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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第一話 新たな門出 Act06:うら若き戦魔女

 練習の方針を変換してから五日後。ついに二週間の猛特訓の成果を確かめるための、昶との模擬戦を行う日が来やって来た。

 さすがに学院内ではあまり派手なことをしたくないという昶の要望により、学院から少し離れた丘陵地帯にいる。

 お昼ご飯と防寒グッズに温かい紅茶も用意してあるので、ほとんど遠足のような気分である。ホント、模擬戦さえなければ。

 シェリーはテスト前日である安息日がいいのではないかと言ってきたが、前日くらいは身体を休めようというレナの意見により、テスト二日前──週の第六日に行うことになった。

 この日は昶も、いつも以上に気合いを入れている。全身を入念に動かし、思考とのラグがないかを確かめる。

 経絡系に走る痛みは、ちょっとしたハードなトレーニングをした後くらいまでに減っていた。

 痛むには痛むが、戦闘に支障をきたすレベルでもない。

 それでも、身体が鈍っている分、反応はやや遅れ気味。その点だけは、注意しなければならない。

「まあ、俺も身体鈍ってるから、ちったあ手加減してくれよ」

 と、模擬戦前から弱気発言たらたらの昶であるが、

「四人で全力でかかっても、あんたには勝てる気がしないわ」

「今回は、私もレナさんと同じです」

「え? アキラってそんな強いの? 確かに、王城はなかなか悲惨なことになってたけど」

「…少なくとも、第三級危…険獣魔を、簡単に倒しちゃう、くらい……すごい」

 ちなみに、誰がどのくらい昶の力を知っているかと言えば……。

 レナは対エザリア戦、アイナは対“ツーマ”戦、シェリーとリンネはフラメル瞬殺時、と上と下で天地ほどの差がある。

 だが、忘れてはならない。フラメルは第三級危険獣に指定される危険な鳥竜種であり、一般的な魔法兵──赤銀鎧──が最低でも十人以上で同時に相手にし、なおかつそれが複数組で対処しなければならないような相手なのである。

 昶はあっという間に二匹を瞬殺してしまったが、あれは獣魔が弱いのではなく、攻撃力に尖った地球の魔術師が強すぎるせいなのだ。

 断じて、フラメルが弱いわけではない。断じて。

「んじゃ、ぼちぼち始めよるとするか。そっちの方も、準備はいいんだろ?」

 アンサラーを抜き放つ昶は、正面で構える四人に挑戦的な視線を送った。

「はは、寒気がする」

「シェリー、あんたそれ、単に寒いだけじゃないの?」

「まあ、シェリーさん、私達の中で一番薄着ですからねぇ」

「…風邪、ひいた?」

 一方でレナ達の方はと言えば、各人準備はしながらもちょっとしたコントを展開中である。

「違うわよ! 武者震いってやつよ!」

「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」

「レナさん、シェリーさん弄るのもそれくらいに」

「…来る」

 相手の一挙手一投足に気を配っていたリンネ。その言葉通り、昶の身体が動き出した。

 それも、シェリーが知るよりずっと速く。

「このっ!!」

 シェリーは背中の大剣──ヒノカグヤギ──を抜くと、正面から昶の一太刀を受け止めた。

 だが、

 ──重ッ!?

 今までの朝練よりも、倍以上も重い。

 昶に言われた通り多少の加減をしていたシェリーだが、そんなことができる相手ではなかった。

 アルトリスの時のように、全身全霊を以て戦わなければ、昶には勝てない。

 とっさに下肢に力を入れて踏ん張るが、昶に力負けして後方に弾き飛ばされた。

 昶は追撃をかけようと更に一歩踏み込もうとするが、真上と前方から敵意を感じて、斜め後方へとジャンプする。

 直後、先ほどまで昶のいた場所に、風の砲弾と物質化した魔力の槍──円錐型の魔力──が突き刺さった。

 ──ちゃんと連携が取れてるな。

 アイナは即座に昶の上を確保し、レナは昶の接近を阻むような針路で魔法を起動させたのだ。

 呪文を使わずに起動させる魔法は、本人の言っていたように成功率がかなり上がってきているようだ。

 すると今度は、反撃とばかりにアイナが魔力の槍を次々と構成して撃ち出してきた。

 アイナの通った軌跡に沿って魔力が固められ、絶え間なく撃ち込んでくる。

 着実に成果が出ていることを喜びながら、昶はポケットから護符を取り出した。

「金剛──急々如律令」

 霊力は護符を介して、鋼の盾へと変化する。

 昶の身体を覆い隠すように展開した正方形の鋼板は、アイナの作った魔力の槍を簡単に弾き返してしまう。

 レナとリンネは盾のない正面から昶へと狙いを定めるのだが、その昶の姿が既にそこには存在しなかった。

「…消え…」

「違う、速いだけ! シェリー!」

「わかってる!」

 レナの意図を察して、後方へと大きくジャンプ。

 ──思い切り、思い切り!

