第二話 ユキカゼの舞う国 Act01:アナヒレクス領
学年末試験中に、レナのもとに一通の手紙が届けられた。それはようやく仕事が一段落した父から、実家に帰省するようにという旨の書かれたものであった。前王の葬儀、次王の戴冠式と立て続けに大きなイベントを経て、実家へ帰るレナと、それに随行する昶。レイゼルピナ北西部に位置するアナヒレクス領には、新たな出会いと試練が待ち受けていた。
真冬のレイゼルピナの空、上空数百メートルの位置をとある一団が飛行していた。
竜籠を携えた、飛竜の一団だ。竜籠は主に中流層以上の貴族が使用している、レイゼルピナでは割とポピュラーな移動手段である。
しかし、その飛竜はレイゼルピナ国内で広く一般的に運用されている飛竜とは違う、白い甲殻をしていた。
それは、豪雪地帯の飛竜である事を意味している。レイゼルピナ国内で雪国の飛竜を運用している地域は、一つしか存在しない。
「お嬢さま、アキラ様、お茶の準備が整いました」
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがと、センナ。それにキャシーラも」
「それじゃ、いただきます」
それ即ち、アナヒレクスの竜騎士隊である。
また竜籠を釣り下げる計六体の飛竜に加え、周囲には制空戦闘をこなす六体の飛竜が目を光らせている。
これだけの布陣を敷いているのには、もちろん理由がある。ただし、殊更特殊な事情があるわけではない。
その竜籠に乗っている人物が、アナヒレクス領領主の愛娘──レナ──であるからだ。
そして年末に起きた大規模反乱事件のような事態を警戒して、警護の部隊もつけた、というわけだ。
無論、竜籠には他の者も同乗している。
諸事情によりレナと契約を交わし、彼女のサーヴァントを務める事となった少年、草壁昶。
その昶の世話役として王都から派遣された、キャシーラ=クラミーニャ。
そして元はアナヒレクス家にてレナの専属メイドを務め、現在ではレイゼルピナ魔法学院にてメイド長を務めるセンナ。学院長に言うと、すんなり許可してくれたようだ。
その四人は、竜籠の中で目的地を思い浮かべながら、時間を過ごしていた。
「どうぞ、お嬢さま。熱いので、お気をつけください」
「アキラ様も。紅茶とクッキーでございます」
レナはセンナから、昶はキャシーラからそれぞれ紅茶とクッキーを差し出された。
昶はクッキーをつまみ、レナは紅茶を口に含む。
なんと言うか、非常に静かだ。それも、落ち着かない類の静寂である。
妙な緊張感が、籠の中を支配しているのだ。
『ねぇ、アキラ』
『ん?』
『……ううん、なんでもない。なんか、色々起きすぎちゃって、混乱してるみたい』
『ま、無理もねぇよ。完全に部外者の俺でも、なにがなんだかって感じなのに』
そう、この妙な緊張感には、もちろん理由がある。
それは竜籠が飛び立つ前の、数時間前までさかのぼる。
数日前にレイゼルピナ全土へと流布された新聞に、全国民は衝撃を受けた。
年末の大規模反乱事件の折り、現国王であるウルバス=レ=エフェルテ=ラ=カール=フォン=レイゼルピナ王が負傷、魔法医達の懸命な治療も虚しく、崩御なされたという記事が流れたのである。
改革路線の政策を採ることの多かったウルバスは、何かと保守勢力と対立することも多かったが、国民の生活の質はだんだんと向上しており、国民に愛される国王だったことに間違いはない。
ほどなくして、盛大な葬儀が行われた。前日まで学年末試験の行われていたレイゼルピナ魔法学院の生徒も、もちろん参加した。
そして翌週の本日には、王都にてライトハルトの戴冠式が執り行われたのである。
葬儀の時とは違い、こちらは可能な限り派手で華やかに執り行われた。近隣諸国や同盟国からも多数の代表団が参加し、今日から数日間は大々的なパレードも行われるとか。
もっとも昶にとっては、自分を無理やり学院に押し込めたいけ好かない青年が、米粒よりも小さく見えるような距離で冠を被せてもらっただけの、よくわからない式典であっただけだ。
