表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
120/172

第一話 新たな門出 Act04:雪降る夜に

 その瞬間、まるで時間が止まったかのようであった。

『単刀直入に言う。俺はレイゼルピナの国民でも、ローデンシナ大陸の住人でもない。異世界の魔術師だ』

 レイゼルピナには存在しない魔法──式神──を見せつけられた直後、昶の口から驚くべき内容が告げられる。

 彼は自身がレイゼルピナの国民でも、ましてやローデンシナ大陸の住人ですらない。別の世界から来た人間だと。

 これが御伽噺の中ならまだわかる。

 だが、この世界は物語の中ではない。現実の世界だ。

 内容を書き換えることもできなければ、ページをめくって未来を知ることもできない。

 下位(モノスト)の魔法一発で簡単に人が死に、むろん生き返らせることも叶わない。

 なにからなにまで自分の思ったようにならない、理不尽だらけの世界だ。

 だが、昶の口から語られたのは、そんな御伽噺のような内容の話。

 異世界。それは国という意味でも大陸という意味でもなく、本来はこの世界に存在していないことを示す言葉であった。

「魔術師ってのは、この世界で言うマグスみたいなもん。俺はそこで、レイゼルピナ(こっち)でいう獣魔討伐みたいなことを仕事にしてた」

 全員が意味を理解できない内に、昶の話は次に移る。レナは何度か聞いたことのある、昶や昶の一族についての話だ。

 魔術師、その中でも自分達は退魔師と呼ばれる存在で、魔術でなければ討つことのできない存在から、一般の人々を守るために存在しているのだという。

 その為の力を、何百年、あるいは千年以上も継承し、磨き続けてきたのだと。

「さっきの術、式神っていうやつなんだけど、他にも色々ある。肉体強化もレナとの契約で手に入れた能力じゃなくて、俺が元々使えた術の一つなんだ」

 本当ならもっと派手な術を見せられれば良かったのだが、残念ながら今の体調ではこれ以上の術は使えない。正確には使えなくはないのだが、霊力の量が桁違いに増えるので、痛みでちゃんと制御できる不安が残るのだ。

 せめて、雷華や秋水あたりを見せたかったのだが、それはまたの機会に取っておこう。

「さっきの講義で四人に色々アドバイスできたのも、俺がこっちの世界に来る前に向こうで集団戦闘の訓練を受けていたから。もちろん個人戦闘の訓練も。だからシェリー達の前で初めて肉体強化使った時も、ちゃんと使いこなせただろ。あんな力、初めて手に入れたばっかりで使えるわけねぇからな」

 今でも思う。

 血の力は使っていなくとも、肉体強化によって得られる力は通常の人とは比較にならないレベルに達する。軽く腕を振るうだけで、人体に致命的なダメージを与えられるのだ。

 そんな力、手に入れたばかりで使える人間などいるはずがない。

 よく誰も、不審に思わなかったものだ。

 いや、もしかしたら教師陣には、気付かれていたかもしれないが。

「今まで黙ってて、本当に悪かった」

 昶は背筋から指先、つま先までぴんと伸ばすと、深々と頭を下げた。いっぱいの誠意を込めて。

 全てを知っていたレナも罪悪感と気まずさに負けて、三人から顔を背けた。

 三人から、どんな言葉をかけられるだろうか。罵倒されるだろうか、それとも軽蔑されるだろうか。

 どんな(そし)りを受けようとも、昶はただ受け入れるしかない。それが、今まで本当のことを隠していた、あるいは偽っていた自分への罰なのだから。

 互いに心を許していただけに、衝撃は大きかったはずである。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。昶の口から語られた言葉を一つ一つ咀嚼(そしゃく)して、三人はゆっくりと状況を理解し始める。

