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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十四話 決戦のレイゼンレイド Act14:呪われし血族

 流星の如く降り注いでいた暗き焔は、ようやく全ての力を吐き出した。

 狙いを違えたものは地面に大穴を開けるが、大半はエザリアを直撃したはずである。

「さすがに、この距離を移動してからの、これは、キツいですわね」

 ようやく術の制御から解放されたソフィアは、空中でぐったりとなって漂う。

 それでも無論、気を抜いたりはしていない。

 相手は核弾頭よりも危険な、承認ランク特Sを有するマッドサイエンティストだ。

 事実、エザリアの魔力反応は、まだ消失していない。

 あれだけの攻撃を受ければ、塵も残さず蒸発して空気の中に溶け込んでも不思議ではないのに。

 やがて空中に残っていた暗き焔は消え去り、その中からヒトの形をしたなにかが現れた。

 無論、エザリアである。

「ったたぁ。今のは流石に効いたでぇ。まあ、闇精霊(レムレス)に神経ごとヤられたせいか、痛みはあんましなかったんやけどな」

 からからにかすれた声で、暗き焔に包まれた錬金術師は答えたる。

 やがてはエザリアの身体でくすぶっていた焔も消え去り、炭化した肉が目に入った。

 飛び出した眼球に禿げ上がった頭、むき出しの筋肉は焔に焼かれて異臭を放ち、腹からは消化器官がだらしなく垂れ下がっている。

「随分とまあ、素敵な格好になりましたわね。ダンスのお相手は、亡者か誰かかしら?」

「ったく、うちをこんなんにした張本人が、ようゆうわ」

 すると突然、エザリアの胸の辺りから瑠璃色の光が溢れ出す。

 警戒して急ぎ後退するソフィアだが、直後に起きた事象に驚嘆した。

 なぜなら数秒後には、火傷どころかすり傷一つない女の裸体が、目の前に現れたのだから。

「今のはもうちぃと、火精霊(サラマンドラ)の割合を増やして温度を上げた方がえぇで。確かに禍焔の衝撃力は半端ないけぇど、消し飛ばすより焼き尽くした方が確実なわけやし」

 エザリアはソフィアの術について批評しながら、先ほどまで着ていた衣服も再構成する。

 相変わらず、この真冬の季節に寒そうな服装だ。

「それにしても、便利な身体ですわね」

「いつまでもピチピチの女の子でイケるで? 肌の張りも落ちんし、シミや吹き出物もできへんし。街に出れば口説かれまくって困るくらいやで。ま、お陰で長い付き合いできるヤツはおらんようになってしもうたけど」

