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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第一話 新たな門出 Act07:集団戦闘試験

 試験当日。一時限目の数学のテストを終えた面々は、物々しい雰囲気のまま外に移動していた。

 次のテストは、集団戦闘。一年生の科目の中では、最も厳しいと言われているテストだ。

 派遣されてくる二人の蒼銀鎧の魔法兵がどんなタイプなのか、そこに半分近くがかかっていると言っていい。

 そういう意味では、肉体強化に優れたシェリー、圧倒的な空中機動力を持つアイナ、無尽蔵に近い魔力を有するレナ、そして後方支援に特化したリンネの組み合わせは、どんな相手にも柔軟に対処できる布陣と見ていいだろう。

 ちなみに、出席日数の関係でテストの受験資格のない昶は、朝から外庭で雪だるまを作っていた。

 ちなみに、他のサーヴァント一同──セイン、カトル、ソニス達──は、寒いのが苦手で部屋に引きこもっているのだそうだ。みなさん、雪は苦手なようである。

「あんたねぇ…………あたし達が真剣にテスト受けてる最中に、遊んでんじゃないわよ」

「さすがに暇になるわ。それに、今日は休憩時間も長いんだろ? 余計暇になるじゃねぇか。こちとら、今週一週間は、はぶられっ放しなんだからな!」

 念のために言っておくと、出席日数の関係で昶は全科目において受験資格がない。

 まったくもって問題はないのだが、今のままでは完全に留年確定である。学院長の言っていた特別措置が、なかなか気になるところだ。まだ決まらないのだろうか。

「レナ、今は昶よりテストの方を心配しなさいよ」

 じゃれつく昶とレナを見たシェリーが、ため息混じりに止めに入る。

 先の数学のテストが悲惨だったのか、シェリーはやたらやつれていた。

「あんたに言われなくても、わかってるわよ」

「ならいいけど。あぁ、疲れた。もう帰ってぬくぬくのお布団で寝たい」

 とか言いながら、シェリーは昶の作った雪だるまに、自分の額をくっつけた。

「あ~、冷たくて気持ちい~」

「知恵熱か」

「知恵熱ね」

「知恵熱ですね」

「…知恵熱」

 声のした方に昶とレナは振り向くと、アイナとリンネがそれぞれ身体の節々を伸ばしながら近付いてきた。

「とりあえず、前半の題問二つは解けました」

「…バッチリ」

 アイナは苦笑い、リンネは控えめなピースサインで、昶に報告する。もちろん、座学では非常に優秀なレナは半分の時間で全問解いている。

 それを聞いたシェリーの顔面が、雪だるまにめり込んだような気が……。

「みなさん、集まりましたね? それでは、移動しますので付いて来てください」

 そしてシェリーの醜態がクラス中の見物になり始めた頃、四〇代ほどの女性の先生が現れる。

 物腰が柔らかく性格も温厚、学院の生徒達の良き相談相手として人望の厚いレイチェル先生だ。

 しかし、その温厚な性格とは裏腹に、想像もつかないほどの力を有している実力派の先生である。その力のほどは、飛行実習の時に見せた巨大な氷の壁で実証済みだ。

「ほれ、お呼びだぞ」

 続々とレイチェル先生に続いていく中、シェリーは相変わらず雪だるまに埋まりっ放しで動きそうにない。

 昶は時々シェリーに喰らわされるアイアンクローを後方からかけると、強引に雪だるまから引っ剥がす。

「痛たたたたたた!!」

「ほれ、行くぞ~」

 手の甲を割と本気でタップされるのも無視して、今までの仕返しと言わんばかりに、昶はそのまま痛がるシェリーを引っ張って最後尾を歩いた。




 雪の上を引きずられてシェリーがショーツまでぐっしょり濡れちゃった頃、綺麗に雪のかき出された地面が現れた。

 恐らく、ここで集団戦闘のテストが行われるのだろう。

 そして現在進行形で雪かきをしていた二つの人影が、急速に近付いてきた。

「そろそろですか? レイチェル先生」

「なかなか、生きの良さそうな後輩がそろってますね」

「えぇ、まぁ。今年はなにかと、話題になることの多かったクラスですから」

 やってきたのは、割と地味な格好をした男女のペアであった。

 模擬戦の相手をするとあって、農村部で見かけそうな作業服然とした服を着ている。

 全体的に、学院の制服からマントを取っ払ったような感じだ。

 レイチェル先生の言う『話題になった』の『話題』とは、もちろん全てレナ達のことだろう。

 先生が知っていそうな心当たりだけでも、最低三つはある。

「それでは、グループ毎に別れてください。順番は事前に通知していたように、グループの申請時の順番で呼びますので、それまでは中庭で待機しておいてください。では、第一グループの方から、付いて来てください」

