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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
104/172

第十四話 決戦のレイゼンレイド Act06:あらがう者

 メレティス王国首都、メルカディナスから派遣された艦隊は、グレシャス領を襲撃してきた艦隊の後ろを取る形で到着した。

 先頭を行く艦の観測士が双眼鏡で敵艦を確認した所、全てが傭兵達の艦らしい。

 グレシャス領の艦隊と竜騎士隊の相手に手一杯で、気取られた様子はない。

「全艦、主砲及び副砲準備。目標、敵艦隊中央。爆竜隊も、全騎出撃準備だ」

「全艦、主砲及び副砲準備! 目標、敵艦隊中央! 爆竜隊、全騎出撃準備!」

「了解しました。全艦へ通達。主砲・副砲準備。目標敵艦隊中央」

「こちら旗艦“エドラミス”。各艦の爆竜隊は、全騎出撃準備に入ってください」

 指揮官である老翁の指示を副官の青年が復唱し、それを各通信士が他の艦へと通達する。

 風精霊(シルフ)式近距離無線通信機。

 風精霊(シルフ)の結晶を共振させることにより、数キロ単位の距離ならば無線での会話を可能とする最新の通信機器だ。

 各艦から次々と届く報告を通信士が復唱し、ついに全ての艦が砲を敵艦隊に合わせた。

()ぇええええ!」

 老翁は、手元の受声機に向けて叫ぶ。

 一拍遅れて、艦全体を揺さぶる振動がやってきた。

 絶え間なく鳴り響く轟音が、その威力のほどを語っている。

 炸薬をたっぷり積んだ榴弾、あるいは火精霊(サラマンドラ)の結晶から生み出される緋色の光条。

 しかしそれらは、まるで見えない壁にでも当たったかのように艦隊の手前で爆発、あるいは進路をそらされてしまった。

「障壁か。厄介な」

 老翁は、想定外の事態に舌打ちする。

 いや、異法なる旅団(テリビリアス)もいるのならもしや、くらいには思っていたが。

「しかし、艦のような小規模で、障壁など張れるのですか? あれは土地の力を入念に調べ上げて、高位のマグスが数十人がかりで敷設するようなもののはずですが……」

「現にやってんだから、可能なんだろ。爆竜隊が障壁を突破して、爆撃させるしかねぇなこりゃ」

 慌てる副官とは正反対に、老翁は冷静だった。

 すぐに砲撃中止の指令を出し、対艦爆撃装備の竜騎士隊──通称、爆竜隊──へと出撃命令を下す。

 各艦はそれぞれ敵艦の砲撃に対して、回避運動を取り始めた。

 無線通信機という通信手段を持つメレティスの艦隊は、他の通信手段と比べて圧倒的に長い通信距離を武器に、これまでの艦では成し得なかった範囲まで素早く艦隊を広げる。

 と、その時、これまで黙秘を貫いていた、奇妙な格好の少女が立ち上がった。

「障壁を破壊したのち、わたくしは首都に向かいます。よろしいですか?」

「王都までですか? ここからでは、飛竜を飛ばしても一時間以上は優にかかりますよ?」

 少女の発言の意図がつかめず、副官は首をかしげた。

 足の早い飛竜でも標準時で一時間、遅いものなら二時間以上もかかる。

 それに、王都への派遣命令も受けていなければ、王都が襲われたとの指令も受けていない。

 ならばこの少女は、なにを意図して王都に向かおうなどと言っているのだろうか。

「その距離なら、なんとか」

「だとしても、そちらに回す飛竜は…」

「かまいません。自分で行きますから」

「障壁さえ破壊してくれるなら、儂は構わん」

「艦長!?」

 副官を置いて、少女と老翁の間でやりとりがかわされる。

 グレシャスの艦隊と竜騎士隊の戦力もプラスされれば、火力としては申し分ない。

 少女の居る居ないで関係があるとすれば、敵艦を撃破する時間が早い遅いかくらいだ。

 そもそも、この少女がどれほどの戦力を有しているのか、この艦隊の誰も知らない。

 いなくても撃破するのは可能なのだから、障壁を破壊してくれれば、より迅速に事態を収拾できる。

 それだけだ。

「ありがとうございます」

 少女はお辞儀を一つすると、駆け足で艦橋を出て行った。

 あっという間に外まで駆け出ると、甲板の先頭まできてひときわ大きくジャンプする。

 艦から飛び出した身体は途中まで自由落下を続けるも、次の瞬間には風に持ち上げられるようにして一気に上昇した。

暗星雲(ニーベル)

