第十四話 決戦のレイゼンレイド Act07:福音と災音
遠ざかる足音を聞くネーナとミゼルは、思考を完全なる戦闘モードへと移行した。
守るものが無くなった今、二人は敵を倒すことだけに全力を注ぐことができる。
ネーナが前、ミゼルが後ろという形で、二人は“ツーマ”へと駆けた。
強者が増えたのが嬉しくて、“ツーマ”はニヤリと口角を釣り上げる。
しかも、これは覚えのある魔力だ。
「確か、シュタルトヒルデで会ッたよね!」
言葉と同時に、漆黒の刃を無造作に振り下ろす。
だが、ネーナはあえてそれを受け止めた。
分厚い層を成す両腕の氷片は唸りを上げて渦巻き、闇精霊の侵食作用を力業ではねのける。
「だったら、前みたいにうちの姫さま方を見逃してくれねえか?」
「残念だケど……」
“ツーマ”の視界の端に、裾の長いフリルスカートが目に入った。
ふと上へ視線をやると、なんと天井ぎりぎりを滑空するミゼルの姿があったのだ。
壁にしたネーナの頭上を飛び越えて、上から襲撃しようとしていた。
「これモ仕事なんだョ」
左腕の使えない“ツーマ”は、素直に後退した。
天井を蹴って急降下してきたミゼルの刃は、あと一歩の所で“ツーマ”には届かない。
──ミゼルだッたけ、気配の消し方が上手いャ。
視線の先で空を薙ぐダガー──それを覆う暗黒の刃を見ながら、“ツーマ”はもう片方の巨大な魔力の方を見る。
ネーナの腕に渦巻いていた氷片が、咆哮を上げるように跳ねた。
蛇のようにうねりながら、氷片の渦が宙を駆け抜ける。
しかし、空中でも自在に動ける“ツーマ”は、仰向けになって床面すれすれを飛行し、これも回避した。
杖以外の発動体では安定飛行の難しい飛行術を武器型の発動体で、しかもこれだけの閉所でも自在に操るとは……。
ネーナは“ツーマ”の並外れた技量に舌を巻く。
だが、渦巻く氷片の下には、暗黒の刃を両手に携えたミゼルが潜んでいた。
ミゼルは“ツーマ”の動き出した直後、使えない左腕の方からから回り込むようにして、両手のダガーを突き出す。
すかさず“ツーマ”は空中で旋回し、漆黒の刃で二本のダガーを振り払う。
だがそのせいで、後方への注意が散漫になってしまった。
──ここぉ!!
ネーナはもう片方の氷片渦巻く拳で、背中から“ツーマ”を殴り飛ばした。
くるくると車輪のように回りながら、“ツーマ”は壁に激しく打ち付けられる。
「ミゼル、お前。その身体でよくオレに合わせられるな」
「ネー、ナ、こそ。スイッチ、の……タイミング。ばっちり。普、段…あんな、に。雑な性格、してるのに」
「なぁ、そのしゃべり方、もう少しなんとかならねぇか?」
「それっ、はちょっと……、無理」
“ツーマ”に視線を合わせたままの二人であるが、互いに笑っているのがわかった。
組むのは初めてのはずなのに、不思議なほどに息が合う。
もしかしたら、普段から行動を共にしているせいかもしれない。
タイミングの難しいスイッチが面白いように決まり、怒涛のように繰り出される連続攻撃の数々。
これならば、もしかしたら。
そう思った矢先、床面を、壁を、天井を、黒雷が這い回った。
「ッてて。こんな狭い所じャ、跳弾して危ナいんだケど」
発生源は、もちろん“ツーマ”だ。
一閃された漆黒の刃から、空間を冒すかのように黒雷が伸びる。
これがシュバルツグローブで、学院西部の森で、局地的な地形の改変を引き起こしたマグスの、本当の力。
「仕方ないよネ。二人共強イんだし。あ、別に怒ッてるわけじャないョ。“アンラ”と違ッて、ボクは強い人と戦ウのが好キだかラ」
ミゼルが片腕を潰してくれていて助かったと、ネーナは改めて思った。
今でさえ手一杯なのに、もし両手が使える状態なら手が付けられなかっただろう。
そして同時に思う。
こんな常識外れのマグスと、あの少年は二度も戦ったというのか。
異例の大出世を果たした麒麟児と揶揄されているネーナですら、これほどまでの恐怖を感じているというのに。
「こりゃ、オレも気張らねぇとな……」
「ネー、ナ。来る」
壁に寄りかかっていた“ツーマ”の身体が、床から数センチ浮いた。
そこで右腕に握る漆黒の刃を、無造作に振り抜く。
────ゴォォォオオオオオォオオオオオオ!!
