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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第一話 新たな門出 Act03:明かされる真実

 一時限目の講義は、数学であった。

 数学なら中学生レベルの内容までは勉強しているので、それなりにわかる自信があったのだが…………。

「はぁぁ、全然わからん」

 ご覧の通り、内容が高度過ぎて全くわからなかったのである。

「大丈夫よ、アキラ。私も全然わからなかったから」

「私もですよぉ、アキラさん」

 現在次の講義に向けて外庭──校舎と城壁の広大なスペース──に移動中の昶の傍には、いつもの女子メンバー──レナ、シェリー、リンネ、アイナ──が集まっていた。

 その中のシェリーとアイナは、昶同様に今日の内容がわからなかったようである。

「微分って何なのよ、微分って!」

「そうですよ。それで速度がどうとか加速度がどうとか、あれって何語なんですか!」

「そもそも、なに書いてあるか読めねぇ」

 文字がわからないのであるていど覚悟はしていたのだが、現実は想像以上に厳しかった。勉強についていけるか不安でレナの隣にしたのだが、それ以前の問題であった。

 もっとも、レイゼルピナ魔法学院で行われている数学は、地球でいえば基礎的な力学的も含まれているので、実際かなり難しい。

 一部では大学生で習うような項目も混じっているので、例え字が読めたとしても中学生レベルの勉強を終えたばかりの昶にはわからなかったであろう。

 そもそも、先生がなにを言っているのかすら、理解できなかったわけで。

「…微分、あとで…教えようか?」

 見るに見かねたリンネが、小さく手を上げて三人に提案する。

 しかし、三人とも首を縦には振らなかった。

 なにせ、文字のわからない昶、難しいことが苦手なアイナ、脳筋少女を否定しきれないシェリーである。

 微分以前に、数学そのものがちんぷんかんぷんなのだ。

「やっぱり、実技で稼ぐしかないわね」

「私も、できるだけやってみます」

 既に座学のテストを諦めて、実技テストでの高得点を決意する残念ガールズ同盟が結成されていた。

 レナとしては、アイナにはシェリーのように“あまり物事を考えない人”にはなって欲しくないのだが、勉強を教えるのもなかなか難しい。

 テスト範囲の予測くらいなら辛うじて可能だが、内容を理解してもらうのはそれとは全く別問題なのだ。

「って、テストって俺も受けるのか?」

 不意に湧き上がった疑問を、前方にいる(マスター)に聞いてみた。

「出席に数足りないんだから、そもそも受験資格がないわよ」

「そうなんだ……。学費出てんだし、勉強しようかなって思ってたんだけど。進級とかどうすんだろ?」

「学院長にでも聞いてみれば?」

「……それもそうか」

 もっとも、最初から進級する必要もないのだが。

 奨学生としての措置を受けたのも、学院長の好意で規約違反だったものを規約にのっとったものにしただけである。しかもその措置ですら、本当の目的は昶を国の都合に応じて、簡単に使えるようにするのが目的なわけで。

 決して、昶が学院で講義を受けるための措置ではない。無論、学ぶこと自体はなんら問題ではない。

「で、次はなんの授業だっけ?」

「集団戦闘の演習。月末からテスト開始だから、魔法に関する講義は全部実習よ」

「それじゃ、俺はしばらく暇そうだな」

 朝方は不安定だったバランス感覚も、普通に過ごしている内にだんだん元に戻っていった。おかげで普通に動く分には問題ないのだが、術を使おうとすれば経絡系にひどい痛みが起きるのである。