「…………どうして今まで、黙ってたんですか?」

 まるで講義の時の再現のように、アイナが口を開いた。

 ただし、あの時の賑やかで騒がしい雰囲気と違って、今は静寂とある種の緊張感が場を支配している。

 どうして、どうして……。

 強く信頼していた分だけ、アイナの中では裏切られた気持ちが大きくなる。

 なぜ自分に言ってくれなかったのか、自分ではダメだったとでも言うのか。

 まるで何人(なんぴと)の介入も受けぬと言わんばかりに、空気が固まっていくようであった。

 その一言一言に込められたら思いの強さは、シェリーが声も出せなくなるほどである。

「壊したく、なかったんだよ」

 今まで頭を下げ続けていた昶は、キッとアイナの目へと視線を合わせた。

 そして、アイナも悟る。

 昶も自分と同じように、なにかに酷く怯えていることに。

「俺、自分の世界ではなるべく力は隠すように教えられててさ。それで、みんなに隠してたんだ。それに、この世界の魔法と比べて、俺の持ってる術はだいぶ威力が高くてさ。欲しがる奴がいても不思議じゃない。そうなったら、たぶん戦闘は避けられない。そんな無用な戦いで誰かを傷付けたり、みんなを巻き込んだりしたくなかったんだよ」

 昶は本来、戦うことが嫌いな性分だ。自分の力が嫌だし、できることならば使いたくはない。

 例えそれが、自分に敵対する人間であったとしても。

 進んで誰かを傷付けたい人間なんて、いるはずがないであろう。

「ごめん。あたしが止めてたの。本当はアキラ、創立祭が終わってから、みんなに話そうとしてたの」

「どうしてなの?」

 昶をかばうように出たレナに、今度はシェリーが問いかける。

 こちらもなにか思うところがあるのか、どうにも形容し難い複雑な表情をしていた。

「情報は、どこから漏れるかわからないから。あたしも、みんなが漏らすとは思ってないわ。でも、それを誰かに聞かれちゃうかもしれない。もし昶のことが王国政府に知られれば、どうなるかわからないじゃないでしょ。最悪、強制連行されて、拷問まがいなことされるかもしれない。そう思ったから、今まで止めてたの」