 完全に元通り。

 流星の直撃で手放していた撃砕鎚(ミョルニル)も、再びエザリアの右手に収まった。

 完全再生を終え、瑠璃色の光もエザリアの内側へと消えてゆく。

 ──第二ラウンド開始、ということになりそうですわね。

 ソフィアは胸中でそっとささやくも、残された力は少ない。

 長距離移動のせいで、戦闘開始時点で蓄積していた魔力は半分を下回っていたし、先の大技もあって残りは二割を切っている。

 全力で魔力を生成してはいるのだが、魔力の回復を待ってくれるエザリアではないだろう。

 ──仕方ありませんわね。

 両腕に魔力を流し込み、ソフィアは闇精霊(レムレス)を形作る。

 と、その時、二人の魔術師は異様としか言いようのない気配を察知した。

 方向は斜め下。

 ちょうど王城の壊れた壁の辺り。

「この気配…………、まさか!?」

「なんやこれ。えらいけったいな感じがするんやけど」

 王城を見下ろす二人の視界から、三人の人影が飛び出した。




 とっさにミゼルはレナとネーナを抱え、その場から飛び出した。

 昶からこぼれる、異様な気配を察知したのである。

 まるで危険獣魔と巡り会った時のような、動物的な本能がそれを知らせてくれたのだ。

「っんうぅ……。なんだ?」

 その異様な気配に当てられてか、もしくはミゼルの扱いが雑だったのか、ネーナが目を覚ます。

 始めは凄惨な戦闘の跡に目を見開き、続いて目に入った昶の姿に困惑した。

「おい、あれって……」

「……そぅ」

 ゆらゆらと不安定な足取りで立ち上がった昶の左腕は、全くの別物になっていたのだ。

 細くしなやかだが力強かった左腕は、今では三倍近くまで肥大化し、毒々しいまでの赤い皮膚がその腕を覆っていたのである。

 いや、それだけではない。

 持ち上げられた顔の、その左瞳は黒ではなく金色。

 そして最後に、その左目の上から、皮膚を破って小さな突起が現れる。

 それはまるで、

(つの)、みたいだな」

「……」

 ネーナの言葉に、ミゼルは無言で頷いた。

 ミゼルは最後の一本であるダガーを太腿のベルトから抜き放ち、ネーナも魔力を全身に張り巡らせて身構える。

 それも、上空のエザリアではなく、昶に対して。

 普段の昶ならば、二人もこのような態度は取らなかっただろう。

 しかし、今の昶は普通ではない。

 凶悪な犯罪者が放つような異常性、戦闘狂である“ツーマ”のそれを更に煮詰めて、最も濃い部分だけをこしとったような、そんな気配が流れ出ているのである。

 しばらく無言のままたたずんでいた昶が、自分の身体を見下ろした。

 金瞳で全身を舐めるように見つめた後、動作を確かめるように左手をきゅっと握りしめる。

 そして、

「……フッ」

 口角を歪に歪め、

「ハッハッハッハッハッハッ。ハーハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 大きく高笑いした。

 いつも無愛想で、だけど優しい昶の声であるはずなのに、どこかが違う。

 全身に襲いかかる寒気と嫌悪感を押しのけながら、レナは昶へと懸命に目を向けた。

「良い、良いなぁ、実に良い! 肉の身体を持つなど、何世紀ぶりだろうか! 今まで散々こき使ってくれたなぁ、人間の分際で。だが、それもこれも、今日で最後となろう。今この時より、この身体は我等の物なのだからなぁ。ハーッハハハハハハハハハハハ!!」

 謎の言葉を口走り、たがの外れた喜悦に満ちたその様は、全くの別人である。

 ──アキラ、アキラ…………。

 レナは未だ繋がったままの双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの経路を使い、昶の意識へと語りかける。

