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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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アシズ篇 Finale

 ──ここは、どこなんだ?

 昶の身体は、どことも知れぬ場所を漂っていた。

 周囲の状況に目をやれば、球形をしたものの内側にいることだけはわかる。

 壁の色は、透明感のある深紅。

 単純に“美しい”という思いが、自然と生まれてきた。

 力強くも繊細な赤の光は、優しく昶の身体を包み込む。

 ──やれやれ。まさか、こんな場所まで来ちゃう人がいるなんてな。

「誰だ!?」

 滞っていた思考が一瞬にして加速し、警戒レベルを一気に引き上げた。

 目を凝らし、耳を尖らせ、相手の出方をうかがう。

 ──そんなに警戒しなくていい。別に僕は、君に危害を加えようと思っているわけじゃないから。

 声の主が言うように、確かに敵意のようなものは感じない。

 どちらかと言えば、友好的な雰囲気を漂わせている。

 しかし、それを鵜呑みにするわけにもいかないだろう。

「そう言われて、素直に『はい、そうですか』って言うヤツがいると思うか?」

 ──いいや、もしも僕が君の立場なら、同じことを思っただろうね。だから、君は聞いているだけでいい。こちらが勝手にしゃべらせてもらうから。

 なんとなく、相手はにっこりと笑っているような気がする。

 それにしても、飄々としていて、つかみどころのない相手だ。

 いくらこっちが気を張っていても、まるでどこ吹く風のよう。

 これでは、気張る意味もないというものだ。

 ──まず始めに、礼を言っておくよ。ありがとう。

「『ありがとう』って、俺なんかしましたっけ?」

 もっとも、悪い気はしていない。

 声の雰囲気は友好的だし、なにより今の言葉には強い感謝の念が込められていた。

 まるで、念話にも似たような感覚である。

 思考で会話する念話とは、ようは互いの“思い”を交換し合うゆえに、隠し事が難しいのだ。

 ──あぁ。君に出逢ってから、彼女はあまり寂しい顔をしなくなったからね。

「はぁ……そうなんですか」

 ──そうなんだよ。

 なんだか、ちょっぴりくすぐったい。

 普段そんな言葉をかけられることがないからだろうが、妙に照れくさい。

 ──これからも彼女のこと、よろしく頼んだよ。

「いや、そんなこと頼まれても……」

 ──なぁに、君ならできるさ。もっと胸を張りたまえ。

 そんなことを言われても、少し困ってしまう。

 戦う力しか持たない自分が、いったいレナになにをしてやれるというのか。

 頭がよくて勉強もできて、厳しくとも周囲への気配りもできて。

 そんなレナに自分がしてやれることと言えば、レナの傍にいてやることくらいで…………。

 ──それでいい。

「へ?」

 言葉の意味がわからず、昶はきょとんとしてしまう。

 そんな昶を見ていたのか、友好的な声はもう一度言ってくれた。

 ──それでいいんだよ。ずっと、彼女の隣にいてやってくれ。

 優しくも、どこか哀愁を感じられる。

 ──それができなかったからね。僕は。

 悲しさ、悔しさ、そして強い自責の念。

 この人、もしかして昔レナの近くにいた人なのだろうか。

 それも、今の自分達のような、すごく近くに。

 昶がそのような疑念を抱いた時、友好的な声が遠くに聞こえ始めた。

 ──ふぅぅ、どうやら、お別れの時間らしい。久しぶりに誰かと話ができて、よかったよ。

 だが、その前に聞いておきたいことがある。

 男の本能のようなものが、昶の心を突き動かした。

「教えてくれ、あんた、レナとはどういう関係なんだ!」

 ──僕かい? 僕はねぇ……。

 聞き終える前に、昶の意識は急速に白く塗り潰されてゆく。

 そうか、これは夢なのか。

 なんとなく、眠りから覚める時の感覚に似ていた。

 消えてゆく夢の内容に反比例して、現実の肉体が覚醒してゆくのを感じる。




 ──ふむ、あの力の根源は、太紅秘玉(たいこうひぎょく)であったか。先に此方(こちら)を押さえておくべきだったな。