 そう言うと、レイチェル先生は第一グループの五人を引き連れて、整備された一角へと足を踏み入れる。

 男女のペアは、中庭に向かうメンバーを見送りながら、にやにやと会話を交わす。

 卒業生の前とあって、誰もが緊張している様子だ。

「私、スカートとパンツ変えてくる」

 そんな中、気持ち悪さが限界に達したシェリーは、一人寮に向かって駆け出した。

 よく動くシェリーである。移動中に股の間がスースーしては、とてもじゃないが集中できないであろう。

 ちなみに、恥ずかしがるそぶりは全くのゼロである。アルトリスの前では、あれだけ恥ずかしがっていたのに。

 あれだろうか。この辺の雑さ加減が、付き合ってもすぐに別れる本当の原因だったりするのだろうか。

「で、レナ達は何組なんだ?」

「十三組中、九組目よ。さすがに、それまでには戻ってくるでしょ。それよりも、ちゃんと魔法が使えるかどうか……」

 一昨日前の模擬戦を思い出して、レナは再び不安に駆られる。

 あの時は、失敗した時の打ち合わせも事前にしていたので対処できたのだが、今回は手の内を全く知らない相手だ。

 どう出てくるか予測できない以上、対策も取りようがない。

 レナをフォローするようにはなるが、果たしているその隙を与えてもらえるかどうか。

「…大丈夫。いっぱい、練習した、から」

「そうですよ。むしろ、相手を飲み込んじゃうくらいの気持ちじゃないと」

 テスト前とあって、リンネもアイナも、必死でレナを元気付ける。

 実際、今のチームはレナがいなければ上手く機能しないのだ。

 膨大な魔力に支えられた、高火力の魔法による支援砲撃。

 リンネにもできないこともないが、規模は小さくならざるを得ない。

 また、シェリーにも可能だが、そっちはそっちで敵前衛を撃破、あるいは後衛の護衛という大事な役割がある。

 レナにかかる責任は、重大だ。

「おい、次二組の番だぞ」

「おぉ。よし、行くぞ」

 大して時間も経っていない内に、第一グループが帰ってきた。

 相手が相手だ。瞬殺されたとしても、驚きはない。

 次のグループも、早々に帰ってくるだろう。

「ったく、早く帰ってきなさいよ」

「シェリーさん、最後まで褒めてもらえずに落ち込んでましたからね」

「…それは、仕方ない……ような気も」

「え、なに……。あいつ、そんなに気にしてたの」

 非難とはまた違うのだが、三人共気まずそうに昶のことを見ていた。

 言われてみれば、ここ二週間の間シェリーだけ褒めてないような気もする。あったとしても、ものすごく少ない気がする。

 同じ系統の術者で、なおかつ同じようなポジションであるために、ついつい辛口評価になってしまうのも仕方ないことではあるが、もう少し気を使っていればと悔やまれる。

「進歩がないわけじゃないから、褒めてやればよかったな…………」

 まあ、今更手遅れだ。

「シェリーにも伝えといてくれ。頑張れってな」

「わかったわ」

「はい! 頑張ります!」

「…応援、よろしく」

 三人は昶の応援に答えると、時間いっぱいまでフォーメーションについて話し合っていた。



 いよいよ、レナ達の番が来た。

 シェリーも間に合い、最後の打ち合わせも済ませ、いよいよこれから本番である。

