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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第二話 ユキカゼの舞う国 Act02:誇れる自分で在りたいと

 クリスに案内された昶は、一階の奥にあるリビングへと通された。

 基本的に昶の案内された部屋や廊下と似たような雰囲気ではあるが、こちらはやや豪華な感じだ。それでも、グレシャス家や王城のそれと比べれば、やや質素な調度となっている。

「ロッテ、久しぶりね」

「レナお姉さま~!」

 先にリビングでくつろいでいたレナに向かって、ロッテが小走りで駆け寄って飛びついた。

 レナと比べて、十センチちょっと背が低いだろうか。

 ただ、二人の仲は非常に良さそうだ。

 その光景に、昶は胸の奥がチクリと痛んだ。

 ──なんで俺は、姉さんともっと仲良くなろうって、思えなかったんだろ。

 もちろん、引け目もあった。罪悪感もあった。

 でも、それを脇に置いてでも仲を修復することはできたはずなのである。

 向こうは何度も手を差し伸べてきた。ただ、昶に握る勇気がなかっただけで。

 ──ほんと、俺ってバカだなぁ……。

「ねぇねぇ、お姉さま! グレシャス家にお泊まりしてた時のお話、聞かせていただけませんか?」

 昶に聞けなかったから、レナから聞こうという魂胆なのか。

 ロッテの目の中は、相変わらず期待のお星様でいっぱいだった。

「う~ん、別にいいけど、長くなっちゃうから夜のお楽しみね。お母さまにも、ご挨拶しなきゃいけないし」

「やったー! ありがと、お姉さま!!」

 キャッキャキャッキャと飛び跳ねるロッテに、レナは慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 それはエルザの時にも時々見せたことのある、レナの姉としての顔である。

