎧のように全身に雷光を纏っていたのである。

 放出される雷撃は広範囲に及び、近くを飛行していた魔法兵が数人巻き混まれた。

 落下する前に辛うじて回収には成功したが、このままでは突破されるのも時間の問題である。

「追える者だけでも行け! 速く!」

 辛くも雷撃を回避し、手の空いている魔法兵数名は、南下する謎の獣魔を追いかける。

 雷を纏った謎の獣魔はこれまでより速く、なかなか追い付けない。

 このままでは、本当に……。

 そんな時だった。

「アイギーナスプレスタ!」

 強力な氷の散弾が広範囲にばらまかれ、謎の獣魔ごと地面をごっそり削った。

 これは効いたのか、謎の獣魔は立ち止まり、暗天を見上げる。

「聖リリージア国、聖殿旗士団(エイギス・バース)、イェレスティオ。推して参る!」

 氷結の騎士と化したイェレスティオは、氷の華を引き連れて謎の獣魔へと襲いかかった。




 イェレスティオは先に引き続き、中位(トライド)の攻撃魔法を唱えた。

 先の攻撃を受けた直後の獣魔は、即座にバックジャンプしてこれをかわす。出現から初めて成功した足止めに、他の魔法兵達の間にざわめきが広がってゆく。

「セイレーアフォール!」

 イェレスティオは間を置かずして、次の攻撃を放った。

 散弾を回避したばかりのところに、上位(フィフシス)の攻撃魔法──巨大な水の球が落下する。

 獣魔を丸々包み込んで余りあるサイズの水球の重さは、数百トンにも及ぶ超重量。いくら堅牢な肉体を有する獣魔でも、喰らえばタダでは済まない。

「ヒョーーーー!!」

 だがそれを、上空から降り注いだ雷が消し飛ばした。いや、地上からも極太の雷が迸っていた。

 まさに雷を自在に操る獣。厄介な能力だ。

「………………ヒョォォ」

 だが、獣魔はイェレスティオを一瞥しただけで、再び視線を横一列に並んだ部隊へと向ける。

 そして再び荒々しい雷撃を撒き散らしながら、勢い良く走り出した。

「ちっ、止まれ!」

 イェレスティオも負けじと加速し、獣魔を追随する。呪文もなしに人間サイズの氷の杭を作り出すと、獣魔めがけて投射した。

 しかし、獣魔はまるで後ろに目があるかの如くこれを回避し、または纏った雷で撃ち落とす。

 やはり呪文による魔法でなければ、あの防御を突破するのは難しい。

 魔法兵だけでは火力不足と悟った砲兵達も、砲身をレブラプテルから獣魔へと移した。

 レブラプテルなら魔法兵達でも止められるが、コイツはここで止められなければ町が壊滅する。

「撃て撃て! 撃ちまくれぇぇえええええッ!」

 火線砲からは超高温の熱戦が飛び出し、大砲からは榴弾や砲弾が火を噴く。

 一局集中した火力はこれまでにない轟音を響かせながら、獣魔へと襲いかかった。それこそ、上位(フィフシス)の攻撃魔法にも劣らない威力である。

 視界が喪失するほどの黒煙。しかし、パチパチと独特の破裂音を伴う足音は、みるみる近付きつつあった。

 そして、

「ヒョーーーーッ!!」

 十メートルを超える巨体が、黒煙を突き抜けて現れた。

 次弾装填など間に合わない。

「全員退避! 急げ!」

 火砲の指揮を執っていた隊長が、大声で怒鳴り散らした。

 しかし、後方の隊員は間に合うが、前方の隊員にはそんな時間すら残されていなかった。

「せ、先輩! きます!」

「見てる暇あるなら、さっさと逃げろバカが!!」

「わっ、わっ、わぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」

「ヒョーー! ヒョーーーーーーッ!!」

 完全に腰を抜かしてしまった新米兵士は、もはや先輩兵士の声など聞こえてはいなかった。

 自分達を蹴散らさんと駆けてくる奇怪な獣魔を見つめたまま、迫り来る恐怖にただ(おび)えるだけしか。