 まるで本物の戦闘の時のように、喉の奥がからからになるほどの緊張感が、怒涛のように押し寄せてくる。

「では皆さん、準備はよろしいかしら?」

「はい」

「もちろん」

「大丈夫です」

「…大丈夫」

「おれはいつでも」

「こっちも大丈夫です」

 レイチェル先生の最初確認に、六人が返事を返す。

 生徒同士の時は禁止だった武器の使用も、テストでは解禁。呪文も、生徒側は下位(モノスト)までなら使うことができる。

 最後に腰に結びつけられた紐を確認し、準備は整った。腰紐が途中でほどけてしまっても、失格となるからだ。

 レナ、リンネ、アイナ、そして私服の女は大きな杖、シェリーは大剣、男とレイチェル先生は装飾品型の発動体をそれぞれ身につけている。

 レナ達の緊張感は最高潮まで達し、

「では、始め!」

 年齢を感じさせないレイチェル先生の声が、外庭の一角に響き渡った。

 まずレナとリンネは後方に飛び、シェリーとアイナが敵前線に突っ込む。

 ──腰の紐を取るだけなら、飛ぶだけしかできない私でも!

 ──先輩だろうと、容赦する気なんてサラサラないわよ!

 まず、アイナが先行して相手の動きを抑えにかかった。

 先生チーム全体に向けて、魔力の槍を次々と放つ。そして動きの止まったところへ、シェリーが突っ込んで一人目の紐を奪う。という算段だったのだが、向こうもそこまで甘くない。

 男を先頭に、女、レイチェル先生と並ぶと、男の身体に炎が纏わり付いたのである。炎の全身武装鎧(ブラーデ・アーマ)だ。

 鎧の名を関するだけあって、炎はアイナの魔力の槍を呆気なく消し飛ばす。

『…アイナ、上昇』『…レナ、アイナが上昇、したら援護』

『はい!』

『わかってる!』

 リンネは即座に念話で指示を出し、アイナは急速上昇。そこへ、レナの放った風の槍が殺到する。

 呪文でないとはいえ、アイナの槍とは段違いの威力を秘めている。

「二学期の間に、随分と成長したようですね」

 レナの成長に、レイチェル先生は心からの賛辞を送った。

 しかし、だからと言って手心を加えるようなことはしない。誠意を持って、全力で迎え撃つ。

 レイチェル先生は最小限の氷の盾を作り上げ、レナの放った風の槍を防いだ。

 そして、二人の間にいた女が突如加速して、シェリーの目の前へと躍り出る。

「いっただきぃっ!」

 滑らかに宙を滑りながら、女はシェリーの腰紐へと手を伸ばした。

「させるかぁっ!!」

 しかし、シェリーはそれを超える身のこなしでかわしたのだ。

 アイナならもっと速い。昶ならもっと鋭い。

 そして、アルトリスはもっと凄かった。

 シェリーはアルトリスと戦った最後の瞬間を思い出しながら、感覚をどんどん研ぎ澄まされてゆく。

 その感覚が視界の端を通り過ぎようとする女を捉え、ひらひらと舞う紐へと手を伸ばした。

「おっと、危ない」

 しかし、相手の方もシェリーの動きをよく見ている。横にスライドして、シェリーから大きく距離を取った。

 だが、シェリーにばかり気を取られていたせいで、他がおろそかになってしまっていた。

 シェリーの身体を、瞬時に風の鎧が包み込んだ直後、

 ────ドドォドドドドドドォドドドォドドドドドッッ!!