 ソフィアの看たところによると、あと一ヶ月近くは痛みが抜けないそうだ。

 実際、少し霊力を流すだけでも痛みが走る。

「座学がダメな分、こっちでキッチリ点とっとかないと」

「私も頑張ります、シェリーさん」

「頑張ろうね、アイナ」

「はい」

 ご近所では、残念ガールズ同盟は固く握り拳を作って、気合いを込めていた。

 そうこうしている内に、外庭へ到着。いつ見ても思うが、生徒数に比べて馬鹿みたいに広い。

 これなら、あと十倍ほど人数がいても、十分に使えるだろう。

 ただし、数センチとはいえ雪が積もっているので、それが戦闘にどのような影響を及ぼすのやら。

 アイナのような空中戦主体の生徒はともかく、他の生徒にはなかなか辛い条件だろう。

 昶は外庭の広さに改めて驚きつつ、まだまだ教えることが山積みの(レナ)の後ろに続いた。




 集団戦闘のテストは二人から五人でグループを作り、先生との模擬戦闘の形式で行われる。

 ただし、先生の側には王都所属──蒼銀鎧──の魔法兵二人が付く。その二人ともが、昨年度の卒業生とのことらしい。

 一応だが学院から報償も出るのと、後輩の顔見たさに実はけっこう希望者がいるのだそうだ。

 後輩思いの良い先輩である。

「ところでレナ。アキラはあんなだけど、あんたは大丈夫なの?」

「うん。一週間くらいで痛みも抜けたから。それまでが、けっこうキツかったけど」

「というか、今でも信じられませんよ。レナさんが、魔法使ってちゃんと戦えたことが」

「…そういえば、みんな、大変だった…みたいだけど。大丈夫、だった?」

 そしてそのチームであるが、昶の目の前には馴染みのメンバーが並んでいた。

 レナ、シェリー、リンネ、アイナの四人である。

 前衛は突破力のあるシェリーとアイナ、その二人を攻撃魔法で支援するレナ、治療や防御系魔法を使えるリンネが後衛、といったところだろう。

 レナの魔法成功率は、約三割。しかし、意識的に威力を抑えなければ、もう少し成功率は増すはずである。成功率の低いのは、制御許容量を超えた魔力を無理やり制御しようとしていることが、原因なのだから。

 それはそうと、四人がチームで戦うところをちゃんと見るのは、これが初めての経験である。以前からチラチラとは見ていたのだが、近くに来ると遠くからではわからないピリピリとした緊張感が伝わってくる。

「なんとか生きてたわ」

「こっちは死ぬかと思ったけどね」

「私は普通に避難してましたから、大丈夫です」

「…そう。よかった」

 リンネの質問に、シェリー、レナ、アイナの順に答えていく。

 口調こそ軽いものの、どちらも本当に死ぬかも知れない戦いだった。本来なら、こんな軽々しく答えられるようなものではない。

 シェリーはセインの力を借りて、アルトリスとイリアスの一人と一柱と。レナは昶の力を借りて、暗黒魔法の使い手である“ツーマ”と、それぞれ戦ったのである。

 片や恐らく世界で初のマグスと精霊の入り乱れる近接戦闘を繰り広げ、片やろくに魔法も使えない落ちこぼれが普通のマグスでは歯が立たない敵を撃退したのだ。

 勝てたこと自体が、奇跡のようである。

 だが一方で、その経験があるからこそ、こうして軽く言えるのかもしれないのだが。

「そういや、リンネは実家帰ってたんだっけ。新年おめでと。今年もよろしくな」

「…ぅん、おめでとぉ。家帰って、いっぱい機械弄れて…楽しかった。そっち、大変…だったみたい、だけど……大丈夫?」

「俺は、二人よかもっと死にかけたかな。お陰でまだ力は全然使えないけど、とりあえず今は大丈夫」

「…ょかった」

 シェリーとレナが自らの武勇伝をアイナに聞かせている間に、昶はリンネへと声をかけた。

 リンネは、冬期休暇中は実家のあるメレティス王国へ帰国していたお陰で、難を逃れたのだ。

 本当ならすぐにでも帰ってみんなの安否を確かめたかったらしいのだが、両親に激しく反対されて学院には戻れなかったのだそうだ。本当ならまだ学院に戻したくなかったらしいのだが、『行かせてくれないとお父さんのこと嫌いになる』的なことを言ったら、泣きながら送り出してくれたらしい。