本物の雷よろしく、刃の撫でた空間から黒雷が迸った。
毛細血管さながらに空間を埋め尽くす黒雷を回避するのは、完全に不可能である。
「ルミナスペリア!」
聞き慣れない呪文が、ミゼルの耳を打った。
だがその意味を、ミゼルは次の瞬間に理解する。
ネーナの突き出した手を中心にして、光の盾が構成されたのである。
侵食される壁面とは正反対に、光の盾は黒雷の全てを弾き返す。
まるで幻でも見ているかのように、ミゼルは大きく目を見開いた。
「輝照術式!?」
「へぇぇ。こいつは、そんな名前が付いてんのか。なかなか、かっこいいじゃねぇの!!」
輝照術式、またの名を──輝きの福音。
それは、深淵よりの災音──禍式精霊魔法と対を成す、光精霊に属する魔法である。
資料上では国内全ての魔法兵が使えるはずのない、四属性の上に立つ上位属性に在る魔法。
ネーナ自身も、魔法兵になってからは人前でこれを使ったことはない。
いざという時のための最後の切り札として、学院時代から密かに練習を積んでいたのだから。
あの日約束した少女を、ずっと守り続ける為に。
「はぁあああああああ!」
ネーナは強く床を踏みしめ、盾を張ったまま“ツーマ”へと突っ込んだ。
この瞬間、“ツーマ”の有する圧倒的有利さは消え去った。
闇精霊は他の四属性と比較すれば上位に位置するが、それは光精霊も同じこと。
“ツーマ”は右手の刃にありったけの黒雷を集め、光の盾へと斬りかかる。
バチィ!! っと、光と黒雷が途方もない衝撃波を生み出した。
あまりの衝撃に、魔法文字で補強されているはずの壁が、外側に向かって崩れる。
常人では立っていられないその中を、しかし駆け抜ける者がたった一人だけいた。
「シまッ!?」
気付いた時にはもう遅い。
盾の端より頭から滑り込んだミゼルは、前転の要領で“ツーマ”の顎を蹴り上げる。
更に上下逆さまの状態から身体を高速回転させ、連続して“ツーマ”の足を斬りつけた。
こちらは後方に飛んでかわされてしまったが、ダメージは確実に通っている。
「セティバースト!」
追い打ちを駆けるように、ネーナは攻撃呪文を放った。
無数に分裂する光球は通路を埋め尽くし、完全に逃げ道をふさぐ。
「プラッシーエクレール!」
ならば、逃げ道を作ればよいだけのこと。
既に一部が崩落した壁を完全に破壊し、“ツーマ”は外へと飛び出した。
間一髪、光球はローブの端をかすめるだけにとどまり、脱出に成功する。
真下には、丁寧に手入れされた巨大な庭園が広がっていた。
この国の象徴である薔薇を中心に色々な花が植えられており、見る者の目を楽しませてくれる。
“ツーマ”はこきこきと肩を鳴らすと、右手の刃を真上へと掲げた。
「それじャ、オシオキ開始ィッ!」
刃の撫でた空間から、先の倍以上もの黒雷が吐き出された。
しかも、一本一本の雷光が太い。
「ルミナスペリア!」
ネーナは再び光の盾で防御するも、跳弾への配慮がなくなった分、暴力的なまでに威力が跳ね上がっている。
「やべぇぞこりゃ」
攻撃は完全に防いでいるものの、ネーナは焦っていた。
