第二話 犯人は誰? Act03:レナ、覚醒
部屋に戻ってから惰眠を貪ろうと心に決めていたレナだったが、部屋の中をのぞいた瞬間にそんな気持ちはどこかに消し飛んでしまったようだ。
それどころか意識が加速度的にはっきりとしていき、事態を理解するにつれてその怒りはますますヒートアップしていく。
「ど、ど、どどど、どうなってんのよーーーーーーーーー!」
耳元で叫ばれた昶は、たまったものではない。
「その気持ちはわかるから、まず人の耳元で叫ぶな」
レナは昶のささやかな抵抗も無視して背中から飛び降りると、信じらんないといった足取りで勉強机までたどり着き、懇親の怒りをぶつけた。
殴られた机はまるでささやかな抗議をするかのように、どんっと鈍い音を鳴らす。無論、机に罪はない。
「ま、まあ落ち着けって」
「これが落ち着いてられるわけないじゃない! どうなってんのよこれは!」
レナは怒りのあまり再びどんっと机を叩いた。
もちろん、机に一切非はない。
「悪かった! 確かにこれは落ち着けるわけがない!」
「まったく、このあたしの部屋を漁るなんて…、見つけたらただじゃおかないわ」
恐らく、死刑よりも過酷な刑が科される事だけは確かであろう。
一週間一緒に過ごした仲だが、ここまで凶悪なレナの顔は見た事がない、てかむしろ見たくない。
元が可愛いだけにとびきりの美少女だけに、本気で怒った時の顔は阿修羅以上の迫力がある。しかも今日は天使のような寝顔をずっと見せ続けられてのこれだ。正直、トラウマものである。
「捕まえたら、懇願したって許さないんだから……」
ここで状況の呑み込めない人のために説明しよう。
なぜレナがここまで激怒しているかについてだが、内容は至極簡単である。
つまり、誰かがこの部屋に侵入して部屋を荒らしたのだ。
「と、ところで、さ。なにか盗まれたものはないのか?」
「今調べてるとこ、もうちょっと待ってなさい」
会話の端々にも、というよか話す言葉全てにこれでもかというほど棘がある。いつものあれは、全然本気ではなかったということか……。
レナは手際よく散らかされた部屋を片付けながら、所持品を確認していく。鏡台周りは平気、小物も盗まれた形跡はなし、机の上の参考書や教科書、ノート類も全てそろっていて、魔具関係も無くなっているものはない。
床にぶちまけられた参考書も、全て元のまま、いったいなにを盗ん……。
「レ、レナ様? いったいどうなされたので、ございましょうか?」
昶の口調が敬語になったのは、危険なオーラを感じたからに他ならない。
発信源は、他ならぬレナである。滲み出るオーラは空間をも浸食し、周辺の空気だけが真っ黒に見えるほどだ。
「…………なぃ」
「すいません、よく聞こえなかったのですが」
「……ぎがなぃ」
「申し訳ありません、もう少…」
「下着がないっつってんのよーーーーー!」
少なくとも、大声で叫ぶなような部類の内容ではないはずである。
それも可憐な女の子が、男の子に向かって絶叫するような内容では決してないはずだ。
言い換えれば、そんなことも頭からすっぽり抜け落ちるくらい、今のレナはご乱心なわけである。
「それで、どうなさるおつもりで?」
「決まってるじゃない! 犯人をヤツ裂きにするのよ!! 純情可憐な乙女の下着を盗むなんて最低で変態の鬼畜エロ魔神などうしようもないやつなんて、生きる価値すらないわ! 存在自体が害よ!」
少なくとも純情可憐な乙女は、間違っても『ヤツ裂き』なる単語は使わないと思われるが、そんな臨死体験を伴いかねないような発言は極力控えておくべきだろう。
まだ二十歳にすらなっていないのに、命を散らすなんてもったいない。
それと、犯人にも生きる権利くらいはあると思う。
「でも、犯人探すっても、どうやって?」
「リンネを呼んでくるわ。今どこにいるの?」
シェリーの言っていたように、本当にさっきまでの記憶はないらしい。
──どんだけ熟睡してたんだおい!