 幸いにも反乱はすぐに収束し、シェリーから速達で手紙が届いたので、みんなの安否はそこで知ったようである。

「それで、どんな機械弄ってたんだ?」

「…えっと、その……。みんなには、ナイショ…………だから」

 と、リンネは口の両端に両手を添えて、昶の耳に顔を寄せてきた。

 それを見て、昶も中腰になる。

「…あのね、電気で動く、動力源作るお手伝い……してた」

「電気で動く動力ねぇ」

 電気で動く動力──つまりはモーターを作っていた、ということだろうか。

「…上手くは、いかなかった、けど」

 リンネは即座に顔を離し、えへへと照れ笑いを浮かべる。

 めったに見られない、リンネの貴重な表情だ。やっぱり機械のことになると、リンネは少し饒舌(じょうぜつ)になるらしい。

 そんな嬉しそうなリンネにほっこりしていた昶であるが、不意に背後から突き刺さるような視線が……。

「……ひぃっ!?」

 恐る恐る振り返ってみると、(うつむ)いたまま肩をなわなわ震わせるレナと、笑顔と見せかけて実は目だけが笑ってないアイナの姿が、ゴゴゴゴの効果音と燃え上がる炎のエフェクト付きで昶の視界へと映り込んだ。

 現在戦闘力〇の昶が悲鳴を上げるのも、仕方のない話である。

「さぁ、練習しましょう!」

「お、おー」

「…わ、わかった」

 謎の圧力でチームをまとめあげるアイナに、苦笑いを浮かべるシェリーとリンネが続く。

『…………ダメなとこあったら、教えて』

 唯一レナだけは反応せず、念話で昶に話しかけてきた。

 完全にお怒りモード、と思ったのだが、なにやら様子が少しおかしい。

『あ、あぁ』

 生返事しか返せない昶を後目に、四人は練習を開始した。




 テストを受けるチーム同士で、生徒達は模擬戦闘を繰り返す。

 最低限安全には気を付け、相手全員の発動体を落とすか、腰に巻いた紐を奪えばそこで試合終了。

 決着が着かなかった場合は、戦闘不能とカウントされた割合が少ない方が勝利というルールだ。

 また、武器は木製の物──それも練習用の玩具のような代物で、使用する魔法も呪文を使わない物に限られていた。

 これは、本番まで先生に実力を隠しておくという役割もあるのだが、やはり主たる目的は生徒が怪我をしないようにとの配慮だ。

 それでも怪我が起きても大丈夫なように、常駐医の医師も先生の近くで待機してある。

 また本番では、生徒側は下位(モノスト)の呪文までなら使用が許されているとのこと。呪文、人数共に教師側が多少不利に設定されているが、それが両者の間にある圧倒的な実力差を如実に表していた。

『ありがとうございました!』

 標準時で五分──地球でいえば十分刻みで模擬戦のチームを入れ替え、四回繰り返したところで休憩に入った。

「っあ゛~。つ~か~れ~た~。水飲みだい~」

「やめなさいよ。子供じゃあるまいし、みっともない」

「でも、私達と違って、シェリーさんずっと走りっぱなしですからね。身体動かす分、やっぱり疲れるんじゃないですかね?」

「…あれ、全然シェリーの、本気じゃ…ない。単に、集中力ないだけ」

 戦績は二勝二敗。

 単独でアルトリスや“ツーマ”を退けたシェリーやレナがいることを考えると、これはかなり悪い。

 それに実戦という意味でなら、四人とも創立祭の戦闘を経験している。全力を抑えているとはいえ、経験値の面で圧倒的なアドバンテージがあるはずの四人とは思えない戦績でった。

