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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第一話 新たな門出 Act02:英雄の対価

 昶はソフィアに肩を借りながら、白銀の魔法兵の後ろを付いて行く。

 始めは前に出た魔法兵が昶の身体を支えようとしたのだが、ソフィアがそれを制したのである。

 理由は簡単。魔法兵たちの中からちらほら、畏怖の念が感じられたのだ。

 恐らくは、エザリアによる石化を免れた者達が、昶やソフィアの戦いを見ていたのだろう。

 レイゼルピナの魔法は主に戦闘分野において、地球の魔術に大きく後れを取っているのだ。

 その地球の術者の中でも、更に突出した力を持つエザリアやソフィア達の戦いを目撃したとなれば、生きた心地などしなかったであろう。天変地異を目の前で目撃しているようなものである。

 危険獣魔ですら遠く及ばない、異次元の戦いというものを。

 昶もソフィアも、その気配を魔法兵達から感じ取ったのだ。

 声には出さなかったが、昶を支えると発言した魔法兵もほっとしたような雰囲気を見せていた。それでも命令を忠実に実行するあたり、なかなか優秀な魔法兵である。

 そんな昶とソフィアの後ろには、平静を取りつくろっているレナとシェリー、不安を隠しきれないアイナが続いており、更に後方には近衛(ユニコーン)隊の魔法兵が十数名続く。

 魔力の気配から察するに、誰もがそれなりの使い手だ。無論、昶ほどの力はない。もっとも、今の状態では簡単に組み伏せられてしまうが。

「国王なんて偉い人が、俺なんかになんの用なんでしょうね」

「さあ。しかしこの状況です。少なくとも、良いものではないでしょう」

 物々しい雰囲気の中、昶とソフィアは小声で言葉を交わす。

 全身くまなく覆われた鎧、重厚感と威圧感の漂う剣、突き刺さるような魔力の気配。これだけ完全装備の魔法兵がいるのなら、せめて武器くらい持ってくるべきだったかとも考えた昶であったが、この身体ではろくに刀も振れないであろうと思い至って肩を落とす。