「でも、今回の一件で、バレちまったからさ、もう隠さなくてもいいだろうって思ったんだよ。王城の中庭で派手にドンパチしなきゃならなくなった時から、覚悟はしてたけど」

「なるほどね」

 レナと昶からことの詳細を聞いて、シェリーは何度も頷く。

 アイナのように、裏切られたような気持でいっぱいなのかもしれない。

 口には出していないが、現にそういう顔をしている。編入当初、仮面のように表情を作っていた人物とは思えないくらいに。

「でも、それなら仕方ないんじゃない。私がレナの立場でも、たぶん同じこと言うだろうしね」

 それまで固い表情をしていたシェリーだったが、一転していつものような笑みを浮かべていた。

 あまりにあっけらかんとした反応は、昶とレナも戸惑ってしまうくらいである。

 元々、小難しいことを考えるのが苦手なシェリーだ。

 昶に悪意がなかったとわかれば、彼女にとってはそれだけでいいのである。昶の思いも、レナの意見もその通りで、どこにも批判するような要素は見当たらない。

 自分が昶の立場でも同じことを思っただろうし、レナの立場でも同じようにみんなに公表するのは止めたはずだ。

 情報が漏れる可能性を、少しでも減らすために。それがなによりも、相手のためになるのだとしたら。

「隠したくて隠してたんじゃないんだからさ。リンネもアイナも、そう思うでしょ」

 シェリーは同意を求めて、リンネやアイナの方を振り向いた。

「…私も、しょうがない……と、思う」

「…………そうですよね。仕方ありませんよね」

 二人とも、納得してくれたようだ。アイナの方は、それでもまだ思うところがあるようであるが。

 そんなアイナに反して、リンネの表情がこれまで見たことないくらいに生き生きしているのはなぜだろうか。

「リンネ、どうした?」

「…アキラ! アキラの世界の機械。も…もっと教えて!」

 ──あぁ、そういうことか。

 忘れていたわけではないが、リンネは機械弄りが大好きな子であった。

 以前、携帯電話を見せた時も、えらく感動していた覚えがある。

 異世界の機械について、もっと色々知りたいに違いない。

「あぁ。夕食までの間でいいなら、色々教えてやるよ」

 尻尾でもあれば、そのまま降り出しかねない勢いだ。それから、顔を伏せたまま口元をだらしなく緩ませる。異世界の機械について、あれこれ妄想を膨らませているのかも。

 もし話を聞いたら、どんな反応を見せてくれるのだろうか。今から楽しみである。

「ほんと、ごめんね二人とも」

「だから、もういいって。レナ達が悪くないのは、今の話でわかったから」

「そうですょ。言われてみれば、仕方がないって、わかりましたから」

 もう別の世界へ旅立ちそうなリンネと困り果てている昶を眺めながら、レナはシェリーとアイナに再度謝る。

 でも、これでようやく、レナは胸のつっかえが取れたような気がした。

 誰にも教えるなと昶に言ったのは、レナなのだ。

 昶が過去の話をするたびに、レナ自身も罪悪感に苛まれていたのである。

 だが、全員ともそのことを責めはしなかった。むしろ、それがベストの方法だと言い、同意してくれるほどで。

 リンネに至っては、同意どころかより好意的になってしまっている。

「そんじゃアキラ先生に、魔法の練習も一緒に見てもらわない? 元の世界とやらでは、実勢経験も多そうだしね」

「へいへい。こうなったら、全員分の練習に付き合ってやるよ。まだ時間もあるし、夕食まで練習がんばるか」

「そうこなくっちゃ!」

 シェリーの提案で、四人はこの場で個人練習へと相成る。

 シェリーは集中力の向上、アイナは攻撃力の強化、レナは発動率の向上、リンネは…………特にないのでノートと筆記用具を準備。

 昶から、徹底的に異世界の機械を聞き出す構えのようである。

「レナ、いつも通り魔力を感じる練習からな。アイナ、魔法をもうちょっと見せてくれ」

「アキラ、私は?」

「シェリーは木剣でも持って来い。肉体強化使わないなら、相手役やるから」

「うん、頑張るわ」

「わかりました。では、しっかり見てくださいね」

「そんじゃ、あたしは部屋行って木剣取ってくるわ」

 昶の指示に従って、それぞれが自分の練習を始める。

 最初は、アイナの魔法練習からだ。

 ──アキラさん、やっぱり私じゃなくて、レナさんなんですね。そんなこと、相談できるの。

 短時間であれ、昶を独り占めできるのは嬉しい。

 嬉しいはずなのに、今日のアイナの胸は嫌にチクチクと痛むのだった。




 半日に及ぶ練習を終えると、夕食後には解散という運びになった。

 シェリーが、汗で制服が引っ付いて気持ち悪いとか言っていたし、今頃は風呂にでも入っているのだろう。

 かくいう昶も、学院で初めての風呂に入っていた。

 白とベージュを基調としたタイルが至る所に使われている。

 浴場内はレティス王国から購入した電気式の照明器具によって照らされていて、地下空間とは思えないほど広い。

「それで、学院長はなんて?」

「あぁ、一応学院の生徒だから、テスト受けなきゃ留年するらしいんだけど、そもそも受験資格ないって言われたし。まあ、俺が学院でまともに生活するための措置だから、留年しても問題ないんだけどさ。それに、レナのサーヴァントには変わりないから、二年の講義室入るのも問題ないらしい。あいつが進級できれば、らしいけど」

 二、三〇人はまとめて入れそうな湯船で背中を預ける昶の隣には、くたくたといった風なミシェルの姿がある。

 ミシェルには、レナ達のように自分が異世界から来たことは言っていない。

 例の反乱事件の折り、レナの指示で第一王女(エルザ)を助けに行った王城で、近衛(ユニコーン)隊も真っ青な戦果を上げたこと。

 その報奨の一つとして、学院での生活を援助してくれて、その方法が王都奨学制度で学院の生徒になることだったことの二つだ。

 飛行実習の時の昶の姿を思い返せば、ある程度は納得のいく話である。

 本来なら数人から十数人体勢で討伐する危険獣魔を、たったの一撃で瞬殺してしまうほどの腕なのだ。

 近衛(ユニコーン)隊ばりの戦果を上げられたとしても、不思議ではない。ただし、自分の耳を疑うほどに驚いてはいるようであるが。

「そうか。でも君も、随分面倒くさい立場になったものだね。今まではレナの所有物で、迂闊(うかつ)に手が出せなかったのが、これからは王家の言いなりなんだからね」

「でも、今回みたいな事件なんて、そうそう起きないだろ。てか、起きたら俺が困る」

「確かに、こんな大規模なものは起きないだろうけどさ。でも、国境付近ではけっこう頻繁に小競り合いが起きてる。王国軍の軍艦や、哨戒の竜騎士がにらみを利かせているから、大規模なものは起こっていないけどね」