 すると昶は、金瞳だけをギョロリと向け、

「『アキラ』、というのは、この身体の前の持ち主のことか? 女」

 レナに冷たく言い放った。

 昶のこんなに冷たい顔を、レナは見たことがない。

 しかもレナの呼びかけに答えたのは、目の前にいる別人のような昶。

 まるで、人格そのものが変わってしまったかのようだ。

「……アキラ、じゃない?」

 動かぬ身体に力を込め、かすれた声で言葉を紡ぐ。

「違うなぁ。我等はこの餓鬼に今までこき使われておった、遥か昔こやつらの先祖に殺された魑魅魍魎(ちみもうりょう)共よ」

 昶と同じ顔で、同じ声で、しかし違う誰かが答えた。

 いや、違う“者達”と言った方が正しいのだろうか。

 呆然とするレナをよそに、昶の身体を操る者達は朗々と語り続ける。

「死の間際にありったけの念を込めて呪ったつもりが、“(まろ)(おも)ひの(しき)”により、逆に利用され続けておった。だが、それも今日で終わり。感謝するぞ、女」

 ──やめて、そんな目であたしを見ないで。

 ──アキラと同じ顔で、アキラと同じ声で、あたしのことを呼ばないで。

 レナの中にある昶の姿が、まるで踏みにじられているようで耐えられない。

「この餓鬼はなぁ、お前の為に己自身を我等に差し出したのだ。なんとも健気なことよ。あまりの青臭さに鼻がもげるかと思うたがな」

 最後に声高らかに嘲笑ったところで、昶は視線を上空の二人へと向けた。

 まるでレナやネーナ達を、存在していないかのように視界から外して。

 ソフィアは異様な気配に身構え、エザリアは興味津々に覗き込む。

「なるほどなぁ。呪いジャンキー言われとるだけのことはあるわ。そうゆうネタやったんやな、“クサカベ”の“ヒャッキ”っちゅうんは」

 口を開いたエザリアの方へと、昶は視線を固定させた。

 値踏みするように、つま先から頭のてっぺんまでくまなく。

「臭う、臭うぞ。西洋の魔女。貴様が今の天藍(てんらん)の巫女か」

「“てんらんのみこ”っちゅうのはようわからんけど、うちは魔女やのうて錬金術師やで」

「そのような些事(さじ)はどうでもよい。快気祝いに貴様の天藍碑(てんらんひ)、頂くとしようかっ!」

 両足で踏み切ると同時に、赤い腕が地面を叩いた。

 上空に在るソフィアやエザリアにも、空気を媒介として地響きが伝わる。

 と思った瞬間には、意識を乗っ取られた昶はエザリアの目の前まで跳び上がっていた。

 ぶんっ、と振られる真っ赤な左腕。

 あまりの速さにエザリアは防御すら叶わず、超高速で地面に突き刺さった。

 しかし重力に引かれて自由落下する昶を、仕返しとばかりに撃砕鎚(ミョルニル)が直撃する。

 弾かれた昶の身体は、本城の壁を砕いて塔の中へと消えて行った。

「まったく、なんちゅうパワーやねん。内臓まとめて破裂さしただけやのうて、肋骨と背骨まで折りよってからに」

 血反吐を吐きながら悪態をつくエザリアの胸から、先の倍近い瑠璃色の光が溢れている。

 恐らくは、破壊された箇所を猛烈な勢いで修復しているのだろう。

 一度それを経験しているネーナとソフィアは、その事実に戦慄せざるを得ない。

 二人がエザリアをその状態まで持って行くのに、持てる術の中で最強とも言える技が必要であったのに。

 それを、精神を乗っ取られているとは言え、昶はそれをたった腕の一振りだけでなし得たのだ。

 もはや、異常と言う他ない。

 だが、その異常はまだ終わらない。

 巨大な魔力反応の直後、超圧縮されたエネルギー塊が、昶の叩き込まれた塔の穴から一直線に伸びてきたのである。

「クソッたれが!!」

 手元に戻ってきた撃砕鎚(ミョルニル)を巨大化させ、エネルギー塊を力の限りぶん殴る。

 灼熱色のハンマーは破壊のエネルギーも例に漏れず、粉々に粉砕してゆく。

「錬金術師……つまりは学者の端くれか。その割には、並外れた武士(もののふ)だな。天藍の巫女」

悪魔の親玉(サタン)の親戚みたいなやつに褒められても、うれしゅうないけどなッ!」

 エザリアは最大限まで拡張させた撃砕鎚(ミョルニル)を、昶のいるであろう塔に向かって投げつけた。

 回転しながら空中を駆け抜ける撃砕鎚(ミョルニル)は、塔よりもなお巨大に見える。

 いや、塔の先端だけと比較すれば、明らかに巨大だ。

「アキラッ!」

 レナの代わりに、ネーナが塔に向かって叫ぶ。

 しかし、それは杞憂に終わる。

 撃砕鎚(ミョルニル)の直撃を受け、瓦礫と化した塔から投げ出される昶。

 だがなんと、昶は肥大した赤い左腕で、灼熱色のハンマーをつかんでいたのである。

 触れた大地を熔岩に変えるような代物をつかんでいるのだから、当然無事なわけはない……はずなのだが。

「これが痛みというヤツか。久しいものだ」

 空中で撃砕鎚(ミョルニル)を受け止めた昶は、苦痛ではなく喜悦の表情を浮かべていた。

「これは褒美だ。受け取れ、天藍の巫女!」

 そして喜悦の表情を浮かべたまま、昶は撃砕鎚(ミョルニル)の威力をまるで無視して、灼熱のハンマーをエザリアへと投げ返したのである。

 回転はしていない。

 スパイクとなった部分をエザリア(持ち主)に向けたまま、撃砕鎚(ミョルニル)は昶を狙った時の倍以上の速度で地面に突き刺さる。

 桁外れの衝撃は地震となって、ネーナ達の足下を揺るがした。

「アイツ、オレ達と同じ人間だよな。どうしちまったんだよ、ったく」

「取り込まれ、ちゃった、みたい」

 ネーナの独り言に、自分の肩を抱きながらレナが答えた。

 症状は、目に見えて悪化している。

 顔や手足からは血の気が消え失せ、青ざめるのさえ通り越して白くなっていた。

 滝のように溢れる嫌な汗が異常なほどにブラウスを濡らし、体温も奪われているようだ。

 その証拠に、背中に触れたミゼルの手には、冷たさしか伝わってこない。

「取り込まれたって、どいつにだ?」

「魑魅、魍魎──人に害を成す、人でない、存在。そいつらの、憎しみ、怨念、みたいな、もの。あっ、あぁああぁぁぁぁ……!!」

 昶から流れ込む憎悪が、レナの精神を(むしば)んでゆく。

 双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの経路は、もはやレナ精神をからめ取り苦しめるだけの代物に成り果てていた。