このままでは、一方的に嬲り殺されるだけだ。
どうにかして、この状況を打破しなければならない。
「ネー、ナ」
「どうした? なんかいい案でもあるのか?」
「足場、お願い」
ネーナの理解を置き去りにして、ミゼルは盾の影から出た。
弱いとはいえ、肉体強化を施された身体は、砲弾のように“ツーマ”へ向かって飛び出す。
数十本もの黒雷がミゼルの全身を舐めるも、×字に構えた漆黒の刃で直撃だけは辛うじて回避し、
「…ッ!」
ひゅん、と軽やかな風切り音と共に、右手のダガーが投擲された。
空気を貫いて進むダガーは黒雷をも弾き、“ツーマ”へと迫る。
「おッと!?」
寸前で気付いた“ツーマ”は黒雷を撃つのをやめ、漆黒の刃でダガーを払った。
一秒にも満たない時間であるが、黒雷の豪雨は完全にやんだ。
それだけでも、ネーナには十分な時間である。
一瞬の躊躇もなく、ネーナは地上まで飛び降りる。
全身武装鎧の風による反発で衝撃を殺し、両腕にありったけの魔力を込めた。
「おらぁぁぁああああぁぁァアアアアア!!」
地鳴りと共に、庭園のあちこちが盛り上がった。
盛り上がった大地を破り、尖塔を彷彿とさせる巨大な石柱が、十数本もそびえ立つ。
「……よし」
その内の一本に、ミゼルは危なげなく着地した。
そう、ミゼルがネーナに頼んだのは、これなのだ。
飛行術の使えないミゼルが空中戦を行おうと思えば、相応の足場を用意する他ない。
それを一目見ただけで察したネーナは、持ち前の魔力で地精霊を操り、岩石の尖塔を作り上げたのである。
ミゼルは着地の反動を利用して、再び宙を飛んだのだ。
予備のダガーを右手に持ち、真上から“ツーマ”に向かって突き下ろす。
「そウ何度モ同じ手は喰わないョ」
わずかに横へスライドして、ダガーの刺突を回避する。
ミゼルは岩の尖塔に着地すると同時に、骨の髄まで痺れたような感覚に見まわれた。
普通ならば、手足がもげてもおかしくない衝撃なのだ。
肉体強化の強度がさほど高くないミゼルには、少しばかりきつかったらしい。
ミゼルの力では、空中戦は不可能ということか。
だが、諦めるつもりはない。
もう一人の頼もしい仲間が、諦めない限り。
「おらぁぁぁぁあああアアアアああああ!!」
光と風の全身武装鎧をまとったネーナは、飛行術により自らの身体を宙へと押し上げる。
まだ荒削りで安定とはほど遠いできではあるが、とにかく速い。
“ツーマ”は黒雷で迎撃するも、光と風の鎧は闇精霊に侵食されることなく弾き返す。
ネーナの正拳と“ツーマ”の漆黒の刃がぶつかりあい、嵐のような暴風を巻き起こした。
周囲で様子を見守っていた魔法兵の一部は、風にあおられて大きく吹き飛ばされる。
“ツーマ”は相手の力に逆らわず、不意に力を抜いた。
意表を突かれたネーナは、そのまま身体が前方へと流れる。
「やばっ!?」
しまった、と思った時には、“ツーマ”は既に漆黒の刃を高々と振り上げていた。
しかしその刃を、別の刃が弾く。
わずかにそれた軌道の内側に身体を潜り込ませ、ネーナは絶体絶命のピンチをなんとか切り抜けた。
「わりぃ、助かった」