まあ、決して口には出さないが。もし口にすれば、犯人より先に昶がヤツ裂きにされるだろう。
「中央図書館にいるはずだけ…」
「付いて来なさい!」
全てを言い終える前に、レナは部屋を出て行ってしまう。昶は部屋に鍵をかけると、レナの後を追って足早に歩き始めた。
元に戻ったのは嬉しいのだが、手放しで喜べないのはなぜだろうか。
──誰か、教えてください。
誰かに助けを請わずにはいられない昶であった。
いつも体力がないと嘆いているレナであるが、疲労感すら感じないほどご立腹らしい。いつもの六割程度の時間で、二人はクインクの塔に着いた。『女の子は怒ると怖いぞ~』ってあのバカ姉が言っていたが、あれは今日証明されたわけだ。
昶も、今のレナには絶対に勝てない気がする。
入口から入ってすぐ全体をぐるりと見回すと、よく見知った二人の姿を発見。一直線にそこへと向かう。
「リンネ、頼みがあるんだけど!」
「…図書館では、静かに、しないと」
怒られてしまった。
「わ、わかってるわょ」
「あら、レナったらもう起きたの? てっきり明日まで起きないと思ってたのに」
「それどころじゃなくなったのよ、シェリー。それも理解できないなんて頭悪いんじゃないの?」
「はいはい、分かったから理由を話しなさい」
熱暴走寸前に陥っていた頭をなんとか冷やしつつ、レナは小さな声で二人に事情を話し始めた。
部屋に帰ってみると、室内が荒らされていたこと。
頭にきながらも部屋を整理しながら紛失物がないか確認したこと。
そうすると、なぜか下着が盗まれていたこと。
「あんたの下着盗むとか、なにかの罰ゲームか、特殊な性癖の持ち主かのどっちかね」
少なくとも後者だった場合は、拷問の最中に死よりも深い恐怖を味わう事になるだろう。
前者の場合は、まあ即死くらいで勘弁してくれそうだ。
どちらにしても死を回避できないのは、ご愛嬌ということで。
「どっちにしろ許さないわよ。このあたしの、し、し、下着を盗んだんだから」
「…鍵」
リンネがポツリと意味ありげな単語をつぶやいた。
「そうよ。あんた今朝、ちゃんと鍵かけたんでしょうね?」
「う~んと~……」
レナは考える人の像みたく、顎に手をおいて数時間前の記憶を懸命にたぐり寄せる。
が、その頃は寝ていたので記憶にあるはずはない。
レナはようやく気が付いたのか、白い顔がより真っ白くなっていく。
この場合は『真っ青』の方が適切なのか、とにかく血の気がひいているのは誰の目からも明らかだった。
「……アキラ?」
レナは最後の希望を託して、昶のことを見つめる。こっちに来て初めて見た、頼りないレナの顔である。
やばい、相当可愛い。普段が凶暴なだけに。
もしかして、今日は信じてもいない神様がくれた自分への安息日なのだろうかと考え始める昶であるが、そんなことは絶対に無い。
レナの視線は『アキラ、あんたちゃんとあたしの部屋に鍵かけたんでしょ?』と言う意味だろう。その問いに対して、昶はレナの満足できる答えを持ち合わせていなかったのだ。
「……すいません。レナ様のことで頭がいっぱいになってまして、あのですねぇ、そのぉ、なんと言いますかぁ」
「アキラァ?」
「……はい」
「簡潔に、したか、してないか教えてくれる?」
「ごめんなさい」
本日二度目の土下座である。
背中の感触やら、レナの甘い香りやら、首筋にかかると息やら、身体全体に広がる温かさやらと格闘するのに必死になって、鍵をかけるのを完全に忘れていた。
スペアの鍵をもらっている昶としては、レナにも落ち度があったとはいえ完全な失態である。
向こうにアクションが無いのを不審に思った昶がこっそり目線だけ上に向けてみると、なわなわと不気味な笑みを浮かべているレナの姿が目に入った。一言で言うと、この世の終わりみたいな顔になっている。