 そして、精神汚染と共に吸い出されてゆく膨大な量の魔力。

 レナ自身にも、どうすることもできない。

「オレ達で、なんとかできりゃいいんだが」

「無理、そう」

 ネーナとミゼルは、血が出るほど拳を握りしめ、歯噛みする。

 国内トップクラスの実力があろうと、禁忌の魔法──禍式精霊魔法レムレティア・マギウスの使い手だろうと、自分達の大切な人の友人一人すら助けられない。

 許されるのはただ、苦しむ少女を見守ることだけ。

「クソッたれ! なにが近衛(ユニコーン)隊だ。ご大層な肩書きがあったって、ガキ一人救えてねぇじゃねえか!」

「……ネーナ」

 二人のマグスは、上空で繰り広げられる魔術師の戦闘に目を戻す。

 レナを苦しめ、昶の身体を乗っ取った何者かは、圧倒的な機動力を武器にエザリアを圧倒していた。

 ネーナとミゼルをたった一撃で戦闘不能に陥れた、血染めの狂姫(ブラッディ・ダムゼル)を。

 昶が赤い左腕を振るう度にエザリアの身体が跳ね、肉片と鮮血が大地を赤く染める。

「あかん、自動追尾(ホーミング)で追いきれん。ったく、クサカベの一族っちゅうんは、こないなバケモン身体ん中に入れとんか。頭ぁ、ぶっとんどるで」

 弾け飛んだ左肩から先を生やしながら、エザリアは毒付く。

 嚥血の魔剣(ダーインスレイヴ)なら対抗できるだろうが、生憎と蔵から出している余裕はない。

 鍵付きの蔵はやめて、瞬時に召喚できる倉庫のようなものでも作ろうか。

 そう思っていた矢先、エネルギー塊が頭の左半分をかすめた。

 飛び出す脳と液体だが、それらはまるで逆再生される映像のように元の姿へと復元される。

 胸から溢れ出る瑠璃色の光は、エザリアが傷付く度にその度合いを指数関数的に増していた。

 それだけ、エザリアの肉体は恐ろしい速度で破壊と再生を繰り返しているのだ。

「もうすぐだな、天藍の巫女。天藍碑が現世(うつしよ)に現れるのも」

「|現世《Material World》? あぁ、天藍碑っちゅうのは、コイツのことやったんか」

 ようやく合点がいったといった風に、エザリアは自分の胸を押さえた。

「でも残念。これだけは、誰にも渡すつもりはないでぇ」

 貫手(ぬきて)で左胸を貫かれながら、エザリアはニヤリと笑って見せる。

 その直後、瑠璃色の光は爆発的に光量を跳ね上げた。

切断(クピィ)

 しなやかな指先が、赤い左腕に触れた。

 それと共に、指先のなぞった部分が、真っ二つに断ち斬られたのだ。

 エザリアはなんと、指に刃物としての役割や性質を付与させたのである。

 無論、並の術者にできるような芸等ではない。

 生の肉体に、物質としての特性や形状が全く違う物の、性質や役割を付与させるなど。

 切り落とされた手首はレナから吸い出した魔力によって再構成されるが、エザリアは既に次の準備を終えていた。

(フラマ)弾丸(バラ)貫通(ペネタスィオ)

 更に胸に刺さった手を抜きながら、言葉を紡ぐ。

 エザリアの背後で燃え上がった炎は、空間を埋め尽くすほどの弾丸となって現れた。

 その矛先はもちろん、自分へと向かい来る昶である。

殺せ(チュエィ)

 一杯の歓喜と殺意を込めて、炎の弾丸が動き出す。

 しかし、昶──正確には昶の身体を乗っ取っている主──も、超速反応でそれに応じた。

 急制動からのサイドステップ。

 それでもいくらかは、残った手足を撃ち抜かれた。

 はたから見れば、速度以外はなんともないように見えたが、上空で観察し続けていたソフィアだけは、エザリアの異常性がわかった。

 ──あの女、今火精霊(サラマンドラ)を作り出しましたわよね?

 そう、エザリアは火精霊(サラマンドラ)を集めてはいない。

 空間に突如として、火精霊(サラマンドラ)が出現したのである。

 “精霊素を集める”という工程が省かれた分、ただでさえ速い起動速度が更に速くなったのだ。

 そのコンマ数秒の時間が、結果の分かれ目だった。

 再生する赤い左腕とは対照的に、生のままである左足は思うように動かない。

「これ以上やると、“コイツ”が|感性界《Material World》に引きずり出されそうやからな。連れて帰るんは、また今度にするわ」

 エザリアの手の中で、最大限まで拡張される撃砕鎚(ミョルニル)

