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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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第一話 新たな門出 Act01:傷付いた陰陽師

 未曾有の大事件に襲われたレイゼルピナであるが、反乱勢力が思いのほか小さかったせいもあって年が明けるまでには終息した。エザリアとの戦いで、これまででもっとも深い傷を負った昶であったが、持ち前の回復力のおかげでなんとか日常生活を送れるまでに回復する。期待と不安がい入り混じった新しい生活に、気を引き締める昶であるのだが。

 ペルテシア歴一七九〇年。レイゼルピナ王国軍内部の内乱から、約三週間の時が過ぎた。

 昨年までは例年と比べて異様なほど高かかった気温も、内陸部から到来した寒気によっていつも通りに戻っていた。

 本日もしとしとと雪が降り、学院の全てが白一色に彩られる。

 時折太陽は見え隠れするもののその時間は短く、積もった雪が溶けだすようなことはない。

 ただし、内陸部から訪れる寒気は乾燥しているために、積雪量自体は大したことはなかったりする。一週間以上振り続けているものの、せいぜい十センチかそこらである。

「ん~。なんか、変な感じがするな、これ」

「そんなことはないさ、よく似合っているよ。それより君、身体の方はもう大丈夫なのかい?」

 そんな銀世界を望む部屋の中で、二人の少年が楽しげに話していた。

 片方は手入れのされていないぼさぼさの黒髪をした、黒い瞳に眠たげな色を浮かべる少年。

 もう片方は、ウェーブのかかった金髪にブラウンの瞳を湛え、苦笑を浮かべる少年だ。

「ぼちぼち、っていったところかな。ソフィアさんからは、一ヶ月半は痛みが抜けないだろうから無理するなって言われたし。しばらくは自重するよ」

「その方がよさそうだね。でもしかし、本当に驚いたよ。まさか君が、ぼくらのクラスメイトになるなんてね。アキラ(●●●)

「こっちだってそうだよ、ミシェル」

 二人は互いの顔を見あいながら、また苦笑する。

 出会った時には、まさかこんな日が来ようとは思いもしなかった。

 まったく、波乱万丈な人生である。どちらかといえば、波乱万丈なのは黒髪の少年に限ったことであるかもしれないが。

「ところでさ、このマントって、やっぱりしなきゃダメなのか? 腕動かしたりするのに、すんげぇ邪魔そうなんだけど」

「それも含めて制服なんだから、その辺は我慢してもらわないとダメかな。大丈夫、きっと似合うから」

 アキラと呼ばれた黒髪の少年は文句をぶつぶつたれながらも、こげ茶色のマントをはおった。最低限の対魔法防御能力を備えた制服であるが、初めて着る人間としてはあまり信用できない。

 せいぜい、ないだけマシ、といったところであろう。

 これならば、自前の術で障壁を張った方が確実だ。

「それじゃ、行こうか」

「つっても、字も読めねぇってのに、どうしろってんだかな、俺も……」

 嫌々ながらマントをはおった黒髪の少年は、最後に腰に日本の武器を差し込む。

 漆塗りの黒、まばゆい銀。緩やかな弧を描く特徴的な二本の剣を。

 準備を終えた二人は、温かい部屋から寒気の漂う廊下へと出る。

 黒髪の少年を(あきら)、金髪の少年をミシェルという。




 一部の王国軍が起こした反乱が収束してから一週間後、ようやく昶はベッドから起き上がれるまでに回復した。

 原因は、長時間にわたる限界を超えた戦闘、その反動である。

 もっとも、相手が相手だっただけに、命があっただけでも儲け物。撃退までできたのだから大金星と言っても過言でない。その上暴走までしていたという話であるし、本当に運が良かった。

 ソフィアから話を聞いた時は、背筋が凍る思いがした。いや、今でも思いだすだけで、身体が震えだすほどである。

 エザリア=シュバルツ=ミズーリー、その恐ろしい経歴を。

 第一次世界大戦には、連合国の一員として参戦。通常の指揮系統からは独立した魔術戦力、フランスの特別戦技教導隊──シオン修道会──を率いて、激戦区で何度も勝利を重ねたという。