ちょっとしたホラーである。
「盗む方もあれだけど、あんたも相当不注意ね」
「しし、仕方ないじゃない! すっごーーーっく、眠かったんだから! 悪いのはアキラだもん!」
「言い訳しない」
「は、はぃ」
恥ずかしすぎて、メーターがカンストを起こしてしまっているらしい。いつもなら『なんであんたちゃんと鍵しなかったのよ!』とどつきまわされているのだが、今はなくなった自分の下着のことでいっぱいいっぱいのようだ。
「まぁ、概ね事態は把握したわ。リンネも手伝ってくれる?」
リンネはこくりと頷くと、分厚い本を閉じて立ち上がった。
まあ、元々頼まれたのはリンネであって、シェリーではない。
「…すぐ行く」
「そうね、早く行きましょう」
「頼むわ、リンネ。あとついでにシェリーも」
とりあえずの方針が決まった所で、四人はレナの部屋へと引き返した。
レナは、今度はちゃんとかけてきた鍵を開けると、これでもかと言うくらいゆっくりと扉を開いた。きっと、さっきの惨劇のことが頭から離れないのだろう。無理もない。
シェリーとリンネはレナの後ろからのぞき込むようにして、部屋の様子をうかがった。今でこそレナが整理したことできれいになっているが、さっきまでは床に色々な物が散乱していて足の踏み場すらない状態だったのである。
余談であるが、フリフリのいっぱいついた明るいドット柄のブラや、苺柄のショーツといった可愛いものもあった。
部屋を見回したリンネが頷くと、レナとシェリーは部屋の外へと出る。
いよいよ、リンネの出番だ。
「アキラも出るのよ!」
レナに首根っこを捕まえられた昶も、強引に部屋から連れ出された。
部屋の中にいては邪魔なのだろう。いったいなにをするつもりなのだろうか。
昶はリンネの一挙手一投足に注意を払う。
「……」
リンネは無言で、杖を持つ手とは反対の腕を上げた。
中指には、小さめのグリーンサファイアのあしらわれた指輪がはめこまれている。
「爾、うち過ぎ去りし記憶を呼び覚まし給へ──メモリア」
鈴の音のような可愛らしい声が、室内に木霊した。引っこみ思案で恥ずかしがり屋で、口下手なリンネとはまた違う。流麗で滑らかな詠唱が、小さな口から紡がれた。
前に突き出された左手から、球形の波が広がっていくように見える。それがゆっくりと部屋の隅々まで染み渡ると、部屋の様子が一変した。
まるでテープを逆戻しにしたように、映像が流れていく。
「残存思念を読み取る術よ。リンネの得意な魔法の一つなの」
と、口下手なリンネ本人に代わってシェリーが説明してくれた。
映像は更に進み──正確には巻戻り──、自分達が部屋に入ってきたところにやってくる。
レナが叫び、部屋を散らかし始め、再び叫んでから昶の背中に飛び乗って部屋の外へと出た。
自分が昶にべったりだったのがよほど恥ずかしいのか、首から耳から額までもが真っ赤になっている。
──見なかったことにしよう。
なんだか、背負っていた自分まで恥ずかしくなって、昶もレナから目をそらした。
まあ、それはひとまず置いといて、問題はここからである。
朝、起きてから再びここに戻ってくるまでの間に、なにかがあったはずなのだ。
しばらく待っていると、不意に扉が開いた。
「なんだ?」
と、昶は間の抜けた声を上げる。
だが、それももっともなことだ。犯人は人間ではなかったのである。
身長は膝の辺りまでと非常に小さく、七歳児をそのまま二分の一にしたような感じだ。土色を基調とする民族衣装のような独特の服装で、鼻歌交じりにスキップなんかしている。参考までに言うと、男の子である。
そしてなんと言うか、あれだ。レナの下着──朝起きた時に脱ぎ捨てたベビードールとその他諸々を持っていた。
小人のような男の子は、下着を床に置くと部屋を片付け始める。この時点で、この小人の男の子が部屋を荒した張本人だということが判明した。
