第十四話 決戦のレイゼンレイド Act13:暗黒の系譜
エザリアは右手に奇妙な手袋をはめると、その手を高々と掲げた。
ネーナとミゼルはどんな攻撃が来ても大丈夫なように、発動体へと魔力を流し込む。
相手は地面を丸々氷原に変えるような、超弩級の化け物だ。
今度はいったい、なにをしでかすつもりなのだろう。
いつぞやのように、また巨大なクレーターでも穿つような雷でも落とすのか。
はたまた、今度は一面を火の海にでもするのだろうか。
だが、エザリアはそんな二人の存在など、まるで関知していないかのように無視して、声高らかに叫んだ。
「来よ! 猛き雷を纏いし、万能の鎚!」
とたんに、遠くの方で恐ろしく高い水柱が立ち昇った。
位置的に、レイゼンレイド最外部の水堀か、水の供給源であるセキア・ヘイゼル川だろう。
次第に大きくなる風切り音。
だが、その音の大きさというのが尋常ではなかった。
軍艦に搭載されている回転翼を用いた動力機関も、ここまでの騒がしくはない。
「んなっ……!?」
「大、きい……」
城壁の向こう側から二人の頭上を飛び越えて、なにかがエザリアの掌に収まる。
いや、“収まる”という表現は、適切ではないだろう。
エザリアの掌に収まっているのは、極めて短い柄の部分だけ。
その柄の上に乗っかっているのは、ハンマーの頭である。
ただし、頭のスケールだけが桁外れに大きい。
最大直径は十メートル近く、全長に至っては二〇メートルを超える。
しかもまるで炉から出したばかりのように、ハンマーは真っ赤に燃え上がり、足下の氷を溶かすほどの熱を放っている。
この城の城壁程度なら、一撃で粉砕して余りある威力があるのは、言うまでもない。
「あ~、こりゃさすがにあかんな。ほいっと」
左手で内ポケットから数本の試験管を取り出したエザリアは、そいつをそのまま地面に叩きつけた。
溢れ出した地精霊は氷の間へと隅々まで潜り込み、氷を元の土へと再変換する。
生まれ変わった足場を確かめるように、エザリアはがしがしと地面を踏みつけ、うん、と大きく頷く。
「これでよし」
掲げていた右腕を下ろしたとたん、ハンマーに触れた地面が溶けた。
地面とハンマーの放つ赤と橙の明かりが、幻想的な光を作り出す。
ただし、幻想さとは裏腹に、その明りは限りなく危険な代物である。
「なんなんだよ、そのバカでかいハンマーは?」
「これかぁ? こいつぁ、北欧神話における、雷と戦と農耕の神、トールの持っとったちゅわれとるハンマーでな、撃砕鎚っちゅうねん」
苦笑しながらたずねるネーナに、エザリアは爛漫に顔を輝かせて答えた。
「ちなみに、英語ではトールハンマー。しかも、こげなドデカいサイズから、掌サイズまで自由自在に大きさを変えれんやで。すごいやろ?」
しかも自慢気に、撃砕鎚を小さくしたり、大きくしたりを繰り返す。
「ま、人間相手なら、こんなもんか」
そう言ってエザリアは、当初の二〇分の一ほどのサイズで、撃砕鎚を固定した。
それでも直径は一メートル、全長はニメートルにも及ぶ。
「あっちの坊主は片が付いたことやし、次は自分らの相手したるわ」
とんっ、と地面を蹴ったエザリアの身体は、風精霊の力によって一気にネーナとミゼルのもとまで運ばれる。
天高々と振り上げられる撃砕鎚。
防御では駄目だと、二人の本能がささやいた。
「くそっ!」
「くっ……!!」
ネーナとミゼルは大きくバックジャンプしながら、撃砕鎚の軌跡を追う。
灼熱に燃え上がるハンマーが地面を叩いた瞬間、ずううぅぅぅんとお腹に響く重低音が、周囲一帯へともたらされる。