「ただ、それでも火種はある……か。一応は、覚えとくよ」

 するとミシェルの隣に、髪と身体を洗い終えたミゲルが入ってきた。

 相変わらず、兄のミシェルと違って(けわ)しい顔をしている。

 死んだ魚のような目と評判の昶とは、別方向の取っつきにくさだ。

「まさか、二学期の始めにどっからともかく現れた君が、クラスメイトになるなんてね。世の中、わからないものだよ」

「俺だって予想外がったよ。この学院の生徒になるなんざ」

「それで、結局進級の件はどうなったんだい? テストは受けられないんだろ?」

「進級するしないは好きにすればいいけど、もし進級する気なら学院長がなんか条件考えとくってさ。学校とか初めてで楽しいし、出してくれてる金ももったいないから、真面目に授業は受けるつもりだけど」

「貧乏くさいな、君は」

「ほっとけ。実際貧乏で金もねぇんだから」

 昶はそのままずるずると背中を滑らせ、口が浸かるほど湯船に沈み込む。

 こうしていると、グレシャス家の温泉施設を思い出す。全身お湯に浸かることで、今日一日の疲れも溶けだしていきそうだ。

 疲れと一緒に、経絡系の痛みも流れ出てくれれば、なおありがたいのだが。

 ──それにしても、学院生活かぁ。姉さん、大学では上手くやってんのかなぁ。

 なぜだか、妙に会いたい気持ちに駆られる。

 自分と同じく、今学校生活を送っているからだろうか。術者は全寮制で、陰陽師以外にも色々な術者がいるようだが。

 それとも里を離れるまで、いや、里を離れてからもずっと自分のことを気にかけてくれていたからだろうか。

 兄もけっこう気にかけてくれていたが、姉の方は少ししつこいくらい話しかけてくれていた。

 ──ったく、話ができなくなってから、こんなに話したくなるなんてな。

 まったく、皮肉なものだ。

 今までは気まずくて、自分のせいで怪我をさせてしまった姉にどんな顔をすればいいのかわからなくて、ずっと避けていたのに。今は話したくてたまらない。

 ──いや、避けてたんじゃない。逃げてただけか。

 姉は、責任は自分にあると言い、気にすることはないと言ってくれた。

 なのに自分は、そんな姉から逃げていたのだ。向こうはいくらでも、受け入れてくれたというのに。

 逃げたところで、起きてしまった過去は変えられない。

 本当なら、そこでしっかりと向き合わねばならなかった。

 そうすれば、今よりもっとマシな自分でいられたのかもしれない。

 自分のせいでレナを傷付けてしまったのに、その傷付けた相手から優しくされて、後ろめたさで押し潰されてしまいそうな自分よりも、ずっと。

「そんじゃ、先あがるわ」

 このまま、お湯に使って考えていても埒が開かない。

 いや、元から答えなど存在しない。

 自分が今居る位置から、一歩踏み出さない限りは。

 昶はミシェルとミゲルに声をかけると、先に浴場から出た。




 風呂上がりの火照った身体を冷ますため、昶は食堂に併設されたテラスの席に腰掛けた。

 冬の夜風はやはり寒く、あまり長居していると風邪でも引きそうだ。

 先ほどまでは美しい星空が垣間見えていたのだが、再び現れた雪雲によって隠されてしまう。

 今はしんしんと降る雪が学院の明かりによって照らし出され、幻想的な景色を作り出していた。

「はぁぁ、今日一日、疲れたなぁ」

 生まれて初めて制服を着て、今まで聞き流していた講義も真面目に聞いて、午後には学院の一員として一緒に練習に励み、夜にはクラスメイトと風呂に入る。

 なにもかもが初めての経験で、とにかく精神的に疲れた。

「お疲れのようですね、アキラ様」

「センナさん、どうしてこんな所に?」

 声のした方を振り向くと、学院のメイド達を統括する長こと、センナがいた。

 大人の女性らしい包容力のある声に、安心感を覚える。どうやら、精神的に相当参っているようだ。

 学院に来る前はレナ専属のメイドだったのだが、入学と同時にレナを心配したレナの父親が、学院に勤めさせたのだとかなんとか。

 ただ、センナのスペックがやや高すぎたせいか、一学期が終わる頃にはメイド長にまでなってしまったらしい。

「先ほど、こちらに向かうのを見かけたものですので、少しナイショ話でもしようかと」

 と、センナは厚手の毛布とホットミルクを差し出してくれた。

 自分の方も、たっぷりと羽毛のつまった長衣を着込んで、しっかり防寒対策している。

「あ、ありがとうございます。それで、話ってなんですか?」

 昶は毛布にくるまってホットミルクを一口飲むと、反対の席に座るセンナに問いかけた。