逆回しの映像はまだ続く。鏡台の引き出しに小物をしまい、机に参考書やノートを並べ、本棚に本をしまい、散らばった衣服をタンスに片付けていき、部屋を後にした。
「…………リンネ、今のやつの行き先は?」
シェリーの声に反応して、逆再生だった映像が普通の再生を始めた。
さっきまでの映像を早送りで進め、小さな人間のようなものがレナの下着を持って部屋から出て行くところで止められる。
「妖精型ね。精霊は実体化するのにかなりのエネルギーを消耗するはずだから、絶対に主がいると思うんだけど、誰なのかしら」
シェリーはつぶやきながら、先週行われた召喚の儀の時の記憶を引っ張り出した。
召喚はせずに自分で見つけたい者、サーヴァントが必要とは思っていない者もいるので、全員が参加していたわけではない。と言っても、不参加は全体の一割ちょっとで、ほとんど全員参加であるが。
半分近くの生徒が召喚に失敗する中、自分と同じく精霊を呼び出した生徒が他にもいたような……。
「あ、リンネ、もう進めていいわよ」
物思いにふけっていたシェリーは、はっとなってリンネに映像の一時停止の解除を指示す。写実画のようにぴたりと止まっていた映像が、再び動き出す。
妖精型の精霊はレナの下着を抱えたまま、笑顔で部屋を出て行った。
直後に、昶の敏感な感覚が肌に突き刺さるような感覚をキャッチ。なんだろうか、この人間の暗黒面を固めたような気配は……。
その気配の発生源は、自分の後方数十センチの位置にある。
「レ、レナ、様?」
あまりの殺気に、思わず敬語になる昶。
冷や汗で背中がものすごくべたべたする。
「…………せる」
「え、え~っと」
「消滅させるのよ。あのバカエロ精霊をこの地上から完全に消し去るの」
相変わらず、スイッチが入ると誰よりも恐ろしいご主人様である。
あの可愛らしい口から鈴を鳴らしたような声で、『消滅』だの『地上から完全に消しさる』だの、物騒極まりない言葉が次々と。
女の子は、怒ると本当に怖いものである。
「リンネ! あのエロ精霊の主って誰!」
「…ミシェル、だったと、思う」
「あ、あいつか!」
脳裏に引っ掛かっていた人物がやっとこさ出てきたシェリーは、ポンと掌と叩いた。
「シェリー、あいついまどこ」
「テラスじゃない? 女の子のたまり場みたいなとこだし、たぶんいると思う」
「行くわよ!」
それを聞いたレナはその場で一八〇度ターンを決め、昶の襟首をつかむと、
「ちょ、レ、レナ! こけるこける!」
普段では考えられない力で、ずるずると引きずって行く。
シェリーとリンネは付いて行きながらも、昶を哀れだと思ったのだった。
四人は目的地であるテラスへとたどり着いた。テラスは食堂の南側に設置されていて、日当たりは良好だ。講義が午前中にしかないのもあって、シェリーの言ったようにテラスは生徒達──七割近くが女子──の憩いの場となっている。
その中に、件の精霊の主がいるらしい。レナは一直線にその少年の元へと向かう。
身長は一七五センチ前後で、ウェーブのかかった金髪。瞳の色はブラウン。昶もちょっとだけ見覚えのある顔である。
──あ、レナが爆発起こした時に来た……。
上から目線だが、なんかやたら責任感の強そうな感じのした男子生徒……だと思ったのだが、感じる魔力の質がほんの少しだけ違うような気がする。
そして、昶の感覚は正しかった。
「ミシェル~」
シェリーが手を振ると、こっちのことに気付いたらしい。少年の方も手を振りながら、近付いてきた。
昶は目をごしごしとこすって、もう一度少年のことを凝視する。
どっからどう見てもあの第一印象が堅物なミゲルにしか見えないのだが、よくよく見てみると全体的に柔和な感じを受ける。
いや、優男と言う方が適切だ。なんと頼りなさそうな顔をしていることか。
