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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十四話 決戦のレイゼンレイド Act04:銀色の狂気

「見えた!」

 稜線の向こう側、煌々と燃える赤い光を、ついにレナの目は捉えた。

「嘘だろ……。本当に……」

 イグニスはその光に、思わず幻でも見ているような気分になる。

 一度だけ見たことのあるラズベリエの街は、夜でも昼間のように明るい。

 レイゼルピナでは珍しく、都市のほぼ全域に電気が行き渡っており、電灯があちらこちらで輝いているのだが、その光は間違っても赤系の色ではない。

 だんだんと近付くにつれ、気温が跳ね上がっていく。

 点でしかなかった艦も次々とその偉容を現し、砲身を下方に向け炸薬を満載した砲弾を、あるいは水精霊(ウンデネ)の結晶から作り出された水球を撃ち出す。

 防寒着の内側がサウナのように蒸れ、レナは思わず一部をはだけさせた。

 が、それもすぐにやめて、防寒着を羽織直す。

 すぐ横を、極太の火線が通り過ぎたのだ。

 イグニスの操縦によって難なく回避したが、輻射熱だけで火傷を負っていてもおかしくない熱量であった。

 艦隊の方も寸前で回避したらしく、燃えている様子はない。

 レナとイグニスは、火線の飛んできた方向へと目をやる。

 炎に巻かれてよく見えないが、人影のようなものがちらほら見えた。

 二人が更に目を凝らして人影の正体を確かめようとしたその時、

「上昇しろ! 早く!!」

 背後から聞こえた怒鳴り声に、イグニスは反射的に手綱を振るった。

 それに伴って飛竜は急角度での上昇を始め、下方へ引っ張られるような力が三人に襲いかかる。

 全身の血が足下へと集まり、視界が暗転する。

 フィルターでもかけられたかのように、ふっと視界が黒一色で塗り潰された。

 そしていよいよ指先の感覚もなくなりそうになった所で、ようやくイグニスは上昇を止める。

 レナとイグニスは何事かと昶の意図を計りかねたが、その答えはすぐ後ろから聞こえた轟音が教えてくれた。

 飛竜の下方を通り過ぎた極太の火線が、艦の一部をかすめて破壊していたのだ。

 その弾道は、先ほどまでイグニスの飛んでいた軌道でもある。

中位階層(ミーミル)級の火精霊(サラマンドラ)がいる。数は…………十柱」

「どうして、そんなことがわかるんですか?」

 イグニスは昶に問いかけながら、手綱を操って飛竜に回避運動を取らせる。

 その左右を後方を、必殺の火線が通り過ぎた。

 三次元的にうねるように飛ぶ飛竜の背で、レナは舌を噛まないよう口を固くとじ合わせる。

「俺は、魔力とか精霊素とか、そんなのがわかるんです」

「わかるって、マグスでもそんなのわかる人はほとんどいないのに、なんで君が……」

「今はそんなこと、どうでもいいでしょ」

 街の中心部に近付くにつれて、火線の量がだんだんと増えていく。

 イグニスは少しでも距離を稼ごうと、限界高度まで一気に飛竜を上昇させた。

 今度は少しばかり余裕があったので、視界が暗転するような事態にはならなかったが、それでもレナは頭がクラクラした。

「とにかく、精霊の射程圏はマグスとは比較になんないんで、油断しないでください」

「よくわかりませんが、わかりました」

 ずいぶん高めに高度をとったが、今もひっきりなしに火線が下方から飛来している。

 イグニスは蛇行を続けながら、後ろめたさを感じていた。

 隊長は恐らく、王都なら安全と踏んで二人の要求を飲んだのだろうが、完全に裏目に出てしまいそうだ。

 王都から目と鼻の先にあるラズベリエの惨状を見るに、その予想はじわじわと現実味を帯びてくる。

 もし、二人が竜舎で言っていたことが本当だとしたら、自分は死地にこの二人を送り届けていることになるのだ。

 だったら、自分はどうすればいいのだろう。

 隊長の命令に隠された真意は、恐らく客人の身の安全だ。

 グレシャス家の御息女の友人ともなれば、なおさらその命を危険にさらすわけにはいかない。

 ラズベリエの中心部を超え、ピークより二割ほど減退した火線の嵐を縫いながら、イグニスの手綱を持つ手が強張った。

 どうする、どうすればいい。

 二人は王都に向かうことを望んでいるが、それは死と隣り合わせの戦場。

 生きて帰れる保証はない。

 ならば、やはり逃げた方が賢明ではないか。

 業火に焼かれる街の中、必死で逃げまどう人達がいる。

 彼らと一緒に逃げたとしても、罰は当たらないはずだ。

 と、狙いを違えた火線が、背の高い建物の上部をかすめた。

 バターのように滑らかな切り口に沿ってすべる巨大な石の塊は、逃げる人々めがけて落下を開始する。

 彼らの末路を思い浮かべ、イグニスは固く目をつむった。

 だが、その後ろでかちゃかちゃと、金具のこすれ合うような音がした。

 そう思った次の瞬間には、

「ちょっと!?」

 なんと、昶とレナは固定具を外し、崩れ落ちる建物に向かって飛び降りていたのだ。

 涼やかな金属音が、静かに空気を震わせた。

「草壁流、雷華、壱ノ陣──(ひらめき)!」

 ──轟!!