どちらかと言えば、その後に第一王女のエルザと、その付き人であるネーナとミゼルを交えて行った、五人の話し合いの方が強烈に印象に残っている。
いや、話し合いと言うよりも、ミゼルの秘密の吐露、と言った方が正しい。
『禍式精霊魔法に、異端審問会か。レナは、知ってたか?』
『知るわけないでしょ。あのミゼルが暗黒魔法の使い手だったなんて、それだけでも未だに信じられないのに』
『でもさ、深入りし過ぎじゃないか、俺ら。異端審問会なんて、存在そのものがタブーみたいなもんなんだろ?』
『でも、ミゼルは前々から話したかったみたいだし。それに、王女殿下と極近しい人──あたし達だけなんだから、まだ大丈夫じゃない? あんたのこと知ってるなら、なおさら襲ってこないだろうし』
大規模反乱事件の日、ミゼルは戦闘マシンとしての一面を見せた。
そのことを、以前から知っていて欲しかったらしい。自分の力のことも、組織のことも。
エルザに隠していることも心苦しかったし、目撃してしまった人には機密の漏洩を防ぐ意味でもきちんと説明をしたかったとも。
『元々は、政府内部の粛清機関が、今では秘密裏に王族の警護をねぇ。あの、見た目温厚そうなメイドさんが』
『暗黒魔法が習得だけじゃなくて知ることまで禁止されてるのも、禍式精霊魔法へ対抗できる手段を誰にも持たせないようにするのが目的だったわけね』
ミゼルが身を置く、異端審問会と呼ばれる組織。
元々は国内の不穏分子を秘密裏に粛清するために組織されたものであるが、紆余曲折を経て今では本人に知られずに王族を警護する組織となっているそうだ。
そのために、いかなる敵からも王族を守れるよう、歴史から禍式精霊魔法を消し去り、連綿とその技を継承してきたのだそうだ。
また、その存在を唯一知るのが国王らしいのだが、今回の国王の急死のせいで組織改編が難航しているらしい。
『ま、俺や“ツーマ”みたいなのもいるから、全く対抗できないってわけでもねぇんだけどな』
『あんたらみたいなのは、例外中の例外よ。特にあんたなんて、別の世界から来てるんだから、イレギュラーもいいとこだわ』
ごもっともです、と昶は胸中で念じた。
あくまで歴史の影から出ず、戦闘に特化させていった地球の魔術とは対照的に、ローレンシナ大陸の魔法は歴史の表舞台で、常に人々を導く力の象徴であった。
そのために、ローレンシナ大陸の魔法は軍需以外にも、平和利用されている部分も多い。
これは、ほとんど戦闘にだけ特化されて進化してきた地球の魔術とは、大きな違いである。
ゆえに、昶のような地球では未熟な術者と呼ばれた者が、ローレンシナでは一騎当千の力を持つに至ったのである。
ただし、前回の戦闘はあまりにも敵が悪すぎたが。
「お二人とも、お茶のおかわりはいかがですか?」
センナがティーポットを片手に、レナと昶に聞いてきた。
「俺はいいです」
「あたしもいいわ。センナ達でどうぞ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて。キャシーラもどうぞ」
「ありがとうございます。それでは」
キャシーラは新たに二人分のカップを取り出し、真ん中のテーブルに置いた。
そこへセンナが紅茶をそそぐ。
『それにしても、王女様本当に大丈夫なのか? なかなか会えなかったって言っても、父親なんだろ』
『悲しくないわけないじゃない。でも、人はいずれ死ぬものよ。前国王様は、たまたまそれが早かっただけ。人間だったら、誰もが乗り越えないといけない問題なの。ただ、まだまだネーナやミゼルの支えが必要だし、二人には頑張ってもらわなきゃならないけど』
『俺達が、もっと早く着いてたら……』
『それは言わない約束でしょ。過ぎてしまったことに、たらればはないわ。そこから学んで、次にどう生かすかが重要なの』
『わかってるって、そんなこと』
だが、やはり考えてしまう。
自分達がもっと早く着いていれば、エルザを悲しませることなどなかったのではないかと。
現に、ライトハルトとエルザを、昶とレナは助け出すことができた。