「…水、いる?」

 いつまで経ってもだらしないシェリーに、リンネは水精霊(ウンデネ)を集めて大きな水の塊を作り出す。

 ただし、飲むと言うよりは浴びるといった方が正しい。

「いえ、遠慮させていただきます。さ、さっきまでの反省点を確認しようか」

 リンネを何度か怒らせたことのあるシェリーは、背筋を正して地面をぱんぱんと叩いた。

 他の三人は輪を作るように、シェリーの近くへ座る。

「……その、ごめん。あたしのせいで」

 一番に口を開いたのは、レナだった。その表情は、他の誰よりも暗い。

「何回も失敗しちゃって、ごめんなさい」

「支援の攻撃魔法が確実に届かないってのは、重要な課題なんだろうけど……」

 そこへ、四人の戦闘をずっと見守っていた昶が割って入った。

 レナへ向けられていた視線は、まずアイナへと向けられる。

「前衛を務めるには、アイナにはまだ火力が足りない。回避力は問題ないから、攻撃面をもう少し強化するべきだ。逆にシェリーは攻撃力が高すぎるせいか、相手を深追いしすぎる傾向がある。もっと周囲を見ろ。前衛は防御の要でもあるんだ。抜かれたら後方が困る。リンネは一番後ろにいるんだから、全体の動きが見えてるんだろ? 指示出してやれる時は、してやった方がいい。レナはさっきも言ったけど、適切なタイミングでシェリーとアイナを支援できるように、成功率を上げることが最重要。前衛がしっかり時間稼いでる間に、決定打を撃ち込めるようにな」

 ひとしきり言いたいことを言い終えたので、ふっと一息つく昶。それと同時に、不可思議な視線の存在に気付いた。

 なんと全員がぽかーんとした表情のまま、昶を見つめていたのである。

 さっきの説明でどこかおかしな部分がなかったか自問自答する昶であったが、どこにも思い当たる節はない。

 いやいや待て、絶対にどこか変なところがあったはずだ。でなければこんな反応有り得ない。

「すごいじゃない、アキラ! 今の見ただけで、そこまでわかっちゃうんだ!?」

「ですです。私もびっくりしました」

「…私達の、動き。全部…見てたんだ」

 腕組みして本格的に悩み始めていた昶だったが、シェリー、アイナ、リンネの口から返ってきたのは意外な言葉であった。

 予想外だった賞賛と考え違いをしていた自分への恥ずかしさに、ほんのりと頬が赤く染まる。

 特に、昶の事情を詳しく知らない三人の反応はと言えば、感激で目にお星様を浮かべるレベルだ。

「でも、なんでそこまでわかるんですか?」

 しかし、アイナの一言によってその嬉しさは、一気にマイナス方向へと逆転した。

「飛行実習の時や、創立祭。それと、今回の件もすごい活躍だったみたいですけど、それって一人でやりましたよね。創立祭の時のも、ほとんどアキラさんだけの力でしたし。魔法を使った戦いといいますか、そういうの詳しすぎる気がするんですけど」