「やあ、シェリー。どうしたんだい?」
「逃げた方がいいわよ~」
「へぇ?」
シェリーの唐突な発言に目を丸くしているミゲルのそっくりさんであるが、その答えは数秒と経たぬ内に訪れた。
「あんたのサーヴァントどこよ!」
いきなり真下──正確には胸の辺りから、怒号が襲いかかってきた。
なんだなんだとあたふたしていると、オレンジ色の髪が目に入ったらしい。顔色がどんどん悪くなってきた。つまり、起こった時のレナがどれほど手に負えないか知っているというわけだ。
久々にレナの矛先が他人に向いている内に、
「リンネ、あれ誰?」
隣にいるリンネに聞いてみた。ちなみに、シェリーはレナを羽交い絞めにしながら、ミゲルのそっくりさんに詰め寄るのをなんとか押さえている。
「…ミシェル=ド=マグヌスト。ミゲルの、双子の、お兄さん」
なるほど。双子だからあそこまでそっくりなのか。
昶が一人で納得している隣では、リンネが下を向いたままうじうじしていた。
そういえば、リンネには人見知りの気があったのだった。これでも頑張った方なんだろう。
「ありがと、リンネ」
「……別に、いぃ」
リンネはもっとうつむくと、顔を赤くさせてうじうじしだした。
なんか、無性に保護欲をかき立てられる子である。
「アキラ~」
シェリーが小招きしている。来いという意味なのかだろう。
昶はうながされるまま、三人のそばまで歩み寄った。
「こいつはミシェル、でミシェル、こっちはアキラ。レナのサーヴァント」
「やあ、君がレナのサーヴァントくんかい? 噂では人間だって聞いてたけど、ホントに人間だったんだね。いや~びっくりだよ~。あのノム・トロールをほとんど一人で倒したって言うから、どんなごついやつかと思っていたら」
と、ミシェルは実に気さくに昶に話しかけてきた。
近くで見ると、兄の方が弟よりウェーブがきつめだ。具体的に言うと、倍くらいは。
「でね、こいつのサーヴァントも、どっかに行っちゃってるらしいの」
放っておいたらいつまでしゃべってそうなので、シェリーが強引に割って入った。
今のだけでもこの兄のミシェルは、弟のミゲルとは容姿こそそっくりだが、性格の方は似ても似つかないのがよくわかった。
「そうなんだよ。ぼくもさっきから探しているんだがね~。まったくどこに行ったのか、ぼくの可愛い妖精さんは。いつもなら一緒にご飯を食べてる時間なのに」
と、心底自分のサーヴァントを心配してるミシェルの隣では、
「容赦しないわよ、あのエロ精霊。ヤツ裂きにしてバラバラにして、川に捨てて……」
怒りに我を忘れたレナが、呪詛のように物騒な単語を連呼している。
「でねミシェル。悪い報告なんだけど、どうもこの子の下着をあんたのサーヴァントが盗んだらしいのよ」
「ちょっと、シェリー!」
涙目で抗議した。
制服のマントを引っ張って、上目遣いでシェリーを見上げる。
さっきまで怒りに振り分けられていたポイントが、全て上目遣い攻撃一点にステ振りされているような状態だ。
「わかった、今のは私が悪かったからそんな目で見ないで」
さすがにこれにはシェリーも、レナのこの顔には弱いようである。
昶もこれには瞬殺される自信がある。もう、なんでもお願いごとを聞いちゃいそうだ。
「それでミシェル、心当たりはないの? この子の暴走は私が止めるから」
「なによ暴走って、失礼ね。あたしのし、し……下着を盗んだのよ! それ相応の罰は与えるべきよ!」
「それって消滅のことか?」
「そうよアキラ。あいつの身体を構成する精霊素をバラバラにするまでこの怒りは収まらないわ」
「レ、レナ、それだけは止めてくれないか。ぼくのサーヴァントなんだぞ……」
「っさいわね! 許せないもんは許せないわよ!」
まあ消滅はやりすぎだとしても、今回の言い分はレナの方がほぼ正しい。