 敵艦と同じ十個。

 短い起動ワードに呼び出され、いくつもの暗黒色の球体が少女の周囲に現れる。

 まるでそれぞれが自由意志を持っているかのように、球体は統制のない動きで少女の周囲を漂っている。

 一つ一つの大きさはハンドボールほどで、決して大きなものではない。

 少女は華麗な眼帯をめくると、その下に在る異形の目でそれを視た。

 通常白い部分が病的に赤く、瞳に至ってはその時々で色彩を変える。あえて表現するならば、虹色とでも言うべきだろう。

 本来見えないものを見る負荷に、少女の脳が軋んだ。

撃て(シースン)!」

 十個の球体が、同時に暗黒色の火を吹いた。

 敵艦から放たれた砲撃を撃ち抜き、暗黒の火線が敵艦に迫る。

 誰もが先の攻撃と同じく、ただ弾かれて終わるだろう。そんな風に思っていた。

 新月の夜というのもあって、今にも消え入りそうな暗黒の火線は頼りない。

 視認できるのが不思議なほどの攻撃に、誰も期待はしていなかった。

 だが、

 ────パリィィィィィイイイイイン!!!!

 耳を打つのは、軽やかな音を連ねる十重奏。

 聞く機会こそほぼ皆無だが、それは結界が破壊されたことを知らせる音だった。

「全艦、攻撃再開!」

 平静を装って命令を下すも、老翁は驚いた。

 杖の発動体もなしに自在に空を飛び、たった一人で十枚の障壁を破壊するようなマグスが実在しようとは。

 あまりの莫迦らしさに、知らぬ間に顔がにやけていた。

 副官の方も度肝を抜かれたらしく、魂の抜けたような顔になっている。

 そんなメレティスの艦隊の乗組員達をよそに、少女は見知った魔力のする方へ最大化速をかけた。

「まさか、大戦の遺物もこちらに……。急がなければ」

 少女は眼帯をはめ直すと、自身の前面に円錐形に風精霊(シルフ)を展開し、空気抵抗をもろともせずに加速する。

 大加速による圧力と温度の変化も調整し、飛竜の数倍を上回る速度で少女──ソフィア=マーガロイドは王都を目指す。




 長い道のりを乗り越えて、昶とレナはようやく王都へと到着した。

 国内最大の経済力と人口を持つ都市だけあって、フィラルダやシュタルトヒルデと比べても圧倒的に大きい。

 都市一つを丸ごと水堀で囲っている所など、ここ以外はどこを探してもないであろう。

 観光地としても知られる絶景の都である王都レイゼンレイドは、しかし今は完全な地獄と化していた。

 区画の各所で戦闘が行われ、火の手が上がっている。

 よく見れば王城に向かおうとする勢力と、それを阻もうとする勢力があるのがわかっただろう。

 しかし、昶とレナにそんな余裕はない。

 燃え上がる城下を突っ切り、イグニスは一気に王城を目指す。

 だが、

「前から来る!」

「くそっ!!」

 昶が叫んだのと、ほぼ同時だった。

 王城の一角から、銀色の炎が迸ったのだ。

 イグニスも咄嗟に飛竜の手綱を引いたのだが間に合わず、銀の炎は左翼の翼膜を貫いた。

 飛竜が激痛に暴れるのを、イグニスは懸命に操作して高度を落とす。

 脳髄までぐるぐると振り回される中、レナはイグニスに向かって叫んだ。

「あたしたち、ここで降ります!」

「でも、王城まではっ、まだ距離が」

「ここまでくれば、大丈夫ですから! あなたは、無事に降りることだけを……ッ、考えて!」

 レナと昶は、身体をつなぎ止める固定具を外しにかかる。

「そんじゃ、行ってきます」

「ここまで、どうもありがとう」

 手元が安定しない中、時間をかけながらもなんとか外すと、二人はイグニスが静止するのも聞かずに再び空中へと飛び出した。

 飛竜の時とは逆に、昶は杖を駆るレナの後方へと腰を落とす。

 二人の後ろ姿を見届けるのも叶わず、墜落だけは避けようとイグニスは懸命に手綱を握った。




 飛び降りたまではよかったのだが、いざ冷静になってみると今の状態は恥ずかしいことこの上ない。

 自分の後ろには昶がいて、腰にはしっかり腕を回しているのだ。

 これで恥ずかしがるなと言う方が無理な話であろう。

「できるだけ高い建物に降りるぞ。下に降りたら、巻き込まれちまう」

「わかってる」

 だが、今はそんな場合ではない。

 レナは羞恥心を押さえ、頭の高い建物を探す。

 中心である王城へ向かうほど、戦闘が激しくなっている。

 始めの内は昶の呼吸も聞こえていたのだが、降下するほどに野太い叫びと悲鳴ばかりが耳へと雪崩れ込んでくる。

 レナは開けた屋上のある建物へと降下すると、数時間ぶりに地上に足を着いた。

「ぅわっ!?」

「っとぉ……!」

 と思ったら、いきなり膝が曲がってこけそうになった。

 間一髪昶がわきに手をかけて受け止めてくれたが、結局その場にべちゃりと座り込んだ。

 自分でも思っていた以上に、力を込めていたようだ。

 自分で飛竜を飛ばすとは言っていたものの、もし本当にしていればどうなったことか。

 ただ座っていただけでもこれなのだから、途中で力尽きていてもおかしくない。