 魔力の弾丸が、頭上から降り注いだのだ。

 しかも、降り注いだのは魔力の弾丸だけではない。連続して散弾が着弾する中に、円錐型の魔力の槍も混じっていた。

 こちらの強度は、弾丸の比ではない。

 女の方は地精霊(グノーメ)を集めて作った岩の盾で、辛うじて弾丸を防いでいた。

 しかし、優勢も長くは続かない。

「油断しすぎだバカ!」

 なんと男は、纏った全身武装鎧(ブラーデ・アーマ)の右腕を振り抜き、炎の砲弾を上空へと放ったのである。

 ネーナと比べてしまえばそれまでだが、直撃すればもちろんタダでは済まない。

 アイナは眼下への掃射を一時中断し、回避に専念するが、そこへ更なる追い討ちが加えられる。

 なんと全方位に、いきなり氷の槍が出現したのだ。

「くっ!?」

 その瞬間、アイナは全力で最大加速をかけた。意識が飛びかけたが、そこは意地でつなぎ止める。

 間一髪、アイナは氷の槍の包囲網を潜り抜けた。

 その常識離れした加速度は、新米魔法兵の二人も驚くほどである。

「速いなんてもんじゃないな」

「そうね。あれには、私も勝てないわ」

 だが、速ければいいというものでもない。

 レイチェル先生は、アイナに向けて次々と氷の槍を放っている。

『…シェリー、レイチェル先生を』『…レナは、男の人押さえて。私もやる』

『まっかせなさぁい!』

『うん、お願い』

 シェリーは大剣を抜き放ち、魔力を込める。その魔力に反応して、大剣は灼熱の炎を纏った。

 氷の盾を迂回して、シェリーは真横から一気にレイチェル先生を急襲した。

 だが、それを見逃すレイチェル先生ではない。シェリーとの間に、瞬時に幾重もの氷の壁を構築してゆく。

 しかしシェリーは、炎の大剣で文字通り氷の壁を焼き切って突き進んできたのだ。

 最短距離を、一直線に。

 飛行術で引き離しにかかるレイチェル先生だが、シェリーの足の方が速い。

「先生!」

 男の方は慌ててレイチェル先生の援護に回ろうとするが、レナとリンネがそれを食い止める。

 レイチェル先生ほどではないにしろ、風の槍と氷の槍が二方向から男に襲いかかった。

「それなら、私が!」

 と、低空を飛行していた女はレイチェル先生を援護すべく、砂を押し固めた弾丸をシェリーに放つ。

 シェリーはそれに気付き、押し込むようにレイチェル先生に向かってダッシュし、これをかわした。

 力押しでは部がないとわかっているので、レイチェル先生はジグザグに蛇行するよいにしてシェリーの追撃を回避。しかも、片手間にアイナを追撃してしまえるのだから、凄いとしか言いようがない。

 女はその間にもシェリーに近付き、跨っていた杖に物質化した魔力の刃を構成し、斬りかかった。

「あんたの相手してる暇はないのよ!」

「うっわ、すごいパワー。なにこれ!?」

 杖を振り下ろす女めがけて、シェリーは大剣を振るった。

 衝突する杖と大剣。

 だが、肉体強化の使えない人間が、シェリーの斬撃を支えきれるはずもない。

 圧倒的なパワーの差に、女の身体は大きく後方にすっ飛ばされた。

 ──私だって!