 赤黒い夜空を引き裂いて、白き雷光が熱気に満ちた空間を駆け抜ける。

 幾条にも枝分かれした雷は横向きに飛来すると、落下の最中にあった石の塊を打ち砕いた。

「まさか、あの少年もマグスだったのか? しかも、雷って……」

 雷は風の上位属性、つまり誰もが使えるような属性ではない。

 しかも、それだけでは終わらなかった。

「ラファーガル」

 砕かれた石の軍勢を、レナの唱えた下位(モノスト)の呪文が吹き飛ばす。

 一度はまとまらずに霧散したものの、二度目に唱えた方はその効果を遺憾なく発揮した。

 砕かれたと言っても人間よりも巨大な石の軍勢は、レナの呪文によって吹き飛ばされ、落下地点を大きくそらす。

 無人であった街の一区画に、元々は建物だった石の軍勢が雨のように降り注いだ。

「まったくもう!!」

 イグニスは手綱を引き、飛竜を一気に降下させた。

 重力の力も借りたおかげで、ものの数秒でイグニスは二人の姿を捉える。

 杖にまたがったレナと、それに片手でぶら下がる昶の姿を確認し、イグニスはその傍らへとゆっくり飛竜を近付けた。

「困りますよ、こんな無茶は……!」

 ため息混じりに、イグニスなふわりと飛竜の背に乗る二人をたしなめた。

 下手すれば、即死してもおかしくない愚行である。

 もし昶が、レナの杖をつかみ損ねていたら。

 もしレナが、昶が杖をつかめる位置まで移動できなかったとしたら。

 たったそれだけのことで、昶の命はなかったかもしれない。

「すいません。でも、ほっとけなくて」

 昶はレナと目を合わせて、互いに頷く。

 実は建物の上部が崩れ始めた瞬間、二人は念話で示し合わせていたのである。

 飛竜を飛び降り、昶が大質量の石塊を破壊し、小さくなったものをレナの風が押し流す。

 そして下に回ったレナが飛行術で飛び、昶を回収する。

 もしそこで昶を回収できなかったとしても、昶にはまだ式神がある。

 人を乗せて飛ばすだけの技術はないが、ゆっくりと降下するていどのことならば可能だ。

 二人にとっては、十分に分のある賭けだったのである。

 もっとも、それを説明している暇はなかったが。

 地上すれすれまで高度が下がったせいで、精霊達の火線もより苛烈になっている。

 固定具を付ける時間さえなく、イグニスは二人が鞍に座った瞬間に上昇した。

 そうして再び、安全圏まで舞い戻る。

「アキラ。ラズベリエを抜ければ、王都までもうすぐよ」

「そっか……。覚悟はできてるか、レナ」

「わかんない。でも、するしかないんでしょ」

「まあ、そうだな」

 二人は激しく揺れる鞍の上で、苦労しながらも固定具をはめ終えた。

 レナはエメラルドのような緑の瞳で、まっすぐに飛竜の直進方向を見つめる。

 標準時で三〇分とかからない距離だ。

 その視線の先に王都が──エルザがいる。

 そんなレナの気迫に気圧されたのか、イグニスは結局なにも言わず、王都への直進コースに復帰した。

 ラズベリエの都市部を抜けたのもあって、精霊からの攻撃はいつの間にか途絶えている。

 しかし無情にも、王城攻略はすでに始まってしまっていた。