 そして誰もいなくなった正面広範囲に向けて、風の弾丸を射出する。

 底なしの魔力に物を言わせたごり押し戦法だが、これが効をそうした。

「弐ノ陣──(つむじ)!」

 視界の端に、円形に展開される雷の盾が見えた。今の一瞬で、あんな所にまで。

 改めて、レナは昶のポテンシャルの高さに驚嘆した。これでまだ本調子でも本気でもないのだから、正直笑えない。

「雷華、壱ノ陣──」

 レナの広範囲攻撃を軽くあしらった昶は、まだかなり距離が開いているにも関わらず、アンサラーを振りかぶった。

 忘れてはならない。

 積極的に使わないだけで、昶は肉体強化以外の術も持っていることを。

(ひらめき)!」

 次の瞬間、雷光を纏ったアンサラーから、幾条もの細長い雷撃が放たれた。

 実物の雷より遅くとも、レナやリンネには回避できない速度で迫ってくる。

「…ウォーティスガーデ!」

 シェリーも含めて、リンネは中位(トライド)の防御呪文を唱えた。本番では下位(モノスト)の魔法までしか使えないのだが、それでは防げないと判断したのだろう。

 三人を包み込むように、水の壁が雷撃を飲み込んでゆく。

「…アクアショット!」

 リンネは更に防御に使った水を用いて、下位(モノスト)の攻撃呪文を唱えた。

 威力は低くとも、昶を牽制するには十分。前方に踏み込もうとしていた足の向きを逆向きに変え、水の砲弾の隙間へと身体を滑り込ませる。

 しかし、前ばかりに気を取られていてはいけない。

 空中から昶をマークし続けていたアイナが、後方で魔力の槍を構えているのだから。

 ──やっぱ、村正より雷華使いにくいな。

 アイナのだいたいの位置を魔力で検討をつけると、昶はその方向めがけて護符を投げ飛ばした。

「穿て、黒鴉(クロガラス)!」

 放たれた二枚の護符はなんと鳥のような姿へと変化すると、アイナへ向かって空を翔る。

 二匹の鳥はまるで輪舞のようにくるくると位置を入れ替えながら、アイナへと襲いかかった。

「なっ、なにぃっ!?」

 一度だけ見たことがある。式神と呼ばれる術だ。ついこの前まで存在すら知らなかった術に、思考がこんがらがってしまう。

 だが、考えるよりも早く身体は反応し、円を描きながら昇ってくる鳥へと槍を撃ち出していた。

 同時に強力な飛行力場を展開し、回避行動へと移る。

 しかし、アイナは知らなかった。

 その鳥──式神は術者の思いのままに操れることを。

 それまで一直線に針路を取っていた式神は、アイナの動きを完全にトレースして付いて来る。

 いくら複雑な軌道を描こうと、昶がアイナの魔力を探知している限り逃れることはできない。

「よそ見はしないで、ちょうだいよッ!」

 アイナを援護しようと、シェリーは放たれた矢の如く昶へと突っ込んだ。

 どうせ本人が誘導してんでしょ! という当てずっぽうの理論だが、間違ってはいない。

 必然的に、昶がアイナに割くリソースは少なくなる。

「うぉ、重たっ!?」

 中段から勢いを乗せた横薙ぎを、正面から右手一本で受け止めた。

 腕の真芯が、じぃぃぃんと痺れを訴える。当然、防がれたシェリーの両腕にも、似たような痺れが走った。

「っとにもう、簡単に受け止めてくれちゃって!」

 シェリーは受け止められた反動を利用して逆回転しながら、後ろ回し蹴りを昶の頭部に見舞う。

 昶は屈んでこれを回避し、無防備な軸足を水平に蹴り払った。

 だがシェリーもそれを読んでいたのか片足で飛び上がり、無理やり身体をひねりながら大剣を真上から昶にたたき込んだ。

「だったら、そっちもスカートのまま蹴り技使うな! 集中できねぇだろうが!」

「あんたなに見てんのよ、変態!」

「サイテーですアキラさん!」

 間一髪バックステップで回避したところに、レナとアイナの怒号と共に攻撃魔法の爆撃を喰らった。