 優しく頭を撫でられるロッテはにへら~と顔を緩めると、もっとやってとレナにくっついた。

「大変そうだな、お姉ちゃん」

「まあね。あんたは末っ子だから、わかんないかもしれないけど」

 いつもと雰囲気の違うレナに、昶は少したじろいだ。

 グレシャス領を訪れた際もリラックスできる服を着ていたが、あれもよそ行き用の普段着だったらしい。

 ゆったりとした装飾のないブラウスと、同じく装飾のない青系のフレアスカート。

 これがレナの、本当に誰の目も気にしない、完全にリラックスした時の格好なのだろう。

「そんなのも着るんだな」

「いいでしょ。自宅にいる時くらい、楽な服装でいても」

「う~、お姉さま~!」

 何気ない会話をする昶とレナの間に、ロッテが割って入る。レナにぎゅぅぅぅっと抱きついたまま、昶のことをギロリとにらみつけた。

 大方、あたしのお姉さまを取るな! みたいなことを言いたいのだろう。

 とんでもないお姉ちゃん子だなぁと、昶はレナやクリスと目を合わせながら肩をすくめた。

「ロッテお嬢さま、あまりお姉さまを困らせてはダメですよ」

「でもクリスゥ、あたし、お姉さまといっぱいおしゃべりしたいです……」

「あ、俺のことは気にしないでいいから、いっぱいお姉ちゃんと話ししな」

「うん! アキラ、ありがと!」

 ころころと表情を変えるロッテに、暗い気分の昶も思わず笑いが漏れる。

 きっと自分にも妹がいれば、こんな感じになるほではなかろうか。悪くはない、むしろ羨ましいくらいだ。

 昶がそんな仲のよい姉妹に羨望を抱いていると、不意にリビングの奥にある扉が開いた。

「────レナさん、お帰りなさい」

「ただ今戻りました、お母さま」

 レナはロッテを優しく引き離すと、背筋を正して答える。

 そう、リビングの奥から現れたのは、レナとロッテの母親だったのである。

 こういう表現は明らかに間違っていそうであるが、大和撫子みたいな人だと昶は思った。

 腰まである長い髪は、見事なまでのプラチナブロンド。エメラルドのような瞳には、奥ゆかしさが秘められている。

 レナの母親は、じっとレナの立ち姿を見つめる。その立ち居振る舞いからなにかを感じ取ったのか、レナの母はうむと大きく頷いた。

「この一年で、随分と成長したようですね」

「そうでしょうか? あたし自身は、あまり実感していないのですが。ようやく、周りに追い付けそうだなってくらいで」

「いいえ。貴女は間違いなく成長していますよ。一度は無くしてしまった自信を取り戻せたようで、わたくしは嬉しいです」

「そんな、あたしなんてまだまだ」

 母親からの手放しの賞賛に、レナは思わず照れ笑いを浮かべる。

 まさか誉められるなんて、思ってもいなかったのだから。

「それとも、誰か貴女を変えてくれるような人にでも、出逢ったのでしょうかね」

 ふとレナの母親は、昶へと視線を移した。

「こんにちは。ラスターシャと申します。娘が大変お世話になっていると聞いております。アキラさん」

 名乗ると同時に、ラスターシャはスカートの裾を持ち上げて一礼した。

 それに対して、昶も慌てて頭を下げる。

 恐らくは、センナからの手紙であろう。それをラスターシャが読んでいても、なんら不思議はない。

「いえ、そんな。こちらの方こそ、レナさんに危ないところを助けて頂きまして」

 ラスターシャはあたふたする昶に、ふっと柔らかな笑みを送る。

 あまり経験したことのないタイプの人のはずなのだが、不思議な懐かしさが溢れ出てくることに昶は首をかしげた。

 誰かと似ているような気がするのだが、果たして誰だったであろうか。

「そういえばお母さま、お父様はどこに? 本日はお父様よりお手紙を頂いて帰ってきたのですが」

「あぁ、そのことですか。恐らくは、政府のお手伝いが長引いているのでしょう。一昨日届いた手紙には、明日までには意地でも帰ってくると書いてありましたから」

 ラスターシャからの回答に、レナは妙にホッとしたような表情を浮かべる。その視線の先には、昶の姿があった。

 その意味を汲み取ったロッテは、シェリーばりのイタズラっ子の笑いを浮かべながら、レナの耳元でささやいた。

「大丈夫だよ。お父さま、アキラのことそんなに嫌ってないみたいだったから」

「ッ!? ロッテ!!」

「アハハハハ~。お姉さまったら、わっかり~やす~いッ!」

 パッとレナから離れたロッテは、ラスターシャを壁にするように回り込む。

 ロッテの言ったことを聞き取れなかった一同は、ん? と疑問符を浮かべ、その中心でレナだけが顔を真っ赤にしていた。

「それでは、夕食に致しましょうか。アキラさんも、ご一緒に」

「あの、いいんですか? 俺…自分みたいな、どこの誰かもわからないようなのが一緒でも」

 以前グレシャス領を訪れた際は、昶はレナの使用人や付き人のような立ち位置だった。

 食事はもちろん別、部屋も客人向けではなく使用人向けの部屋──結果的に使わなかったが──だ。

 それがアナヒレクス領では、明らかに貴族の客人向けの部屋に案内されたり、しかも治外法権的な場所である学院同様、同じテーブルで食事を振る舞われるなど、破格の扱いである。

「貴方がレナさんやこの国にどれほどの貢献をなされたのか、わたくしも夫も知っています。前者の方は私情の部分がかなりを占めますが、本当に感謝しています。これは、そのお礼とでも受け取ってください」