地上へと穿たれるクレーターと、その真ん中で赤く焼ける大地。
二人があれだけ手を焼いた“ツーマ”よりも、完全に格上の相手だ。
「アキラはさっきまで、こんな奴とやり合ってたのか? ったく、冗談だろ」
「冗談、じゃ、済まない!」
着地したネーナを狙って、投擲される撃砕鎚。
絶大な破壊をもたらす鎚は一直線にネーナを捉えたまま、恐ろしい速度と精度で暗闇を駆け抜ける。
「アイシリアリウム」
なりふり構わず、ネーナは上位の防御呪文を唱えた。
だが、
「かはっ……!?」
撃砕鎚はその名の示す通り、分厚い氷を簡単に粉砕する。
灼熱のハンマーが直撃するのだけは辛うじて避けたが、砕けた氷がネーナの全身を打ち付けた。
「ネーナ!?」
「よそ見はあかんっちゅっとるやろ!」
更に立て続けに、エザリアは近くのミゼルを視界に捉え、右手を掲げる。
ネーナを撃破した撃砕鎚は運動のベクトルを完全に無視した動きで急旋回したと思ったら、すっぽりとエザリアの手に収まったのだ。
悪戯小僧のそれを、更に十倍ほど増したような憎たらしい笑みを浮かべるエザリアは、ミゼルめがけてぶんと撃砕鎚を振り抜く。
二本のダガーを重ねて防御するも一瞬の抵抗も許されず、暗黒の刃どころか本体である実刃の方もまとめて、粉々に砕け散った。
「こいつぁ、おまけっとぉ!」
防御のなくなったところへ、エザリアは容赦なく後ろ回し蹴りを打ち込む。
格闘技をやっている者ならば、この上なく雑だろうと思ったことだろう。
しかしそれを受けたミゼルには、そんなことを思う余裕などない。
下腹部に広がるのは、ただの蹴りとは違う感触。
明らかに肉体強化の上でしか成り立たない重さを持った、超重量の一撃に他ならない。
ぐったりとなったミゼルの身体が、冷たい氷原の上へと投げ出された。
「さて、これであとは……」
ネーナとミゼルを一瞬で撃破したエザリアは、本城の方へと足を向ける。
自分の行使した術によって破壊された壁の、その内側にある二つの魔力に向かって。
「一人やな」
感じられる魔力は、相当なものだ。
こぼれ出る魔力の総量だけなら、“ツーマ”や“アンラ”をも上回る。
しかし、それがそのまま強さに繋がるわけもない。
いくら魔力があろうと、それを上手く制御できなければ、結局は宝の持ち腐れでしかないのだ。
「エザ、リア……」
「お初にお目にかかります。エザリア=S=ミズーリーにございます、なんちゅうてな」
撃砕鎚を最小サイズまで縮小し、エザリアは腕組みしながらレナと昶を見下ろす。
そして一言、レナに命じた。
「そこどきぃ。そいつぁ、うちが連れて帰る」
しかしレナは、
「嫌。どかない」
きっぱりと断った。
エザリアは目を細めると、耳の穴を小指でぐるぐるとかっぽじって、もう一度レナに命じた。
「よう聞こえんかったな~。うち、これでもだいぶ若作りしとるけ、耳遠いねん。せやからもう一回返事聞かしてくれへんか?」
「『嫌』って、言ったのよ」
「そうかそうか、嫌なんか。そうなんやなぁ、うん」
そこまでは笑顔だったエザリアの表情が、いきなり豹変した。
「舐めとんやないで。ションベン臭い小娘が」
「…………っはっ、あぁぐぅ……」
怒りを露わにしたエザリアの魔力とプレッシャーに、レナは全身で恐怖を覚えた。
鋭利な殺気だけでも十分以上なのに、今はその上魔力の大きさもわかるせいで、感じる恐怖は倍以上まで跳ね上がる。
その恐怖はといえば、息すらできないほど。
放出される膨大な魔力量によって瓦礫が震え、大気さえも揺らいだ。