 灼熱に燃えるハンマーは狙いを違うことなく、昶の全身を打ち抜く。

 左腕でガードしたものの片足では踏ん張ることもできず、緩やかな放物線を描きながら第三城壁へとめり込んだ。

 ようやく邪魔者が排除できたエザリアは、完全再生した後にソフィアを見上げて言う。

「ほな、うちはこれで失礼させてもらうで。自分のノルマは達成できたわけやしな」

「ここでみすみす、貴女を逃がすとでも?」

「逃がしてくれるやろ。いくら強がっとっても、魔力は回復せんのやし。それとも、その状態でうちとやり合うつもりか?」

「…………わかりましたわ」

 風精霊(シルフ)で光学迷彩をかけられていた球体型の砲台が、次々と消失してゆく。

 やはり、相手は正真正銘の化物。

 ソフィアが万全でないことなど、最初から理解していたのであろう。

 そもそも、殺しても死なないエザリアにとって、戦闘とは遊戯以外の何物でもない。

 もしエザリアが全力を出していれば、ソフィアなど一分も保たなかったであろう。

「ほなな、この前の姉ちゃんに、物騒なメイドちゃんと、ちびっこい嬢ちゃん。それと……」

 エザリアは第三城壁──その昶がめり込んだ部分へと目を向け、

「クサカベの坊主」

 ニカッと笑う。

 それと同時にエザリアの姿は、空気に溶けていくかの如くかすれていった。

「はぁぁ、行きましたわね。あの錬金術師は……」

 ネーナとミゼルは、同時に声のした方向を振り返る。

 疲労困憊といった感じの少女が、荒っぽく地上へと着地していた。

「あんた、いったい……」

 誰なんだ、と問おうとしたネーナであるが、ソフィアは最後まで言わせてくれなかった。

「わたくしが誰なのかは、今は後回しにしておきましょう。それよりも、アレをどうにかする方が先決です」

 ソフィアは視線で二人にそのことを告げる。

 ネーナとミゼルが目を向けた先。

 そこには赤い左腕と金瞳、そして角を生やした昶の姿があった。




 改めて相対すると、圧力がはっきりと伝わってきた。

 ネーナとミゼルは、その事実に息を飲む。

「その身体、持ち主に返すつもりはなくって?」

「せっかく差し出された物を、我等が返すと思うか?」

「でしょうね……」

『そこの二人、念話は使えますか?』

『うぉっ!? 驚かせんなよ。まあ、ご覧の通り、一応な』

『私も、話す分には、問題ない』

 見知らぬ少女からの念話に戸惑うネーナとミゼルだが、もはやなりふり構っていられない。

 エザリアと“ツーマ”の撃退はなんとか成し遂げたが、昶を正気に戻すまでこの戦いは終わらないのだ。

『今の人格を気絶させれば、本来の身体の持ち主が目覚めるはずです。絞め落とすなり、昏倒させるなり、とにかく意識を奪えば勝ちです』

『簡単に言ってくれるじゃねぇか。あんただって、さっきの見たろ。ちょっとやそっとで、どうにかなる相手じゃないぜ』

『その話、本当?』

 割り込んできた四人目の声に、全員が思い当たる人物を振り返る。

 地面にうずくまったままうめき声を漏らすレナが、頭だけ上げて三人を見ていた。

『アキラ、まだ、大丈夫なの?』

『あまり時間をかけてはいられませんが、まだ間に合うはずです』

「そう、なんだ」

 杖を支えにして、レナはなんとか立ち上がる。

 しかし、立つのだけで精一杯だった。

 足下はおぼつかず、今にも倒れてしまいそうだ。

「アキラ! いいかげんに、起きなさいよ! エザリアなら、もう追っ払ったんだからぁっ!!」

 塗り潰されそうな意識を束ね、声を振り絞った。

 その声は魂の悲鳴にも聞こえて、三人は思わず顔をしかめる。

「そいつはできない相談だ。久方ぶりの外界なのだから、まずは……」

 しかし、昶には届いていない。

 レナの悲痛な叫びも、昶の身体を支配する者には甘美な旋律でしかないのだ。

「人間狩りくらい楽しませてくれなければな!」

 赤い左腕を地面に叩きつけ、一瞬にして距離を詰めてくる。

 ネーナもミゼルも、ソフィアですら反応できない。

 しかし、

「やめてぇぇえええええええッ!!」

 レナの絶叫に呼応したかのように、風精霊(シルフ)の城壁が昶の前進を阻んだ。

 ソフィアはそのスキを逃さず、昶に向けて|Materialize《物質化》した魔力を放つ。

 薄赤色をした弾丸が、次々と昶の身体にめり込んだ。

「わりぃが、加減してる余裕がねぇんだ!」

「今、助ける!」

 バランスを欠いた昶の元に、風の障壁をくぐり抜けたネーナとミゼルが迫る。