 まるでスロー映像でも見ているかのように、獣魔がゆっくりと近付いてくる。一歩、また一歩と、雷撃と轟音を引き連れて。

 もうだめだ。走馬灯のように、過去の思い出が新米兵士の目の前を過ぎ去って行く。

 しかしその映像を断ち切るように、獣魔の足音がはぜた。

「ヒョーーッ!」

 視界は全て獣魔で埋め尽くされ、もはや逃げる手だては残されていない。

 その時、一つの人影が後方から通り過ぎる。

 まだ年端もいかない少年だった。特徴的な黒い瞳と髪が、新米兵士の脳裏に鮮烈に焼き付く。

大仙(たいせん)遷化(せんげ)せしめるを弔い、以ちて此処に雷法を生ず」

 少年はズボンのポケットから数十枚の紙切れを取り出し、獣魔に向かって投げつけた。紙は多重の五角形を形作るように展開し、獣魔にも劣らぬ激しい雷光が溢れ返る。

 新米兵士には、目の前でなにが起こっているのか理解するだけの知識も思考も残っていない。

 だが、一つだけ明確なことがあった。

「天心正法、弐之壁──禁!!」

 目の前の少年が、獣魔の突進を受け止めた、という事実だけは。




 昶が戦場へと赴いたのと時を同じくして、レナは補給艦の甲板へと降りたった。

 ほとんど落下するように着陸したレナは何度か甲板を跳ねたものの、痛みを気力で堪えて立ち上がる。

 そして司令部になっているはずの艦橋へと駆け上がった。

 元から体力の少ないレナだ。すぐに息が荒くなり、手足は鉛のように重くなる。

 しかし、決してスピードが衰えることはない。

「お父様!」

 バタンと扉を開くと、室内の全員の目がレナへと向けられた。

 全ての者が、なぜこんな場所に司令のご息女が? という風に、目をしばたたかせている。

「なぜ来た、レナ! 今がどういう状況か、お前にもわかっているだろ!」

 ロイスは、無鉄砲すぎる娘の行動に激昂した。

 当然だ。一般人の立ち入りは厳しく制限されているのはこの場がそれだけ危険だからであり、なおかつ現在は戦闘中である。

 しかも、例年にない規模の群れなのに加えて、第二級に相当するであろう謎の獣魔が猛威を振るっているのだ。

 そんな危険極まりない場所に大切な娘が自ら飛び込んできたのだから、むしろ怒るなという方が無理な相談だろう。

 だがレナも、今回ばかりは引きはしなかった。

「わかっているから来たのです!」

「なに?」

「あれは、アキラ達の術で作られた、偽りの生物です。あのままでは、近くの兵士も巻き込んでしまいます。付近の者は、すぐに避難させてください!」

 レナの言っている意味がわからなかったロイスであるが、続く言葉で全てを理解した。

 昶達の術とは即ち、ロイス達マグスよりも危険極まりない魔術師達の術ということ。

 あの獣魔が魔術師達の術によって作られたのだとすれば、それはどれだけ危険なものなのか。想像に難くない。

 そして迎撃に向かった昶が戦闘をするとなれば、周囲にもかなりの被害が伴う。

 しかし、一部でも戦線を下げれば、そこからレブラプテルに突破されてしまう。

「仕方ない。謎の獣魔付近の者はすぐさま撤退、装備は放置しておいてかまわん。他の砲の手伝いにまわせ。それと、遊撃隊の魔法兵は全員下がらせろ。撤退した穴から抜ようとするレブラプテルを殲滅するんだ。一体たりとも逃がしてはならん。砲手の後方で待機中の魔法兵には死ぬ気で砲手を守り抜くよう、それぞれ伝えろ。ここからが正念場だ!」

 今はこれしかない。

 いたずらに兵を犠牲にせず、なおかつ町への被害を最小限に押さえるには。

 魔法兵達の奮起を期待しつつ、ロイスは引き続きレブラプテルの迎撃に全力を傾けた。




 昶は村正を抜き放ちつつ、謎の獣魔、いや、式神を見上げた。

 ──特徴的に、(ぬえ)だな。俺への当て付けかなんかか?