「それでは、ご案内致します。アキラ様。クリス、お願い」

「はい。姉さん」

 センナに促され、クリスは食堂へと続く扉を開けて恭しく一礼する。

 ラスターシャやロッテ、レナは移動を始め、昶もセンナに案内されてそれに続いた。




 筆舌に尽くしがたい超豪華なフルコースメニューを、ものすごく緊張しながらいただいた昶は、そのままラスターシャに呼び止められて食堂にいた。

 レナはと言えば、ロッテにお話を聞かせてくださいとリビングに引っ張られていったので、ここにはいない。センナとクリスも同じく。

 料理の皿は既に片づけられ、昶とラスターシャの他には、部屋の隅にキャシーラを含めて使用人が三人いるだけだ。

 なにかを咎められると言うのは、最初に対面した時の対応から考えてなさそうであるが、それでも高まる緊張を抑えることはできない。

「アキラさんは、あの娘のこと、どう思いますか?」

 唐突な質問の意図がつかめず、昶は首をかしげた。

「あの、いったいどういう意味でしょうか?」

「すいません。少し、曖昧すぎましたね」

 質問に質問で返してしまったと気付いて、昶もこちらこそと頭を下げる。

 ラスターシャは、そうですねぇ……、と少し考え込むと、申し訳なさそうに言葉を並べた。

「その、センナさんからの手紙には、乱暴な目に遭ってると、ありましたので」

「あぁ……。その、シェリーと同じで、肉体強化ができるので、そこまで痛くはないんですけど」

 まあそれでも多少は痛いし、不意打ちで肉体強化を使ってない時にもらうと悶絶必至なのは間違いないのだが。

「重ね重ねすいません。うちの娘が」

「そんな、こっちだって、当初はお世話になりっ放しでしたから」

 このままでは、頭を下げ合うばかりになりそうだ。

 そう感じたラスターシャは、咳払いを一つして一旦場を収める。

 それから互いに苦笑いした後、ラスターシャは秘めたる思いを吐露した。

「あの娘が、前を向いて歩き始めたと、センナさんが手紙に書くようになったのです。それも、貴方が現れてから」

「俺が、ですか?」

「はい」

 始めはセンナも、怪しいからすぐにどこかへやってしまいたい、と思っていたらしい。

 それはそうだ。こんな異世界から跳ばされてきた人間なんて、信用する方がどうかしている。

 その不審者要素全開の昶を助けてくれたのが、レナなのである。

「貴方の世話をしているあの娘を見たセンナさんは、本当に久しぶりに必死なレナさんを見た、と書いていました。聞けば、帰る家もないそうですね。どこからともなくこの土地に呼び出されて、右も左もわからない状態だったとか」

「はい。まあ、今は王都の奨学制度で、学院に通わせてもらってる状態ですけど」

「そのようですね。それ以外にも、夫から色々と話しを聞かせて頂いてます。明確なものでは二件、不明確なものも含めれば五件でしたかしら。シュバルツグローブ、フィラルダ、創立祭、シュタルトヒルデ、そしてレイゼンレイド」

「うぅ……」

 もう、完全にバレバレである。

 そういえば、シュタルトヒルデの件は即日ばれて罰当番をさせられたと、今日ネーナが言っていたが、それのせいか。

「あの娘も、それらに絡んでるのかしら」

「まぁ、全部とは言いませんけど……。守ったり、守ってもらったり、一緒に戦ったり。本当に、色々ありました」

 ほとんどは昶の方が守る立場にあったが、最後の──エザリアと戦った時は、本当にレナに助けられた。

 レナがあの場にいなければ、あのまま闇の中に捕らわれていたかもしれない。

「それで、その時に感じました。あいつは今、強くなろうとしています。いつだって力がある人間として、その力を正しく使いたいって、がむしゃらに頑張ってます。今はまだ全然ですけど、いつかはシェリーと肩を並べられるようなマグスになれるって、俺は信じてます。だから、そのための手伝いを、俺もやりたいって。俺はレナのことを、そんな風に思っています、」

