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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十四話 決戦のレイゼンレイド Act15:夜明け

「そんな……馬鹿な……」

 光学迷彩装置によって空に潜む小舟から、眼下の景色をのぞき見ていた者。

 元老院(アシズ)の議長であるヴェルデは、驚きの余り手にしていたグラスを落としてしまった。

 硝子職人が丹誠込めて作った瀟洒(しょうしゃ)なグラスは見るも無惨に砕け散り、残ったのは空虚さだけ。

「黒衣の連中だけならまだしも、あの化物のような魔術師(エザリア)までけしかけたのだぞ…………」

 ヴェルデもその様子は、しっかりと見ていた。

 対物理・魔法障壁の結界を軽々と薙ぎ払い、城中の兵士や使用人達を石像とし、氷河を生み出し、地面を氷原に変え、巨大なハンマーで近衛(ユニコーン)隊や王族の秘密の護衛官まで軽々と排除したあのエザリアが。

 そこまでは、確かに予定通りに事が進んでいたのだ。

 しかし、そこから想定外の事態が起こったのである。

 当初から危惧していた、昶という少年。

 そしてそのサーヴァント(少年)(マスター)という、アナヒレクスの娘。

 その二人のせいで、今回の計画は潰されてしまったと言っていい。

 魔法の実力は底辺もいいところのアナヒレクスの娘が、なんと黒衣の集団のナンバーツーである“ツーマ”を退けたのである。

 ネーナやミゼルを同時に相手にしても、対等以上に立ち回れるような者をだ。

 そして、生きる天災とでも呼ぶべきエザリアを、昶という少年が打ち破った。

 いや、要因はあともう一つある。

「あの容姿、確かメレティスに行った連中の報告にあった……」

 そう、ソフィア=マーガロイド。

 昶やエザリアとほぼ同時期に、メレティスで保護されたという少女である。

 昶という少年に異常が起きるまでの間、天災(エザリア)をたった一人で足止めしたのは、彼女であった。

 発動体も使わずに術を行使する点からも、間違いないだろう。

 エザリアも昶という少年も、その点では共通している。

「さすがは、域外の異法使い、と言ったところか…………」

 中央の戦力を分散させるためにかけた陽動の戦力も、そろそろ限界を迎えるだろう。

 東のグレシャス領、南西のシュタルトヒルデ、北のフィラルダ、目と鼻の先にあるラズベリエ。

 どういう連絡手段を使っているのか不明だが、先ほどから“ユリア”が各地の情報を報告してくれているのだ。

 グレシャス領は、竜騎士隊の抵抗が予想以上に激しく、また指揮系統にダメージを与える奇襲も失敗。

 また後方から援軍であろうメレティスの艦隊から砲撃を受け、敗走を始めている。

 シュタルトヒルデは、主要戦力が抜けたところをアナヒレクス戦術機動竜隊が上空より、魔法兵達を投下するという荒技で急襲。

 魔法兵達によって、拠点を瞬く間に奪還されてしまったようだ。

 その後到着したアナヒレクス領駐屯軍の本隊により、残存勢力も遠からず完全制圧されるだろう。

 更にアナヒレクス戦術機動竜隊は、シュタルトヒルデを出た艦隊を猛追中。

 それに、シュタルトヒルデを出た艦隊を待ち受けるのは、対艦爆撃能力を備えた竜騎士隊や、強力な砲を有する多数の軍艦である。

 半数以上が携行武器を積んだだけの船では、太刀打ちできない。

 またフィラルダの方は、なんとレイゼルピナ魔法学院の教職員らしい者達が、都市内の勢力を一掃しているというのだから驚きだ。

 たかが魔法を使える教員が、束になった兵士や魔法兵をほとんど一方的に薙ぎ払っているとの報告もあるくらいである。

 改めて、あの学院の異常性が浮き彫りになったわけだ。

 そして中位階層(ミーミル)の人工精霊のお陰で辛うじて戦線を維持しているラズベリエであるが、戦力をこれ以上を集結されれば到底拠点を維持することはできない。

「不本意ではあるが、余の隠れ家に向かってくれ」

 命令を受けて、空に潜む小舟は動き出す。

 ヴェルデが悔しさに舟の縁を杖で殴りつけるのにも構わず、舟はゆっくりとレイゼンレイドを離れ始めた。




 ようやく全身に活力と魔力の戻ってきたソフィアは、むくりと身体を持ち上げた。

 昶に腹を蹴られて、気を失っていたらしい。

 周囲の様子を見回してみると、名も知らぬまま共闘していた二人が、自分に向かって手を振っていた。

「よぉ、お嬢さん。お目覚めかい?」

「えぇ。あの、わたくし、どれくらいの間、失神していたのでしょう」

