to be continued......
昶が目を覚ましたのと同時刻、ヴェルデはレイゼルピナ王国軍の捜査網をかいくぐり、隠れ家へと逃げ込んでいた。
レイゼンレイドから真っ直ぐ南下した国境線沿い、巧妙に偽装された木々の中──その中ひっそりと存在する大きな池に、件の小舟が停泊していた。
池の近くには前回の戦争の際に作られた巨大な防空壕があり、ヴェルデはそこに私財を投入して緊急時の避難所を作っていたのだ。
もっとも、その私財の出所は国の予算を横領したものだったりするのだが。
「くそっ!」
語気を荒げ、ダイヤモンドを先端に頂く発動体で机を叩き割る。
向かっ腹が収まる気配は、一向にない。
完璧な計画のはずだったのだ。失敗の余地など微塵もない。
以前の学院襲撃時の報告書で見た、エザリアの“インドラの矢”を思えば、首都の防衛力を以てしても抗うことなど到底不可能だ。
もっとも、あれを使われては首都そのものが地図上から消え去ってしまうが。
それでも、やはりエザリアの力量は常軌を逸していた。
事実、エザリアは城の兵士の大半を石化し、またたくまに城内の防備を無力化していたのだから。
国の中央部から出た国境線付近への援軍も、それを含めた各部隊の足止めも、順調であった。
だが、それも首都を陥落させねば意味はない。
時間の経過と共に数と質で劣る反乱部隊は制圧されていき、人工精霊を駆使していたラズベリエも、夜明けから数時間後には完全制圧されてしまった。
「まったく、忌々しい。魔術師共め、貴様等のせいで余の計画は台無しではないか」
直接顔を合わせた者はごく限られるが、自分が首謀者とバレるのも時間の問題だろう。
こんなことをしでかした身ではあるが、レイゼルピナの兵士達は優秀だ。
他国よりも少ない兵力で、対等以上の力を保持しているのもさることながら、犯罪捜査の能力も高い。
事実、フィラルダの前市長がひた隠しにしてきた事柄を、たった数日の内に調べ上げてしまったほどである。
もっとも、当の本人が死んでしまった後であったが。
「やァ、依頼人。なンだか、荒れテるみたイだね」
「ふん。貴様か。それより、“ユリア”を呼べ。バルトシュタインに亡命する手筈はどうなっているのだ?」
矢継ぎ早に言葉を飛ばすヴェルデに、“ツーマ”は肩を竦めて見せる。
その仕草が、苛立ちの募っていたヴェルデの逆鱗に触れた。
「なにが可笑しい!」
衝動で手に持つ発動体を、“ツーマ”に向かって投げつけた。
当たれば頭蓋骨が陥没してもおかしくはない。
しかし“ツーマ”はその発動体を、なんともなしにキャッチした。
ヴェルデは怒りをなんとか鎮めると、冷静な態度を取り繕って“ツーマ”に背を向けて話しを再開する。
ここで苛立っても仕方がない。
失敗してしまったものはそこで割り切って、次の行動に移さねば。
「別に、可笑シいとかじャなくテね。ちョッとしたお知らせヲ、伝えにきたんだョ」
「言ってみろ」
相変わらず、いちいち勘に触るしゃべり方をする。
本人にその気はないのだろうが、なんとなく小馬鹿にしているような気がしてならないのだ。
その苛立ちを努めて声に出さぬよう気を払いながら、ヴェルデはその時を待つ。
「『契約は終了。不滅の神聖は直ちに撤退を開始せよ』だってさ」
「なっ!? どういうことだ! 期日はまだ残っているではないか!!」
突然の告白に、さしものヴェルデも思考が追い付かなかった。
首都の占拠が失敗した場合の逃亡計画も、事前に打ち合わせていたはずである。
「いや、モう“欲しいもの”は手には入ッたから、どうデもいいんだッてさ」
そう言って“ツーマ”は、ローブの内側からなにかを取り出す。
多重の透明な立方体のケースで覆われたそれは、黄金色に輝く宝石だ。
神々しさを放ちながらも、同時に危険な色香も放っている。
一見すると、ただの宝石にしか見えないだろう。
だが、それがただの宝石であるはずがない。
透明なケースには全ての面を埋め尽くすように、魔法陣が刻まれているのだから。
難解極まる魔法陣の意味を読み解く能力など、ヴェルデにはない。
魔法など嗜み程度にしか学んでこなかったせいもあるが、それを踏まえた上でもこの魔法陣が難解すぎるのである。
このような代物を作れるような人物など、国中を探しても一人しかいないだろう。
「これが『オズワルトに封印された“パピルス文書”』らしいネ。計画ガ成功した時にくれるッて言ッてたみたいだけど、モう手には入ッちゃったし……」
背中に感じる視線の種類が、変わったような気がした。
少なくとも、無邪気にニヤニヤ笑っている様子はない。
笑い声の中には、明確な殺意が含まれている。
「だかラ、モう用済みナんだッてさ」
振り返る時間さえ与えられず、ヴェルデの頭が飛んだ。
いつも無邪気な笑みを浮かべている“ツーマ”の顔が、笑っていない。