「そうですか」

 ラスターシャは、満足げに両の目を閉じた。

 ──あの娘は、いい人に巡り逢えたみたいですね。

 まぶたの裏には、二つのレナの姿が思い起こされた。

 一つは、あの事件の前までの元気いっぱいでイキイキとしていたレナ。

 もう一つは、あの事件以降の生きる気力と自信を失ったレナ。

 生きる気力は幼馴染みのシェリーが取り戻してくれたが、それまで使えていた魔法が一切上手くいかなくなったレナが、自信を取り戻すことはなかった。

 この少年は、一番の親友であるシェリーですらできなかったことをしてくれた。

 その結果に至るまで、命の危機に直面するような危険もあったかもしれない。

 またそれが事実であったことも、夫からの知らせでラスターシャは理解している。

 だがそのような事態があったとしても、愛娘(レナ)は再び自分の足で、自ら進んで歩み始めた。

 ラスターシャは、そのことがなにより嬉しかった。

「アキラさん」

「はい」

「娘のこと、これからもよろしくお願いしますね」

 この少年なら、なにがあっても娘を守ってくれるだろう。

 先の事件の際も、同行した娘を守ってくれたように。

「……わかりました」

 ラスターシャの言葉は、昶の胸の内に重くのしかかった。

 だが、それこそ今更というものだ。

 昶は既にレナと、ある約束を交わしている。なにがあってもレナ達を守り通して、一緒に明日を迎えるのだという、固い約束。

 そしてセンナとも、先日ある約束をかわした。

 他のなにを犠牲にしても、レナだけは守り通して欲しいと。例えレナの願いを踏みにじり、傷付けることになったとしても。

 だから、昶がレナを見捨てることなど、絶対にない。

「ありがとうございます。でも、男女の仲はまた別ですから」

「…………いやまあ、それはそうなんですけど、あの、どう答えていいのやら」

 反応に困る昶を尻目に、ラスターシャはひっそりと笑みを浮かべる。

 そして、同時に思う。

 レナの運命を一八〇度変えてしまった、あの悲惨な事件。それを昶に伝えるべきかどうか。

 知って欲しいという思いもあると同時に、そっとしておいて欲しいという思いも湧き上がる。

 だが、ロッテの口から知られてしまう可能性も捨てきれない。

 それに、知っていた方が、色々と娘を気遣ってくれるかもしれない。

 この少年は、本当に心からレナのことを気にかけてくれている。

 知ることによって、昶は後悔するかもしれないし、辛い思いをするかもしれない。

 またレナも、勝手に話したことを強く憤るかもしれない。

 だが、これは例え後悔したとしても、知っておいてもらいたいことだ。

 少なくとも、ラスターシャはそう考える。どうせ辛い思いをするのなら、全てを知っておいて欲しい。

 無駄なほど強がりな娘は、きっといつまで経っても話さないであろうから。

「アキラさん」

 ラスターシャはこれまでの慈愛に満ちた顔とは違う、肌に突き刺さるほど真剣な顔つきで昶を見た。




「あ、やっと来たわね。あんた、お母さまとなに話してたの」

「ん、あぁ。お前……レナお嬢さまのことについて、色々と」

 ギロッと、ロッテが露骨に敵意を剥き出しにしてきて、昶は慌てて言い直した。

 そういえば、さっきラスターシャと話しているときも、レナのことをあいつ呼ばわりしてしまったが、あれは大丈夫なのだろうか。ちょっと心配になってきた。

 もう慣れっこで昶の強さや志にある種の敬意を持っているセンナはともかく、クリスもわずかながら引きつった笑みを浮かべている。

 やはり自分は、どこまでいっても一般市民に過ぎない。身分の差は、この世界ではどうやっても埋められない問題なのだろう。

 例え、救国の英雄として祭り上げられるような存在であろうと。

 昔の人はよく言ったものだ。郷に入っては郷に従え、と。

「ふ、ふ~ん。で、どんなことなのよ。ちょっと教えなさいよ」

「ん、まぁ、お嬢さまのことを、どう思うかとか、これからも手助けして欲しいとか、そんなこと、です」

「そ、それで、あんたはなんて答えたわけ?」

「『わかりました』って」

「そう、なんだ」

 両者の間に、もやもやした桃色の空気が漂い始める。

 それを敏感に感じ取ったロッテは、レナの袖を引っ張って自分の方に振り向かせた。

「お姉さま、グレシャス領のお話、もっと聞かせてください」

「ん、温泉のこと?」

「はい! 他には、どんな温泉があるんですか?」

「そうねぇ。そういえば、ロッテよりも小さい頃に、一回だけ近くの温泉街に行ったことはあったわね。お金だけ持って、シェリーと別荘を抜け出して……」

 久々の妹との対面、そして投げかけられる質問の数々。それがちょっとばかり嬉しくて、レナはロッテに話しかける。

 ロッテ的には、正に計画通り。もっとも、これにはレナもわかって乗っているのだが。

 たまに帰った時くらい、妹のわがままを聞いてやりのだ。

 だが、昶はそのお陰で考える時間ができたことに、少し安堵する。

 頭の中の情報を整理するには、丁度いい。

 レナからやや離れた位置の壁に背中を預け、昶は先ほどラスターシャから聞いたばかりの話を思い返した。

 ──さっきの話、本当なんだよな。だったらコイツ、俺よりもずっと辛い目に遭ってたってことなのかよ。

 衝撃的だった。そうとしか表現のしようがないほどに、それはまだ昶の鼓膜にこびり付いて離れない。

 その事件を経験してなお今のレナがいると考えれば、レナは本当に強い女の子だ。

 もし自分に置き換えたらと考えれば、どう考えても立ち直れる気はしなかった。

「アキラ様、どうかなされたのですか?」

 昶の変化を敏感に感じ取ったセンナが、何気ない素振(そぶ)りをしながら近付いてきた。

 あくまでそれっぽく見せないようにしているのは、レナやロッテに対しての配慮だろう。こういう細かいところまで気配りできる能力が学院でも買われ、この年齢にしてメイド長なんかに抜擢されたのかもしれない。