 改めてイグニスに感謝しつつ、レナは先ほどのことを思い返した。

「それにしても、ラズベリエでは随分と無茶したわね」

 レナは後ろを見上げるようにして、昶の顔をのぞき見る。

 ほんの少し恥ずかしそうにしながらも、昶は口を尖らせて反論した。

「ってもよ、見殺しになんて……できるわけないだろ」

 自分でも、無茶なのはわかっていたらしい。

 昶自身も、まさかイグニスの目の前で術を使うことになるとは思わなかった。

 しかし、不思議と躊躇いはなかった。

 気付けば念話でレナと打ち合わせし、一人でに村正を抜き放っていたのだ。

「わかってる。あたしも別に、責めてるわけじゃないから」

 いきなり話しかけられた時は驚いたが、レナも昶の考えに賛成だった。

 マグスの力は、人々を救うための力だ。

 両親からも、学院の先生達からもそう教えられてきたし、レナ自身もそうだと思っている。

 以前までのレナなら、とてもじゃないができなかっただろう。

 だが、ここ一ヶ月の昶との猛特訓を通して身に付けた力のおかげで、レナは自信を持つことができた。

 その事実が、レナにはなにより嬉しかった。

 緊張もほぐれた所で、二人は周囲の状態に目をやる。

 明るいことは明るいが、松明や篝火の光ではない。

 魔法や火器によって作り出された、破壊に伴う火災の明かりである。

 しかも、空気中には胸焼けのするような香ばしいかおりが紛れていた。

「想像するなよ」

「……うん、わかってる」

 生暖かな吐き気を漂う臭気が、二人の鼻腔へと雪崩込んでくる。

 想像するまでもなく、それは殺戮の残り香。

 斬られ、踏まれ、焼かれ、おおよそ人の尊厳から外れた死体の香りに他ならない。

 昶もレナも、実際の死体を見ずに済んだのは幸いだった。

 もし見ていれば、こんな風に平静を保ってはいられなかっただろう。

 昶はレナに対して気丈に振る舞おうと、レナは昶に弱みを見せまいとして、辛うじて踏みとどまっている状態なのだ。

 柄にもなく、昶は震えている自分に気付く。

 戦う訓練は受けていても、死体を見る訓練なんて受けていない。

 人としての本能的な恐怖が、現実を拒絶する。

 そんな昶の恐怖を感じ取ってか、レナは昶の手を自分のそれできゅっと包み込んだ。

「大丈夫よ、きっと」

「…………悪い。こんな時こそ、しっかりしなきゃなんねぇのに」

 昶はレナの手をほどいてその手首をつかむと、立たせておんぶした。

 いきなりの展開に、レナは目を白黒させる。

「ちょっ、アア、アキラ!?」

 飛竜の上と違って、今は防寒着を着ていない。

 未成熟な自分の身体が、昶の背中に押しつけられている。

 しかも太ももには、素肌の上から思った以上に大きな手の感触が……。

 こんな状況にも関わらず、今まで懸命に押さえていたレナの羞恥心は、一気にレッドゾーンを突き抜けた。

「どどどどっ、どこ触ってんのよ!」

「こうしなきゃおんぶできねぇだろ! それに、この状態が一番安定するんだよ!」

「だったら事前になんか言ってくれないと、ここっ、ここっ、心の準備が……」

「俺だって意識しないようにしてたんだから、そっちもなんとかしろ!」

「無理ぃいいい!!」

 レナの羞恥心が、昶にもうつってしまったらしい。

 冷静に考えてみれば、今の自分の背中には同い年くらいの女の子が乗っているのだ。

 体型がちっとばかし残念なのなんて、全く気にならない。

 わずかな胸の膨らみも、すべすべとして柔らかない肌の感触も、自分よりやや高い体温も、全てが手に取るようにわかる。

 なにせ、完全な密着状態なのだから。

「いいから口閉じて、しっかり捕まってろ!」

「ちょ…待っ、きゃぁ!!」

 昶は恥ずかしさを振り払うように、勢いよく走り出した。

 二人ともグレシャス領の時はシェリーの身を案じてそれ所ではなかったが、一度緊張の糸が切れてしまったせいでなかなか羞恥心が消えてくれない。

 それでも昶は無駄な思考を追い払い、一段低い建物に降りると同じような高さの建物を伝って王城を目指す。

「助けるぞ、王女さま達」

「…………うん」

 決意を新たに、昶はまっすぐに王城を目指した。




 ミゼルのヘッドドレスが宙を舞い、純白の布地が鮮血に染まった。

 振り下ろされる漆黒の刃に向かって、ミゼルは自ら突っ込んだのだ。

 エルザは未だ、目の前で起きたことが理解できなかった。

 ミゼルが、自分をかばって斬られた?

 霞んでいた意識が、一斉に覚醒していく。

 受け入れたくない現実が、強制的に流れ込んでくる。

 数少ない、自分の全てをさらけ出せる人が……。

「ミゼル…………ミゼルゥウウウウウウッ!!」




 ────────呼、んだ?



 一瞬、エルザは我が耳を疑った。

 今、ミゼルが返事をしたような……。

 恐る恐るエルザが頭を上げると、そこには両手にダガーを持ったミゼルの姿があった。

 あの、いつもネーナにいいように扱われているミゼルが、武器を?