 ソフィアは頭をふるふると振りながら、思考にかかるもやを追い出す。

「さぁな。オレ達が気付いた時には、もうこの有り様だったしな」

「……うん」

 ネーナの言葉を、ミゼルが静かに首肯する。

 自分に言えた義理ではないが、二人ともぼろぼろだ。

 特にメイド服の女の方は、身体中から出血があるのではというほど、衣服が赤く染まっている。

 だがまあ、どちらも魔力は安定しているし、大事はないのだろう。

 総量は戦闘の影響もあって、ほとんど枯渇状態にあるが。

 ソフィアはよろよろと立ち上がると、たどたどしい足取りで二人の元まで歩いた。

 そうして近くまで来ると、尻餅を付くようにその場に座り込む。

「ネーナ=デバイン=ラ=ナームルスだ。あんたのお陰で助かったぜ。ありがとな」

「……ミゼル。私、からも、感謝」

「いえ、そんなことは……。わたくしは、自分にできることをしただけです。あぁ、すいません、名乗るのが遅れてしまいまして。ネームレスの、ソフィア=マーガロイドと申します」

 軽く自己紹介を終えた三人は、周囲の惨状へと目をやった。

 元は見事な庭園や芝生があったと言っても、信じる人間など皆無であろう。

 本城の城壁もなかなか酷い状況であるが、それを取り囲む城壁の状態は更に悪い。

 復旧までには、かなりの時間がかかりそうだ。

 城の周辺部で活動していた反乱部隊は未だに抵抗を続けているが、それも時間が解決してくれるだろう。

 元々、エザリアや黒衣の集団による奇襲により、短時間でケリをつける予定だったのだろうから、抱え込んだ勢力もそれほど多くはないはずだ。

 事実、遠くから聞こえる戦闘音も、小さくなってきているようであるし。

「とりあえず、これで終わりで、いいんだよな」

「もう……限界」

「そう思いたいものですわね。ケホケホ」

 あまりに戦闘が激しすぎたせいか、三人はまだそのことを実感できないでいた。

 ソフィアは改めて周囲の魔力を探るが、少なくとも城内で戦闘が行われている様子はない。

 とりあえず体温低下を避けるため、ソフィアは少ない魔力を使って火を発生させた。

「わりぃな、疲れてるのに」

「あった…かいぃ」

「この程度でしたら」

 ネーナとミゼルの言葉が面映(おもは)ゆくて、ソフィアは顔をうつむかせる。

 次第に身体の芯が温かくなるに連れて、ようやく戦いが終わったことを身体が実感し始めた。

 極度の緊張から解放されたことにより、どっと痛みと疲れが押し寄せてくる。

 長かった、本当に長かった。

 特に“ツーマ”、エザリア、昶と、三人もの相手をしたネーナとミゼルは、今にも深い眠りに落ちてしまいそうである。

 身体中痛みもひどいが、それを塗りつぶして余りあるほどにまぶたが重い。

「わたくしは、あまり戦闘はしていませんし、念のため見張っていますから、お休みになっても構いませんことよ?」

「いや、いぃ。もしかしたら、上から命令入るかもしれねぇしな」

「私……も。それに、今は」

 ミゼルはポケットから予備のヘッドドレスを取り出すと、それを頭にかぶった。

 よれよれの上、血も染み込んでいるが、能面のように無表情だった顔に、再び笑みが戻ってくる。

「この子達のこと、見守っていてあげたいんです」

 表情を取り戻したミゼルは、血をぬぐった右手で傍らにいる少年の前髪をさっとかきあげる。

 その上には、折り重なるようにしてオレンジ髪の少女が小さな寝息を立てていた。

 いい夢でも見ているのか、その表情は非常に穏やかである。

「つーわけだから、三人仲良く、見張りといこうや。念のために、な」

「えぇ。わかりましたわ」

 ソフィアも穏やかな表情で、眠る二人に目をやった。

 ネーナとミゼル以上に、疲れが溜まっているのだろう。

 特に少年の方は、意識を乗っ取られた状態ではあるが、あのエザリアを撃退したのだから。

 まあそのお陰で、色々と大変な目に遭ったのであるが。

「んん…………レナァ」

 それがもしや、女の子の名前なのだろうか。

 ソフィアもミゼルに倣い、女の子の髪をかきあげる。

 そして少年の左手には、その少女がデフォルメされたような人形が握られていた。




 それからしばらくして、東の地平線から日が登る。

 その頃には、城の外から聞こえる戦闘音も途絶えていた。

 レイゼルピナを襲った大事件は、たった一晩で静かに幕を閉じる。

 その事件の中心にいたのが、マグスではなく魔術師だったことを知る者は、ほとんどいない。

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