 下位(モノスト)の攻撃魔法──収束された複数の風の槍と、広範囲にばらまかれた魔力の散弾。

 あまりの威力に地面がえぐれ、土煙がもくもくと立ち上る。

 多少はダメージを与えられただろうか。アイナを追尾し続けていた式神は、ただの紙切れになってひらひらと落ちていった。

 と、その時、鋭敏化したレナの感覚が、一瞬だけ膨れ上がる昶の霊力を察知した。

「アイナ、危ない!」

 レナはリンネの手を引き、限界まで飛行力場を展開して上昇する。

 次の瞬間、土煙を突き破って雷の斬撃が飛翔してきたのだ。

「…すごぃ。なんで、わかったの?」

「伊達に、魔力察知の練習してないわよ」

 レナは改めて、雷撃の痕跡に目を落とした。やはり、“ツーマ”の時のような、激烈な威力はない。

 ──やっぱり、すごいセーブしてくれてるんだ。

 自分達の身を案じてくれていることを嬉しいと思う反面、四人がかりでも手加減できるだけの差があることを思い知る。

 レナとリンネは、もしもの時のために上空で待機、シェリーもその下まで後退し、アイナは昶を挟んで反対側で魔力の散弾を準備。

 そしてようやく土煙が晴れると、その内側から昶が悠々と姿を現した。

 土埃で汚れている以外は、完全に無傷。制服にも、全く破損がない。

 それどころか、昶を中心とした直径一メートルほどの地面も、昶同様に無傷な状態であった。

 あの一瞬の間に、防御の術を発動させたのだ。

 想像していた以上に、敵として立ちふさがる昶は強かった。

「アイナ、散弾の威力、けっこう上がってるじゃん。レナも、さっきのは障壁抜かれるかと思ったぞ」

 本当に、昶は心底嬉しそうに笑っていた。自分達の成長を、まるで自分のことのように。

「リンネ、アキラの期待に、応えようね」

「…うん!」

 レナの魔力が風精霊(シルフ)を、リンネの魔力が水精霊(ウンデネ)を引き寄せる。

 風と水は混じり合い、巨大な氷の(つぶて)となって昶に降り注いだ。

 それに合わせて、アイナも魔力の散弾をばらまく。

 ──これ以上やられると、ちょっと加減できねぇな。

 下肢に力を込め、ダッシュする昶。想像以上に苛烈なレナ達の攻めに、やや守勢に回り気味となっている。

 なんとかして、空中の三人を撃ち落とさなければならない。

 昶は左手に三枚の護符を握りながら、それらにありったけの霊力を込めた。

 正面には、大剣を腰だめに振りかぶっているシェリーがいる。全員の隙を突くなら、その瞬間がベストだろう。

 そして、一秒にも満たない時間で、昶はシェリーの懐まで潜り込んだ。慌てて大剣を振り抜くシェリー。

 しかし昶はそれよりも先にアンサラーを押し込み、シェリーの手を封じる。

 同時に、左手からも護符が解き放たれた。

「行け、天燕(アマツバメ)!」

 護符は空中で再び形を変えたのであるが、その形は先ほどのものと大きく異なる。

 そう思った瞬間には式神はすぐ目の前まで迫り、

 ────ドォオオォォォォン!!!!

 衝突し、爆音が上がった。

 黒鴉(クロガラス)を圧倒する速さの天燕(アマツバメ)が三人に向かって飛翔、着弾と同時に白い煙を上げる。

 速度はともかく、威力は加減したが、果たして大丈夫であろうか。

 即座に意識を集中させ、周囲の気配を探る昶。

 すると、予想外の反応に思わず目を凝らした。

 白い爆煙を突き抜けて、レナとリンネ、そしてアイナが現れたのだ。

 ──嘘だろ、無傷って!?

「ウィンドピック!」

「…アイスニードル!」

 アイナは昶の後方を確保し魔力の散弾を発射体勢に、レナとリンネはそのまま左右に分かれ、それぞれが下位(モノスト)の攻撃呪文を唱える。

 しかし、レナの方は制御が上手くいかず、集まった風精霊(シルフ)が近くで暴発していた。

 後方からは魔力の散弾が、左前方からは氷の散弾が、昶に向かって押し寄せてくる。

 ──これなら、まだ!!