 しかもよく見れば、ヘッドドレスについた血はミゼルのものではない。

 片方のダガーで漆黒の刃を受け止めつつ、もう片方のダガーで少年の腕を差していたのだ。

 少年は即座に腕を引き抜くと、ミゼルから大きく距離を取った。

「いッててェ……。ちョッと油断してたョ。まさか、君も戦えるだなんテ。全然、そんな風には見えなイのに」

 少年は傷に手をあてがいながら、ミゼルへと目をやる。

 すると、先ほどまでの小動物のようなびくびくした雰囲気は、どこにもなくなっていた。

 にこやかな目からは一切の明かりが消え、暗闇が影を落とす。

 代わりに在ったのは、まるで機械のような冷たさ。

 腰を低く落とし、両手のダガーを少年へと差し向けた。

「君、面白そうだネ。名前、なんテいうの?」

「ミ……ゼ、ル」

「ミゼルかァ。あ、ボクのコトは“ツーマ”でいいョ。コードネームだから、名前じャないんだケど」

 左腕はダガーの一撃で使えなくなってしまったが、まだ右腕がある。

 少年──“ツーマ”──は大雑把な治癒魔法で応急処置を施すと、右手に握る銀の柄へ魔力を集中させた。

 再び漆黒の刃が伸び、後方へと振りかぶりながら一気に加速する。

 だが、今度こそ“ツーマ”にも想定外の自体が起こった。

「なぜ、禍式精霊魔法レムレティア・マギウスが、秘匿され、てるか……知ってる?」

 “ツーマ”が真横に振るった漆黒の刃を、ミゼルの振り上げた暗黒の刃(●●●●)がかち上げたのだ。

「それは、私…達、異端審問会(カラミタス)が、レイゼルピナ(この国)で、最強で在る為……!!」

 ミゼルの身体が、激しく躍動した。

 “ツーマ”の刃を払ったモーションから身体を軸にしてコマのように回転し、連続攻撃を繰り出す。

 身を翻してギリギリでかわしたが、なんとローブの前面がズタズタに引き裂かれたのである。

 “ツーマ”の持っていたローブ──シュバルツグローブでセインに破壊された──をベースにエザリアが複製した、強力な対物理・魔法耐性能力があるはずのローブが。

 その理由は、先にミゼルの述べた言葉が、雄弁に語っていた。

 そして“ツーマ”の感覚を刺激する、身近だがめったに感じることのない感触。

「驚いたなァ。不滅の神聖(ボクら)以外にも、暗黒魔法を使えるマグスがいるなんテ」

「私、は。ただッの……でき損ない、ですッ!」

 それは間違いなく、暗黒魔法の一端。

 レイゼルピナでは知ることすら禁止されている、禁忌中の禁忌であった。

 ミゼルは一瞬の呼吸の直後、床を蹴った。

 音もなく“ツーマ”へと接近し、突き上げるようにダガーを構える。

 しかし、ミゼルの速度がわかった“ツーマ”は、苦もなく反応した。

 ミゼルの肉体強化の度合いは、昶や“ツーマ”には遠く及ばない。

 速度に関しても、肉体強化のできる全てのマグスの中で、平均かそれ以下である。

 にも関わらず、ミゼルは自分を迎撃する“ツーマ”の大上段からの一撃を回避して見せたのだ。

 半身をそらした直後、目の前を暗黒の刃が通過する。

 その向こう側に、目を見開いて驚く“ツーマ”の顔があった。

 ミゼルは身体をそらした勢いを更に加速させ、ローブのない首へとダガーを一閃させる。

 しかし、相手はたった三人で王城を攻めてきたマグス。

 “ツーマ”は直前で覚えた危機感に従って、身体を後方へと飛ばした。

 首もとを通り過ぎる刃に、わずかながら寒気を覚える。

「ミゼル。君楽シいョ。こんなに楽シいの、ここ最近じャアキラくらいしかイなかッたから」

 だが、“ツーマ”にはそれがたまらなく面白い。

 戦闘を糧とする彼にとって、強者とは目の前に好物を差し出されたも同然。

 嗜虐的な笑みを浮かべる戦闘狂は、戦闘力を一段階シフトした。

 先に数倍する速度で、“ツーマ”が床を滑空する。

 比較するには、あまりに速度が違いすぎる。

 初撃こそ身体をそらして回避したが、次に繰り出された不規則な三連撃はそうもいかなかった。

 一撃目は漆黒の刃で側面へといなし、二撃目は刃の軌道上から強引に身体を押し出したが、三撃目は正面からブロックするしかない。

 直後、腕の骨が折れかねない衝撃が、ミゼルへと襲いかかった。

 一撃目をいなした時ですら、鉄塊でも殴ったような衝撃があったというのに。

 肉体強化の強度と、飛行術による脅威的速度。

 どちらもミゼルが持ち合わせていない、先天的な適性、才能のなせる業だ。

 エルザのすぐ傍まで押し返されたミゼルは、すかさず前方を見る。

 するとそこには、地力に物を言わせて迫り来る“ツーマ”の姿があった。

 すぐ後ろには、守るべきエルザがいる。

 受け止めるしかない。

 ミゼルはダガーを交差させ、防御体勢をとった。

 ────ギィィィイイイイイッ!!