 その姿を逃げながら見ていたアイナも、覚悟を決めた。

 いきなり進路を反転させると、レイチェル先生に向けて急降下したのである。

 氷の槍が傍らを通り過ぎるが、それはリンネのかけてくれた風の衣が防いでくれる。

 弾幕ならぬ氷幕をかい潜りながら、アイナは魔力の槍を解き放った。

 レイチェル先生の注意が少しでも自分に向けば、シェリーは自分の相手に集中できる。

 シェリーもアイナの期待に応えるべく、女をどんどん追いつめていた。

 移動速度がシェリーの方が速いために、上空に逃げることもままならないのである。

 一度シェリーの剣の重さを知ってしまったからには、もう受け止めることはできない。女は巧みな飛行技術を駆使し、紙一重のところでシェリーの斬撃を回避する。

「はっ!」

 受け止めると見せかけてひらりとかわし、女はシェリーの腰紐へと手を伸ばすが、風の衣がそれを阻む。

 ──これをなんとかするのが、先が。

 女は通り過ぎながら、ほぼ密着状態からシェリーに火球を放った。いや、直後に風の衣と衝突し、爆発を起こした。

 まさか複数の属性を使ってくるとは。シェリーは爆風にあおられながらも、なんとか足から着地する。

 しかし、今のでリンネにかけてもらった風の衣は消えてしまった。

 そして、

「しまっ!?」

 爆風の中を突き進んできた女は、シェリーの腰紐へと手を伸ばそうとしていた。




 低空でレイチェル先生と弾幕戦を繰り広げていたアイナは、爆発で投げ飛ばされるシェリーの姿を克明に捉えていた。

 レナとリンネは、男を押さえるので手一杯。自分が助けるしかない。

 進路をそらし、アイナはシェリーへと突き進んだ。

 しかし、それを察したレイチェル先生は、アイナの進路上に幾重もの氷の壁を築いてゆく。無論、後方からの氷の槍の手は緩めず。

 だがアイナの方も全く速度を落とさず、それどころかむしろどんどん加速しながらシェリーへと近付いてゆく。

 それならばと、レイチェル先生は回避が不可能なほど巨大な氷の壁を作り出した。やっぱり、レイチェル先生はすごい先生だ。

 それでも、

「いっけぇえええええっ!!!!」

 アイナは込めれる限りの魔力を、一本の魔力の槍へと注ぎ込む。

 もっと、もっと先を目指して。今よりも、もっと高みへ。

 ────ビキィ……。

 放たれた魔力の槍は、アイナの背丈の倍近い大きさがあった。これまで物質化した中では、最も大きいサイズである。

 ────ギギギィ……。

 それは分厚い氷の壁のど真ん中へと突き刺さり、

 ────パァーーーーーン。

 見事に打ち砕いた。

 目の前には、シェリーと女が今まさに交錯しようかというところ。

 アイナはシェリーの手をつかみ取ると、そのままの勢いで一気に上昇した。




 レナとリンネがつい手を止めてしまうほど、先の寸劇は凄まじいものだった。

 爆煙と氷の欠片のせいで、あの中でなにが起こっているのか把握できない。

『…シェリー!』『…アイナ!』

 次の瞬間、ぽふっと煙を突き抜けて、アイナとシェリーの姿が現れた。

 そして、シェリーの腰からは、

「…ない」

「ないわね」

 腰紐がなくなっていた。

 その代わり、

「取った!」

 シェリーの手にも、誰かの腰紐が握られていた。

「こりゃ、おでれーた」

「あらあら」

 完全に視界が開けたところで、男とレイチェル先生も少し驚いていた。

 なんと魔法兵であるはずの女の腰から、紐が消えているのだから。

 同士討ちとは言え、生徒側が教師側から一本奪う事態になろうとは。

 だが、喜んでばかりもいられない。

 無茶な飛行によってゆるゆるになっていたアイナの腰紐も、するりと下に落ちてしまったのだから。

「……あ」

 これにはアイナも、呆然とならざるを得ない。

 腰紐が外れてしまったアイナも、この時点で失格だ。

「二対……」

「…二」

 アイナのような突出した機動力もなければ、シェリーのような攻撃力もないレナとリンネにとって、それは絶望的な数字だった。




 日が完全に沈み、いつも通りの夕食の時間がやってくる。レナ達四人と昶は暖炉近くのテーブルの端につき、目の前には分厚いステーキをメインにした料理が並べられていた。

 結果だけ言えば、レナ達のテストは教師陣の優勢勝ちに終わった。

 レナとリンネは一ヶ所に集まって火力を集中させたのであるが、接近戦をしかけてくる男に分断され、火力の乏しいリンネが集中的に狙われ腰紐を奪われてしまったのだ。

 最後まで残ってしまったレナは、底無しの魔力に物を言わせた物量による持久戦に持ち込み、レイチェル先生が腰紐に手をかける寸前で時間切れとなったのである。

 考えてみれば、それでもなかなかすごいことだ。

 ほとんど全てのチームは、腰紐を奪われて時間切れの前に終わってしまったのだから。

「えっと、とりあえず一番面倒なテストが無事に終わってよかったな」

 実技に関しては、不合格の場合はその場で発表され、追試の日が通達されるようになっている。

 それがなかったということは、四人は合格だったのだろう。進級の必修科目であっただけに、実に喜ばしいことだ。

 喜ばしいことなのだが、なぜか空気はずぅぅぅんと沈んでいた。

「あんなに頑張ったのに。私、なんで取られちゃったのよ」

「それを言うなら、私だって。緩んで落ちちゃったとか、目も当てられませんよ」

「仕方ないわよ。相手が相手だもの。それに、先生達から腰紐取れたのって、あたし達だけなんでから、そんな沈むことないって」

「…判定負け、みたいなもの。レナの、言う通り。かなり、良い方。腰紐、奪ったの、私達だけ…だもん」

 実は二週間の間、レナ達がやっていたのは実技対策の練習だけではない。

 日中は集団戦のための練習、日没後は座学のテストに備えた勉強会という過酷日程で頑張ってきたのだ。しかも座学の勉強が終わった後は、その日の練習の反省会と、フォーメーションの確認等、ありとあらゆる手を尽くしてきたのだ。