 ネーナは渦巻く氷片をまとった右拳を、ミゼルは極限まで強化された後ろ回し蹴りを、それぞれ昶へと叩き込んだ。

 ネーナの拳は左腕でガードしたが、ミゼルの蹴りは吸い込まれるように昶の腹部を捉える。

 左腕はともかく、生のままの腹部への一撃は堪えたようだ。

 ふわりと浮き上がる身体には、痛みへの喜悦と共に苦悶の欠片が見られる。

 このまま押し切れば、もしかしたら……。

 しかし、そんな幻想は次の瞬間、呆気なく消し去られた。

「調子に乗るなよ、小娘風情が」

 ネーナの拳を防いだ左腕を、無造作に薙ぎ払う。

 たったそれだけの行為にも関わらず、ネーナとミゼルは二人まとめて地面へと叩きつけられたのだ。

 とうに限界を超えている身体には、重すぎるダメージだ。

 一瞬だけだが、意識が飛んでしまいそうになったほどである。

 だが、今は痛がっている余裕はない。

 すでに昶は払った左腕を、高々と真上に振り上げているのだ。

 かわせなければ、地獄への片道旅行に出発することになる。

「はぁっ!!」

 咆哮と共に、振り下ろされる赤い凶器(左腕)

 左右に分かれるようにして、ネーナとミゼルはすんでのところで回避する。

 それでも飛び散った地面の欠片が、全身へと注がれた。

「さっさと、正気に戻りなさいませ!」

 防御も回避も考えていない昶の動きを見切り、ソフィアは準備していた術を一斉に起動させる。

 砲弾とも呼ぶべき魔力の塊は、正確に昶の姿を捉えた。

 弾丸の時とは比較にならない衝撃が、昶へと襲いかかる。

 それでも、堅牢な防御を崩すには至らない。

 エザリアが左足を殺していなければ、どうなっていたことか。

 不本意ではあるが、そのことだけは、あのマッド・サイエンティストに感謝しなければ。

「これでは、埒が開かんなぁ」

 素早い動きを封じられ、見た目上は防戦一方に見える昶が、いやらしい笑みを浮かべる。

 その意味を、魔力を関知できるソフィアとレナは即座に理解した。

「離れなさい!」

「危ない!」

 二人の声に、背後から急襲をかけようとしたネーナとミゼルは、急制動をかける。

 しかし、

「もう遅いわ!」

 昶から溢れ出した禍々しい霊力が、雷へと転じたのだ。

 しかし、その色は白ではない。

 様々な色の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような、混沌としたヘドロのような濁った色。

 まさに、憎悪や怨念の集合体と言うに相応しい色だ。

 通常の雷光よりはるかに遅いが、それでもネーナ達よりもずっと速い。

 だが、雷がネーナ達に追いすがることはなかった。

 昶は信じられないといった様子で、自分の身体と周囲の景色に目を向ける。

 それから、険しい目つきでレナを見すえた。

「女、なにをした?」

「大したこと、してないわよ。今の、あたしは……アキラの知識と、技術、使えるんだもん。あんたに、供給される…魔力。その、一部…………を、カットしただけ」

 そう言いながら、ついに立っていられなくなったレナは、その場に膝をついた。

 唇は紫色に変色し、もはや死相としか言えないような顔つきになっている。

「ふん、無駄な足掻きを」

「無駄かどうかは、貴方が決めることではなくってよ!」

 ぼっ、と昶の周囲で五つの炎が燃え上がった。

『援護します、そこの二人、頼みましたわよ!』

 ソフィアは最後の魔力を使い切り、火精霊(サラマンドラ)の砲台を作り上げたのだ。

 砲台から打ち出される弾丸は、物質化した魔力にわずかながら火精霊(サラマンドラ)を混ぜたもの。

 昶に当たった弾丸は次々と小爆発を引き起こし、打撃ダメージを蓄積させてゆく。

『わぁってらぁ!』

『これで、決めないと!』

 弾丸の軌道を避けるようにして、ネーナとミゼルは左右から昶を挟撃する。

 一瞬にして氷の槍を構築したネーナは、渾身の力を込めて投射した。

 氷の槍は例の左腕に捕まれてしまったが、それも予定通りだ。

『これで、左腕は使えねぇ!』

 先の雷撃の範囲内まで潜り込んだ二人は、昶を昏倒させるべく一気に接近する。

「そのような小賢しい真似が……」

 再び昶の身体から、禍々しい霊力が溢れ出す。

 先と同様、全方位に雷撃をぶちまくるつもりなのだ。

 混沌とした雷光が、わずかずつ顕現してゆく。

 ソフィアはそれを邪魔しようと弾幕の密度を高め、ネーナとミゼルも最後の力を振り絞ってダッシュする。

「いつまでも通用すると思うな!」

 轟!

