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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第二話 ユキカゼの舞う国 Act03:追憶の彼方

 翌日、昶はまだ日の昇らない内から目が覚めた。色々と思い悩んでいる内に、眠ってしまったようだ。

 普段ならそのまま外に出て、修練に励むところなのであるが、窓の外は一面雪で覆い尽くされている。これではそもそも、歩くことすらままならない。

 それに加えて、今まで経験したことのないような寒さが、分厚い壁を隔てた向こう側にあるわけで。それを考えると進んで外に出ようとは思わない。

 あと、室内の温度も地味に寒い。火精霊(サラマンドラ)のストーブでも、今日ばかりは少々力不足だったようだ。

 そんなわけで、

「もうちょい寝てよ……」

 日が昇るか誰かが呼びに来るまで、二度寝をすることにした。

 さすがに保温性能抜群の布団の中までは、冷気も入って来られない。

 だが、問題が一つ。ぐっすり眠っていたおかげで、今全然眠くないのである。

 だから、昨日の夜に考えていたことを、また思い出してしまった。

 レナと、アイナのことについて。

 そして、ラスターシャから話された、十年前の事件について。

 今日会ったら、レナになんと声をかければいいのだろう。それがわからない。

 今までと変わらずに振る舞うのが、恐らくは正しいのだろう。だが、そうできる自信もない。

 戦闘時ならポーカーフェイスもできるくせに、それ以外の場面だとてんでダメで。本当に、自分には戦う以外に能がないと自覚してしまう。

 そう育てられたのだから、それが仕方のないことだとしても。

 そういえば、昨日風呂に入らずに寝てしまったのだが、どうするべきだろうか。

 学院の制服を三、四着持ってきてはいるが、先に風呂に入った方がいい気もするし。これなら昨夜、センナに案内してもらえばよかったと、昶は今更ながらに後悔していた。

「レナのやつ、今頃どうしてんだろうなぁ……」

 やはり、自分と同じように色々悩んでいるのだろうか。いや、自分以上に苦しんでいるはずだ。

 友人の一人であるアイナとあんなことがあって、それからずっと冷戦状態が続いているのだ。平気であるはずがない。

 にも関わらず、昶の前では強がってばかりで、辛そうな素振りは一切見せない。

「ったく、そんなに頼りないかよ。俺は……」

 だがそれは、あるいは昶の願望なのかもしれない。

 自分がレナに惚れていることは、恥ずかしながら自覚している。

 そんな人に泣きつかれれば、もっと直接的な表現で自分を選んでくれと言われたならば、答えを出せるかもしれないのに。

 しかし、レナの答えはそうではない。

 いずれ訪れるであろう別れの日に備えて、あえて自分から距離を置こうとしているのだ。自らの想いすら、犠牲にしてまで。

「甘いよな、俺…………」

 やはり、誰も傷付かない方法はないのであろうか。

 必ずどちらかを、傷付けねばならないのだろうか。

 二人の想いの間で揺れながら、決められない自分に昶は拳を握りしめた。




 昶がベッドの中で悶々としている頃、レナも自室にて目を覚ましていた。

 目の前には、一年ぶりに見た妹のロッテの顔がある。自分と同じ髪の色だが、羨ましいくらい癖がない。顔の作りも、自分と比べて少しばかり愛らしい。

 ややキツめの顔つきを自覚しているだけに、ちょっぴり羨ましかったりする。

 レナは、はらりと垂れる髪をかきわけ、優しく頭を撫でた。

「むぅん~。れなおねぇしゃまぁ」

 一瞬起こしてしまったのかとも思ったが、寝言のようだ。可愛らしい顔をだらしなく緩め、猫のようにゴロゴロとすり寄ってくる。

 いい加減、お姉ちゃん離れをしてくれないだろうか。

 このままでは、妹の将来が少し心配だ。

 もっとも、エルザほどは心配していないが。

「アキラ、どうしてるかなぁ……」

 レナはふと、想い人の名を口ずさむ。

 最近になってようやく全快したと言っていたので、これで一応の一安心と言ったところだ。

 ドンパチする度に心配ばかりかけて、少しは心配する方の身になってみなさいよと、レナは思う。

 でも、ちゃんと帰って来てくれた。

 ちゃんと生きて、自分も元へ帰って来てくれた。

 ラズベリエでした約束を守ってくれたことが、レナには嬉しかった。

 でも、もうあんな目に遭わせるわけにはいかない。

 ちゃんと元の世界に帰してあげると、心に決めたからには。

 だが、アイナはそんなレナの決意を踏みにじるように、昶との間に潜り込んできた。

 元の世界に帰るからどうした? あなたの想いはその程度なのですか?