 脳裏をよぎるのは、これまで何度もレナに忠告されてきたこと。

 昶の頭にある知識を、根こそぎ奪い取るつもりだろうか。それとも、危険な人物として処理されるのであろうか。

 そのどちらでもなかったとしても、ソフィアの言うように良いことでないのは間違いなさそうだが。

 しかし、物思いにふけるのも長くは続かなかった。

 別の通路に入ったとたん、周囲の様子が様変わりしたのである。

 まぎれもなく、それは戦闘による痕跡だった。

 硬化の魔法文字が刻まれているはずの通路のあちこちに、剣による傷や魔法による損傷が見られる。しかもごく稀に、ぬぐい切れなかった血痕までもが。

 エザリアと遭遇した兵士は、まだマシだったのかもしれない。石化されたとはいえ、後遺症もなく数日で元の姿に戻ることができたのだから。

 エザリアと遭遇せず戦闘に陥った兵士達は、道徳や倫理の欠片もない殺し合いをしたのだ。

 さすがにこれには、地球(向こう)側で戦い慣れしているはずの昶やソフィアも、顔をしかめる。

 近年では、魔術師集団同士の大規模な戦闘は行われていない。記録の上では、一番最後が第二次世界大戦。もはや、昶の生まれる半世紀も前の話である。

 多少は血を見慣れてはいても、ここまで酷いものは初めてだ。

 また凄惨な戦闘などほとんど経験したことのないレナ達は、一様に苦い顔を隠しもせずに浮かべている。

 これこそが、戦いの本質。相容れぬ価値観を持った者同士が辿(たど)る、どこまでもむなしい末路。

 そんなぼろぼろになった通路は、進んでいくごとにより広く大きなものへと変わっていく。

 壊れてしまった陶器や、焼けてしまった絵画、無残にも倒れた鎧兜の群れを通り過ぎたところで、案内役の魔法兵は立ち止まった。

 目の前には、身の丈の倍はありそうな扉があり、両脇には門番と思しき二人の兵士が背筋を正して並んでいる。

「では、こちらへどうぞ」

 案内の魔法兵は、目線で門番の二人に合図する。

 重厚そうな雰囲気を漂わせていた扉は、思いのほか簡単に開いた。

 見た目に反して軽い素材を使っているのか、機構でカバーしているのか、それとも兵士の剛力が成せる業なのか。

 昶達は改めて気を引き締めると、謁見の間へ続く扉をくぐった。




 謁見の間。それはレイゼルピナ国王との面会の場である。

 国王と面会する場というだけあって、絢爛豪華という言葉がぴったり似合う大部屋だ。

 見事な意匠の施された柱、鏡の如く磨き抜かれた大理石の床、雅な雰囲気を漂わせるシャンデリアの数々。天井には巨大な一枚の絵画が描かれ、壁には一面モザイク画、きらびやかなステンドグラスも至る所にはめ込まれている。

 ここでも恐らく激しい戦闘があったのだろうが、その痕跡はどこにも見られない。この部屋だけでも、急ピッチで修正したのだろう。

 扉の前の通路は目も向けられないほどぼろぼろだったのだ。ここだけが無事だったとは、到底思えない。

 そして謁見の間の一番奥の中央に、黄金と獣魔の柔らかな毛をあてがって作られた玉座がある。

 (ぎょく)、即ち王の座す場所である。

 入口から玉座までは、二〇人以上の白銀鎧を着た魔法兵が、道を作るように両側に控えていた。

 その一番奥──玉座に、一人の青年が腰かけている。

 黄味の強い金髪とマカライトグリーンの瞳を湛える、屈強な雰囲気をかもしだす美青年。どことなしか、レナの従々妹(はとこ)でもあるエルザと似たような雰囲気を漂わせている。

「そんな状態なのに、呼び出してすまないな」

 青年は玉座から立ち上がると、まっすぐに昶を見すえる。

 両側や後方にひかえる兵士達とは違い、青年の目には昶やソフィアに対する畏怖の念はない。

 同様に、感謝の念と思しきものも全く感じられないが。

 青年は背筋を正すと、より一層表情を引き締めた。

 たったそれだけで、周囲の空気がぴりぴりと張り詰めたものに変わったような気がする。

 魔法兵達は誰しも頭を下げ、青年自身からはオーラのようなものが噴き出しているように見えた。

「私はレイゼルピナ王国第一王子、第一王位継承者、ライトハルト=レ=エフェルテ=パラ=アテナス=フォン=レイゼルピナ。諸事情により、国王の代理を行っている」

 青年が視界に入った瞬間、レナ達三人は慌てて(ひざまず)き深々と(こうべ)を垂れる。

 目の前の青年こそ、長年自分達の一族が仕えてきた王族の一人。

 それがわかった途端、まるであらかじめ定められていたかのように身体が動いたのだ。

 謁見の間の様子は、これまでにはなかったであろう異様な空気に包まれていた。

 玉座に立つレイゼルピナの王子と、その下にひかえるレイゼルピナ王国民。

 それに対する、たった二人の異世界からの来訪者。

 奇妙な緊張感が、両者の間で高まってゆく。

 周囲の魔法兵から、さっさと頭を下げろ痴れ者が、という圧力が加えられる。

「わたくしは、ネームレスのソフィア=マーガロイドです。以後、お見知りおきを。王子様」

「知ってると思いますけど、草壁昶です」

 そんな周囲の圧力などまるで気にしないという風に、ソフィアと昶も自らの名を名乗った。

 周囲の魔法兵からぶつけられる圧力なぞ、エザリアと相対した時と比べれば気にもならない。実際にそのエザリアと戦った昶やソフィアからしてみれば、今感じる圧力なんてものはそよ風程度だ。

 と、その時だ。ソフィアの顔に、ふっと暗い笑みが浮かんだのは。

 その瞬間、ソフィアも周囲の魔法兵達に向けて、剥き出しの殺気をぶつけたのだ。

 自分に向けられたのもではなかったせいか昶は平気であったが、その対象であった魔法兵達は一瞬にして萎縮してしまったのである。

 これが、これこそが、努力だけでは絶対に埋めることのかなわない、力の差であろう。長年に渡って研ぎ澄まされてきた、人外や魔術師達を討つ力とは、それほどまでに圧倒的であった。