 アイナが知っているのは、昶の凄まじい戦闘力と、なんらかの理由で魔法が使える、というところまで。それも、詳しいことは知らされていない。

 事件の後、例の如く過度の疲労によってぶっ倒れたせいで、色々とうやむやにしてしまった。

 自分がレイゼルピナの人間ではない、それどころかこの世界の人間ですらないこと。

 自分はその世界で魔術師──陰陽師と呼ばれる存在で、マグス同様あるいはそれ以上の術を使えること。

 特に隠したかった後者に関しては王国にバレてしまったこともあるし、昶としてもこれ以上隠していることは心苦しい。

 ここいらでバラすもが、最適のタイミングなのかもしれない。

 昶は意を決すると、全員に向かって口を開いた。

「そのことに関して、なんだけどさ。後でみんなに、話したいことがあるから。よかったら、昼から予定あけといてくれ」

「それは別に、かまいませんけど……」

「うん、私も。それに、私も色々と聞きたいことあったしね」

「…私も、大丈夫」

 三人とも疑問系ではあるものの、了承してくれた。

 最後に昶は、レナの方を見た。ちょうどレナも、昶の方を見ていた。

 自分が異世界の術者であることを誰にも言うなとアドバイスしてくれたレナに、最後の許可を求める。

 レナの方も、王国政府に昶の力が知られてしまった以上、隠すことは無意味と判断したのだろう。

 俯きながら、こくりと頷いた。

 ──これ以上隠しておくのも、アキラも辛いはずだもんね。

 要らぬ(いさか)いを起こしたくないから、昶は今まで自分の力を隠してきたのだ。

 創立祭の日以来、昶が異世界から来たという話、その世界の術者である話を聞いていたレナは、他にも昶から色々な話を聞いていた。

 レイゼルピナの魔法からすれば、昶の有する術は数段上の破壊力を有している。

 その存在が知られればどうなるか、本人もわかっていたから隠していたのだ。

 レナはそれを、友人達にも隠すよう徹底させた。

 だが一番隠しておきたかった相手に知られてしまった以上は、この措置に意味はなくなってしまった。

 意味のなくなってしまった措置を、罪悪感を覚えてまでやる必要などない。

「練習再開よ。みんな、行きましょ」

 レナは立ち上がると、三人を促した。

「また悪いとこあったら、教えてね」

「あぁ」

 レナはそれだけ言葉をかわすと、三人を引き連れて次の相手の元へと向かった。




 初めての講義を終えた昶は、レナとシェリーの奢りで昼食にありついていた。

 メニューは、ミートソーススパゲティ。とろとろチーズと香りの乗った湯気が、雪の降る今日は特に食欲をそそられる。

 さすがにこんな日に野外のテラス席を使うわけにはいかないので、暖炉近くの席にこしかけていた。

 テーブルには珍しく、リンネやアイナの姿もある。相変わらずアイナは、昼食を食べないようだが。

「アイナ、お金ないんだったら、私らが出してもいいのよ?」

「現に、アキラなんてここ最近ずっとだもんねぇ。あたしらがいなかったら、きっと飢え死にしてるでしょ」

「シャレになってねぇよそれ……。はふっ!? はっはっ、ふぅぅ~。うめぇ」

「そんな、悪いですから。私のことは、気にしないでいいですよ」

 レナとシェリーの申し出を、アイナは苦笑しながら断る。

 奨学生ということは、それなりに家庭の事情があるはず。

 それを理解しているからこそ、誰も強く勧めたりしない。

「…それより、アドバイス」

「あぁ、そうだったわね。アキラ、私達の模擬戦どうだった?」

 無言で昼食を食べていたリンネが、話題転換も兼ねて先ほどの講義のことを持ち出した。

 突然話題を振られた昶は大慌てで口の中のパスタを飲み込み、火傷しそうになった粘膜を水で冷やす。

 ほっと大きく息を吐き出すと、数十分前まで何度も見ていた戦闘風景を思い出しにかかった

「リンネは……そうだなぁ。よくやってたと思う。最初はちょっとアレだったけど、後半は全員に的確な指示ができてた」

「…そ、そぅ」

 顔を伏せてしまったが、照れているのがよくわかる。

 目は見えなくとも口元は緩んでいるし、頬もわずかながら上気している。顔が見せられないくらい照れているのかはさて置き。

「シェリーは逆に全体を見ようとしすぎて、注意が散漫になってる。あくまで、目の前の相手に対処するのが最優先だ」

「うっはぁ~、なかなか厳しい採点。もう少しお手柔らかにお願いしますぜ、ダンナ」

 リンネと違う厳しい私的に、シェリーは明後日の方を向いて乾いた笑み。おちゃらけてはいるが、なかなかにショックだったようである。