 まるで、そんな風に言われたような気分だ。

 自分はあんなに考えて、昶を帰す決意をしたのに。

 ──ううん、そうじゃない。許せないんじゃ…………なぃ。

 そう、自分の決意をけなしたかのようなアイナが許せないのではなく、そういう結論を出せたアイナが羨ましいのだ。

 自分には、絶対にできない結論を出せるアイナが。

 こんなに好きなのに、好きで好きでどうにかなりそうなのに、なぜ自分には同じようなことができないのだろうか。

 東の空には、そんなレナの胸中とは正反対な、爽やかな朝焼けが輝いていた。




 昶がクリスの案内で起床し食堂を訪れた頃には、レナは既に朝食を終えていた。

「おはようです! アキラ!」

 でもって隣には、今日も元気いっぱい爆走中のロッテが腰掛けている。

 既に食事を終えたラスターシャからは、すみませんがよろしくお願いします、との許可も頂いた。

 つまり、相手をしてあげてください、とのことである。

「ロッテお嬢様、口元にジャムがついてますよ」

「え? アキラ、どこどこ?」

 ジャムトーストと魚をメインとしたメニューが、目の前にポツポツと並んでいる。

 やはり海に面した領地だけに、魚料理が多いのだろうかと昶は朝から回転の鈍い頭をひねらせた。思えば昨日の夕食も、魚介類が多かった気がする。

「アキラー、んー!」

 口を尖らせて突き出してくるロッテに、昶はやれやれとナプキンでぬぐってやった。

 少々乱暴なになってしまったが、ロッテは満足そうだ。

「アキラ~、朝ご飯はいかがですか?」

「そうですねぇ、たいへんおいしゅうございます」

「なら~、このお魚~、アキラにあげる~」

「おい……」

 ちょっと怖い顔をしてやると、ロッテは引き釣った笑みを浮かべつつ差し出していた皿をテーブルに戻した。

「ロッテお嬢さま、ズルはいけませんよ?」

 後ろで見守っていたクリスも、クスクスと笑いながらロッテをたしなめる。

 作戦が失敗した上に怒られてしまったロッテは、ぷくぅっとほっぺたを膨らませた。

「だってぇ、骨がいっぱいで食べにくいんだもん!」

「まあ確かに、ナイフとフォークじゃ難しいよなぁ」

「んん? では、アキラはどうやって食べるのですか?」

 苦戦しながらも骨をかわして白身を口に運ぶ昶に、ロッテは問いかけた。

 まあ、これは魔法うんぬんとは関係ないし、大丈夫だろう。

「俺の国だと、木からこれくらいのまっすぐな棒を切り出して、それを二本使って食べるんです。箸っていうんですよ」

 昶は両方の人差し指でサイズを示しながら説明してやった。

 異国の文化に興味津々なロッテは、おぉぉ! と目を輝かせながら更に食いついてきた。

「ハシというのですか。でも、片手で二本の棒を使うのって、難しくないですか?」

「慣れれば、けっこう使いやすいんです。フォークみたいに刺せるし、柔らかかったらナイフみたいに切れるし、あとはさんだりもできますから」

「すごぉぉぉい! 頭いぃ! そのおハシを考えた人は、ものすごい発明家ですね!」

「そうかもしれませんね」

 本当に、昔の人はよく考えたものだ。

「では、そのおハシを作ってくるので、このお魚を…」

「自分の分はちゃんと食べましょうね、てか食べなさい。ロッテのために作ってくれた人に失礼だろ」

「う~、アキラのケチんぼ! バカ!」

 ちょっと鬱陶しいとは思うが、妹というのも存外悪いものではないと、昶は微小を浮かべた。

 末っ子だっただけに、兄や姉に甘えていた記憶はあるが、甘えられた記憶はない。ついつい手が伸びて、わしわしとロッテの頭を撫でていた。

「ん~、もう。気持ちいいですけど、子供扱いはイヤです」

「自分で子供扱いしないでって言ってる内は、まだまだ子供です」

「うぅぅ……。お魚、食べます」

「おー、えらいえらい」

「もぉぉ、撫でないでください!」