 まるで飛竜にでも踏みつけられているような一撃が、真上からやってきた。

 ハンマーでも打ち下ろすかのように振るわれた漆黒の刃は、ほとんど超重量の鈍器のような衝撃である。

 許容量を逸脱した過負荷に、全身が悲鳴を上げた。

 限界を超えた魔力循環系があちこちで破れ、内出血を引き起こす。

「さァ、どこまデ耐えられルのかなァ?」

 “ツーマ”は腕力をまた一段階上げ、より一層ミゼルを追い詰める。

 元より限界を超えたパワーを発揮しているのだ。

 だんだんと、ミゼルの身体はエルザの方へと押され始めた。

 膝が折れそうになる。腕がもげそうになる。

 限界に達した数ヶ所からは、内出血した血があふれ始めた。

 それでもミゼルは、懸命に押し返す。才能という名の暴力に、必死で抗う。

 だが、限界はおのずとやって来る。

 ついに片膝が折れ、床に屈してしまった。

 それでも、薄い青緑色をした瞳は、いささかも闘志が衰えていない。

 機械のように冷たくも、その内に強い思いが見え隠れする。

 この人だけは、絶対に守ってみせるという。

「すごィヤ。その程度の強度で、ボクの力にそこマで耐えられルなんて」

 “ツーマ”は心から、ミゼルに賞賛の言葉を贈った。

 それほどまでに、“ツーマ”とミゼルの間には決定的な差があるのだ。

 魔法の才能と、術への適性。

 ミゼルはふと、自分達の長──エドモンド──の言葉を思い出した。

『まったく、貴様にもネーナ=デバイン=ラ=ナームルスほどの才覚があればな。まったく、惜しい人材だ』

 自分にもネーナと同じくらい、いや半分でもいい。それだけの才能と適性があれば、この場を切り抜けられるかもしれないのに。

「ネー、ナァ……」

 もう保たない。

 視界が白黒して、だんだんと気が遠くなってきた。

 手足の感覚もなくなってきて、自分がどれだけの力を込めているのかもわからない。

「お、願ぃ。来……てぇ」

 もう才能なんてどうでもいい。

 だから、ネーナ、はやく来て。

 エルザを、イレーネを、助けてあげて。

 ふっと力が途切れた。

 魔力の連続放出時間が、限界に達したのだ。

 辛うじて押しとどめていた漆黒の刃が、猛烈な勢いで迫ってくる。

 やはり、自分では駄目だったのだろうか。

 力のない自分では、たった一人すら守ることすら叶わないのか。

 失意の中、ミゼルの意識は疲労と絶望によって塗り潰されていく。

 だが、彼女の小さな願いを見過ごせない大莫迦(救世主)が、たった一人だけいた。

 大切な人と決別を果たし、それでも忠を誓った者を守ろうとする、寂しがり屋の荒くれ者。

「よう、ミゼル。なんだか、惚れちまいそうなくらい、かっこいいじゃねぇか!」

 ネーナは氷の渦巻く腕で、“ツーマ”を思い切り殴り飛ばした。




 殴り飛ばした“ツーマ”には目もくれず、ネーナは傍らのエルザとミゼルの様子を確かめる。

「ネーナ。ミゼル、を……」

 目のあったエルザは指一本動かすのすら億劫な状態にも関わらず、一心不乱に言葉を紡いだ。

 額から出血もあり辛そうではあるが、傷の方は浅い。

 意識もちゃんとあるようだし、ひとまずは大丈夫だろう。

 一方で、ミゼルの方はかなり酷かった。

 しかも、この傷には見覚えがある。

 限界を超えた魔力放出に耐えられず、循環系が傷付いた時のもの。

 その時の状態と今のミゼルの状態は、あまりにも酷似していたのだ。

 白と黒の清潔感あるメイド服は、今や毒々しい赤に染まっており、ミゼルがいったいどんな無茶をしたのか、ネーナには手に取るようにわかった。