「そういう、のは……あと」
ネーナは尖塔の頂に手をかけるミゼルの隣で、ふわふわと漂う。
相手は一人──しかも片腕が使えないというのに、二人がかりでも一向に押し切れない。
しかも光精霊を行使する魔法──輝照術式──は、普通の魔法以上に魔力と精神力を喰う。
魔力的にはまだ余裕があるが、長期戦は望めない。
「やっぱ、全力でかかって、一気に仕留めるしかないか」
「たぶん」
ミゼルの方は、魔力はまだしも体力の方が持たないだろう。
血塗れのメイド服からもわかるように、よくここまで動けているものだと、ミゼル自身も思う。
ミゼルはフリルスカートの上から太ももに手を当て、残りのダガーの本数を確認する。
ストックは左右に二本ずつ、手元の二本と合わせて計六本。
ネーナの方も気合いを入れ直し、全身武装鎧を再展開した。
風の力はそのままに、光量が二割ほど増えている。
「行くぞ、ミゼル」
「……はぃ」
四属性の頂同士、光精霊使いと闇精霊使いの戦い、その第二戦が幕を開ける。
ミゼルが動き出したのは、“ツーマ”が黒雷をばらまく直前だった。
回避の間に合わなかったネーナは、光の盾を張って受け止める。
横向きに迸る黒雷の下をかいくぐりながら、ダガーへとこれまで以上の魔力を込めた。
「ッ!!」
目をかっと見開き、込めた魔力を解放する。
ダガーから、暗黒の刃が伸びた。
ただし、これまでのような刀身を包み込むような、そんな生易しいレベルのものではない。
天をも貫かん勢いで、無限遠に伸び続ける。
ミゼルは数十メートルまで発達した刃を大上段まで振り上げ、気合いと共に一気に振り下ろした。
ネーナに治療してもらったばかりの循環系が、再び軋み始める。
身体の発する危険信号は全て無視し、ミゼルは全身全霊の一撃を“ツーマ”へと叩き込んだ。
ゴォォォオオオオオオォォオオオオォォオオオオオオ────!!
「ヤるじャないか!」
空中で静止する“ツーマ”は、あえてそれを正面から受け止めた。
銀の柄から伸びる漆黒の刃は、咆哮でも上げるかの如く闇精霊の力を吐き出す。
漆黒と暗黒の刃は互いに互いにを貪り合いながら、不気味な破壊音を連ねた。
死を司る特性からか、まるで怨霊の叫び声のようにも聞こえる。
予想をはるかに上回る圧力に、“ツーマ”は更に魔力を爆発させた。
筋力の跳ね上がった右腕は暗黒の巨刀をどうにかしてはねのけるも、向こう側からネーナが迫ってきていた。
「そぉおらッ!!」
ネーナの右手から伸びるのは、光精霊で構成された剣だ。
恐らくは、物質化と併用して作り上げたのだろう。
払った刃を返し、“ツーマ”はネーナの剣も受け止める。
相反する力がぶつかり、爆発にも似た衝撃が一帯を駆け抜けた。
「ボクの剣ヲ受け止めてモ折れないッて、いッたいどれだけの魔力ヲ込めたのかな?」
「さぁな、全力で込めてるだけだから、全然わかんねぇよ!」
ネーナは“ツーマ”の刃を弾くと、一歩退きながら横薙ぎに剣を振るった。
しかしそれは、“ツーマ”がほんのわずか降下しただけでかわされてしまう。
──やっべぇ、空中戦だから高さもあるんだっけか!?