それがもう少し早かったらと思ってしまうのは、仕方のないことであろう。
『大丈夫よ。あの子は、そんなに弱い子じゃないわ』
強い後悔と信頼の念が、昶に伝わってくる。
レナも悔しがっている。でも同時にエルザの強さも信じている。
立ち止まってしまうことも、後戻りしてしまうこともあるかもしれないが、いつかは自らの力で立ち上がり、前に向かって歩いてゆけると。
昶もそう願いつつ、ふと窓の外を見る。
外はいつの間にか、一面の銀世界へと変貌していた。
レイゼルピナの西部には、まるで中央から分断するように南北へと伸びる山脈がそびえ立っている。
バルハル山脈である。飛行船舶はもちろん、飛竜の最高到達高度でも山越えをすることはできない。
その唯一の例外が、バルハル山脈中央にある高原地帯──バルハルヒルクである。
人員と物質の輸送ルートとして確立されているのは現在この一本だけで、西部と中央を結ぶ大動脈と言って良い。
西岸部の巨大な港湾都市であるシュタルトヒルデを訪れた際も、この場所を通った。
だが、アナヒレクス領は、ここから更に北の土地だ。
長時間の飛行で飛竜も竜騎士も疲れているはずなのだが、彼らは一切休むことなく王都からアナヒレクス領まで飛び続け、日没までにはなんとかたどり着くことができた。
並外れた練度で、竜籠はティーカップすら揺らすことなくスマートに着地に成功する。
するとセンナは、四人分の分厚いコートを座席の下から取り出した。
「到着いたしましたので、これをどうぞ」
受け取った昶は、やや躊躇いながらも袖を通す。
「うゎ、なにこれ」
コートの中は異様と言えるほど暖かく、籠の中にいては汗をかいてしまうほどだ。
思わず狼狽する昶に、レナとセンナはくすりと笑みを浮かべた。
「この辺りに生息してる動物や獣魔の素材で作ってあるから、耐寒性はなかなかのものでしょ。アキラ」
「アナヒレクス領ってそんなに寒いのかよ、勘弁して欲しいぜ。俺寒いの苦手なのに」
「では、開けますね」
全員が付属の手袋とフードまで装着すると、センナは扉を開けた。
途端に、強烈な冷気が籠の中になだれ込んでくる。
肌に突き刺さるてこういうのを言うのかと、思わず納得してしまうほど。特に素肌をさらしている顔は、針の中に顔面を突っ込んだみたいだ。
「さっみぃ……」
「キャシーラも、この寒さは初めてです」
「先月までが少々温かかった反動か、今は寒気が下りてきているそうなので。どうも、記録的な寒さだそうですよ」
悪戯っぽく微笑むセンナの表情に少々イラっとした昶ではあるが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
吹雪とまではいかないが、けっこうな量の雪が猛烈な勢いで降っている。
籠から屋敷までの間は雪かきがされて道になっており、左右にはちょっとした小山レベルの雪が降り積もっている。
二メートルくらいなら、軽くありそうな感じだ。
「少し歩きますので、ちゃんと付いて来てくださいね。アキラ様、キャシーラ」
昶達はセンナに促されるまま、屋敷へ向かって歩き始めた。
屋敷の中は、シェリー宅のグレシャス家と比べて、かなりさっぱりとした感じだ。
白よりわずかばかり赤味がかった石材を使用しており、全体的に落ち着きがあり暖かいようなイメージが見て取れる。
壁面はタイルを用いたモザイク画や唐草模様等の小さな装飾が、一定間隔で施されていた。
床には寒さ対策だと思われる絨毯が敷かれており、足の裏が少し暖かくなったような気がする。
ただし、最低限の機能を重視しているせいか、なんとなく地味で大人しめな感じだ。
「お帰りなさいませ、レナお嬢さま。それに姉さんも」
玄関をくぐった瞬間、燕尾服に身を包んだ優男風の青年が出迎えてくれた。
やや赤みを帯びた髪とサファイアのような瞳は、センナとよく似ている。
「ただいま、クリス。ロッテ達は元気?」
「はい。最近では、リーンヘルム様のお世話もなさるようになられて。旦那様も奥様も大層お喜びのご様子です」