 二方向からの面攻撃を回避するのは、残りの一ヶ所に向かうしかない。

 下肢に力を込め、斜め右方向に向かって大きくジャンプした。

 難なく危険域から脱した昶。

 だが、それを読んでいた人物が一人だけいた。

「クシャナブレット」

 魔法を失敗した瞬間に、昶は自分の方に向かって逃げてくるはずである。

 より広範囲に攻撃範囲を広げて、レナは下位(モノスト)の攻撃魔法を唱えた。目標は、自分に向かってくる昶。

 次々と浮かび上がる風の弾丸は、レナの意志に従って下方へと殺到した。

「あんにゃろ!!」

 魔力に物を言わせて構成された風の弾丸は、先のリンネとアイナの攻撃の、倍以上まで膨れ上がっている。

 これでは、回避するなど絶対に不可能だ。

「弐ノ壁──」

 全ての詠唱をすっ飛ばし、昶は天心正法の防御術を起動させた。

「禁!!」

 昶の身体を覆い隠すように、半円形の雷がバチバチとはぜる。

 風の弾丸などまるで寄せ付けない、圧倒的な力の暴力。物量など関係ないでも言うように、周辺の弾丸までまとめて焼き焦がしてゆく。

 しかし、天心正法は強力であるが故に、長時間使うことはできない。

 雷の壁が薄れると同時に、今まで気配を隠していた最後の一人が飛び出してきたのだ。

「はぁぁああああああああああああッ!!!!」

 助走をつけ、最大速で近付いてくるシェリー。

 雷の壁が消失するタイミングに合わせて、大上段まで振り上げられた大剣が落ちてくる。

 大技を使った直後で、身体がすぐに言うことを聞かない。

「受けるしか、ねぇってか!!」

 ならば、動かない足でどっしりと踏ん張ってやる。

 覚悟を決め、昶はシェリーの大剣を受け止めるように、アンサラーを掲げた。

 ギィィイイイイイインッ!!

 想像を絶する重さと衝撃が、互いの身体へと襲いかかる。普通の人間ならば、腕がもげていてもおかしくない。

 甲高い金属音が、鼓膜を突き抜けて脳髄までダイレクトに響いた。

 そして、

「ふぅぅ。降参だ、俺の負け」

 痛みに顔をしかませ、尻餅をつく昶。

 その隣には、最後まで持っていられなかったアンサラーが、地面に突き刺さっていた。




 昼食のサンドイッチは、昶の提案でかまくらの中で食べることになった。

 リンネに錬金術で土から適当なシャベルを作ってもらい、昶とシェリーが雪を集める。

 模擬戦をしていた一帯では風情がないので少し離れた場所に移り、そこで二人は黙々と雪を集めて盛っていく。

 幸いにも連日の降雪もあって雪はすぐに集まり、最後に昶が中の雪をかきだして完成。所要時間は標準時で五分少々。なかなかの好タイムだ。

「雪の中なのに、すごくあったかいんですね。びっくりしました」

「外から風が入ってこないからな。俺も作ったの初めてだから、けっこうびっくりしてる」

アナヒレクス領(うち)にも、似たようなやつがあるわよ。祭の時なんかは、中に飾り物したり、伝統料理なんか作って、土地神に捧げたりね」

「私んとこ、雪積もんないからな~。レナん()でなら、したことあるんだけど」

「…メレティスも、あまり降らないから。私、こういうの…初めて見た」

 出来上がったかまくらの方もなかなか好評で、その中でシートを広げてサンドイッチをぱくり。昨日のうちにセンナさんに頼んで、作ってもらったらしい。

 マッシュポテトの塩加減といい、レタスのシャキシャキ感といい、ジューシーなハムといい、絶妙な味付けだ。他にも、マヨネーズの酸味も見事で、スライスしたゆで卵も味付きで美味い。素材の味を生かしつつも全体の調和がとれている。