三次元空間で行われる近接戦闘は、地上で行う二次元平面上でのものと勝手が違う。
空間内での自分の位置や方向、高度や飛行術による推進力といった異なる要素が、重きを占めてくるのだ。
──よく考えたら、これが初体験かよ。ったく、なに無茶やってんのかねぇ、オレは。
飛行術による推進力はまだしも、自分がどの方向を向いているのか、更には相手との位置関係といったものが上手くつかめない。
空中で身を翻した“ツーマ”は、ネーナの真下をくぐり抜けて後方から強襲をかけた。
瞬時に後方を向けないネーナは、全力で前進してこれを回避。
そのまま反転して“ツーマ”の方を見やると、なんと完全にネーナの速度に追従していたのだ。
やはり、空中戦は向こうの方が遥かに上手か。
呪文を唱えている余裕はない。
ネーナは光の剣にありったけの魔力を込めつつ、防御体勢をとる。
「はぁッ!!」
そこへ鮮血色のフリルスカートをはためかせたミゼルが、体当たりするようにして二本のダガーをぶつけた。
「ナイス、ミゼル!」
と、ネーナの持っていた光の剣が、突然崩れ始めた。
光の剣は重厚な層を成す籠手へと変わり、ネーナは前方に向かって全力で飛んだ。
ミゼルはネーナの姿を隠すように刃の接触点を軸に身体を動かし、直前で下方へと自らを押しやる。
“ツーマ”の視界が開けた直後、拳を振りかぶったネーナが勢いよく突っ込んできた。
ミゼルに押された力に逆らわず上方に身体を持ち上げてぎりぎり回避するも、防御の魔法文字が一気に薄くなった。
“ツーマ”は更に上昇しながら、特殊な詠唱を口ずさむ。
「ダルク・スンデ・トリーデン・マイニィ、降り注げ、黒の轟雷!」
五メートルを超える漆黒の刃で、“ツーマ”は十字を切った。
その刃に斬られた空間やその傍から、黒雷を押し固めて作られた三叉槍が姿を現す。
それも、十本や二〇本ではない。
目測でも百本は軽く超えていそうな本数の三叉槍がその先端を下方に向けて、発射の瞬間を今か今かと待ち構える。
「イケ!」
号令と共に、“ツーマ”は漆黒の刃を振り下ろした。
本人とほぼ同じ大きさをした黒雷の槍は、まっすぐに地上を目指して降り注ぐ。
ネーナもミゼルも、岩の尖塔を盾にするように回り込んだ。
直後、まるで地震のような大揺れと、鼓膜を破らんばかりの破裂音と破壊音が、元は巨大な庭園だった場所に吹き荒れた。
尖塔は二割ほどを残して粉微塵に粉砕され、一部では水堀まで貫通した場所から水が沸き出していた。
地表を根こそぎ引っ剥がすような、圧倒的な火力。
その苛烈な傷跡はまさしく、シュバルツグローブや学院南西部の森で見たものと同じであった。
「大丈夫か、ミゼル」
「なん……とか」
めくれた地面に隠れて、ネーナはミゼルとの合流を果たした。
自分もそうだが、ミゼルも“ツーマ”の放った魔法にたいそう驚いているようである。
「あんなんもう一回されたら、たまったもんじゃねぇぞ」
「……うん」
ネーナは声を潜めながら、上方の“ツーマ”へと目をやる。
大技の使用直後で、少し気が抜けているようだ。
「さっさとケリを付けるぞ。さっきのデカイ奴、もう一回いけるか?」
「…………無理でも、やる」
こちらに気付いた“ツーマ”が、一気に降下してきた。
ミゼルは即座に動きだし、ネーナは正面から受け止める。
一瞬にして光の籠手を物質化させ、漆黒の刃を受け止めた。
長大な助走距離と重力の力を借りた一撃に、受け止めたネーナは足首まで地面に埋まった。
と、次の瞬間、ミゼルが背後から“ツーマ”を急襲する。
魔力の気配を察知した“ツーマ”は空中で身体をひねり、ミゼルを蹴り飛ばすが、代わりにネーナに刃を弾かれた。
続けざまに鳩尾へと飛んできた掌底を身体の表面ぎりぎりで回避し、“ツーマ”は再び二人と距離を取る。
牽制に黒雷をばらまき十分に距離を取った所で、再び二人に向かって飛翔した。
「ダルク・スンデ・ティオリア・グラディオ」
どす黒い力の塊が、漆黒の刃を覆い尽くした。