クリスと呼ばれた青年は、包み込むような笑顔でレナに微笑みかけてきた。
センナから毒気を完全に抜いたら、こんな感じになるかもしれない。
ただ、センナのような頼りになりそうな雰囲気がないのが、やや残念な気である。
「クリス、アキラ様とキャシーラを部屋に案内してあげてください。私は、お嬢さまの着替えを手伝って参ります。案内が終わりましたら、いつもの場所で」
「わかりました」
近くの階段から二階へ移動するレナとセンナ。
少々名残惜しいものの、昶とキャシーラはクリスに付いて別の階段から二階へ移動を開始した。
「あの、失礼は承知しておりますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
不意に振り向いてきたクリスの視線は、間違いなく昶の方を向いていた。まさかなぁと思いキャシーラの方を見やるも、当の本人は、はてと首をかしげている。
昶は改めて正面に向き直り自分を指差すと、クリスはうんと頷いた。
「草壁昶ですけど。連絡は、センナさんから行ってますよね?」
「えぇ。お嬢さまと姉さんから手紙は頂いたので。ですが、どうにも手紙の内容にあったようなお方には、見えなかったものですから。すいません」
「いや、それは別に構わないんですけど。あの、俺ってどんな風に書かれてたんですか?」
クリスは額に人差し指をあてて、うぅ~んと考え込む。
これは思い出していると言うよりも、言うべきかどうかを悩んでいるような表情だ。
一応は気付かれないようにはしているのだが、残念ながらちらちら見てくるのが丸見えだ。
昶の後ろにいるキャシーラも、興味津々というのを全身で表現しながら待っている。
「気負いすぎる嫌いがあって危なっかしいけど、現国王様や王女殿下をお救いした“英雄”ですかね。要約すると」
こちらの気分を害さないように、耳障りの良いポイントだけをチョイスして抽出するとは。なかなか口の達者な青年だ。さすが、アナヒレクス家で使用人をやっているだけのことはある。
自分にはない能力が凄すぎて半分呆れている昶に対して、キャシーラは猛烈に感激しているご様子だ。
わずかばかりだが、鼻息が荒くなってはいないだろうか。いったいどれだけ興奮しているのやら。
「あの、クリス様、他には御座いませんでしょうか? そのようなお話は」
「私の口からは、何とも。お嬢さまや姉さんの手紙でしか、アキラ様のことは存じ上げておりませんので。そういえば、キャシーラさんは、アキラ様の付き人なのですよね? そういった類のお話を、存じ上げてはございませんか?」
「残念ながら、キャシーラがアキラ様にお仕えするようになったのは、ここ数日前からなので。むしろ、キャシーラが教えて頂きたいくらいです」
おろおろと、下手な小芝居を挟むキャシーラに、クリスはそうなんですかと苦笑いを浮かべた。
そんな小話をしている内に、昶は部屋に到着。
「申し遅れましたが、私はクリストフと申します。なにか用があれば、近くの者にお申し付けください」
キャシーラの案内をしたらまた戻ってくると言い残し、クリスは別の場所に向かう。
一人取り残された昶は、渡された鍵であてがわれた部屋に入った。
…………なんと言うか、凄すぎて言葉も出ない。
学院の寮ですら、二、三人なら楽に騒げる、ちょっと押し込めば五、六人でパーティーができるくらいの広さはあるのだが、今回昶のあてがわれた部屋はその三倍から四倍ほどの広さがあった。
しかも見た感じ、防寒対策もばっちり施されている。
見た目にも外に面した壁分厚く、一面に雪原を頂く窓も全て二重構造になっている。
それに暖炉の代わりに火精霊の結晶を用いた暖房器具があり、室温を過ごしやすい温度にしてくれていた。
「ほんと、この国って精霊素の結晶好きだなぁ……。船の動力に、発電に、そういや大砲とかにも使ってたな。でも、なんか危なそうだなぁ、精霊素のストーブって」
備え付けのクローゼットに、昶は竜籠で渡された分厚いコートをしまった。
それから、改めて部屋を見渡す。