 食堂の料理と比べても遜色なく、むしろメイドやらずにコックやれば? と言えるレベルだ。

「相変わらず、なんでもできるんだな、あの人」

「センナも、下ネタさえ言わなきゃ完璧なのに」

「でもレナ、下ネタ言わないセンナさんって、センナさんじゃない気がするわよ」

「あ、それわかる気がします。特徴って言えば、下ネタトークですからね、センナさんって」

「…美味しぃ。あむ……」

 まあ、色んな意味でブレない人なのは、間違いない。

 模擬戦の後でお腹が空いているのか、みんなサンドイッチを次々と口に運ぶ。

 本職のコック並に美味しいのだから、それも当たり前かもしれないが。

 ──センナさん、かぁ。

 サンドイッチを頬張りながら、昶は学院生活初日のことを思い出していた。

 今度レナが無茶をしそうになったら、絶対にレナを止めてくれ。マスター(レナ)の安全を一番に考えるのが、サーヴァント()である自分の役目だと。

 自分にはそれができないから、できる人に託すしかない。

 昶はセンナから託されたのだ。レナを、どんな危機からも救ってくれと。

 一度レナを危険な目に遭わせてしまった昶に、その言葉は深く突き刺さった。

「ところでアキラ、あたし達、どうだった?」

 口の端にマッシュポテトをつけたレナが、心配そうに昶の瞳をのぞき込んできた。

 一対四の上に本調子ではないというハンデ戦で勝利を納めたものの、やはり本人から直接聞かなければ不安は(ぬぐ)えない。

 まるで、本物のテストの試験官にでもなったような気分だ。気付けば他の三人も、期待と不安の入り混じった表情で、昶のことを見つめていた。

 こんな目で見られては、さぞ厳しい評価は言い辛いだろう。

 もっとも、それも今回に限っては杞憂というものだが。

「文句つけれるかよ。最後なんか、こっちの意表を突いて、その上でちゃんと連携組まれて負けたってのに。それにしても、まさか防御呪文かけてあるなんてな。あれは完全に誤算だった」

「…練習、頑張ったから」

「ってことは、あれリンネがやったのか」

「…ぅん」

 確かに、全員の役割をはっきりすべきと言ったのは昶だが、まさか防御の役割を全てリンネに任せてしまうとは思わなかった。

 しかも、リンネがその役目をキッチリこなしているというのにも驚きだ。

 だが実際、式神の攻撃からリンネは全員を守って見せた。

 制御力の非常に高いイメージが先行していただのだが、一度に扱える量もマグスの中では上に入るようである。

 それでも、レナやシェリーに比べれば見劣りしてしまうが。

「へぇぇ。しかも三人まとめてだしな。ほんと、すごいよ」

「…私だけじゃない。それに、みんな…頑張った。いっぱい、打ち合わせも……したし」

「特に、シェリーとアイナに覚えてもらうのが大変だったわ。具体案を考えたのは、ほとんどあたしとリンネだけ」

 色々なパターンを考えたのは、主にリンネとレナの二人のようだ。

 講義でも集団戦やそれらに付随する座学はもちろんあるのだが、残りの二人の頭では理解できなかったらしい。理解する気があるのか、という点には疑問の余地が残るが。

「そんな練習する時間がなかったはずなのに、タイミングばっちりだったしさ。あれにはビビったよ」

「あぁ、それなんだけどね。実はリンネ、念話を完全にマスターしちゃってさ、誰とでも簡単に念話ができるようになったから、それ使ったのよ」

「…シェ、シェリー!」

 と、リンネは両目をうるうるさせて、シェリーを見つめていた。

 傍目(はため)にも、自分で言おうと思ったのに、と訴えかけているのがわかる。

 さすがにこれは悪いと思ったらしく、食後のデザートに入っていたアイスは、シェリーだけお預けとなった。

 リンネはケースに入ったアイスを魔法で冷やしながら、昶に向けて思念波を飛ばした。

『…あの、聞こえます、か?』

『おぉ、ほんとだ。ソニスいなくても、念話できるようになったんだ』

『…はぃ、まあ。これで、みんなに、指示とか出してて…それでです。タイミングとか、色々合ったの』

『すげぇな。前はソニス仲介してたのに』

『…えっと、すごい遠くの人と話す時は、いた方がいい。あとみんなに、一斉に思念波送る時にも』

『そういや、個別に念話するのはちょっと苦手なんだったな、ソニスは』

 リンネのサーヴァント──ソニス──は、スピルニルと呼ばれる獣魔の一種で、強力な思念波の送受信能力を有している。

 個別の個体と会話するときは思念波の範囲を一方向に限定、複数の個体と話す時は逆に広範囲にばらまくことで念話を可能としている。

 その便利な能力の反面、範囲内に話を聞かれたくない相手がいた場合でも、思念波が聞かれてしまうというデメリットがあるのだ。

 以前はリンネの支援を受けて、本来は拾えない思念波を強制的に引き出した上、一人だけ思念波のネットワークから外すという荒技をやってのけたこともあったのだが、今回はリンネが個人の力で全員と連絡を取っていたようである。