 戦後はその破格の才能と戦歴を買われて、教皇庁の戦闘集団──禁書目録(インデックス)へと加入。現在ではそのトップである十二使徒の座にあるのだとかなんとか。

 そして、保有する承認ランクは特S。

 一言でいえば、たった一人で大都市に壊滅的な被害を与えることができるほどの術者だ。

 承認ランク特Sに相当する術者は全世界で十人とおらず、時に核弾頭よりも危険な存在といわれるほど。

 かいつまんで言えば、ソフィアから聞いたのはそんな感じの話であった。

 シオン修道会、禁書目録、十二使徒、承認ランク特S──どれも歴史上で、あるいは噂話の中でしか聞いたことのない単語だ。

 しかし、ソフィアの話は違った。教科書や噂話にはあり得ない、ある種の重さのようなものがあったのである。

 それを知っているソフィアの方も、昶としては気になるところではあるのだが。

 ──ネームレスっていったっけ。聞いたことない組織だな……。

 有名どころの組織については、ある程度の名前は知っている。

 少なくとも、その中のにはネームレスという名前は存在しない。ならば、考えられるのは比較的新しい組織ということになる。

 そうだとしても、特S級と互角に渡り合える者のいる組織なら、それなりに有名になっていてもおかしくない気はするのだが…………。

「まあ、次来た時に聞いてみりゃいいか」

 知らないことは、いくら考えても仕方がない。結局それは、単なる妄想の延長でしかないのだ。

 昶はぐるぐる回る思考のループをやめ、ふと窓の外を見た。

 視界には、無茶苦茶になった城の庭やぼろぼろになった城壁が映る。

 あのうちのどれくらいのものが、自分の手による物なのだろうか。損害賠償なんてもちろんできないので、自分から言ったりはしないが。

 戦闘直後こそ混乱の極みにあった王城であったが、被害が予想以上に小さかった事もあり数日で終息した。石化されていた兵士達も二、三日後には元に戻ったのだから、正直言って王城の人的被害はかなり少ないと言っていいだろう。

 二日前からはネーナ達の証言もあって個室まで与えてもらったので、昶も静かな時間を過ごすことができている。

 いや、厳密にいえば、完全に静かというわけでもない。なにせ、顔馴染みの人間が二人ほど、毎日のように訪れているのだから。

 昶はベッドから立ち上がると、近場の机に置いてあるボトルからコップに水を注ぎ、一気にあおった。

 まだ身体を動かすことに多少の違和感を覚えるが、それもじき元通りに戻るだろう。

 水を飲み終え再びベッドまで移動し、その縁に腰掛ける。

 たったそれだけの──運動ともいえない行動だが、ちょっとした疲労感がずぅぅんと両肩にのしかかってきた。

 これでは、まともに身体が動かせるようになるまで、いったいどれだけの時間がかかるのやら。ソフィアの話では、一ヶ月半は痛みや疲労は抜けないということであるが。

「やっぱ、練習してねぇと落ちつかねぇのかな……」

 異世界(こっち側)に来る前はサボりがちだったとは言っても、一週間以上サボった経験はない。それに異世界(こっち側)に来てからは、体調が悪い日以外は毎日練習に励んでいる。