「ラスターシャさんから、色々聞いて。そのことを整理してるんです。特に、レナが冬休みをグレシャス領で過ごしてる理由とかを」

「……奥様は、話されたのですね」

 センナの問いに、昶はこくんと頷いた。

 それと同時に、センナも悲痛な表情を浮かべる。

「本当に、悲しい事件でした。あの事件のあった日まで、レナお嬢さまも、今のロッテお嬢さまのように快活な性格だったのですが」

「嘘だろ。あの生真面目なレナが? あのやんちゃお嬢さまみたいに?」

「事実です」

 だが、それも納得せざるを得ない。それだけの大事件だ。

 人の性格を変えるには十分過ぎるほどの内容を、昶はつい先ほど耳にしたのである。

「今日は、寝つきが悪そうだなぁ」

「では、沈静作用のあるハーブティーでもいかがですか?」

「気にしないで大丈夫ですよ。俺にも似たような経験ありますから、耐性には自信があります」

 だが、経験はしていても、慣れられるものでもなく、慣れたくもない。あんな、悲しい経験と、それを悔い続けるような日々など。

 昶はふと、レナの方を見た。

 妹のロッテにも慕われる姉の姿は、本当に嬉しくて楽しそうで。

 今は寝ているが、明日には弟にも会って欲しいという話もしている。

 ──はぁぁ、俺もたいがい、メンタル弱いよなぁ……。こんなんじゃ、誰も守れないだろ。

 明日から、レナにどんな顔をして会えばいいのだろうか。確かに、知らない方がよかったかもしれない。

 ただでさえ、アイナの件でごたごたしているというのに。

「はぁぁ。今日は疲れたし、もう寝ます」

「では、湯殿に案内致します。旦那様と奥様より、最上位のもてなしをするよう、賜っておりますので」

「それならば、キャシーラはアキラ様のお背中をお流ししますね!」

 風呂ぐらい一人で入れるからとキャシーラを制しながら、昶はセンナの後に続いた。




 ──アキラ、どこに行くんだろ。

 センナに付いてリビングを出て行く昶とキャシーラを見ていると、またブラウスの裾をぐいぐいと引っ張られた。

「お姉さま、今はあたくしとお話しているのですから、よそ見はしないでください!」

 上目遣いに半泣き状態のロッテが、じぃぃっと見上げてくる。

 ごめんごめんと、レナはロッテの頭を優しく撫でた。

 それだけで機嫌を良くしたロッテは、にぱぁっと弾けるように笑ってレナの腰に抱きつく。一分一秒でも、自慢のお姉ちゃんが盗られるのが嫌らしい。

 いったい、どこで覚えたのか。まったく、可愛い妹だ。

「そういえば、ロッテももうすぐ学院に行くんだっけ」

「はい。再来年に」

「どこに行くか、もう決めてあるの?」

「もちろん、お姉さまと同じところです!」

 予想通りの答えに、レナの気持ちは少し複雑だ。

 自分を慕ってくれるのはもちろん嬉しいが、魔法の技術に関しては現時点ではロッテの方が上なのだ。

 座学の方はあまり真面目に勉強していないので、今はちょっとシェリーのような感じらしいが。