 ウガーって犬歯を剥き出しにしたロッテが、全力で昶を威嚇。その瞬間、額の辺りでバチンと火花が散った。

「うぉぉ!?」

「わぁ!? あわわわわわ!?」

 ある程度耐性のある昶は大して驚かなかったが、目の前で火花の散ったロッテはてんやわんやの大慌て。

 あんまり慌てたものだから、そのまま椅子ごとすっ転んでしまった。

「なにやってんだか……。大丈夫ですか、ロッテお嬢様」

「いったたたた。アキラァ、今のっていったい、なんなのですか?」

「お嬢様があんまり興奮したせいで、魔力に反応した風精霊(シルフ)が密集して雷が散ったんですよ。ほんと、この前のシェリーみたいだわ……」

 昶はロッテの手を取ると、一息に引っ張り上げた。この程度なら、肉体強化を使うまでもない。

「でも、あたし発動体は使ってないですよ?」

「発動体使ってなくても、魔力って漏れてるんですよ。まぁ、俺の経験だとそういう人って元から持ってる力が多いんで、けっこう大成する人が多いんですよ」

「そうなのですか!? なら、あたしいっぱい勉強して、絶対お姉さまと同じ学院に行くのです!!」

 さっきまで子供扱いされて怒っていたのが嘘のように、今度は超が付くほどのウキウキだ。

 ロッテの中では、昶はどのような位置づけなのだろうか。

 少なくとも、けっこう尊敬されるような場所にはあるのだろうが、ちょっと気になる。

 と、そこでふと思った。

「ロッテお嬢様、お姉さまがどこに行っ…」

「お姉さまはあたしのお姉さまです! アキラのじゃありません!」

 よくわからないが、本気で怒られた。

 昶は一度咳払いして取り繕ってから、もう一度ロッテに聞いた。

「……すいません、レナお嬢さまがどこに行ったか、知りませんか?」

「あぁ、それでしたら……」

 ロッテの口から出た場所に、昶の心に再び影が差す。




 ────────これからも彼女のこと、頼んだよ────




 唐突に、頭の中で声が響いた気がした。

 それが誰の声なのか、昶にはわからない。そもそも聞いたことすらない声なのだから、わかるはずもないだろう。

 だが、行かねばならない気がした。

 今レナを一人にしては、絶対にいけないと。

「ロッテお嬢様。お魚、ちゃんと全部食べてくださいね」

「ん?」

 昶は残った料理を一気にかき込むと、あてがわれた部屋へと向かった。

 それから例のコートを着込み、白銀の雪原へと繰り出す。

 地力が他のマグスと比べて高い分、レナから漏れ出す魔力は多い。多少の距離なら、どうとでもなるくらいには。

 どうやら、杖で飛んで移動しているようだ。

 この速度なら、踏ん張ればまだ追い付けそうである。

 昶は霊力を調整して自身に肉体強化を施すと、レナの気配を追って北に向かった。




 昶はこれまでの経験で初めて、戦闘外の行動で空を飛べたらいいのにと思った。昨日の時点でもそれなりの降雪があったのだから、気付いてもよかったものを。

 屋敷の周辺はそれなりに雪かきがなされているのだが、ちょっとすればすぐに雪の壁に邪魔されることとなったのだ。

 最低でも一メートルから二メートル以上降り積もった雪は、それだけで昶の進行を遮る。

 無理に進んでもジャンプで切り抜けようとしても、そのまま雪に埋もれて動けなくなってしまう。

 結局、火行の符術を用い、雪を溶かして道を作りながら進行したのであるが、追い付けたのは運が良かったとでも言うべきか。近くに降りてくれたようで、なによりだ。

『いったいあんた、なにしに来たのよ』

 頭の中に、唐突にレナの声が響き渡った。

 契約によるルートを用いた念話だ。

『…………いつから気付いてた』

『ちょっと前から。フジュツだっけ。なんか後ろの方でピカピカ光ってたし』

『なんだ。気配でわかったんじゃないのか』