上下が逆さまとなった視界の中、ヴェルデは見た。
魔力を物質化して作った剣を握る、“ツーマ”、殺戮者の姿を。
“ツーマ”は強烈な嫌悪感を剥き出しにして、ヴェルデだった肉塊を見下している。
噴水の如く飛び出す鮮血を全身に浴びながら、“ツーマ”は魔力を練って黒雷を生み出した。
「これデ、ちョッとはすッきりしたかナ」
浴びた血がたちまち炭化され、ぽろぽろと剥がれ落ちる。
そうして血の噴水が収まったところで、黒衣をまとった“ユリア”が現れた。
始めに黒雷を気まずげに消失させる“ツーマ”が目に入り、続いて頭部を失ったまま倒れる人間が目に入る。
服装から考えて、ヴェルデしかいない。
つい先ほどまで自分達が付き従っていた、元老院の議長しか。
「彼にはもう少し、国軍の詳細についてたずねようと思っていたのだけれど?」
「それにツいての資料も、ちャんと確保しテあるんでしョ。なら、別にどォでもいいじャん」
「はぁぁ……。パピルス文書を手に入れたのは“ツーマ”ですし、今回だけは大目に見ましょう。しかし」
「『次はない』んでしョ? ま、“ユリア”の言うことなら、いいョ。今度かラ、勝手な行動はシない」
と、“ツーマ”はにっこりと微笑んでみせる。
「議長の舟で戻ります。操縦は、お願いしていいかしら」
「ウん!」
黄金色に輝くパピルス文書をしまいながら、“ツーマ”と“ユリア”はヴェルデの隠れ家を後にした。
時間を少しさかのぼる。
昶が正気を取り戻して、レナ共々ぐっすりと眠りに落ちたその時、壊れかけの城壁に二つの人影があったのだ。
風精霊による光学迷彩と、魔力を遮断する効果のある外套のお陰で、勘の鋭い昶やソフィアといった地球の魔術師からも見つからずに済んでいる。
「アマネ、どうだった。今の」
男の声が、城壁上の一角で小さく反響する。
まるで肉食獣を連想するような、雄々しさと荒さを感じる声だ。
そしてその声に応えるように、淑やかで秘めやかな女の声が響く。
「はい、スメロギ様の読み通りです。あれは間違いなく、ミナギの真言に、クサジシの雷刃、その原型と思われる技です」
「ついに、俺にも運が向いて来たってことかな。って、二人ん時はマサムネでいいって言ってんだろうが」
「も、申し訳ございません。しかし、その……」
「あーもういい。それよりもアマネ、準備だ。魔術師連中と正面からやり合うのは、いくらなんでも分が悪いからな」
「わかりました」
「絶対手に入れてやるぜ、“源流使い”なら、あの文献の謎が解けるかもしれねぇからな」
短い言葉を交わすと、二つの人影は闇の中消えるように飛んで行った。
はじめての方、はじめまして。久しぶりの方、お久しぶりです。自称どっさり投稿魔の蒼崎れいです。毎度のことながら、えらい時間がかかってしまいました。
サブタイトルからお察しの方もおいでと思います。そうです、ついに十四話・アシズ篇並びに、第一章の完結となります。ドンドンドン、パフーパフーパフー。長かった、すごく長かった。十二話から十四話にかけて一つの話となってるので、今までと比べても話が非常に長く、しかもシェリーやネーナの裏切られるシーンや、いつまでも終わらないことへの疲労から、軽く鬱状態に陥っていました。
また昶がエザリアに一方的にぼこられたり、レナが昶の中の百鬼に精神汚染を受けたり、ダークなお話が続いて本当に精神的にきつかったです。あまりきつかったんで、二年ほど買ったままプレイしてなかった BALDR SKY DIVE1 と DIVE2 をずっとプレイしてました。GOOD END 以外はきつめの話が多かったですが、新しい刺激も受けられたし、なによりいい気分転換になって本当によかったです。私もあんなシナリオ書けるようになりたいですね。絶望の中にある一握の希望をつかみ取る、みたいなやつ。あ、そういえば、BALDR SKY ZERO 発売延期になったんだった。楽しみにしてただけに残念ですが、まあお楽しみは取っておくということで。
そんなわけで、今後の予定について。まず、第二章の細かな構想を練りたいのと、前々から書こうと思って設定やら展開を詰めてた読み切りネタを書こうと思います。フォーマットも『マグス・マグヌス』や『朱音の悪鬼調伏譚』と違い、一部の字数を短めにしたり、一人称に挑戦してみたり、色々してみたいと思います。ちなみに、昨今大流行してるVRMMO物です。そちらをいくらかやって、二章の構想がもう少し煮詰まったら、次話の投稿を開始したいと思います。
そして、現在も目次下にある人気投票は、三月末で受付を終了したいと思います。現在の投票数は二三票と、思っていたより票が入ってきてびっくりしてます。せいぜい、二〇行かないくらいと思っていたので。公表は四月の頭で、本作品内で公表したいと思ってます。
最後に、本作を読んでくださった皆様に最上の感謝を。それでは、また次話でお会いしましょう。