 なんとか平静を取りつくろっているライトハルトも、ソフィアの殺気に冷や汗がたらたらと額から流れ落ちる。

「そんなに殺気立たなくても、もっと楽にしてくれていい。君達はこの国を救ってくれた、いわば英雄みたいなものなのだからね」

「すいません。物々しい雰囲気だったもので、つい」

 ソフィアは微笑みにありったけの皮肉を込めながら、周囲への殺気を解いた。

 あれほどの殺気を叩きつけられた後では、二人に圧力を加えようとする者はいない。

 ライトハルトは大きく深呼吸すると、額の汗をぬぐって言葉と続けた。

「先日の働き、本当に感謝している。君達がいなければ、今頃この国はなくなっていたかもしれない。まずは、そのことについて感謝したい。ありがとう」

「別に、感謝されるようなことはしてません。俺は、レナの守ろうとした人を、必死になって守っただけです」

「わたくしも、別にこの国のために戦ったわけではございません。あのいけ好かない教皇庁の狗がよからぬことをしているのではと思い、馳せ参じたまでです。もっとも、返り討ちにあってしまいましたが」

 静かな火花が、三者の中間地点で散っていた。

 確かに結果だけを見ればライトハルトの言う通りかもしれないが、エザリアを倒すまでには至っていない。

 それどころか、恩情で見逃してもらったようなものなのだ。

 試合に勝って勝負に負けたもとい、殺し合いは生き延びたが自信は粉々に打ち砕かれてしまった。

 いくら格上の相手を退けることができたと言っても、後味が良いはずない。

 あれはどう見ても、エザリアの圧勝だったのだから。

「君達にとってはそうかもしれないが、それによって我々は救われたのだ。少なくとも、感謝の気持ちくらいは、快く受け取ってくれてもいいんじゃないかな?」

「まぁ、そちらがそこまでおっしゃるのなら」

「貴様、無礼であるぞ!」

 不敵な笑みを浮かべて答えるソフィアの態度に業を煮やした魔法兵が、手元の剣をその首筋に突きつける。あれだけの殺気を浴びておきながら、まだ手を上げようとする者がいようとは。

 だが、ソフィアは変わらず涼しい顔。その余裕のある態度が、魔法兵の神経を逆撫でた。

「やめろ。それが救国の英雄に対する態度か?」

「しかし、いくら英雄とはいっても度が過ぎるというものです! こんな、血統も定かでないマグスなど」

「ネームレス結社規約、戦闘時における特記事項」

 兵士をたしなめるライトハルト、その二人の間を縫うようにソフィアの声が謁見の間に響いた。

「敵勢魔術師が、敵意を以て攻撃行動を実行する場合は、此れを全力を以て排除せよ」

 それと同時に、暗黒色の球体がソフィアの頭上に現れる。

 ハンドボールほどの大きさをした球体三つが、不規則な軌道を描く。

「よいから下がれ。ライトハルト様の御命令だ」

 ライトハルトの隣にいる、他の魔法兵とは一線を画する雰囲気を醸し出す魔法兵が、ソフィアの首に刃を当てる魔法兵へと命じた。

「ア、アレクシス……総隊長」

 アレクシス。それは王室警護隊──近衛(ユニコーン)隊の総隊長を勤める、名実共にレイゼルピナ王国軍の中で最強と謳われる魔法兵の名前である。

「聞こえなかったのか?」

「は、はっ!! 失礼しました!!」

 その圧倒的な存在感に、魔法兵は反射的に刃を引っ込め、元の位置に戻った。

 たぶん、自分よりも強いのだろう。昶は長年の修練で身に付いた癖で、アレクシスの力を探っていた。目があって、思わず足下へと視線を落とす。

「それで、先ほどの続きなんだが、気持ちだけでは国の代表として申し訳がない。なにか、形のあるものを送りたいと考えている。ソフィアさんへの贈り物は、メレティス王国政府を通じて行うとして……」

 再び口を開いたライトハルトは、ソフィアから昶へと視線を移す。

「アキラくん。君は今、レイゼルピナ魔法学院で生活しているそうだね」

「えぇ、まぁ。学院長の好意で、お世話になっています」

 と、そこでライトハルトの目が怪しく光った。

「どうだい? 学院の生徒になってみる気はないかい?」

「……………………はぃ?」

 ライトハルトの言葉の意味を理解するのに、標準時で三秒弱──地球でいえば五秒ほどの時間を要した。

「あそこには、学院の生徒か教員、それに使用人達しか住むことができない。今のままだと、君を学院から追い出すよう、学院長に進言しなければならないんだ。規約を破った学院長も、それなりの処罰を与えないといけない。そのための処置さ。君ほどの逸材を、使用人と同等に扱うのも失礼だろう? それに……」