 自分の目で見て、昶はようやく確信する。これは間違いなく、土御門の流れを汲む式神である。

 すぐに浮かび上がったのは、異世界人らしき人々を保護して回っているらしい、域外なる盟約(アウター・レギオン)異法なる旅団(テリビリアス)の名。

 過去に土御門系の術者が保護していたとすれば、一応筋は通る。

 昶は作り上げた雷の壁を解き、いつでも動けるように全神経を研ぎ澄ませた。

「グルルルルルルル……」

 鵺は低く喉を唸らせ、昶の周りをぐるぐると回り始めた。まるで、獲物の力量を見定めているかのように。

 ──なるほど、最初から俺が目的ってわけか。

 ある程度の自立行動が可能な式神には、単純なな命令を設定することができる。付近から術者の気配が感じられない状況を見るに、その可能性が極めて高い。

「ヒョーーー!!」

 鵺の式神は甲高い雄叫びを上げ、昶へと襲いかかる。

 鋭利な爪を持つ虎の前足が、ぶぉんと空気を押しのけながら迫ってくる。

 昶は難なく横に飛んで避け、護符を二枚取り出した。

金轟(こんごう)、急々如律令!」

 この手のタイプの式神を破壊する方法は二つ。一つは通常の戦闘と同じく式神を攻撃して戦闘不能に追い込むこと、もう一つは術者からの霊的な力の供給を断つこと。

 術者の気配をたどれない以上、式神本体を破壊するしか止める方法はない。

 昶の放った護符は十数本の刃物となって、鵺へと降り注いだ。刃物は一メートル以上ある日本刀のような形状をしており、半数近くが雷の鎧を突破して本体に突き刺さる。

「浅いか」

 鵺は多少痛がる素振りを見せるものの、ほとんど効いていないようだ。

 しかも反撃とばかりに、額からドッドッと雷撃を飛ばしてくる。

「くそっ!」

 本来の雷よりも遅くとも、回避が難しいのに変わりはない。狙いが“ツーマ”より荒いのもあって、血の力を使っていない現状でもなんとかなっているが……。

 ──やばいな、このままじゃ。

 技量不足の面があるとはいえ、やはり通常の肉体強化では限界がある。

 ──仕方ねぇか。

 血の力を解放する以外に、勝利への道はない。

 昶は自らの内側へと意識を傾け、力を呼び醒まそうとした。

 だが、




 ────クククク……




「ッ!?」

 寸前で、なぜか身体が強ばってしまった。

 胸の奥底から突き上げてくるような衝動に、えもいわれぬ不安が広がる。

「しまっ!?」

 その間に目の前まで迫っていた鵺は、両前足既に両前足を振り下ろし始めていた。

 回避は間に合わないが、しないよりはマシだ。昶は腕を交差させて防御態勢を取りながら、後方へとジャンプしようとした。のだが、いきなり横から強烈な衝撃にみまわれた。

「まったく、なにをやっているんだ、君は」

「イェレスティオ、さん」

 鵺の式神に踏み潰される寸前で、イェレスティオが昶を広い上げてくれたのであった。

 杖の発動体を用いずにこれだけの高速飛行。相当な腕前だ。

「なにって、知ってる気配があったから来ただけですよ。あれは、土御門の系統の式神で、レイゼルピナのマグスには危険すぎる敵です」

「なるほど。あの退避命令は、君の世界に(ゆかり)のある物だったからか」

 頷くイェレスティオは、鵺の式神から少し離れた場所で昶を下ろした。

「よくわかりませんけど、アイツの狙いは俺らしいですよ」

「つまり、君を囮にすればいい言う意味か」

「そこはどうぞ、ご勝手に。なので、俺が誤射しても怒らないでくださいね」

 イェレスティオの物言いにむっとした昶は、売り言葉に買い言葉で殺気をぶつけてやった。

 向けられたイェレスティオの方も昶をにらみ返してくるが、その時間も長くは続かない。

 前方から飛んでくる雷撃を左右に別れてかわし、それぞれが回り込むように鵺へと向かう。

「セイレールアジーアス!」

「金轟、急々如律令!」

 収束された水の連撃と鋼の刃が、両サイドから鵺の式神へと降り注いだ。

 これまでの敵を圧倒する速度に反応しきれず、猿の口から悲鳴じみた雄叫びが漏れる。

 鵺は改めて昶へと目標を定め、身体に纏った雷を撃ち込んできた。

「金剛、急々如律令!」

 乱暴に引っ張り出した数枚の護符は、昶の言霊に従って鋼の盾を作り上げる。

 絶え間なく撃ち続けられる雷のせいで、盾の外に出ることはできない。

 しかし、今は昶一人ではない。

「間抜けめ」

 イェレスティオは単純な命令しかこなせない式神を嘲笑い、一気に後方へと回り込んだ。

「アイギーアフォール!」