まるで、蛇ににらまれた蛙、危険獣魔を前にした人間のよう。
いや、危険獣魔の方が、エザリアよりよほど安全な風に思える。
「まったく、素直にのいとったら、見逃してやったのになぁ。だいじな命を、ドブ川に捨てるたぁ、えぇ度胸やで」
エザリアを二回りほど大きくした撃砕鎚を、高々と掲げた。
怒りの丈を表すかの如く、撃砕鎚を染める灼熱色は、より苛烈なものへとなってゆく。
「逝てもうた……!?」
と、その時だ。
レナに向けられていた殺気が突如、反対方向へと向けられる。
撃砕鎚が打ち鳴らす破壊音が、妙に耳に残る。
ようやくプレッシャーから解放されたレナは、何度も深呼吸を繰り返す。
エザリアの背中を追って、レナは視線を上の方に向けた。
「いったい誰や?」
エザリアは、即座に大型の魔力反応を探す。
幸い、反応はすぐに見つかった。
零時方向、相対距離は一キロ以上。
「この距離で、この精度……。どこのどい…………いや」
だがそれは、対魔術師戦闘において考えられないほどの長距離である。
呪殺等、一部の例外をのぞいて、対魔術師戦闘はほぼ有視界戦闘に限られる。
一キロ以上の距離ともなれば、人間なんぞわずかな点にしか見えない。
それが、対魔術師戦闘が有視界戦でしか行われない理由である。
「そういや、二人だけおったっけ」
だが、その無理を可能とする術体系は、確かに存在する。
はるか昔、エザリアも一度だけ見えたことがある。
欧州最古の魔女が作り上げた、対人戦術術式の究極ともいえる術式。
「クソババァ本人に、あと一人弟子がおったな。確か、暗黒の系譜とかゆう、大仰な異名で呼ばれとったっけか?」
闇隷式典にも名を連ねる、長射程、超高精度、汎用性を兼ね備えたそれ。
その名を、
「なぁ、クソババァんとこの秘蔵っ子」
禍焔術式という。
「まさか、こんな異世界であなたと会うことになるとは、思いもよりませんでしたわ。教皇庁の狗」
エザリアとは別の声に、レナは空を見上げる。
そこには黒をベースとしたゴシックロリータの衣装に身を包んだ銀髪の少女が、悠々と浮かんでいた。
「最近どや。ヴェルシュタインのクソババァは、元気でやっとんけ?」
「残念ながら、トゥーレ協会は五年前に辞しましたので、最近は会っておりません。今のわたくしはネームレスの一員です。貴女方の飼い主が、目の敵にしている」
「ネームレス……。おぉ、思い出した。四年前やったかなぁ、黒のふりふり着たちんまいガキがおったわぁ。あれ、自分やったんやな。ほなその服も、クソババァの真似っちゅうとこか」
「これはわたくしの個人的な趣味です。貴方にとやかく言われる筋合いは御座いません。それと、わたくしの名はソフィア=マーガロイドです。秘蔵っ子でも、ちんまいガキでもありません」
と、ソフィアの指先が撫でた空間から、五つの黒弾が射出される。
即座にバックステップするエザリアであるが、黒弾はエザリアを追って地表すれすれで軌道を変えた。
「自動追尾か。こないなもん、よう何百年も前に作ったもんやで。あのババァ」
自分の追いかけてきた黒弾を撃砕鎚で打ち砕き、エザリアはほっと一息つく。
ミサイルなら確実に目標を見失って誤爆するところなのだが、黒弾はえげつない角度で折れ曲がって来たのである。
前に相対した時にはそのような弾種は経験していなかったので、少々焦ってしまった。
「さすが、シオン修道会で名を馳せた血染めの狂姫だけのことはありますわね。あれを簡単に打ち消すだなんて」