 と、ライトハルトは再び視線を移した。

 昶もその視線の先を追うと、

「君は、アナヒレクス家の御息女のサーヴァントと聞いている。学院から離れて暮らすのも、気が進まないだろうからね」

 そこにはレナの姿があった。

 アナヒレクス家の御息女と言われて、レナの肩がぴくんと震える。

 一見すれば、どこも悪くないように思える。

 今までの生活が実は規則違反だったから、そこでちゃんと暮らせるように手続きをする。

 ライトハルトが言っているのは、そういった趣旨の内容だ。

 てっきり自分の知識を洗いざらい吐かされるような、尋問や拷問的展開を予想していた昶にとってはなかなかありがたい提案である。

 せっかく手に入れた仲の良い友人や大切な人(レナ)とも、これまで通り一緒にいられる。

 しかしそれを、

『ダメよ、アキラ!』

 レナの念話が遮った。

『ダメって、どこがだめなんだ?』

『よく考えなさい。立場的には、あんたは今あたしの“所有物”みたいな状態にあるの。こういう言い方はアレだけど、ペットとか、そんな感じなの』

『それで?』

『学院の生徒になるってことは、アイナみたいに王家が支援してくれるってこと。アナヒレクス家の所有物から、レイゼルピナ王家の所有物に変わる。つまり…』

『いざという時は、王家の命令によって、戦力として戦闘に参加させられる。君は、本当に聡明な娘だね、レナちゃん。うちのエルザにも、少し見習って欲しいくらいだよ』

「はっ!?」

「ちっ!?」

 レナは、はっとなって、昶は舌打ちしながら前方を見上げた。

 今の声は、間違いなくライトハルトのものだった。

 だが念話に、それも通常とは違う魔力供給の経路を通した念話に割り込みをかけるなど、本当にできるのだろうか。

 その疑念に対しても、ライトハルトは実に紳士的に答えてくれた。

「本来は(マスター)とサーヴァントの間で行われている念話がどのような方法で行われているかを、総合魔法学研究院(アカデミー)がしたものだったんだけどね。その時の経験やその他の研究を踏まえて、念話による会話を全て盗聴できるようにしたのさ。手は出さなくて良い。別に不穏な会話はしていないさ。彼はともかく、彼女はこの国の民だ」