 確かに、練習をしていないから、身体を動かしていないからというのも、その理由の一つだろう。

 しかし、それが一番の理由ではない。

 ──なに言ってんだか。いざという時に、なにもできないのが怖いだけだっての。

 口には出さない。出してしまえば、立ち直れなくなる気がするから。

 あの時の自分には、間違いなく慢心があった。

 今までも大丈夫だったのだから、今回もきっと大丈夫だ。なんて、そんな甘い幻想を。

 そうすれば、もっとうまく立ち回れたかもしれない。

 暴走しなくても、どうにかなったかもしれない。

 レナに、怖い思いをさせずに済んだかもしれない。

「……………………レナ」

 暴走中であったとはいえ、レナに手を上げてしまった。そのことが、ずっと気がかりなのだ。

 あれから毎日レナとは顔を合わせているが、全くそのことに触れようとしない。

 向こうも気を使ってくれているのだろうが、気を使ってくれるだけ辛くなる。もっと責めてくれた方が、どれだけ楽か。

 レナに手を上げてしまった時は、昶の意識は完全に別の誰かに乗っ取られていた。自分の記憶は曖昧だが、昶はレナやネーナからそう聞いている。

 だが例えそうだとしても、到底受け入れられるものではない。

 今の今まで、あれだけ必死になって守ろうとした、初めてできた友達なのに。

 その友達の中でも、特別に大切な人のはずなのに。

 死に物狂いで戦って戦って、守ってきた女の子に、自分は手を上げてしまった。

 いくら意識がなかったとはいえ、昶はそんな自分が許せないのである。

 と、昶が暗い思考に陥っていた時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「はい!」

 返事をすると同時に、反射的に扉の向こう側の気配を探る。

 それは、よく見知った魔力の持ち主であった。

「あの~、失礼します」

「おぅ。おはよ、アイナ」

 アイナと呼ばれた黒髪のショートヘアをした少女は、扉を閉めるとぺこりとお辞儀した。

 頭を上げると、ベッドの近くまで歩み寄りながら部屋の中を黒い瞳できょろきょろと見回す。

 前に会ったのが目を覚ました時の一回だから、けっこう久しぶりな感じがする。

「二日前に、移してもらったんだ。ネーナさんっていって、近衛(ユニコーン)隊のけっこう偉い人が、かけあってくれたみたいで。けっこう広いだろ」

「はぃ。学院の寮でもけっこう驚きましたけど、この部屋もっと広いですねぇ」

「広すぎてちょっと落ち着かない感じだけど、でもかなり静かになったよ」

「ですねぇ。大部屋の方は、かなり騒々しかったですから。あ、差し入れ持ってきましたよ」

 アイナはイスをベッドの近くまで移動させて座ると、スカートのポケットからミカンを二つ取り出す。

 割と小ぶりな種類なようで、握ってしまえば実がまるまる隠れてしまうほどの大きさである。

 柑橘類特有の酸味のきいた香りが、ほのかに漂う。

「ありが……あ」

 が、受け取ってから気付いた。

 昶の左腕はソフィアの浄化処置の最中で、包帯でぐるぐる巻きの状態なのだ。こちらも覚えはないが、ソフィアの話によれば物質化した邪気によって覆われていたそうだ。

 その影響もあってか、少し動かすだけでも激痛が走る。

「ふふふ、大丈夫ですよ。貸してください。皮、むきますから」

 アイナははにかみながら昶の手からミカンを取ると、自分の分はスカートに置いて皮をむき始めた。

「悪いな」

「いえいえ、これくらい」

 にしても、やたらニヤニヤしているように見えるのは、昶の気のせいだろうか。

 ミカンを取られてから、嫌な予感が漂っているのであるが。

「むけましたよ、アキラさん。はい、あ~んしてください」

 アイナはなんとも幸せそうな満面の笑みで、ミカンを一房差し出してきた。

「いや、恥ずかしいからいいって。自分で…」

「あ~ん」

「あの、ですか…」

「あ~ん……」

 今にも泣き出しそうな目で、上目使いに見てくるアイナ。あらぬ罪悪感が、昶の中で一方的に膨れ上がっていく。

 このまま拒否し続けてもミカンは食べられず、しかもアイナが泣いちゃう可能性も絶対にないとはいえない。

「あ、あーん」

「はぃ、あ~ん!」

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのを我慢して、昶は小さく口を開けた。

 それを見たアイナは再び満面の笑みで、ミカンを一房昶の口に運ぶ。

 ぷにぷにとした柔らかそうな指に挟まれたミカンの実が、昶の唇に触れた。

「えへへへ、一回やってみたかったんですよ、これ。はい、あ~ん」

「あーん」

 二房、三房とミカンの実が昶の口の中へと消えてゆくごとに、昶の恥ずかしさレベルもどんどん上がっていく。

 入院中である自分が、なんでこんな恥ずかしい目に遭わなければならないのだろうか。

 お見舞いに来てくれるのは嬉しいし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのもありがたいと思っている。