「ん……。あぁ…………」

 夢の最後に、嫌な声を聞いたような気がする。

 だが、夢は夢だ。

 起きたばかりであるが、内容はさっぱり思い出せない。

 周囲の様子を見ようと首を動かそうと思ったのだが、途端に劇痛前の鈍い痛みが走ったので目だけを動かす。

 四角いカーテンで仕切られた、部屋の一角。

 決してふかふかとは言えないベッドで寝かされていた。

 カーテンの向こう側からは、喧騒と慌ただしい足音が聞こえてきた。

 苦痛を訴える者、消毒液や包帯といった道具の名称、疲弊しきった深いため息。

 なぜ自分がこんな場所にいるのか、思い出せない。

「……アキラ?」

 ふと、聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ。

 昶は声のした方へと、目だけを動かした。

「レ………………ナ………………」

 蚊の鳴くような消え入りそうな声が、昶の口から発せられる。

 本当に自分の声なのか疑ってしまうほどに、弱々しい声だ。

「アキラ、よかった……」

 自分を見つめるレナの目は充血し、その周囲は真っ赤に晴れていた。

 今も頬にできている赤い筋に沿って、大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。

「あんた、なかなか目を覚まさないから。あたしぃ、心配してたんだから、ばかぁ」

 今更ながら、右手を包み込む感触に気付いた。

 温かくて、ぷにぷにとしていて、柔らかい。

 右手を包み込むレナの手が、きゅっと強さを増す。

「あんた、全然起きないし。あたし、もしかして、ずっと起きないんじゃ……ないかっ、て」

 ──ずっとって? 俺、そんなずっと寝てたのか? てか、なんでそんなに……。

 魔力供給のルートを通じて、昶は念話で聞いた。

 口を動かし言葉を発することすら、今の昶には厳しいのだ。

 レナは目をごしごしとブラウスの袖でぬぐいながら、ゆっくりと昶に説明してくれた。

「あんた、この三日間、ずっと眠ってたの。エザリアってヤツと戦って、酷い怪我して。一時は、正気も失ってたし」

 ──エザリア……!?

 その名前を聞いたとたん、猛烈な勢いで記憶が噴き出してきた。

 そうだ、どうして忘れていたのだろう。

 自分はエザリアと戦い、覚悟のなさを思い知らされたではないか。

 だが、そこからが上手く思い出せない。

 エザリアの胸を村正で突き刺し、だがそこで反撃を喰らって、それから……。

 撃退したことは辛うじて覚えているのだが、どうやって撃退したのかが思い出せないのである。

 ──そういやさっき、俺が正気じゃなかったって。

「うん。あんた、自分の中の力に、身体を乗っ取られてたの」

 ──なるほど、そういうことか。

 自分の中の力がどんなものなのか、詳しくはないが父親が話してくれたことがある。

 はるか昔、人に害を成す妖怪、化生(けしょう)魑魅魍魎(ちみもうりょう)と呼ばれる存在を退治し、その力の一部を奪っていた。

 今ではその習慣は消えてしまったが、どうも江戸時代の末期から明治時代の初期までは残っていたらしい。

 それのお陰で、自分達は未だにこれだけの力を維持できているのだ、と。

 だが、今回の件から考えれば、それは正確ではなかった、と言うべきだろう。

 力だけを奪っていたのなら、身体を支配するような人格など芽生えないはずだ。

 ──ったく、あのクソ親父。

 つい念話で愚痴ってしまって、レナが顔をしかめる。

 そんな昶の思いが伝わってしまったのだろう。

 レナは自分の見聞きしたことを、少しずつ語り始めた。

「アキラの身体が乗っ取られてた時、言ってたことがあったわ」

 ──…………なにって?

「自分達は、アキラの先祖達に退治された、魑魅魍魎で、死ぬ間際に呪ってやったって」

 ──そりゃあまた、穏やかじゃねぇな。

 彼等の呪いの強さは、人間の比ではない。

 人を一人殺すくらい、造作もないだろう。

 かける相手が魔術師ならば、なかなか難しくはあるが。

「でも、あんた達の一族、その呪いを自分の力に変える術を持ってたみたいで。だからそいつら、すごく悔しがってた。殺してやろうと呪ったはずが、相手にその力を利用されちゃったんだから」