「お礼というか、お説教というか、そんな感じのお話です」

「お礼と、お説教、ですか……?」

 はて。ここ最近、センナに褒められるようなことも、怒られるようなことも、した覚えはない。

 果たしていったい、どんな話なのだろう。昶は首をかしげる。

「あの時のレナお嬢さまとのお約束、覚えてらっしゃいませんか?」

「レナとの、約束」

 レナと言われて、思い出した。

 創立祭の後、事件のごたごたの慰安と元気のない昶を元気付けるために企画された、娯楽の街ラズベリエへの一泊二日の小旅行。

 その日の夜、昶はレナと一つの約束を交わした。

 ──…………もう、無茶はしないで。

 昶が異世界の住人であると認めたレナが、もう昶に傷付いて欲しくなくて持ち出した約束。

 昶とはなんの関係もない世界で、ただ偶然一緒にいただけの自分達を守るために、死ぬかもしれないような無茶はして欲しくない。

 そして、できれば元いた世界に帰してあげたい。嫌な思い出しかなくても、大切な人が必ずそこにいるはずだから。

 そんなレナの強い思いが込められた約束だったが、昶はそれを受け入れなかった。

 だがその代わり、別のことを約束したのだ。

「どうやら、思い出せていただけたようですね」

「はい」

 ──みんなを守るために戦う。でも、絶対に帰ってくる。それなら約束する。

 どんなに厳しい戦いであろうと、自分は絶対に死なない。

 自分の大切な人達を守るために、この力はあるのだ。

 だったらその人達に危機が迫った時は、躊躇なく力を使う。確かに昶は戦うことそのものが嫌いだ。それによって、誰かが傷付いてしまうから。

 しかし、大切な人が傷付くのを、黙ってみていることはもっと嫌いだ。

 自分には、大切な人を守るための力がある。例え壊すことしか能のない力であろうと。

 だったら、それを使わないなんて有り得ない。

 そんな昶の思いのつまった約束だった。

 ようやく手に入れた、こうありたいと思える自分であり続けるために。

「今回の件、旦那様から色々とうかがいました。『救国の英雄』の名に恥じない、素晴らしい活躍だったと聞き及んでおります」

「『英雄』だなんて、そんな立派なもんじゃないですよ。王城の一部は、明らかに俺が壊しちゃったもんですし、敵にはボコボコにされて逃げられちゃいましたから。そのせいで、今はろくに力も使えません。こんなんじゃ、誰も守れませんよ」

 自分の力のなさに自嘲する昶であるが、センナは全く表情を変えていない。

 まるであの時、レナとの約束を聞いていた時のような、レナのことを大切に思っているセンナの本当の顔。

 しかし、今日は笑ってはいなかった。

「それなのに、お嬢さまのために戦ってくださって、ありがとうございました」

 センナは席から立ち上がると、深々と頭を下げた。

 その声音に込められた思いの重さが、昶にも伝わってくる。

「お嬢さまのことですから、王女殿下をお助けしたいと申されたのでしょう」

「はい。ムチャクチャ危険なやつが、王都に向かってるって情報が入ったんで、それで」

 アルトリスに教えてもらった、とまでは言わない。もっとも、そのお陰で間一髪エルザを助けることができたのだから、少しは感謝しなくては。

 そういえば、アルトリスはその後どうなったのであろう。シェリーからは、勝ったとだけ聞いたのだが。

「さて、お礼は終わったので、次はお説教の時間ですね」

「わかってますよ。お手柔らかに、お願いします」

 ほんのわずかに微笑んでくれたセンナであるが、直後にその表情は引き締められた。

 そう、今までセンナが見せたことのない、怒りの表情である。

 なんの力も持たないはずのセンナに、昶の身体は恐れおののいていた。

「お嬢さまを助けていただき、またワガママを聞き入れてくださったことには、本当に感謝しております。私では、そういったことに全くご助力できませんから。しかし……」

 一旦そこで言葉を切ったセンナは、じっと昶の目を見つめる。

 全ての本音を引きずり出すような、深い青の瞳で。

「それでアキラ様、ご自分が死んでしまわれたら、どうなさるおつもりだったのですか?」

「……すいません。そこまでは、考えていませんでした」

「お嬢さまは、責任感の強いお方ですから。もしアキラ様が死んでしまわれたら、生涯悔やみ続けることでしょう」

「でしょうね。あいつ、責任感だけはムダに強いですから。大して力もないのに、あぁいう時ばっかり、誰よりも必死になって。本当なら、一番に避難しなきゃならないようなやつなのに。まぁ、だからほっとけないし、力になってやりたいんですけど」