『バカ……。まだ集中しないと、そんなのできないわよ』

 たどり着いた場所は、ちょっとした広さのある丘陵地だった。

 近くには、五芒星を(かたど)った意匠を掲げる、静かな雰囲気を纏った白塗りの建物がある。

 この辺りはあまり雪が降っていないのか、膝くらいまでしか積もっていない。

 レナの姿を確認した昶は、小走りで近付いていった。

「で、なにしに来たわけ?」

 後ろ姿のまま、レナは問いただす。

 声こそ不機嫌そうに思えるが、その後ろ姿には欠片の覇気さえ感じられない。

「昨日、ラスターシャさんから色々話聞かされて、さ。なんとなく、心配でほっとけなかっただけだよ。悪いか」

「ううん。────そっか。話しちゃったんだ、お母様」

 しばらく物思いにふけっていたレナであるが、不意に昶の方を振り向いた。

「じゃ、一緒に来て。紹介したい人がいるの」

「…………なんか、ごめんな」

「ううん、気にしないで。あたしも、その内話すつもりだったから。いいきっかけだったわ」

 昶はレナに従い、雪に埋もれた登り坂を歩き始める。

 この雪で閉ざされた、まるで生者を拒むかのような静かな場所を。

 レナが先ほどまで見ていた空には、灰色の雲がかかり始めていた。




 しばらく歩くと、他の場所とは明らかに違う所へと出た。

 一目見ただけで、きちんと整備がなされているとわかる。

 降り積もった雪もぐっと少なくなり、足首ほどまでになっていた。

 その中を、レナ迷うことなく歩いてゆく。気持ちを引き締めて、昶もそれに続く。

 雪の白一色の景色の中には、等間隔にぽつぽつと石碑の姿が見える。

 もう少し雪が降っていれば、見えなくなっていただろう。

 二人は一言の言葉も交わすことなく、一つの石碑の前にたどり着いた。

 石碑には文字が書かれているが、当然ながら昶は読むことはできない。

 しかし、そこになにが書かれているのかは知っていた。

「レイネルト=ル=アギニ=ド=アナヒレクス。だったっけ」

「えぇ、そう。あたしの…………たった一人のお兄さまよ」

 レイネルト=ル=アギニ=ド=アナヒレクス、ここに眠る。

 それは誰の目から見ても見間違えようのない、今は亡きレナの兄(レイネルト)の墓標であった。

 レナは一礼すると、一歩前に出てその場で膝を折る。

「お久しぶりです、お兄さま。あたしは、元気でやってます。学院の方も、なんとかなりそうです。ちょっと前までは、進級できるかどうか、不安だったんですけど」

 墓石に向かって、そこに兄の姿でも見ているかのように、レナは話しかける。

 それはまるで、神聖な儀式のようであった。

 それだけに、昶はそれ以上近付けないでいた。いや、近付いてはならないような気がしたのだ。

 結界でも張られたか、それとも金縛りにでもあっているのかのよう。

 そこから先には、一歩どころか一ミリたりとも進むことができない。

「アキラ、来て」

 どうすればいいかわからず(たたず)んでいた昶に向かって、レナがささやきかける。

 それでようやく、昶は見えないプレッシャーから解放されたような気がした。

 それでも、恐る恐る足を前へと運ぶ。なにもないとわかっていても、赤の他人の墓標──聖域へと足を踏み入れるのには、相応の勇気が必要なのだ。

「紹介します、お兄さま」

 昶が隣に立つと、レナは再び墓石へと視線を移す。

「あたしのサーヴァントで、何度もあたしを助けてくれて、今は魔法の先生でもあって……。それから、あたしの大切な人の、アキラ」

 昶は墓石を見つめ、短く頭を下げた。

「信じられないかもしれないけど、アキラはこことは別の世界から来たんだって。そこは、レイゼルピナとは比較にならないくらい、魔法の技術が発展してるみたい。だからね、アキラったらすごく強いのよ? 向こうの世界だと、ようやく一人前レベルらしいんだけど」