 それに、“勝てるかも”という思いも少なからずあっただけに、けっこう悔しい。

「印象としては、アキラの方が絶対に強かったのに」

「いや、あれ一対四だったろ。今回は三対四だからな。向こうもチームプレイしてくる分、かなり違うって」

 特にシェリーは落ち込みようが激しく、今もちびちびと愚痴を吐き出している。

 相手の腰紐を奪う役割の自分が、一番最初に奪われてしまったのである。同士打だったとはいえ、あれは確かに痛かった。

 昶としても、どう扱えばいいのかわからず、対応に困ってしまう。

 やっぱり、慰めた方がいいのであろうか。

「あ゛ぁーーーー! 悔しーーーー! 思い出すと腹立ってきた」

 と思ったが、シェリーはいきなり奇声をあげてステーキにかぶりつく。

 これだけ悔しがる元気があるなら、昶がわざわざ慰めなくても大丈夫だろう。

 そして、次からはもうちょっと褒めるようにしよう。確かに、考えてみれば一人だけ褒められないのはかわいそうだ。小さいとはいえ、ちゃんと伸びているのに。

 ちなみに、リンネの方はここ最近恒例となっている質問タイムの時間に、若干鼻息を荒げていた。

 この二週間、昶に質問責めして集めた地球の機械、というか科学技術の情報はすでにノート一冊もたまっていた。現在手元にあるノートは、実は二冊目のノートなのである。

「…アキラ、き、昨日言ってた、“こうくうき”の話、もっと聞きたい!」

「わかったから、まず食べさせてくれって。で、もっとって、どの辺から?」

「…一番最初に作った人とか! どんな風にかわっていったか、変遷の歴史とか! 特に、“じぇっと”っていうの、すごい気になる!」

 ほんと、饒舌すぎてちょっと怖いくらい。

 そんなリンネやシェリーと違って、レナとアイナは全く口も開かず黙々と食べ物を胃に詰め込んでいた。

 ちなみに、各人の配置は昶の右側にレナ、左側にアイナ、正面にリンネ、右斜め前がシェリーとなっている。

 つまり、昶の両隣が非常に暗いわけだ。そのお陰で、非常に食べ辛い。

 両肩に、合計百キロの重りでも担いでいるような気になってくる

「ま、まぁ、レナもアイナも元気出せって。明日もまだテストあるんだろ?」

「そういえばリンネ、明日のテストってなんだっけ?」

「…国語と、兵法」

「兵法って……。もうどこから突っ込めばいいんだよ」

 シェリーの質問に答えるリンネ。兵法ってここは士官学校かなにかか、と昶は心の中で一応突っ込みを入れておく。

 となると、明日は実技の類はないということか。激しい戦闘を繰り広げた後なので、身体を休める意味でもいいタイミングだ。

 日頃から昶と打ち合いをしているシェリーはともかく、あとの三人は全力で魔力を用いる機会はなかなかないはずである。

「…………」

 なんて思っていたら、そこで会話が途切れてしまった。

 再び気まずい沈黙が、食堂の一角を支配する。

「シェリー」

「なによ?」

 沈黙に耐えかねた昶は身を乗り出し、ひそひそ声でシェリーに耳打ちする。

「これ、なんとかしてくれ」

「無茶言わないで。これ収拾する自信なんてないわよ」

「いや、そこをなんとか」

 と、その時だ。

 ドンッと、乱暴に席を立つ音がした。

「ごちそうさま。残ったの、好きなようにしていいから」

 席を立ったのはレナだった。夕食は、まだ半分も残っている。

 体力的にも精神的にも、かなり消耗しているはずなのに。

『アキラ、話したいことあるから。あとで外庭まで来て』

『あ、あぁ。わかった』

 レナは杖と筆記用具の入った鞄を持つと、そのまま食堂から出て行ってしまった。

 それを見送る、昶とシェリーとリンネ。アイナだけは気にせず、黙々と食べ続けていた。

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