 昶とレナがラズベリエへ到着する少し前、エザリアと黒衣の二人は第一跳ね橋を完全に渡りきった。

 事前に受けた指令により、エザリアは国王、“アンラ”は王妃、“ツーマ”は第一王子を第一目標として抹殺することになっている。

 第一王女並びに第二第三王子の双子は、第一目標の殺害が終わるか、途中で偶然見つけたら、つまりは早い者勝ちという風に指令を受けていた。

「ほな、こっからは別れよか。その方が、色々面倒がのうてえぇし」

「やっとかよ。これで好きなだけぶち殺せるぜ」

「ボク、弱い者イジメは嫌いなンだけど。仕事なら仕方なイか」

 エザリアの言葉に、“アンラ”は楽しそうに笑みを浮かべ、“ツーマ”はつまらなそうにため息をつく。

 血染めの狂姫、殺人狂、戦闘狂。

 決定的に違う三人であるが、狂人というただ一点においては、彼らは同じ人種といっていいだろう。

「久し振りに、コイツの出番だぜ」

 と、“アンラ”は黒いローブの内側から、歪な武器を取り出した。

 表現するならば、意匠を凝らした銀銃と言うべきだろう。

 だが、着火する撃鉄もなければ、弾丸を込める薬室もない。

 掌握と引き金、そして弾丸を撃ち出す長い砲身があるだけでの、全体的にスマートなフォルムの銃だ。

 だが、口径はライフル弾よりもはるかに大きい。

 弾丸直径が三センチを超える、おおよそ人間には扱えそうにない代物である。

 なにより、砲身の形状が最も異様だった。

 銃握までは普通の拳銃なのだが、砲身が異様に長く、人の肘から先ほどもある。

 そして砲身と一体になるように、下面には鋭利な刃物が付いているのだ。

 ガンブレイド。

 “アンラ”が裏社会の職人に大枚はたいて作らせた、一品物の発動体である

 重量もかなりのものになるはずだが、“アンラ”はまるで子供の玩具で遊ぶように、くるくると掌で弄ぶ。

「じゃ、ボクはお先に。人との約束があルから」

 “ツーマ”はエザリアと“アンラ”を一瞥(いちべつ)すると、正面の入り口を迂回して奥へと消えていく。

 残されたエザリアは、悪ガキよろしくうかれている“アンラ”に、最後の注意事項を告げた。

「城の方は、可能な限り壊すんやないで。また使うらしいからなぁ」

「わかってるから、もう黙ってろよ」

 ちゃきんと、“アンラ”は正面入り口に銃を構える。

 そして、

「喰らえ、屑共!」

 銃口から、朱色の閃光が迸る。

 と、次の瞬間には、正面扉は爆発し、衝撃波を周囲へとまき散らしていた。

 そう、薬室も撃鉄も、本当なら引き金も必要ない。

 砲身を利用して、火精霊(サラマンドラ)を極限まで圧縮し、撃ち出すための機構。

 それが銃という形をした、“アンラ”の発動体の正体である。

「ひゃっはー! 皆殺しだぁああああ!」

 ふわりと地上すれすれに浮上した“アンラ”の身体は、一直線に城内へと滑り込む。

 エザリアも紅槍を肩に担ぎながら、“アンラ”の破壊した正面扉から城内へと侵入した。




 三人の侵入を許した城内は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 電気通信機からもたらされる報告は、三人がいかに異常なのか。