魔術師とは、お互いのテリトリーを絶対に侵してはならないものである。それを侵した場合は、例え命を奪われても文句は言えない。
鍵をかけていなかったレナもレナ──責任の一端は昶にもあるの──だが、そこへ勝手に入っただけではなく盗みを働いたとなれば、契約主であるミシェルにもその責は及ぶ。
まあ、昶の世界での話ではあるが。
「…あの、見つける方が、……先決だと……思ぅ」
「そうね、リンネの言う通りだわ。ミシェルも困ってるみたいだし、早くと見つけないと」
「でもシェリー、手がかりがないんだから探しようがないわよ。いったいどうするつもりなの? わかってる事と言っても、エロ精霊ってだけだし……」
「エロ精霊って、ぼくの前で言わなくても」
と、四人がう~んと悩んでいる中、昶のセンサーに何かが引っかかった。
これは間違いなく土精霊の気配である。
「ミシェル」
なんとなく、呼び捨てで呼んでしまったが、
「なんだね? えーーーっと……」
気にしていないようである。
それにしても、さっき言ったばかりの名前をもう忘れているとは。
「昶です」
「あぁ、そうだったそうだった。それでなにかねアキラ?」
「ミシェルのサーヴァントの属性は?」
「無論、ぼくの得意な属性と同じ地だが」
やはりそうか。双子なら得意な属性も一緒だとは思ったが。
しかし、まさか向こうの方から近付いて来るとは、なにを考えているのだろうか。
「……それ、たぶん近くにいるぞ」
「なんですって! どこよ! どこにいるのよ! あのエロ精霊はーーー!」
「まあまあ、落ち着いて」
「そうだレナ。間違いかもしれないだろ?」
「うっさいわね! シェリーもミシェルも黙ってて。その精霊をとっとと連れてきなさい! そしてあたしのを返しなさい!」
「だから落ち着きなさいってばレナ」
「とりあえず話を聞いてからだ。ぼくも善処するから」
「やあ主、女の子三人に囲まれて羨ましいぜまったく」
全員の目線がゆっくりと下方へと降りていく。
膝の丈ほどの身長に、民族衣装のような独特の衣服を着ている。
顔の作りは幼く、五、六歳くらいで、人懐っこそうな印象だ。もっとも、身長は五〇センチ超くらいだが。
ただ、セインと違ってこっちはやけに馴れ馴れしい感じがある。
「まったく、ぼくの可愛いカトル~。いったいどこに行ってたんだ~い?」
「ちょっとしたお宝探しだぜ」
「へ~~~」
談笑しているミシェルとカトルの後ろから暗黒のオーラが立ち上っている。
「ヲタカラッてなンノことカシら?」
ミシェルとカトルは振り返った瞬間に見たことだろう。悪魔の姿を。
「レレレレ、レ、レナ!?」
ミシェルの方は声が完全に裏返えっている。
が、カトルの方は……。
「お、今朝の間抜けな姉ちゃんじゃん! いや~、見た目より派手なのあってびっくりだったぜ!!」
犯人発見、やっぱこいつで間違いないようだ。
「やっパリ、あんたダったのね。覚悟ハ出来テるんでしょうネ」
「よく言うぜ。そっちの兄ちゃんに背負われてたくせに」
「い、いつも以上に眠かったんだから、しょうがないでしょ!」
改めて現実を突き付けられて、顔だけ真赤になるレナ。
真赤になった顔は、羞恥心から更に赤い範囲を首や肩へと拡大させていく。
「にしてもよ、あれは姉ちゃんにはち~っと大人すぎだと思うぜ」
「っさいわね! ウィンドピック!」
史上最大の堪忍袋が、ついにブチ切れた。
「うぉっと!?」
「こら、よけるな!」
「待て、それはマジでやばいって!」
「うるさいうるさーい! クシャナブレッド!」
最初は風の針、今度は断続的に風の弾丸がカトルに向かって放たれた。
現在は頭に血が登った状態で本人は自覚していないようだが、とんでもない威力だな。
とても下位とは思えない。