『すげぇな、リンネ。全然気付かなかった』

『…ぁ、ぁりが、とぉ』

「ちょっとアキラ、なにニヤニヤしてるのよ?」

「リンネさんとナイショ話でもしてたんですね!? そうなんですね!!」

 リンネとの念話が新鮮で楽しく話していたところに、レナとアイナが両側から迫ってきた。

 念話に集中しすぎて、無言のままリンネとちらちら視線を合わせていたのが原因だろう。

「リンネがシェリーに念話のこと話されたから、直接俺に念話飛ばしてきて、すげぇなって返しただけだって」

「本当にそれだけなんですか?」

 と、アイナは右手を取って、更に近付いてくる。

「本当にそれだけだよ」

「その割には、リンネがみょーに赤くなってる気がするんだけど……」

 さすがにレナは直接手を取るのは気が引けたのか、カッターシャツの袖をちょこんとつまんでくる。

「俺に言われても……。リンネ、俺変なこと言ってないよな?」

 自分がいくら主張しても、この場合は無駄だろう。

 レイゼルピナに来てからこっち、約四ヶ月の経験がそう語っていた。

 が、その頼みの綱のリンネはと言えば、

「…ッ!?」

 目があった瞬間に慌ててそっぽ向かれてしまった。

 誉められたのが、そこまで嬉しかったのだろうか。

 ──って、そうじゃなくて!!

 リンネに助けてもらう予定が、これでは逆効果である。

 今のリアクションは、完全に勘違いされただろう。

「アキラァ……」

「アキラさん……」

「そそ、そういえば、二人もだいぶ上手くなってたな!」

 というわけで、無理やりな話題転換。もとい、元の話へと戻す。

「レナは、呪文使わない魔法がだいぶ上手くなってた。ゆっくりでも、制御が上手くなってるから、その調子でがんばれ」

「う、うん」

「アイナも、散弾の強度上がってた。でも、まだまだ強度もバリエーションも足りない。それに、普通の魔法も使えるようにならないとな」

「は、はい! ががが、がんばまりす!」

 どうやら、褒めて誤魔化す方法は上手くいったようだ。

 ついさっきまで怒鳴られる一歩手前だったのが、明らかに軟化しているのがわかる。

 いささか軟化しすぎの気もするが、それも集団戦のテストに対する不安の裏返しと言えなくもない。

 特に、集団戦は必修科目でもあり、テスト内容も自分が努力すれば済む問題でもないので、不安の度合いも他のテストより大きいのだ。

 それだから、せめてもの自信になるように、誰かに褒めてもらいたかったのだろう。

 昶は二人の頭に手をやって、優しく撫でてやった。

「明後日の本番も頑張れよ」

「はぅっ!?」

「うぅっ!?」

 これがトドメとなった。

 不意打ちの頭撫で撫でをいただいてしまった二人は、瞬間湯沸かし器ばりの速度でボッと頬を赤く染める。

 あまりの恥ずかしさに、頭から湯気まで出てきそうだ。

「まったく、そういうのは外でやってよね。熱すぎて雪溶けちゃうから。ところで、私はどうだったの?」

「とりあえず、頭使え」

 と、一人だけ辛口評価だったシェリーは、その後リンネを引き連れて自主練に行ってしまった。

 周囲の雪を玉にして、全方位からシェリーに襲いかかる。

 全身雪まみれになって、風邪を引かなければいいのだが。

「……アキラァ、どこにも行かにゃいれぇ」

「……アキラしゃ~ん、しょこはだめでしゅよ~」

 いつの間にかその様子を見守っていたレナとアイナは、昶の肩によっかかって眠っていた。

 二週間の猛特訓が、よほど堪えたのであろう。特にレナとアイナには、重点的に指導をしていたのもあるし。

「ほんと、お疲れさま。二人とも」

 昶は改めて、自分が対エザリア戦(あの戦い)を生き残った事実を両肩で感じながら、びしょ濡れになるシェリーを眺めていた。

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