「黒き精霊の名の下、汝を断罪す!」
力の塊は新たな刃となって、銀の柄から伸びた。
その長さたるや、十メートルを軽々と超える勢いだ。
「ルミナスペリア」
ネーナは巨大な刃の迫る方に回り込むと呪文を口ずさみ、光精霊の盾を作り出す。
「行け! ミゼル!」
「……ッ!」
その威容さたるや、先ほどまでの盾と比べ物にならない。
込めた魔力が、それほどまでに莫大だったのだろう。
全身を覆うほどに巨大で、鎧よりも数十倍は分厚い盾に、巨大化した漆黒の刃が深々と沈み込んだ。
これまでの数倍の力を込めたというのに、気を抜けばそのまま盾を斬り裂かれ、身体を半分にされそうなほど。
じわりじわりと、漆黒の刃が光の盾を冒す。
「おらぁぁあああああ!」
なおも侵食を続ける刃を、ネーナは気力で押し返そうとする。
絶対に負けない、エルザの元に行かせてなるものか。
その思いが、ネーナに更なる秘蹟を授けた。
光の中に、時折淡い紫の閃光が混じり始めたのである。
強い思いが魔力に反映され、魔法が己の色に彩られた。
未だ研究途上にある呈色化と呼ばれる現象を、ネーナは己が信念によってわずかながら引き起こしたのである。
盾を侵食する刃が、完全にその動きを止めた。
まさか止められるとは思っていなかった“ツーマ”は、驚愕から完全に思考停止してしまった。
今使ったのは、聖霊魔法だ。
精霊が言霊によって精霊に形と役割を与える、いわば精霊の行使する精霊魔法。
それはマグス達の使っている魔法の上位に位置するもの。
いくら同じ上位属性とはいえ、威力は段違いに“ツーマ”の方が上のはずなのに……。
そのわずかな時間の間に、目の前までミゼルが迫ってきていた。
ネーナが受け止めていなければ、そのまま腰から上下に八つ裂きにされていただろう。
それでもミゼルはネーナを信じ、真っ直ぐに“ツーマ”へと駆けていたのである。
ミゼルの握るダガーに、桁外れの魔力が集まり始めた。
この感じは、先の無限遠に伸ばした刃と同じ。
「くそッ!?」
“ツーマ”は距離を取ろうとするのだが、身体が右手に引っ張られる。
ネーナの盾に食い込んだ漆黒の刃が引っかかり、抜けなくなっているのだ。
即座に右手の銀柄を放棄するも、時既に遅し。
「……ッダァアアアアアああアアァァアアアア!!」
雄叫びを上げるミゼルの手から、暗黒の刃が伸びた。
しかし、“ツーマ”のそれとは違い、ミゼルのそれは天井知らず。
いくら後方に飛んでも、刃の延びる方が早い。
“ツーマ”はとっさに盾を張って弾こうとするが、伸び続ける刃の突きは想像を絶するほどに重かった。
弾こうとした“ツーマ”の身体が、むしろ下方へと弾き飛ばされる。
その結果に、ミゼル口元がわずかながらほころんだ。
──これ、で……、ネーナ、が。
ミゼルが背後を見やると、既にネーナは準備段階に入っていた。
“ツーマ”が銀柄を離した段階で、ネーナは光の盾を崩していたのである。
いや違う、別の物へと再構成を始めていたのだ。
本来溜めていた魔力に加え、強度上昇に回していた魔力も総動員し、光精霊をかき集め、一点に収束する。
地上に降りた太陽の如く、ネーナの集めた光精霊は薄紫のヴェールをまとって煌々と輝いていた。
──うまくかわせよ、ミゼル!
最後の一押しとなる呪文を、ネーナは口ずさんだ。
「ディバイナリーレイ!!」
持てる力の全てを結集し、限界まで超高圧縮された光精霊が、一気に解放された。
魔力破壊に特化された閃光は、暗闇を溶かすようにして“ツーマ”へと迸る。
回避されたとしても、圧倒的な密度を有する光精霊は、かすめただけで根こそぎ魔力を破壊していく。
ミゼルの放った漆黒の刃によって地上に縫いつけられた“ツーマ”は、完全に回避することはできない。
ネーナとミゼルは確信と共に、破魔の閃光へと最後の希望を託した。
────聖光式陣か、また懐かしいもん使っとるやないけぇ────────
だが次の瞬間、必殺の光条は音を立てて瓦解する。
無数の狂気を孕んだ、血塗れの姫君によって。