「じっとしてろ」

 ネーナはミゼルの胸の前に両手をかざし、治癒の魔法を起動させる。

 雑なネーナの性格を現しているかのように、治療中のミゼルはあちこちに痛みを覚えた。

 だが、全身の傷が少しずつふさがっていく。

「ったく、知らねえぞ。ミゼルが魔法使えるなんて」

「ご、めん…なさい。でも、それ、っは、禁止されて、るから」

 底抜けの明るさや、おっちょこちょいな所は全く見られないが、これは確かにネーナのよく知るミゼルであった。

 おおよそ表情というものが削ぎ落とされているものの、言葉の中にはしっかりと感謝の念が込められている。

「まッたく、痛いじャないか。人がせッかく楽しんデたのに」

 と、通路の奥に飛ばされた“ツーマ”が、何食わぬ顔で帰ってきた。

 全くダメージがなさそうな様子に、ネーナは頬を引きつらせる。

 即死クラスの威力だったのは間違いない。

 にも関わらず、本人は全くの無傷であったのだ。

 ローブに刻まれるエナメル質の魔法文字は薄れているが、そんなことに意味はない

 ミゼルはネーナの手を取ると、迎え撃つよう目で促した。

 そして治療の済んでいないミゼル自身も、迎撃のために立ち上がる。

 ぼろぼろの身体に鞭を打ち、五体へと魔力を走らせた。

「まったく。無茶すんじゃねぇよ。こいつぁ、オレの仕事だぜ」

「わたしも、そう。これ、は……、異端審問会(カラミタス)の、使命」

 銀装の女騎士と血まみれのメイドは、互いに互いにの目を見やる。

 ネーナの方は普通だが、ミゼルは血まみれのメイド服にダガーという一種異様な組み合わせだ。

 しかし不思議と、並んで立つ彼女らの姿は様になっていた。

「そこの先輩方、こいつはオレとミゼルでなんとしても押さえる。姫さまと王子様のこと、くれぐれも頼むぜ」

 ようやく昏倒から回復した近衛(ユニコーン)隊の二人に、ネーナは振り向きもせず言った。

 もし振り向けば、相手はその瞬間に攻撃へと転ずるだろう。

 よろめきながらも立ち上がった二人は黙って頷くと、エルザを背負い、ライトハルトには肩を貸しながら、別の通路へと消えていった。

「そんな身体で、本当に大丈夫なんだろうな」

「ネー、ナの手には、余る」

「ちっ、言ってくれるじゃねぇか」

「で……も、二人、ならッ」

 ネーナは最後にもう一度、ミゼルの意志を確認した。

 どうあっても、自分と一緒に戦うらしい。

 もっとも、敵の危険さはネーナにもよくわかっている。

 壊れた目覚まし時計よろしく、頭の中で警報が鳴りっ放しなのだ。

「そんじゃま、オレとミゼル。二人でやるぜ」

「……うん」

 銀装の女騎士と血まみれのメイドは、同じ思いを胸に“ツーマ”へと床を蹴った。




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、っぷぁああぁぁぁぁ。ったく、手こずらしてんじゃねぇよ。ゴミ屑共。なにが近衛(ユニコーン)隊だよ、気取りやがって。お前ら、一角獣(ユニコーン)じゃなくて、ただの馬面だろうが」

 肩で息をして悪態を突きながらも、“アンラ”の顔は完全に悦に浸っていた。

 総司令部の面影は、もはやどこにもない。

 内外から魔法文字によって補強された壁は大破し、イスやテーブル、地図や駒に多数の筆記用具は全て藻屑と化している。

 光源であるランプや電灯すらも破壊し尽くされた部屋は、しかし完全な暗闇ではない。

 短絡(ショート)を起こした電気通信機や電灯のスパーク(青白光)と、そして部屋のあちこちでくすぶる小さな炎(銀光)