 上位(フィフシス)の攻撃魔法、巨大な氷の杭が鵺の式神の後ろ足めがけて飛翔した。

「ヒョォォォオオオオオオオ!?」

 攻撃を受けた激痛からか、鵺の式神は今度こそ悲鳴を上げた。

 防御のための雷を昶の攻撃に回したために、雷の鎧が薄くなってしまったのだ。

 鵺の注意が、昶からイェレスティオに向けられる。

 昶はその瞬間を逃さなかった。即座に鋼の盾から飛び出し、村正を振るった。

「秋水、三之型──雫巻(しどけまき)!!」

 刃を捻り翻し、軌跡の先端から渦を巻く水の槍が撃ち出される。

 それは鵺の雷の防御に威力を削がれながらも、見事に左目を撃ち抜いた。

「ヒョォオオ、ヒョォォオオオオ!!」

 あまりの痛みに、頭を振り乱す鵺。ここぞとばかりに、火線砲と榴弾が掃射された。

「今だ! 撃てぇえええ!!」

 喉が裂けんばかりの号令に、待機していた兵士達は次々に砲を撃ち込む。

 昶とイェレスティオも後退しながら、それぞれに攻撃を見舞った。

「秋水、四之型──水劍(みつるぎ)!!」

「セイレーアフォール!!」

 放射状に広がる水は前足を裂き、上方からは穴を穿たんばかりに水流が飛来する。

 たった一瞬生じた隙。その一瞬にとてつもない量の火力が注ぎ込まれた。




「ヒョォォォオオオオオオオォォオオオオオオオォオオオオ!!!!」




 だが、相手も高い格を有する鵺。自壊すらいとわぬとでも示すかの如く、全方位に向けて一斉に雷撃を放ったのである。

 雲に見え隠れする太陽よりも明るく、火線砲が玩具に見えるような雷撃。砲台は次々と破壊され、引火した榴弾があちこちで爆発した。

「しまった!?」

 焦りの声を上げるイェレスティオ。爆発した榴弾がまた別の榴弾を爆発させ、付近一帯は地獄へと様変わりする。

 火薬に混じって血の臭いがツンと鼻を突き、助けを求めるうめき声がひっきりなしに耳を打った。

「だから、離れるように伝えたのに」

 秋水で水の盾を張っていた昶は、吐き捨てるように言った。

 こうならないために、自分はここに来たはずなのに。

「グルルルルルルル」

 鵺の力は、明らかに弱っている。恐らく、先の一撃が最後の抵抗であったのだろう。

 もはや、雷の鎧すら纏っていなかった。

 だが、それでは意味がないのだ。少なからず、死人も出ていることだろう。

「くそが」

 それは、自分自身へと向けられた言葉だ。血の力が使えていれば、さっきの一瞬で決まっていたはずなのである。

 村正を握る手に、力が入った。

 黒煙の晴れ止まぬ中、昶は鵺に向かって走る。今の状態なら、確実に仕留めることができる。

 地面を固く踏みしめ、額に向かって跳躍した。

 申し訳ていどの雷の鎧を突き抜け、昶は鵺の眉間へと村正を突き立て、

「雷華、四ノ陣──(さかずき)!!」

「ヒョォォォオオオオオオオォォオオオオオオオォオオオォォォォ…………!!」

 鵺の身体の中を突き抜け、内部から雷撃が全てを破壊し尽くす。

 雷獣と伝えられているのだから、雷への耐性は高いのだろうが、身体の内側までは及ばない。

 鵺の巨体は力を失い、バタンと倒れ込んだ。その瞬間、鵺の身体は光の粒となって消え去る。痕跡も残さず、初めからそこにはなにも無かったとでも言うように。

 湧き上がる歓声と賞賛の声。その中には、先日昶のことを『化け物』と罵った者も含まれている。

 しかし、昶の心が晴れることはなかった。




 その後戦列に加わった昶とイェレスティオの働きもあって、戦線はなんとか持ち直した。

 レブラプテルが町の入り口付近まで侵入する事態にはなったが、家屋の一部破損と食料が食べられてしまっただけで、人的な被害は兵士達のみに収まった。

「済まない。また助けられたな」

 ロイスからも労いの言葉をかけられたが、昶の心はここに在らずといった感じだった。

 負傷した兵士の件は頑として答えてはくれなかったが、答えてくれないとはつまりそういう意味なのであろう。

 一部の憔悴しきった兵士の顔を見れば、察しは付く。

「アキラ、こんな所にいたんだ」

「……レナか」

 そして現在は、レブラプテルの群れがいったん引いたとあって、元のホテルに戻ってきている。

 真っ暗な部屋の扉が、ききぃと静かに開いた。逆光になっているので、顔はよく見えない。

 それでも、だいたいは想像がつくが。

「あれは、あんたのせいじゃないわよ。それに、あんたがいなかったら、もっと酷いことになってた。お父様も、そう仰っておられたじゃない」

 目の前まで来たレナは、優しく語りかけてくれる。