 しかし、女の子に手ずから食べ物を食べさせてもらうというのは、昶にはいささか以上にハイレベルすぎたのであった。

「ん……?」

 と、不意にミカンとは違う感触が唇に広がり……、

「いやん……ぽっ」

「ッ!?」

 昶は思わず、口を開いて後退る。

「もぅ~、アキラさんってばぁ~」

「って、自分で『ぽっ』とか言うな!」

 目の前には、恍惚とした表情を浮かべるアイナの姿があった。しかも、その表情がやたらとエロくて刺激が強い。

 その指先──親指と人差し指──は、確かに唾液のような粘液でてらてらと光っている。

 しばらくの間、濡れた指先を見つめていたアイナは、

「あむ」

 その指でミカンの実を一房つまみ、自分の口の中へと運んだ。昶の口に入った指ごと。

「お、おま、おま……!?」

「つ、ついやっちゃいました。てへ」

「なな、なんで!? 人の口に入れた手で!?」

「それが、私の気持ちだからですよ」

 頬を朱に染めながら、アイナは熱っぽい視線を昶へと注ぐ。

 今なら、いつも邪魔するレナもいない。

 ここ最近、昶とレナの仲は大きく進展している。本人達は意識していないかもしれないが、昶をいつも見ているアイナにはそれがわかった。

 グレシャス家で過ごしたのもわずかな時間のはずだが、冬休み前と比べても二人の仲は急接近している。

 引き離されていた分を、取り戻せる内に取り戻さねばならない。

「私、アキラさんになら」

 イスから立ち、ベッドに手と膝をついて昶へと詰め寄る。

 それでもまだ後退する昶に、アイナは四つん這いの姿勢のままにじり寄った。

 あまりの恥ずかしさで頭と心が沸騰しちゃいそうだが、レナにだけは絶対に負けたくない。

 そんな強い思いで、とうとう昶をベッドの一番端まで追い詰める。

「……なにを…………されても」

 ──いっちゃう? 私いっちゃう!? このままやっちゃっていいの!?

 なにせ、今の昶は身体を動かすのすら辛い状態。

 このまま強引に詰め寄れば、

 ──キキキッ、キスできる、かも…………。

 息が苦しいほど、胸がキュンキュンってなっている。火傷しちゃうかもしれないくらい、顔も火照っている。

 すっごく熱くて、すっごく苦しいのに、でも不思議とうれしい気持ちがどんどん湧き上がってくる。

 アイナは意を決して、身体を前へと傾けた。

 昶の顔が大きくなるにつれて、胸の高鳴りもどんどん大きなものになっていく。

 胸が締め付けられるように痛くて、顔どころか全身が熱くて疼いてきて、頭もぼーっ真っ白になって、なにも考えられなくなって。

 アイナがなにをしようとしているのかわかって、薄い赤に染まっていた昶の頬も一気に濃くなる。

 なおも遠ざかろうとする昶の肩をつかみ、アイナはゆっくりと顔を近づけていく。

 視界は互いの顔しか映らず、相手の息が鼻腔へとなだれ込んできた。

 あと少しで、昶の唇まで、届……。




 ──コンコン。




 不意に響いたノックの音に、アイナは慌てて身を遠ざけた。

「アキラ、調子はどう?」

「アッキラ~、今日もお見舞いに来てあげたわよ。ありがたく私に感謝しなさ……って、アイナも来てたんだ」

 そろそろと開かれた扉から、心配そうな表情を浮かべる、癖っ毛の目立つオレンジの髪とエメラルドのような瞳をした少女と、さっぱりとした笑顔のまぶしい、赤紫のポニーテールと青い瞳の少女が入ってきた。