室内を明るく照らすシャンデリア、アラベスク模様の絨毯、小さなテーブルと椅子が少し三つほどあり、天蓋はついていないがダブルよりも少しサイズの大きそうなベッドもある。
カーテンは部屋の両側で丁寧に畳まれているが、さぞ美しい装飾がなされているのだろう。
かすかに桃色を帯びた壁紙にはうっすらと花柄の模様が浮かび上がっており、華美ではない華やかさを演出している。
こういう部屋は好きだなぁと、昶は素直に思った。
「なんか、疲れたなぁ……」
張りつめていた緊張が解けた途端に、ドッと疲れが押し寄せてくる。
昶は無造作に、ベッドへと身体を投げ出した。
朝からライトハルトの戴冠式、それからエルザ達に呼ばれてミゼルから異端審問会と禍式精霊魔法の話を聞き、その後は竜籠でアナヒレクス領へ移動。
これでも十分にハードなスケジュールであるが、それ以上に昶は精神的な疲労があった。
それは、二週間近く前までさかのぼる。
「当たられないのも、案外疲れるもんだな」
『────────大好きです────』
二週間ほど前、アイナからされた突然なされた告白とキス。
それは未だに、脳裏に焼き付いて離れない。その時に見た、レナの悲壮な顔も。
試験中は落ち込んでいたようだが、翌週からは以前のように感情をよく表すようになった。笑ったり怒ったり、忙しいくらいに。
だが、それがただの強がりであることも痛感してしまう。
あの日以来、レナとアイナの関係は最悪と言っていいほどまでに、悪化しているのだ。
会っても目を合わせることなく、短く挨拶を交わすだけ。
その姿が、あまりにもいたたまれなかった。
本当にどうすればいいのか、昶にはわからない。
どう行動するのが正しいのか、両方を傷付けずに済むのか。
今の昶には難しすぎる問題だった。
「ん?」
ふと横を見ると、なにかが布団の中でもぞもぞしている。
もしかして、クリスが部屋を間違えたのであろうか。
起き上がった昶が布団をはぐってみると、
「ん、うわぁ!? ああああ、あなた、誰なのですか!! なんでこんな所に……!!」
オレンジ髪のちんちくりんな少女が出てきた。
ついでに言えば、瞳の色もどっかの誰かさんと同じく、エメラルドのような緑色。昶はなんとなく、誰なのか察しが付いた。
「なんでって、俺はクリストフさんに案内されただけなんだけど」
「クリスに案内してもらったのですか? もしかしてアナタ、アキラというお名前なのですか?」
「まぁ、そうだけど」
「ふむふむ、あなたがクリスの言っていた“あの”……」
ちんちくりんの女の子は、値踏みするように上から下へ、下から上へと昶を凝視する。
「ところで、君は?」
「あたしですか?」
女の子は目をきょとんとさせて、じぃっと昶の目をのぞき込んでくる。
それからにししぃと無い胸をドンと張って、誇らしげに名乗りを上げた。
「あたしは、ロッテ=ル=アギニ=ド=アナヒレクス。このアナヒレクス領を治める当主の次女なのです!」
「やっぱ、レナの妹だったんだ」
ロッテは布団からぴょこっと飛び降りると、昶の前に回り込んだ。
レナとは違い、髪の毛はさらさらとしていて癖がない。
後ろ髪を三つ編みにして、先には可愛らしい赤いリボンがある。
服はあちこちにフリルをあしらったブラウスで、薄いピンクのスカートも段々のフリルスカート。
いわゆる、甘ロリと呼ばれるファッションに当たるだろう。その表情も合間って、活発な感じの女の子だ。
「確かに、話し方がなってないですね。でも、あたしは大人。それくらいのこと、笑って許してあげるのです」
「はいはぃ、どうもありがとうございます。ロッテお嬢様」
「うむ、よろしい!」
エルザとレナを二対一で混ぜ合わせたような子だなとか思いながら、昶はそれっぽい口調で話しかける。
それだけでうきうき気分になったロッテは、昶の隣までやってくると、ぽんっとベッドの縁に腰かけた。
この子はなにがしたいんだろう、その前になんで部屋にいたのだろう。
首をかしげる昶に、ロッテは元気いっぱいにぶっちゃけな質問をぶつけた。