 昶とレナの間で念話が交わされていたと知り、殺気立つ魔法兵達。ライトハルトは、なんでもないといった風に沈める。

 いくら優秀な魔法兵だろうと、昶やソフィアが本気になれば彼等と対等に渡り合えることは知っているはず。

 にも関わらず、ライトハルトは余裕の表情を崩さない。並外れた胆力のお陰が、それとも策があるのか。

「早い話が、俺にレイゼルピナ王国(あんたら)の狗になれって、そういう意味か」

「そうとってくれても、こちらは一向に構わない」

 ドッと、昶の身体から全方位に向けて殺意が放たれた。

 命に別状はないとはいえ、今現在は絶対安静が必要な状態。だが、それでもこちらの意思はしっかりと示しておかねばならない。

「俺は、俺の守りたい者のためにしか戦わない」

「それでもいいさ。その時が来れば、否が応でも君は戦うことになるだろうからね」

 最後にライトハルトは、ふっと小さな笑みを口端に浮かべる。

 まるで、全てが予定通りに進んだ、とでも言ったかのように。

 これで、交渉(●●)は終わったのだろう。

 昶もそれを察して、殺気を解いた。

 ──ったく、実際にドンパチするわけでもねぇのに、体力使わせやがって……。

 集中力の切れたせいで、昶の身体がふっと倒れ込む。

 間一髪ソフィアに支えられたことで、大理石の床に頭をぶつけずに済んだ。

 こんなことで、無駄に怪我を増やしたくもない。

「すいません」

「気にする必要はありません。病人は病人らしく、素直に横になってなさい」

 二人はもう一度、ライトハルトを見上げる。

 それが合図であったかのように、玉座に座す青年は最後の命令を下した。

「要件は済んだ。英雄殿を、お部屋まで丁重に案内して差し上げろ」

「はっ!」

 謁見の間まで案内してくれた魔法兵は大きな声で返事すると、昶とソフィアの前まで来て、来た道を再び歩き始めた。

 昶とソフィア、そしてレナ達が退室したのと同時に、重厚な扉は閉ざされる。

 それにしても、まためんどくさいことになったなぁと思いつつも、昶は学院のことを思い出して無意識に笑みを浮かべるのだった。




 男子寮も女子寮も、基本的な構造は変わらない。あえて違いを挙げるとすれば、左右が対称なことくらい。

 しかし、たったそれだけでもけっこう新鮮な感じがした。

 階段を伝って一階まで降りると、ついつい暗い廊下の奥の方を見てしまう。

「そういえば君、前はあそこにいたんだっけ?」

「おぉ。元が物置部屋だったからさ、窓はないわ、鍵ないわ、風は入ってくるわ、ほこりっぽいわ、じめじめするわで、なかなか素晴らしい住環境だったぞ。まあ、プライベートは保証されてたから、そういう意味じゃ快適だったけど」

「床抜けて改装中って聞いてたけど、もう直ったのかな?」

「どうだろ。まだ街道があんなだから、飛竜の申請が大変って言ってたけど」

 だが、もうあの部屋を使うこともないだろう。

 なにせ昶は、本当にレイゼルピナ魔法学院の生徒になってしまったのだから。アイナと同じ、王都の奨学制度である。

 これによって、自分の部屋が与えられ、朝晩と二回の食事にもありつけることができるのだ。

 もう、確率二分の一ロシアンルーレットな食事に付き合わなくていいと思うと、涙までにじんでくる。ああ、涙で前が見えない。

「ぼくなら、一日でギブアップする自信があるよ」

「ほこりっぽささえなくなりゃ、かなり過ごしやすいんだけどな。毛布はすごくいいやつだったから、あったかかったし」

 しかし、この奨学制度によって、昶は王家に首輪を付けられたようなもの。

 今まで憶測でしかなかった昶の力が、エザリアとの戦いでどれだけ並外れているか証明されてしまったのだから、それも仕方のないことである。

 レイゼルピナの魔法技術レベルから見れば、昶達の戦いは次元の違う戦いであっただろう。それを使わない手はない。

 もっとも、昶の方も素直に従うつもりはない。適当な言い訳を作ったり、最悪どこかに逃げ込んででも、戦いに行くのは避けるつもりだ。

 従うとすれば、それは学院の友人達に危害が及ぶ時のみ。それ以外で呼ばれても、全力で抵抗してやる。

 そのためにも、今は一刻も早く体調を整えなければならない。

「どうしたんだい? まさか、女子寮が懐かしいとか、そんなうらや、けしからんことでも考えてるんじゃないだろうね?」

「ちげーよ」

 寮の外に出た時、つい女子寮のある方を見てしまったのを、目ざとく見つけられてしまったようだ。

 でも確かに、懐かしいという気持ちはあったかもしれない。

 シェリー、リンネ、アイナと、部屋にいつもの面子(めんつ)が集まってワイワイ騒いだこともあれば、そのままお泊まり会になってドギマギして眠れなかったこともあったり。あの時は、大慌てで窓から脱出して物置部屋に退散したものだ。

 そういえば、正式に生徒になってしまったのだから、もうレナの部屋には行けなくなるのだろうか。

 それはそれで、ちょっとだけ寂しかったりするのだが、もちろんミシェルに聞くわけにもいかない。

 ──あとで、レナに聞いてみるかな。

「はぁぁ、腹減った」

「食堂までもうちょっとだ。リハビリだと思って、ちゃんと歩くことだね。荷物くらいは、持ってやるから」

 昶はお言葉に甘えて、ミシェルに荷物を渡す。

 つい先日までベッドでずっと横になっていたせいで、まだ足腰に力が入らない。バランス感覚まで狂ってしまったような気がする。

 ミシェルに言われたからではなく、リハビリのことも真剣に考えなければならなそうだ。

 向こうの思惑がどうであろうと、こちらは初めての学院園生活を楽しむまでだ。

 昶は難しいことを考えるのをすっぽりやめて、朝食のメニューについて想像を膨らませた。

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