 ──呪詛の念を力にする、か。ろくでもねぇことしてたんだな、俺のご先祖様は。

 しかし、これで納得できたこともある。

 通りで、自分が血の力を好きになれないはずだ。

 草壁の血に宿る力とは、過去に討ち滅ぼしてきた化生の数々。

 それらの呪詛の強さを逆に利用して、自分達は戦ってるのだ。

 自分達を、殺したくて殺したくて仕方のない思いを、自分達の力として。

「アキ…ラ?」

 ふとレナに視線を向けると、妙に怯えた顔をしていた。

 もしかして、知らず知らずの内に怖い顔になっていたのかもしれない。

 ──わりぃ。たぶん、ひでぇ顔してたんだろ、俺。

「うん。すごく、見ていて辛くなるような顔、してて」

「わ…りぃ、な。ほん、と……に」

 少しでも安心させてやりたくて、自分の声で語りかける。

 それから身体を起こそうとしたところで、劇痛が身体を襲った。

「あぐっ!?」

「アキラ!!」

 両手をベッドについて支えたところで、レナが抱きかかえるように背中へと腕を回す。

「……うぅ」

「はっ!?」

 それからようやく気付いた。

 二人の顔の距離が、すぐ近くまで近付いていることに。

 視界いっぱいに、相手の顔が広がる。

 加速する鼓動に反比例して、遅延してゆく思考。

 脳の中を甘い疼きが溢れ返り、相手のことしか考えられなくなる。

「ほんと、心配だったんだから」

「だ、から、悪かっ……た…て、言ってん、だろ」

 起きたての時と比べれば、口は動くようになっていた。

 今まで休みを決め込んでいた感覚器官が、一斉に動き出したような感じがする。

 頬に感じる吐息はくすぐったくて、その上とろけそうなほど甘い。

 シャンプーとレナの香りが混じった空気が、鼻腔をくすぐる。

「…………」

「…………」

 長い沈黙。

 既に周囲の喧騒など耳に入らず、聞こえるのは互いの呼吸音のみ。

 まばたきすらできぬまま、二人の視線は絡まってゆく。

「あの、さ……。一つ、聞いて…いいか?」

「な、なに?」

「よく、覚えて…ない、んだけど」

「……うん」

 粘つく唾液をぐっと飲み込み、昶は口を開いた。

「俺、レナに告白……されたような、気。するん、だけど」

「はぅっ!?」

 既に朱の差していたレナの顔が、より一層赤くなる。

 完熟したリンゴよりも赤く、熔岩よりも熱い。

 額から耳から首までも、赤色一色で染まっていた。

 なまじ元の肌が白いために、その赤色が際立って見える。

 言われてから思い出したレナの脳内で、その時の思いがフラッシュバックした。




 あんたが寂しい時には、あたしが支えてあげるから。

 だから、帰ってきて。

 あたしの、大好きな…………。




 念話の思考に乗せて、確かに叫んでいた。

 昶の名前を。昶への想いを。

 なにせ、自分でも驚いていたくらいなのだ。

 昶を元の世界へ帰す、危ないことはさせない、そんな決意をしていたはずなのに。

 いざとなってみると、出て来たのはそんな責任感ではなく昶への想いで。

 そんなレナを、昶は痛む右手で引き寄せた。

 レナの頭を傷だらけの腕が包み込み、ぽむっと肩の辺りに押し付ける。

「……ありがと。あれが、ないと…たぶん、戻って……これなかった、だろうからな」

「アキラ……」

 顔を上げるレナの背中に、そっと右腕を回す。

 レナがしてくれているように、昶もレナを抱きしめる。

 あんな激しい戦闘があったというのに、幸せな気持ちがこみ上げてくる。

 そして最後、

「レナ」

「アキラ」

 引き寄せられるように、二人は唇を重ねた。

 互いを想って、互いに精一杯の優しさを、愛おしさをぶつける。

 心臓が痛いくらいに鼓動している。

 しかし、それを超える幸福感に、胸が満たされる。

 相手の体温を、存在を感じながら、二人は幾度も唇を重ねて……。




 ガタッ……………………。




 カーテンの向こうから物音がした。

 二人は即座に身体を引き離すと、カーテンの向こう側へと意識を傾ける。

 そして昶の感覚はすぐさま、その正体を教えてくれた。

 よく見知った魔力の反応が、白い布を一枚隔てた向こう側にいる。

「さっさと、でて…こいよ」

 昶は呆れた口調で、向こう側のヤツらに言った。

 すると、

「あの、えっと、ごめん」

「すいません、タイミング的に、入り辛くて」

 まずはシェリーが、続いてアイナが顔を見せ、

「アキラ、見損なったよ。君がそんな男だったなんて。いくら回りに女の子がいっぱいでも、君はぼくの仲間だと思っていたのに」

「兄貴、ひがみならそれくらいにしとけって。まあ、そんだけ元気がありゃ、大丈夫そうだけどな」

 続いてマグヌスト兄弟こと、ミシェルとミゲルが現れる。

 ついでに言えば、セインとカトルの気配もある。

「なぁ、あ、あ、あん、あんた、達…………」

 まるで陸に上がった魚の如く、レナは口をぱくぱくさせたまま固まっている。

 みんなの態度を見るに、まあ、なんだ、つまりはそういうことであろう。

「で、いつ…から、っつぅ……見てたんだ?」

 全員が恥ずかしさに閉口する中、

「私は、アキラが目が覚めて、ちょっとしてかな」

「アキラさんが、起き上がろうとした時です」

「僕は、アキラがレナの頭を抱いたところから」

「同じく」

 シェリーを皮きりに、アイナ、ミシェル、ミゲルの順に答えてゆく。

 と、そこへ

「病人の部屋にそんな集まらない。帰った帰った」

 手足に包帯を巻いたソフィアが現れた。

 鶴の一声と言わんばかりに、集まっていたクラスメート達はそそくさとカーテンに仕切られた一角から退散してゆく。

 予想はしていたが、キスシーンは全部見られてしまったようだ。

 それも全員に。

 昶は恥ずかしさを一旦忘れて、ソフィアの方に向き直った。

「あの、ありがとう、ございます」

「構いませんことよ。それに、病人は休んでおきなさい。あと一週間は絶対安静、痛みの方は、一月半は抜けないでしょうから、くれぐれも無理はしないように。では」

 スカートの裾を摘んで一礼すると、ソフィアは部屋を後にした。

「……誰?」

「ソフィア=マーガロイドさん。精霊魔術師って言ってた。あたし達を助けてくれたの」

「そっか……」

 どうやら、三日寝た程度では疲れは取れなかったらしい。

 先ほど起きたばかりだというのに、またもや睡魔が襲ってきた。

「ちょっと、せめてなんか食べてからにしなさいよ」

「あぁ……次、起きた時で」

 なんとなく、いい夢が見られそうだ。

 レナの困ったような表情を見ながら、昶は再び眠りに落ちた。

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