 二色の光は凄惨なる戦闘現場から、現実味の一切を塗り潰そうとしているかのように見えた。

 床に広がる黒い斑点を、誰が血だと思うだろう。

 潰れた果実に見えるそれが、元々は腕だったと誰が想像できよう。

 筆舌し難い殺戮の舞台上を、“アンラ”はつかつかと闊歩する。

 そして現在進行形で弄んでいる相手の傍で、ぴたり立ちと止まった。

 魔法大国レイゼルピナで、ナンバーワンと呼ばれる魔法兵──アレクシスは、ぐったりと壁にもたれかかっている。

 彼の右肩から下には、既に腕が存在しなかった。

 左足も大腿骨が露出している状態で、ショック死していないのが不思議なくらいだ。

「すげぇな、オッサン。こんだけやられて、まだ死なねぇなんてなぁ」

 腹部をちょんちょんと蹴るが、まったく反応はない。

 ただ鋭い眼光で、“アンラ”を見すえるだけだ。

「なぁ。今どんな気分なのか、教えてくれよ」

 ガンブレイドから短く伸びる銀炎の刃が、アレクシスの左肩をぷすりと貫いた。

 苦悶の表情こそ浮かべるものの、強靭な精神はうめき声一つ漏らさない。

「やめろ! この外道が!!」

 後方から聞こえた声に、“アンラ”は振り返る。

 這いつくばりながらも、未だ刃向かう意志の消えない人間が一人。

 レイゼルピナ、ナンバースリーの魔法兵、ゲルハルトである。

 ちょこまか動かれて鬱陶(うっとう)しかったので、両足を折った相手だ。

 普段なら罵倒の一つでも怒りが湧き起こるが、負け犬の遠吠えなしか聞こえない今ならむしろ快感すら湧いてくる。

「黙ってろ。お前は虫みたいに這いつくばったまま、ただ見てればいいんだよ」

 笑い飛ばしながら、“アンラ”は突き刺した炎の刃を大きくしていく。

 傷口が拡張される痛みに、今度こそアレクシスはうめき声を漏らした。

 ガンブレイドを握る“アンラ”の手にも、興奮から汗が滲み出る。

「そうそう、そうやってもっとオレを楽しませろよ。こちとら、お前らみたいなのと戦わされて、イライラしてんだからよぉ!!!!」

 戦闘を糧とする“ツーマ”とは異なり、“アンラ”は人の死にこそ悦を見い出す。

 戦闘が単なる手段でしかない“アンラ”にとって、強者との戦闘はストレスでしかない。

 “アンラ”は今、レイゼルピナトップのマグス二人との戦いでたまったストレスを、解消しているのだ。

 だが、それはなんの前触れもなく終了させられる。

「ありゃ……。どうなってんだよ、クソが」

 ガンブレイドから伸びていた炎の刃が、ふっと消失したのだ。

 楽しみを強制的に中断された“アンラ”は、不機嫌そうに顔をしかめた。

「自分、こんなとこでなにしとんねん。担当は王妃やろ」

「っせぇな、またお前かよ。コイツらがイライラさせっから、ちょっと遊んでただけじゃねぇか」

「そうゆーのは、ノルマこなしてからにしぃ。王妃は下の王子二人と逃げてしもうたで」

「だったら自分こそすればいいだろ。見たところ、全っ然戦ってなさそうじゃん」