 だが、そのせいで余計自分が許せない。

「でも、かなりの被害が出ちまったじゃねぇか。自慢じゃねぇけど、エザリアみたいなのともやりあった経験があるってのに、情けねぇったらねぇよ」

「……アキラ」

「悪い、一人になりたいんだ」

「────わかった。でも、あまり深く考え過ぎちゃだめだからね」

 レナは一度だけ振り返ると、静かに扉を閉める。

 それを確認すると、昶は改めて自分の内側へと意識を傾けた。

 血の力を引きだそうと、心の奥底へと手を伸ばす。

 ────────ククククク、ハハハハハハハハ!──────

「くそっ!!」

 だが、できなかった。

 力を引き出そうとするその瞬間、誰かの嗤い声が聞こえてくるのである。

 怖い。その嗤い声が。

 まるで、自分自身が塗りつぶされてしまいそうで。

「こんなんじゃ、誰も守れねぇじゃねえかよ」

 脳裏に現れる、角を生やした金眼の自分。怨霊の権化たる存在は、今この瞬間も昶の身体を狙っているのだ。

 今度自分を失ってしまったら、またレナを。大切な誰かを傷付けることになるかもしれない。

 しかし、それでは誰も守ることができない。そんな自分に、いかほどの価値があるのか。

 昶はただ、終わらない自問自答を繰り返す。

「らしくないのよ、ばか」

 扉を一枚隔てた向こう側、なにもできない自分に、レナは唇を噛みしめていた。




 ノールヴァルトから東へと進んだバルハル山脈の麓、二つの人影が足音を殺して歩いていた。

「はぁぁ。純粋なデータは取れなかったかぁ。で、どうなんだアマネ。アイツの見立ては」

「あれでは、良くも悪くも平々凡々、としか。ですが、個々の術には目を見張るものが、あっ」

「っと、危ねぇ」

 倒れそうになる女性を、男性が支えてやった。

「すいません。あのシキガミは、反動がキツいタイプですから。感覚を繋ぐ分、負担も大きくて」

「ったく、連中も無茶苦茶しやがって。目の方は大丈夫なのか?」

「はい。ようやく見えるようになってきました」

 男女のペアは光学迷彩の術を解くと、その中に留めてあった小舟へと乗り込んだ。

 小舟は男性の魔力に呼応してふわりと浮き上がり、バルハルヒルクへ向けて南下を開始する。

「で、お前の見立てだとどうなんだよ?」

「先日の王都の一件だけを見れば、あの少年の圧勝でしょう。スメロギ様では、手も足も出ません」

「おい」

「ですが、今の彼なら」

「俺にも、部があるってか?」

「はい。まるで、なにかを恐れているようでした。あれではいくら強くても、力を発揮することはできません」

 男性の口元が、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 相変わらず、顔に出やすい人だと女性は苦笑いした。

「そんじゃ、今度は直接ご挨拶と洒落込もうか」

「それと、もう一つ気になったことが」

「なんだ?」

「途中で入ってきた、聖殿旗士団(エイギス・バース)の青年。魔力の放出量が安定していませんでした。もしかしたら……」

「ほほぅ。そんなのがいたのか。果たしてソイツは天然物なのか、それとも俺達と同類なのか……」

 あっと言う間に雲の上まで出た小舟は、まるで溶けるようにひっそりと夜の闇へと消えていった。

 初めての人、初めまして。久しぶりの方、お久しぶりです。内定がほぼ決まって一安心している蒼崎れいです。ゲーム届いたのにやる暇がありません。だって、ゲームするくらいなら書けって言われそうなんだもん…………。

 そんなわけで、第二章第二話終了です。アナヒレクス家やイェレスティオ、ようやっと出せた。その他諸々も含めて。二章はある意味、本筋から離れるような無駄話が一切ない構成のせいで、終始雰囲気が重苦しいです。そして読者の方々からのプレッシャーも。皆様にワクワクハラハラドキドキをお届けできているかどうか。

 それはそうと、シンフォギアG終わっちゃいましたね。もちろんキャラソンは全部買ってアニメイト特典のCD-BOXはゲットしました。クリスちゃんが天使すぎて生きるのが辛かった。最終二話は恒例? のギャグ回と化してましたが。おかげでお財布が…………。


 あと、朱譚の方との共通年表も作りましたので、お暇ならご覧ください。

 それでは、また次話でお会いしましょう。ちょっとだけ暴露すると、次回アイナちゃん回です! ではでは。

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