「アナタが、この前の事件で国王陛下や王女殿下を助けたというのは、本当のコトなのですか?」
「ロッ…………ロッテお嬢様が、なぜそれを?」
公式には、昶達の存在は伏せられているはずである。
それをレナの妹とはいえ、なぜロッテが知っているのだろうか。
秘匿義務の科せられている内容だけに、不安がどんどん大きくなってゆく。
「ふ~ん、知りたいんだ?」
「はい、教えてください」
「いいですよ。それでは、教えてあげます」
なぜ俺はこんな小さい子にいいように扱われているのだろうか、なんだか悲しくなってきた。なんて思ってしまう昶であるが、それはそれだ。
とりあえず、情報の出所は押さえておかねばならない。
「実はですね、センナからのお手紙に書いてあったのです!」
「センナさんか、ロッテお嬢様にも、お手紙を?」
「ううん。クリスに来たお手紙を、見せてもらいました。お姉さまのサーヴァントのアキラって人が、スゴいことしたって!」
──あぁ、出所はセンナさんか。それならまぁ、大丈夫かな。
どこか変な所から漏れた情報でなくて、とりあえず一安心。
だがロッテは、どこか疑いの目を向けている。
「でもアナタ、全然スゴそうな感じがしませんね? 本当に国王陛下方をお助けになられたのですか?」
「別に信じなくてもいいですよ。俺は困りませんから。王国政府の発表だと、助けたのは王室警護隊の人達とロッテお嬢様のお姉様になってますから」
「じゃあじゃあ、本当にアナタがやったのですね!!」
「ロッテお嬢様のお姉様だけを行かせるわけには、いきませんから。お陰で、こっちは死にかけましたけど……」
「そのおはなし、もっと聞かせてください!」
さっきまで半信半疑だったロッテは、身を乗り出してきた。
いや、元から信用気味だったのを、昶の言葉を聞いて事実だと再認識した、といった方が正しいか。
レナと同じシャンプーを使っているのか、近付いてきたロッテからはレナと同じ香りがする。
「守秘義務につき、お答えすることはできません」
「ぶー! アキラのケチ。いいじゃん、ちょっとくらいぃ!!」
「ロッテお嬢様は大人なんですよね? だったら、器の大きいところを見せてくれてもいいと思いますが?」
「ぐぬぬぅ……。そう、あたしは大人、大人だもん。ここは下の者に、器量の大きなところおぉ……。あぁあああ! でも、やっぱり知りたい!」
さてさて、どうしたものか。
エザリアも含めて異世界の魔法に関する情報は、一切外に出してはならないことになっている。
つまり、あの戦いのことはこれ以上広めてはならないわけで。
なにか言わなければロッテは引き下がりそうにないのだが、果たしてどうすべきだろうか。
そんな風に昶が容量の少ない頭を総動員しているところで、まるで助け舟のようにコンコンと扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します。キャシーラさんの案内が終わりましたので、お迎えに上がりました」
扉の向こうには柔和な笑みを浮かべるクリスと、ロッテの方を見たまま若干悔しそうなキャシーラの姿があった。
「ロッテお嬢さま……。どちらにいらしたのかと思えば、こんな所に。お客人にご迷惑をかけてはいけませんと、あれほど申しましたのに」
「だってだって、クリスってばアキラのこと全然教えてくれないじゃないですか! だから、自分で聞こうと思っただけですう!! まぁ、見た目は頼りなかったですけど」
「とにかく、一緒にいらしてください。リビングには、もうお姉さまがお待ちでしょうから」
「お姉さまが!!」
ロッテはしゅたっと飛び出すと、そのままクリスとキャシーラの間を縫って部屋を出て行ってしまった。
まるで、嵐が過ぎ去った後のような静けさである。
昶はようやく解放されたと、ドッと肩を落とした。
「すいません。ロッテお嬢さまがご迷惑を」
「いえ、これくらいなんともないですから」
「では、リビングに案内します。こちらです」
昶はよっこらせと年寄り臭いかけ声を出しながら、重い腰をベッドから持ち上げた。