 下手と言えどそれなりに使えるのならまだしも、ついこの間までは本当にダメだった。そういう意味では、昶に逢えたことは感謝してもし足りないと言える。

 つきっきりで練習に付き合ってくれて、その時々で適切なアドバイスもくれて。

 そのお陰で、妹に嫉妬する醜い姉を演じることはなさそうだ。

「そっかぁ。お姉ちゃんと同じところかぁ」

「はい!」

 そういえば、試験はどんな内容だったであろうか。

 基本的には、やや難易度の高い一般教養と、魔法の基礎知識を問う筆記テストのみ。

 学院長を含めた試験官の前で魔法の実演もあるが、これは審査には関係なかったはず。

 でなければ、実技で旋風(つむじかぜ)すら起こせなかった自分が、試験に通るわけがないであろう。入学案内にも、そう書かれていたはずだ。

 となると、シェリーは一体どうやって入学したのだろうか。今さらながら、気になってきた。

「言っとくけど、試験内容はロッテの嫌いな座学よ? 今のままじゃ、ちょっと厳しいかもねぇ」

「むぅぅ……。だったら、ちゃんと勉強します! そして、絶対お姉さまと同じ学院に行きます!」

「期待して待ってるから、頑張るのよ?」

「はい!」

 ──この子が入ってくるまでには、ちゃんと先輩できるようにならないとね。

 そのためにも、昶から学べるだけのことを全て学び盗まなければならない。

 双輪乱舞ツヴァインシンフォニアで繋がった時に見た、昶の中にあった膨大な魔術の記憶と戦闘経験の数々。

 それはレナが今まで見た戦闘とは、比較にならないほどに激しいものであった。

 それを自分の物とできれば……。

「ん、どうしたの、ロッテ?」

「ん~、お姉さまぁ?」

 久々にレナに会えて興奮していたためか、ロッテはもうおねむな感じだ。

 普段の就寝時間からすればまだかなり早い時間帯なのだが、それも仕方ないか。

 ──久しぶりに、一緒に入って上げようかな。

「ロッテェ。寝るんなら、先にお風呂入らなきゃダメよぉ?」

「うん~、お姉さま~」

 目元をゴシゴシとこするロッテを立たせると、レナは浴場へ向かう。

 一瞬どこにあったっけ、とど忘れしてしまったレナ。そこに昶の案内を終えて帰ってきたセンナは、ロッテの様子と困惑気味のレナを見てご案内しますと微笑む。

 苦笑しながらありがとうと言うレナに、センナも苦笑で返す。

 センナはクリスにロッテへ付き添うよう指示すると、センナは二人の着替えを取りに向かった。

「ロッテ、今日は一緒に寝ましょうねぇ」

「はぃ~、お姉さまぁ~」

 明日は父親が帰ってくる。

 ほぼ一年ぶりの再会だ。向こうから手紙をよこして来たのだから、なにか話したいことがあるはずである。

 膨れ上がる不安に押し潰されそうなのを、ロッテが支えてくれている。

 劣等感を抱いていながら、自分でも現金なものだと思う。

 でも今は、今だけは、頼りないお姉ちゃんに力を貸して欲しい。

 ロッテの手を引く一方で、レナは自分の胸にぎゅっと手を押し当てた。

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