空中にたたずむソフィアは、自分の攻撃が迎撃されたにも関わらず、余裕の表情。
今のは挨拶代わりといったところだろう。
「シオン修道会って、ありゃ架空の集団やろ。政府の方も、それを認めちょるし。んなもん、最初からあらへんって」
エザリアも、それに対して軽く応じた。
焦ったとはいっても、度合いとしてはそれほどでもない。
危なげなく対処ができているのも、その証拠である。
「火のない所に、煙が立つわけもありませんでしょ。特別技術戦技教導隊。それとも、フランス政府お抱えの魔術機関、と言った方がわかりやすかったでしょうか?」
「ほぅぅ、うちのこと、そこまで知っとんの、かっ!」
今度はエザリアの番だ。
全身をひねった溜めで、撃砕鎚を投擲する。
ぐるぐると回転しながら、撃砕鎚は空中のソフィアへと一直線に突き進んだ。
速いには速いが、ソフィアの黒弾ほどではない。
余裕を持って横にスライドするが、そこで灼熱色のハンマーもわずかに横にそれて来るのを、ソフィアははっきりと確認した。
「そちらも自動追尾ですか……!」
気付くと同時に、ソフィアは飛行速度を一気に最高速へと跳ね上げた。
するとそれに呼応するかのように、撃砕鎚も飛行する速度を上げる。
複雑な軌道を描くソフィアに、撃砕鎚はぴったりと貼り付いてくる。
「しつこい!」
ソフィアはフレアさながら、黒弾の群れを一斉放出。
回転する撃砕鎚に、黒弾は次々と打ち砕かれてゆく。
だが、それを敵の破壊と認識したのだろう。
撃砕鎚は回転数はそのままに、ひゅんとエザリアに向かって降下していった。
「撃砕鎚の神具級再現具ですか。随分と、質の悪いものを作りましたね」
「ちゃうちゃう。こいつぁ、完全再現具。全部を再現しきれてない神具級再現具と一緒にせんで欲しいわぁ」
「どのみち、闇隷式典に記載されている術には変わりませんわね。もっとも、完全再現具ならなおさら質が悪いですが」
降下してきた撃砕鎚を華麗にキャッチしたエザリアは、そのまま優雅にくるりと一回転。
恭しくソフィアに一礼する。
しかし、このままでは埒があかない。
いかに撃砕鎚の追尾性能が高くとも、先のようにフレアやデコイの類を用意されれば防がれてしまう。
「見下ろされてばったのもシャクに障るし、うちもそっちに行こか。風精霊」
エザリアの命令を感じ取った風精霊達は、エザリアの身体を宙へと舞い上げる。
ソフィアと同じ高度──城壁と同じくらいの高さ──まで上昇したエザリアは、改めてゴシックロリータの少女と向き直った。
耳には逆卍字のイヤリング、胸元には繊細な細工を施されたロケット、首には黒革の細いベルトで作られたチョーカーがある。
左目には意匠を凝らした眼帯があり、右目のアイスブルーの瞳が力強くエザリアをにらみつけた。
「知りませんでしたわ。最近の錬金術師は、精霊も扱えるのですね」
「元々の専攻が四大元素やったからなぁ。扱いはともかく、知識に関してやったら、その辺の精霊魔術師よか上やで」
ソフィアはエザリアとの間合いを慎重に測りながら、その内心はおくびにも出さずに魔力を練り上げる。
こちらの内心を、ほんのわずかでも悟られてはだめだ。
なにせ相手は、
「暗星雲」
公式、非公式を含めて、世界でも十人といない承認ランク特Sクラスの保有者──核弾頭よりも危険な存在なのだから。
「貫け!」
ソフィアは放出した魔力によって精霊を牽引し、ほの暗い焔──禍焔──を生成する。
禍焔は更に密度を増して幾つもの球形へと成形され、そこから黒弾を吐き出した。
「ふっ」