 ダイナマイトでも爆発したかのような音が、ソフィアの鼓膜を揺るがした。

 そして、あまりの衝撃につむっていた目を開ける。

 そこにあったのは、昏倒した昶の姿。




 ではなく、




「ふぅぅ。まずは」

 混沌とした雷光を身に纏った昶の姿だった。

「二匹」

 昶は左手にある氷の槍を、無造作に横薙ぎした。

 雷に触れて痙攣するだけのネーナとミゼルに回避する(すべ)はなく、粉々に砕け散る槍共々二人は地面に投げ出される。

 折り重なるようにして倒れるネーナとミゼルは、もはや指一本すら動いていない。

「さて、次はお前の番だ。禍焔の者」

 昶は気絶したネーナとミゼルから視線を移し、ソフィアへと向ける。

 あまりの圧力に、冷や汗がたらりと額から流れ落ちた。

「あら、虫でもいるのかしら。なにやら、声をかけられたような気がしましたが」

「虚勢を張っても無駄だ。そこの二匹同様、魔力が空っぽではないか」

 さすが、人外の怨霊共、といったところか。

 術者同様、もしくはそれ以上の察知力を持ってもおかしくはない。

 しかし、ソフィアは昶との相対を続ける。

 彼女の信ずるものが、色褪せぬ限り。

「……知りませんの? ネームレスって、甘さが売りの“正義の味方”ですのよ」

「それがどうした?」

「魔力が切れた程度で、諦めたりはしない、という意味です!」

 魔力とは別種の力が、ソフィアの指先へと流れ込んだ。

 その力は多量の火精霊(サラマンドラ)を呼び寄せ、新たに作り出した炎弾を昶に向けて掃射する。

 狙いもつけずデタラメにばらまかれた炎弾は、着弾と同時に多重の小爆発を引き起こした。

「はぁぁ、はぁぁ……、これで、どうですの?」

 頭がくらくらして、軽いめまいを覚える。

 慣れない行為だったのもあるが、やはりこの方法は身体への負担が大きすぎるらしい。

 今ので確実に、死へ一歩近付いたのだから。

精力(ジン)を使うとは、その“ネームレス”とやらはよほどのお人好しか、狂人の集団なのだな」

 爆煙を押し退けて、ぬっと赤い手が現れる。

 巨大な腕はがばっと掌を広げたかと思うと、まっすぐにソフィアの首をつかんだ。

「あっ、ぐぅぅ……」

 しまった、多少なりとも効いていると思ったのだが、あれではまだ火力不足だったようだ。

 足をじたばたさせるソフィアであるが、昶の下までは届かない。

 首を絞める手を必死で振りほどこうとするも、昶の左手はまさに鋼のように固く、ソフィアの力では指一本すら引き剥がすことができなかった。

「これで、三匹目だな」

 ソフィアの首をつかんだまま、昶はゆっくりと左腕を掲げる。

 爪先立ちで踏ん張ろうとしたのだが、あっという間に足の届かない高さまで上げられてしまった。

 首に全体重がのしかかり、痛みと息苦しさが倍増する。

 普段なら風精霊(シルフ)の力で身体を浮上させるところなのであるが、魔力の枯渇した今の状態ではそれも叶わない。

 せいぜい、非力な両手で体重を分散させるので精一杯である。

「わたくしは、まだ、やられて、ませんわよ……?」

 まぶたの裏がちかちかして、今にも意識が飛びそうだ。

 視界が黒く塗りつぶされたと思ったら、真っ白に染め上げられたりと、目まぐるしく世界が入れ替わる。

 それでもソフィアは、抵抗し続ける。

 もはや力など、どこにも残されてはいないというのに。

「しつこいヤツだ」

「がはぁっ…………!?」

 指に込められる力が、ほんのわずかだけ強められる。

 それだけで、脳へ送られる酸素の量が減ったように感じられた。

 うめき声すらかすれ、いよいよソフィアの意識が遠のき始めた。

 酸素を求めて、本人の意思とは無関係に口が開くものの、空気は肺へと流れ込むことはない。

 口の端から、だらしなく唾液が伝って落ちだけで。

 ──も…、う……、だめぇ。

 指先からも力が抜け落ち、辛うじて支えていた自分の体重も支えきれなくなる。

 まさにそうなろうとした時、昶の左手に誰かが触れた。

「お願い。もう、やめ、てぇ……」

 死人同然の表情をしたレナが、昶の視界へと映り込んだ。