カトルはレナの攻撃を回避しながら逃亡を図り、レナも追撃を開始した。
これも怒りで我を忘れた副作用か、ちゃんと魔法が使えている。
「…ミシェル。えっと、カトルの種類は?」
「あ、あぁ。え~っと確か、中位階層の妖精型に属する地精霊だったはずだ」
「…シェリーのは?」
「上位階層の人間型。かなり強力な火精霊よ」
「…シェリー、サーヴァントを呼んで」
「どうして?」
「リンネ、ぼくらにわかるように説明してくれないか」
「…せ、精霊は階層が高いほど力が強いから、その、み中位階層の精霊じゃ上位階層の精霊に逆らえないと言うか、えっと…」
「「あぁ、なるほど」」
シェリーとミシェルは納得したようだ。
「セイン、来てちょうだい!」
遠くの城壁や校舎にシェリーの声が木霊する。
それから約十秒後、
「主、お呼びですか?」
空気中の火精霊が急速に凝縮し、炎の化身たる精霊が姿を現した。
人間型の火精霊、名をセインという。
「あの妖精型の地精霊を止めて欲しいんだけど」
「かしこましました、少々お待ちを」
上位階層の火精霊は、悠然とした態度で風の力が渦巻く現場に向かった。
一方でレナは台風にも劣らない猛威を奮っていた。
昶の分析した通り、彼女に必要なのは制御能力だけである。
感情任せて全力で呪文を口ずさむレナの風は、その怒りを体現したかのように次々と地面に大穴を穿っていった。
「アキラさん、レナ様をお願いします」
「あぁ。やるだけやってみる」
がっくりとうなだれていた昶であるが、確かにあのわがままお嬢様を止めるのは自分の仕事である。
シェリーにもできないことはないが、絶対にやらない気がする。
それにしても、サーヴァントの仕事とは違う気がするのは気のせいだろうか。
それはさておき、
「さて」
昶意識を集中させると、一気に飛び出した。霊力を一気に爆発・制御することで身体能力を強化する。
杖を振り上げた腕をつかみ、もう片方の腕をわきの下に回して動きを押さえた。
「ア、アキラ! 離しなさい、離しなさいってば!」
「いいからちょっと待て」
「なによ! いいからは、なしな、さ……ぃ」
レナの眼がセインに釘付けになっている。
よく考えれば、セインは普段、実体化をしていない。
実体化を解いたセインを感じ取れるのは現在のところ昶のみ。
そして、セインはレナの目の前で実体化したことはないはずだ。つまり、これが初対面と言うことだ。
「そこの地精霊」
レナが押さえつけられたことでニヤニヤしていたカトルの表情は曇り始め、さらには血の気がひいていくのがわかった。
気配の揺らぎようが、なによりの証拠だ。
「あんた、その髪飾り……。ラグラジェルのセインか!」
憎々しげに、カトルはセインの名を告げる。
「私を知っているのですか? ならば話は早い。主のご学友に働いた非礼を詫び、略奪した品物を返上してください」
「やだね! よりにもよってラグラジェルの奴らの言うことなんて聞けるか!」
事はリンネの思惑から、だんだんとそれていく。
確かに、普通に考えれば中位階層の精霊が上位階層の精霊に反抗するとは考え辛い。
それは力の規模から考えても明らかだ。
昶の感覚では、セインの肉体を構成する精霊素の量は、カトルのそれの百倍近い差がある。
下位階層のような本能で動く精霊の集団よりは、遥かに強い力を持つカトルだが、それさえセインの前では赤子同然のものでしかないのだ。
にも関わらず、セインの言動を根元からつっぱねるとは、正気の沙汰とは思えない。
遠くでは、『カトル、止めないか! さあ、盗んだものを返したまえ』とミシェルが叫んでいるのだが、まるで聞こえていない様子だ。
「俺っちは、ラグラジェルを絶対に許さねえ! ウラテスの名にかけてもな!」
カトルが手を振り下ろすと同時に、セインの立つ地面が爆発を引き起こした。