 そりゃ、個人を相手にしながら、周囲の状況にまで気を配るなど、いかなる達人であろうとなかなかできる芸等ではない。

 昶でさえ魔力察知の力がなければできないのだから、それすらまともにできないシェリーには尚更無理である。

「レナとアイナは、引き続き魔法の練習。なにするにしても、そこがネックになる」

「やっぱり、そうよねぇ。まだまだ成功率低いんだし、なんとかして伸ばさないと」

「私、頑張ります。アキラさんのために!」

「いや、そこは自分の単位のために頑張れよ……」

 そして自分の実力不足に嘆息するレナに、見当違いの頑張りを宣言するアイナ。

 とりあえずアイナに突っ込みを入れる昶ではあるが、やっぱり聞いてなさそうな感じだ。

 しかし誰が考えたのか、それとも運が良かったのか、なかなかにバランスの良いメンバーだと思う。

 守備力にやや難はあるが、全員の役割が上手く噛み合えば、成績一位も夢ではない。

 まあ、現状では上手く噛み合っていないので、こうして昶もアドバイスをしているのであるが。

「そういえば、この後お話があるんですよね?」

「……あぁ」

 再び出たアイナからの問いかけに、昶は不安気に頷く。

 本当のことを話して、果たして信じてもらえるだろうか。もしかして、気持ち悪がられるのではないだろうか。

 そんな後ろ向きな気持ちが、昶の中をぐるぐると渦巻き始める。

 今でこそ昶の事情を全て知っているレナも、最初は全く信じてくれなかった。

 創立祭の日に目撃されてから色々聞かれて、それらをずっと話している内に信じてくれるようになった。

 しかし、みんながレナのように信じて、それでも今まで通り付き合ってくれる保証はない。

 やはり、不安はどこまでいっても付きまとう。

 仕方がなかったとはいえ、結果だけ言えば今まで嘘をつき続けてきたのだ。その罪悪感の重さは、そうそう拭い去れるものではない。

 例えそうする必要があったとしても、だ。

「みんな、食べ終わったんなら、ちょっと付いて来て欲しい」

 大盛のスパゲティを一気に胃へと流し込み、昶は立ち上がる。

 既に、全員食事を終えていた。先の講義中にあぁ言った以上、もう逃げ出すつもりはない。覚悟を決めて、全部ぶちまけるまでだ。

 昶は四人が続くのを確認しながら、学院北に広がるある森林地帯へ向かった。




 ──さて、この辺でいいか。

 森林の少し奥まった所まで来て、昶は後方を振り返る。

 木々のスキマからは、もう学院の影も形も見られない。

 ここまで来れば、誰にも見られることはないだろう。周囲には、昶達以外の魔力の反応もない。

「で、アキラ。こんな所まで連れてきてする話ってなんなの?」

「あぁ。でも話の前に、みんなに見せときたいもんがあるんだ」

 シェリーの問いかけに応じて、昶は苦笑を返す。

 そして、ズボンのポケットから一枚の紙切れを引き抜いた。

 レナやアイナは、その紙切れに見覚えがあった。

 長方形に切られた紙の中央に、円や星型の図形や複雑な文字が描かれたもの──即ち護符である。

「穿て──」

 左手の中指と人差し指で挟んだ護符へと、霊力を注ぎ込む。

 同時に経絡系を霊力が流れることで、全身──特に左腕に激しい痛みが走った。

 わずかな量しか流していないというのに、やはりまだ完治にはほど遠い。

 まるで、血管に有刺鉄線でも突っ込まれたようである。

黒鴉(クロガラス)!」

 その痛みに耐えながら、昶は呪文を唱えた。

 いくら身体が不調であっても、正確な制御がされていれば術は正常に作動する。

 護符に流れ込んだ霊力は昶の呪文に反応して飛び出すと、鳥の形をとって飛翔した。

 誰もが、その見たことのない術に目を見開く。

 レイゼルピナにはこんな魔法は存在しないし、研究すらされていない。

 こんな、ただの紙が形を変えて、木々を破壊するような術は。

 昶の差し出した左手の方向の木々が、思い出したかのように倒れ始めた。

 最低でも、下位(モノスト)の攻撃魔法と同程度か、それ以上の破壊力があると言っていい。

 まるで鋼鉄の砲弾でも突き抜けたかのように、木の繊維がずたずたに引き裂かれていた。たかが紙によるものとは、思えないような傷跡である。

「単刀直入に言う。俺はレイゼルピナの国民でも、ローデンシナ大陸の住人でもない。異世界の魔術師だ」

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