エザリアはほんのわずかに口端を楽しそうに釣り上げると、風精霊の力を借りて急加速する。
目標を失った黒弾はエザリアを追うことなく、地面や城壁を撃ち抜いた。
更に城壁を貫通した黒弾は、着水と同時に高い水柱まで作り上げる。
「貫通弾か。けど、ちょっと威力高すぎるんとちゃうか?」
「貴女が相手では、これでもまだ足りないくらいです!」
ソフィアは更に、球体の数を倍以上に増やした。
その数なんと、二五個。
それぞれの球体から、機関銃さながらの連射速度で黒弾が放たれる。
だが、エザリアの速度の方が勝っていた。
秒間百発以上撃ち出される黒弾は、エザリアの影を追うばかり。
これで精霊魔術師ではないというのだから、呆れで笑いがこみ上げてくる。
「逃げるんも飽きたし……」
と、エザリアの動きに変化が訪れた。
「そろそろ、反撃させてもらうで!」
撃砕鎚のサイズを倍加させ、ソフィアへと突っ込んで来たのである。
いかに貫通力を増した黒弾をばらまこうとも、巨大化した撃砕鎚を破壊することはできない。
ソフィアは球体をあちこちに散開させつつ、自らも飛んでエザリアの突進を回避した。
背中に感じた熱気は、高温を放つ撃砕鎚からのものだろう。
直撃していれば、灰も残さず蒸発していたかもしれない。
使用者本人は放射熱の影響を受けぬよう、なんらかの処置が施されているのだろうが。
ソフィアは散らばった球体を操作して、後ろ斜め上方に位置するエザリアへと一斉掃射を再開する。
先は一方向だった攻撃が、今度は周囲からエザリアへと襲いかかった。
「っとと!?」
エザリアは急上昇ののち、錐揉みしながら横方向へと飛んだ。
ソフィアに狙いを絞らせないためである。
いくら撃砕鎚の威力が絶大といっても、一方向からの攻撃にしか対処できない。
報復の剣が複数本あれば迎撃も可能かもしれないが、禍焔が相手では耐久性に問題がある。
それに、そもそも一本しかなかった完成品は、昶に叩き斬られたわけであるし。
──やっぱ、闇精霊を起点にした術式の破壊力はヤバいなぁ。あのクソババァ、とんでもないもん仕込みやがって。
エザリアは空中を駆け抜けながら、ソフィアに向かって撃砕鎚を放つ。
軌道上にあった球体を幾つか破壊しながら、撃砕鎚はソフィアに向かって真っすぐに降下して来た。
「そのような苦し紛れの攻撃で……」
ソフィアは残った全ての球体の照準を、撃砕鎚へとセットする。
「このわたくしを破れるとでも!」
さすがに、正面以外からの抵抗は考えていなかったのだろう。
後方から一点に集中砲火を喰らった撃砕鎚は、寸前でソフィアを狙いから外してしまった。
だが、それで十分。
エザリアはジャケットの内ポケットから、二本の試験管を取り出していた。
中に封入されているのは、茶褐色の液体。
「材質はタングステン、形状は砲弾、役割は射撃!」
空中へと解き放たれる地精霊。
それはエザリアの言葉に従い、両手でようやっと抱えられるサイズの砲弾へと形を変える。
戦車砲の如く、タングステンで構成された砲弾は黒弾の侵食をものともせず、ソフィアへと牙を剥いた。
「…………」
だが、ソフィアは迫る砲弾を見つめたまま、かわすような素振りは見せない。
直撃すれば、身体に大穴が空き即絶命する。
だが砲弾が間近までやって来たその時、ソフィアの身体がいきなり動き出した。
左右上下に、まるで輪舞のように華麗なステップを踏む。
その様はまさに、戦場に咲く一輪の花。
豪雨のように降り注ぐ砲弾の雨の中を、すらりすらりと通り抜けていく。