 癖っ毛の少女の名はレナ、ポニーテールの少女の名をシェリーという。

 目が覚めて以来、毎日お見舞いに来てくれる二人だ。

「レレ、レナさんに、シェリーさん、こここ、こんにちは」

 両手をわたわたさせるアイナに、レナとシェリーは、はてと首をかしげる。

「た、助かったぁ……」

 アイナに聞こえないように、昶はぼそりとつぶやいた。

 今のはかなり危なかった。

 レナやシェリーの到着があと十秒でも遅れていれば…………。

 その先を想像して、昶は再び頬が熱くなる。

 今もまだ胸のドキドキは収まっておらず、頭の中では上気した色っぽいアイナの姿が映し出されていた。

「アキラ、本当に大丈夫なの? 顔すごく赤いし、熱でもあるんじゃない?」

「大丈夫! なんでもないから! 本当になんでもないから!」

 大きな声で否定するのだが、レナはそれを聞かずベッドの縁までやって来て身を乗り出す。

 そして赤くなった昶の額に、小さな自分の手をあてがった。

 アイナの指とはまた違う、柔らかくて少し冷たい感触が広がった。

 その感触と大きく映し出されるレナの顔、それに心地よいレナの香りがして余計に顔が熱くなる。

「やっぱり、熱あるんじゃない? 辛かったら、先生呼ぶけど」

「本当に大丈夫。たぶんそれ、左腕のせいだから」

 苦し紛れの言い訳のつもりだったが、途端にレナの表情に暗い影が落ちた。

 彼女が気まずげに視線を向けているのは、包帯でぐるぐる巻きになった左腕だ。

 レナの脳裏に、その時の情景が浮かび上がる。

 同じ顔、同じ声をしているのに、全く違う誰かの姿が。

 それを感じ取った昶は深呼吸して自分を落ち着かせると、優しい声音でレナに話しかけた。

「気にすんなって。こうして無事でいるんだから、それでいいだろ」

 無意識の内に伸びた右手が、少し乱暴にレナの頭を撫でる。

 現実に引き戻されたレナは、やめなさいよ、と言いながらその手を払った。

 するとそこに、また新しい客人が現れた。

 いや、客人という表現では、少し語弊があるかもしれない。

「今日も楽しそうね、貴方のハーレム」

 ソフィア=マーガロイド。黒を基調としたゴシックロリータのドレスに細工の施された眼帯という、昶とは別方向で超絶目立つ格好をした少女。

 それもそのはず、彼女も昶同様に、地球からこの地へ召喚された魔術師なのだから。

 服や装飾品の意匠が、細部までレイゼルピナの物と異なるのはそのせいだ。

「ハッ、ハハ、ハーレムって……。全然そんなんじゃないわよ!」

「そうです。アキラさんを好きなのは、私だけですから。レナさんはそんなんじゃないので、ハーレムじゃありません!」

「ア、アイナッ!? あんたそれどういう……!!」

「言葉のままの意味ですが? な~に~か~?」

 ソフィアの一言から、昶の近くでレナとアイナの口論が始まる。

 学院にいた頃に散々経験したせいで、なんだかちょっと懐かしく感じてしまうのが悲しい昶であった。

「とまぁ、こんな感じなんで、ハーレムはちょっと違うと思いますよ」

「そのようですわね。ハーレムではなく、三角関係だったようです」

「シェリー!」

「シェリーさん!」

 勝手に話を進めるシェリーとソフィアに、レナとアイナはそろって突っ込みを入れる。

 本当に、仲がいいのやら悪いのやら。こういうところは、息ぴったりだ。

「左腕の施術を交換したいのですが、今よろしいかしら?」

「はい、お願いします」

 レナとアイナはベッドから少し離れ、入れ替わるようにソフィアはベッドに腰掛ける。

 手際よく左腕の包帯を外すと、その下から真っ黒になった御札が現れた。

「ふぅぅ。だいぶマシになってきましたわね。それにしても、あれだけ汚染されていても回復できるなんて、さすがは“草壁の血”。邪気に対する耐性が並外れてますこと。普通なら、切断もやむを得ない状態だったはずですのに」

「ははははは……。一応、誉め言葉として受け取っておきます」

 ソフィアは御札に触れることなく精霊魔術で焼き尽くすと、新しい御札を数枚、ペタペタと昶の腕に貼っていった。

 それから直接は触れぬよう、慎重に包帯を巻いてゆく。

「大方の邪気は抜けたようですし、貴方の身体の耐性ならば、あとは放っておいても大丈夫そうですわね」

「ありがとございます、ソフィアさん」

「構いません。わたくしが好きで勝手にやっていることですから。それに、貴方を見ているとお姉さま──我等ネームレスの首領を見ているようで、放っておけませんの」

名無し(ネームレス)、ですか」

 まただ。

 ソフィアの口から語られる、ネームレスという組織。

 自らを“名無し”と宣言する組織とは、いったいどんなものなのか。

 昶の中に、久々に興味というものがわき上がってくる。

「ソフィアさん、一つ聞いていいですか?」

「えぇ、どうぞ」

「“ネームレス”っていったい、どんな組織なんですか?」

 昶の質問に、レナ達もソフィアの方を見た。

 それもそうだ。この場の誰もが、ソフィアの事についてほとんど知らない。

 昶と同じ地球から呼び寄せられた人間であること、精霊魔術師であること、ネームレスという組織に所属すること、そんでもって滅茶苦茶強い。

 付け加えるならば、闇隷式典バイブル・オブ・ヘレルに名を連ねる危険極まりない魔術、禍焔術式ヴェルシュタイン・フレアの継承者であること。

 せいぜい、これくらいである。

 今までの経緯から、悪い人でないことだけは確かであるが。

「そうですわねぇ。それについても色々と話して差し上げたいところなのですが……」

 と、ソフィアが言葉を切った途端、扉をノックする音が室内に響いた。

「どうやら、そういう訳にもいかないようですわね」

 扉から現れたのは、まばゆいばかりの白銀の鎧を着込んだ魔法兵。

 レイゼルピナ王国内で最強戦力と謳われる、王室警護隊が一つ──近衛(ユニコーン)隊》の兵士が室内へと入ってきたのだ。

「アキラ殿。王命により、お迎えに参上しました」

 代表して一歩前へと踏み出した魔法兵は、きびきびとした口調でそう言い放ったのだった。

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