 そして、センナは強い決意を持って昶へと言い放った。

 マグスや魔術師達では絶対に持ちえない、悟りにも似た、力を持たない者の強さを持って。

「次にこのようなことがあった時は、全力でお嬢さまを止めてください」

「……え?」

 昶は一瞬、センナの言葉の意味を理解できなかった。

 しかし、時間経過と共に急速に理解が広がってゆく。

 つまり、

「えっと、次に危険な場所に行こうとしたら、止めろって、そういう意味なんですか?」

「……………………はい。例え、他の誰か。シェリー様や、王女殿下を見捨てることになったとしても、です」

 まるで身体をズタズタに引き裂かれたたような悲痛な面持ちで、センナは肯定した。

 怒りがそのまま悲しみに変わってしまったかのように、目に大粒の涙を溜めて。

 その要求は、ある意味昶の思いとは相反する願いである。

 どちらか一方を助けるために、どちらか一方を見捨てるなんてこと。

「私も、お嬢さまの願いはできるかぎり叶えて差し上げたいと思っております。ですが、時には不可能なこともあります。今回の王女殿下を助ける件にしてもそうです」

「まぁ、否定はしません」

「わざわざ、自分の身を危険にさらしてまで、そんなことをしていただきたくないのです。それでもしお嬢さまにもしものことがあれば、悔やんでも悔やみ切れません」

 そしてついに、大粒の涙が目からこぼれた。

 堰を切って溢れ出した言葉と同じく、もう抑えることはできない。

 今までため込んでいた自分への劣等感をさらけ出すように、センナは胸の内に浮かんだ素直な気持ちをぶつけた。

「力のない、魔法の使えない私では、お嬢さまのお役に立てません。危険に飛び込むお嬢さまを、止めることもできないのです。ですから、アキラ様に、改めてお願いします」

 センナは昶の手を包み込むように、自らのそれを重ねた。

 メイド長として様々な仕事に従事しているセンナの手は、少しざらざらとした感触である。

「お嬢さまのこと、これからも、よろしくお願いします」

 テーブルにおでこが付きそうなほど、センナは深々と頭を下げた。

 さっきまであった凄みはまるで夢幻であったかのように、ひっく、ひっくと泣きじゃくる。年上のお姉さんというイメージと、全く結びつかなくなるくらい。

 それでもせめてもの意地なのか、声は極力抑えて。

 昶の手を包み込むセンナの手は、声が漏れる度に細かく震えていた。

「頼まれなくたって、そうしますよ」

 センナの真摯な思いに答えるように、昶も自分の気持ちを言葉に乗せて答える。

「あいつは俺の(マスター)で…………その、大事な人…………ですから」

 普段は恥ずかしくて隠していることも、全部さらけ出して。

「ありがとう、ございます。すいません、はしたない姿を見せてしまって。それでは、私はこれで失礼します」

 顔を上げたセンナは涙を袖でぬぐい、いつものメイド長の笑顔で昶に微笑みかけた。

 二人分のホットミルクのカップを持って、使用人達の寝泊まりする舎屋に戻ってゆく。

「さて、俺も帰るか」

 風呂で火照っていた身体も、丁度よく冷めたことであるし。

 そして、ジャケットの内ポケットに入ったままの、人形のことを思い出す。

 ラズベリエでレナにもらった、暴走から元の状態に戻った時に左手に握っていた、レナを模した人形を。

 ──今度こそ、あの約束、ちゃんと守んないとな。

 レナとの約束、そしてセンナと交わした新たな約束。

 その二つを胸の内に秘めながら、昶は自室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
ポチッとしてくれると作者が喜びます
可愛いヒロイン達を掲載中(現在四人+素敵な一枚)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