 昶は無造作に、ソフィアの戒めを解いた。

 まるで糸の切れた人形のように、脱力したソフィアの身体は重力に引かれて落下する。

 疲労に加えてろくに受け身も取れなかったせいもあり、全身の骨が折れてしまったように感じる。

 それでもソフィアは新鮮な空気を求めて、何度も深呼吸を繰り返した。

 しかし、かすんだ思考と視界はなかなか晴れてはくれない。

 激しく呼吸を繰り返すソフィアには目もくれず、昶は金瞳をレナへと傾けた。

「手を離せ、女」

「嫌……。これ、以上……アキ、ラの、身体…で、酷いこと、しないで」

 昶はレナに更なる圧力をかけるが、感覚の麻痺しているせいで今のレナにはわからない。

 魔力を制御するだけの集中力も、残されてはいない。

 吸い出される魔力を遮断して、ただ昶に語りかけることしか。

「アキラ、聞こえて…るんでしょ? だったら、なんとか、しなさいよ。あん、た……あたしの、サーヴァント…なんでしょ。(マスター)の、命…令は、絶対遵守、なんだ…………から」

 もはや、口を開ける行為すら辛い。

 閉口したレナは、すがるようにして左腕に抱きつく。

「ならばよかろう。禍焔の者より先に女、貴様を始末してやる」

 昶は立ち上がろうとするソフィアに蹴りを一発入れると、剥き出しの闘争本能をレナへと向ける。

 ぶんっと左腕を振るい、レナの身体は緩やかな弧を描いて地面へと叩きつけられた。

 背中を打つ激しい痛みに、身体を丸めてうずくまる。

 あまりの苦しみに、うめき声すら立てられない。

 辛い、痛い、苦しい。

 身体以上に精神が──心が軋んでいる。

 ようやく痛みが和らいできたところで、レナはまぶたを開いた。

 焦点の合わないぼやけた視界に、歪な人のようなモノが映り込む。

 左腕が異様に肥大した、自分のよく知っているはずの男の子が。

 その男の子は、鈍器と化した左腕を真上に向かって振り上げていた。




 ──アキラァ、お願い。




 ようやく焦点の合った視界に、一人の男の子が像を結ぶ。

 憎らしさと嬉しさの入り混じった、嗜虐的な笑み──自分の知らない顔をした男の子が、赤い拳の先端を自分に向けている。




 ──応えて、あたしの声に、応えてょ。




 これじゃない、自分の知っている男の子は。

 彼はこんなことに悦を見出すような、そんな酷い人じゃない。

 ぶきっちょだけど必死になって、自分のこと以上に誰かの為に戦える、自己犠牲にも似た危なっかしい正義感を持った、そんな優しい。

 彼はそんな人だ。




 ──アキラァ…………。




 だから、あたしは彼の名前を呼ぶ。

 彼はこんなこと程度で飲まれるような、弱い人じゃない。

 確かに、時々守ってあげたくなるくらい、寂しい顔をすることはあるけど。

 でも、その時は、あたしが支えてあげるから。

 だから、帰ってきて。

 あたしの、大好きな………………。




 ──アキラァァアアアアアアァァアアアアア!!!!




 赤い拳は、レナをめがけて振り下ろされた。

 しかし、それがレナを捉えることはない。

 ──なにっ!?

 レナの中に、声が聞こえてくる。

 昶のものではない、憎悪や怨念を押し固めたような、どす黒い声。

「もう、遅い……わよ」

 嬉しさのあまり、レナの顔がくしゃっと歪んだ。

 流れ出る涙が、視界を歪めてしまう。

 だが、その光景はしっかりとまぶたに焼き付いている。

「わりぃ…………。あと、ありがと」

 左手を突き刺しているのは、雷光を纏った弧を描く刃。

 その色は穢れなど知らぬかの如く、どこまでも澄み切った白をしていて。

「あと、俺の中のやつ、身体の持ち主として、一つ忠告してやる」

 金瞳で角はあるものの、その表情はちょっと無愛想で、でも前にも見たことのある必死な顔で。

「俺の(レナ)に、手ぇ出してんじゃねぇぞ、こら……」

 左手に突き刺さる刀──村正──から、激しく雷撃が放出される。

 それと同時に、レナの中に巣くっていた存在は、跡形もなく消し飛んだ。

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