そして砲弾の雨をかいくぐる中、入念に準備していた術を起動させた。
「降り注げ、流星!」
最後の砲弾をくぐり抜けた瞬間、ソフィアはその言葉を口にする。
直後、エザリアの頭上から暗き焔が溢れた。
溢れた焔はエザリアが気付くよりも速く到達し、全身を消し炭へと変える。
しかも、溢れた焔は一つだけではない。
群を成して地表へと落下する流星の如く、音の速さすら超えて次々とエザリアを撃ち抜いた。
エザリアとソフィアの戦闘が始まった直後に意識を取り戻したミゼルは、未だ気を失ったままのネーナを引っ張って、レナと昶の所までやってきていた。
意識のあるミゼルとレナは、上空で繰り広げられる戦闘に目を丸くする。
レイゼルピナの誇る機動隊隊よりも速く飛翔し、軍艦すらしのぐ火力を有する。
あれが本当に、人間の成せる業なのだろうか。
自分達とあまりにもかけ離れすぎていて、なんの感慨もわいてこない。
辛うじて繋がっている双輪乱舞の経路を通じて、昶の知識が流れ込んでくる。
しかしそれは、自分達と彼女達の間にある大きな隔たりを教えてくれるにすぎない。
エザリアの使っているのは、自分達の使っている錬金術より数段上のもので、しかもその極致とも言える代物。
神話上の武具を錬金術によりほぼ完璧に再現した、人が扱うには破格の武具である。
それに対して、今エザリアと戦っている女の子は、基本的には“ツーマ”と同じ闇精霊を用いた術。
それをさらに高度化・砲撃に特化させたものである。
だが、どう見たって同じものには見えない。
風精霊を用いて、あそこまで速く飛べるのか。
あんな威力の術を放てるだろうか。
言い知れぬ寂しさのようなものが、レナの中で大きくなってゆく。
──もっと、力、寄越しやがれ……。
「アキラ?」
不意に、昶の声が聞こえた気がした。
レナは慌てて傍らに横たわる昶に目をやるが、未だ目を閉じたまま起きている様子はない。
しかし、
──草壁の血の力、まだまだ、こんなもんじゃ、ねぇだろうが。
気を失っていてなお、昶は戦う意思を絶やしてはいなかった。
ぼろぼろに傷付きながらも、大切な人を守りたいという思いには、一点の曇りもない。
それが嬉しいような、悲しいような、レナとしては複雑な気分だ。
だが、そこで異変が起きた。
──小僧、貴様、力ガ欲シイノカ?
脊髄を直接まさぐられるような嫌悪感。
昶のものでも自分のものでもない声が、レナの脳内に反響した。
それと呼応するかのように、思考の中を漂っていた黒いもやのようなものが、一気に濃度を高めてゆく。
──欲しい。レナを守れるくらいの、エザリアをぶちのめせるくらいの力が。
──クックックックッ。ヨカロウ。サァ、叫ベ小僧! ソシテ、我等ヲ解放シロ!
「ダメぇ、アキラぁ、それだけ、はぁ…………」
「どう、したの!?」
突然頭を押さえて、うずくまるレナ。
明らかに、様子がおかしい。
ミゼルは自分の身体を引きずるようにして、レナまで近付く。
何度も声をかけるのだが、レナはうわごとのように言葉を繰り返すだけだ。
「ダメ、ダメ、そいつの声、聞いちゃ、ダメ…………」
レナの体内を巡る魔力が、昶の中で囁きかける者によって穢されてゆく。
透明感のある鮮やかな緑が、混沌とした汚色によって塗り替えられるように。
──サァ、紡グガイィ。我等ヲ解キ放ツ、言ノ葉トヤラヲ。
──わかってらぁ…………。
ようやく意識が現実に浮上した昶は、うっすらと目を開く。
そして朧気な意識のまま、禁断の言葉を口ずさんだ。
「────────百鬼纏甲────────────────」