 苦し紛れに反論する“アンラ”を、しかしエザリアは嘲笑うように見下す。

 “アンラ”の言うように、エザリアには戦闘をこなした痕跡はない。

 返り血や衣服の損傷がないどころか、まるで卸したてのように新しい。

 だが、一つだけ違う点があった。

 右手に持つ長槍は、破魔の紅槍(ゲイ・ジャルグ)完全再現具パーフェクトリバイバル

 出発時こそ持ち合わせていなかったが、何処(いずこ)かの空間から取り出されたそれは、全十二層もの結界を紙屑同然に斬り裂いた破格の魔具だ。

 その威力を目の当たりにした“アンラ”も、しっかりと記憶している。

 それとは別の左手、工具だらけのジャケットの内側にナニかを抱えている。

 もったいぶりながらエザリアのはぐったジャケットの内側を見て、“アンラ”は目を丸くした。

 いったいぜんたい、なにをどうすればそんなことが可能なのやら。

「ほな自分、ラズベリエに応援に行ってきぃ。そろそろ艦隊もそろってきたさかい、うちのかわえぇ人工精霊アーティフィシャルエレメントでも持ちこたえられんわ」

「なんでオレなんだよ。“ツーマ”の方が足はえぇんだから、アイツでいいだろ」

 いい感じでストレスを発散していた所で、別の現場に向かうとか納得いかないと、“アンラ”は抗議の声を上げた。

 せっかく苦労して二人も潰したというのに、それでは採算が合わない。

「それに王妃に逃げられても、まだ王子と王女が残ってる」

「あぁ、その二人ならそろそろ、その“ツーマ”がやってくれるやろ。どうも、二人一緒におったみたいやしな」

「ちっ、運のいい」

「仕事サボって遊んどった罰や。はよ行きぃ」

 自分が悪いとは欠片も思っていないが、エザリアに逆らうとどうなるかわかったものではない。

 ここは素直に従うのが、賢明な判断だ。

 それに、そっちへ行った方が、もっといっぱい()れそうであるし。

「へいへい、わかりましたよ」

 命令されるのは少々癪に触るが、エザリアの傍からすぐにでも立ち去りたかった“アンラ”は、自分の開けた穴から外に出て行った。

 銀の炎を放った“アンラ”が、まっすぐラズベリヘに向かっているのを魔力の反応で確認すると、エザリアは腕の千切れ、足のもげそうな魔法兵──アレクシス──の傍に歩み寄る。

 それから腕の無い方の肩に、そっと触れた。

「今日のうちは気分がえぇ。久しぶりに、同じ世界(同郷)の魔術師と一戦やり合えると思うたらなぁ」

 するとまるで植物かなにかが成長するかのように、肩から腕が生えてきたのだ。

「地球の魔術師同士の戦い、どっかで見物しとるとえぇわ。自分の弱さに、絶望しとうなるで」

 骨の見えていた大腿部も傷口すら消え去り、左肩を焼き貫いた傷跡も、何事もなかったかのようにふさがっていた。

 最後に足の折られた魔法兵──ゲルハルト──を一瞥すると、エザリアは“ツーマ”の元に向かった。

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