 切々と、レナは墓石に向かって語りかける。

 その内容は、昶と出会ってからの日々の話であった。

 無礼で身の程をわきまえない、変な人間かと思ったら、そいつは近衛(ユニコーン)隊にもひけを取らないとんでもないやつだった。

 自分のせいで色々と危険な目に遭わせてしまい、でもその度に必死になって助けてくれた。

 いくら感謝しても、し足りないくらいの大きなものをもらった。

 そんな話を、笑いながら語っていく。

「だからね、あたしはアキラを、元の世界に帰してあげようと思うの。あたしは、もうお兄さまには会えないけど、アキラには、待ってくれる人がいるみたいだから。帰れるのなら、待ってくれる人がいるのなら、帰してあげた方が、きっといいはずですよね。なにも知らずに、待っている人達のためにも」

 ようやく昶は、合点がいった。

 なぜレナが執拗(しつよう)なまでに、自分を元の世界に帰そうとしているのか。

 レナにはもう、会いたくても会えない人がいる。

 だが、昶はその限りではない。元の世界に帰りさえすれば、家族に会うことができる。ずっと後悔し続けている姉に、謝ることができる。

 会いたくても会えない自分に代わって、昶には元の居場所に戻って欲しい。

 それが、レナの願いの中心にある思いなのだ。

 例えそれによって、より自分が傷付く結果になったとしても。まったく、損な性格だ。

 だが、そんなレナだからこそ、愛おしく感じるのだろう。

 自分の一番を投げ打ってでも、相手の一番を考えられる優しい女の子だからこそ。

 ──絶対に、守って見せる。もう、エザリアの時みたいなことには、しない。

 昶は、レイネルトの墓標に誓った。

 この先なにが起ころうとも、レナを守り続けると。

 もし帰れる日が来るのならば、せめてその日までは何人(なんぴと)からも守り続けると。

「じゃあ、帰ろっか」

 分厚い手袋に包まれたレナの手が、目の前に差し出された。

 昶は同じく分厚い手袋に包まれた手で、レナの手を取る。優しくも、固くしっかりと握りしめて。

 ──気を付けることだね。これまで以上の困難が、君を待ち構えているよ。クサカベアキラ。

 そんな声が、聞こえた気がした。

 昶は振り返ってみるのだが、自分とレナ以外には誰の姿も見られない。

 空耳だったのだろうか。昶は隣を見下ろしてみるが、特に変わった様子はない。

 レナには聞こえていなかったのだろうか。

「ま、気にしてもしゃあないか」

「どうかしたの?」

「いんや、なんにも」

「ん?」

 意味がわからなくて、レナはいくつもクエスチョンマークを浮かべる。

 灰色に曇った空から、はらはらと雪が降り始めた。

 この辺りは雪が少ないみたいだが、アナヒレクス本家周辺では、猛烈な吹雪が吹いているかもしれない。

「雪に埋もれるのもあれだし、後ろ乗っていいわよ」

「それじゃ、お言葉に甘えてそうさせていただきます」

 墓地のある丘陵地から出ると、レナは持ってきた発動体の杖にまたがった。

 そのレナを後ろから抱きかかえるように、昶も杖にまたがる。しっかりとお腹に手を回し、ぴったりと身体を密着させた。

 その行為そのものが恥ずかしくなって、身体が内側から熱を持ち始める。エザリアとの戦いを終え目を覚ました時に、熱烈なキスまでやってしまった仲だというのに。

「じ、じゃあ、飛ぶわね」

「お、おう」

 二人を乗せた杖は静かに高度を上げていくと、南に向かってまっすぐ飛んでいった。

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