 それを伝えるだけの機器に成り下がっていた。

 発声器から聞こえるのは、大半が命乞いと断末魔の悲鳴だ。

『よぉ、これを聞いてる屑ども。聞こえてる? あー! あー! きーこーえーてーまーすーかー! ッハハハハハハハハハハハハハ!!』

 耳障りな軽薄な声が、部屋の中を木霊する。

 向こうは明らかに楽しんでいる。

 隣国と比較しても、頭一つ抜けている魔法兵の一団を相手にしておきながら。

『ここで重大なお知らせがありまーす。オレ達の目標はぁ、王族の皆様方でーっす。この人達の死体が確認できない限り、いくらでも殺し続けちゃいますから、くれぐれも注意しておいてくださーい』

 あまりの大きさに、通信士は耳から発声器を遠ざけた。

 軽薄な口調のまま、発声器の向こう側にいる侵入は、朗々と殺害予告を告げる。

 それはもう嬉しそうに。

 侵入者の声は、総司令部内を木霊した。

 まるでこちらが恐怖しているのを楽しんでいるかのように、耳障りで不快な笑い声がこぼれる。

 事実、通信士の一部は恐怖から逃げ出そうとしていたのだ。

 大臣達や軍の指揮官達はプライドからなんとか平静を装っているものの、内心は穏やかではない。

『あ、オレ命乞いとか大好きだからさぁ、好きなだけヤッてくれていいぜ? もしかしたら、気まぐれでバッサリしないかもしんないから。あと、王族の誰かをオレんとこに連れてきた不忠者には、オレからとびきりのプレゼントがあるんで、どしどし裏切って殺し合ってくれや。じゃなあ』

 ぶつっと、音声が途切れた。

 恐らくは、本体ごと破壊されたのだろう。

 場所は、三階の国王との謁見の間に繋がる通路の一つ。

 軍の総司令部とは、まだ少し距離がある。

 ウルバスは、自らの妻と子供達のことへ思考をやった。

 全員にはそれぞれ、忠に厚い近衛(ユニコーン)隊の護衛が付いている。

 また、それとは別の保険も、きっちり用意してある。

 トチ狂った連中に捕まり、敵の前に連れて行かれることはまずないだろう。

 しかし、それでも安心はできない。

 全員を王都から非難させなければ、危険なことに変わりはない。

「アレクシス、ゲルハルト。護衛に当たっている者達に連絡だ。緊急脱出路を使って、城外に避難するように」

「心得ました」

「了解しました」

 白銀の鎧をまとった二人は思念波を飛ばし、まずは王妃と王子の護衛に当たっている者達と連絡を取り始めた。

 だが、逆にそれが(あだ)となってしまった。

 ──かかったな、屑野郎共!

 アレクシスとゲルハルトの思考に、そんな声が飛び込んできた。

 間違いなく、先ほど電気通信機の発声器から聞こえてきた声である。

 方向は、上方三時方向。

 明確な殺意が向けられているのを、アレクシスとゲルハルトは直感的に感じ取った。

「シュトゥールムセプト!」

「グラウンドシールド!」

 二人は即座に、上位(フィフシス)の防御呪文を唱えた。

 一拍の間を置いて、厚さ一メートルを超える強固な水の盾と岩石の盾が現れる。

 直後、部屋の上部が灼熱色に染まった。

 周囲にいた者は、慌ててその場から離れる。

 間もなくして、周辺の石材が溶岩のようにどろりと溶け出した。

「うわぁああああああっ!!」

 その瞬間、ガラス質になった石材を飛散させ、紅蓮の光条が天井から床を一気に貫通する。

 直撃は避けられたものの、その余波だけで盾がいくらか削られた。

 反応の遅れた大臣の一人は熱波をもろに受け、服の下まで火傷するという重傷を負ってしまう。

「見ぃつけた。不用意に思念波なんか飛ばしてくれちゃって、ほんとバカだよ」

 たった今開通したばかりの紅蓮のトンネルを通って、異様な発動体を持った人物が現れた。

 砲身の長く、その下面に刃を備えた奇っ怪な銃の発動体である。

 身なりはここ最近あちこちで騒ぎを起こしている連中と同じく、漆黒のローブ。表面には防御を意味するエナメル質の魔法文字が踊る。

 黒衣の者はゆっくりと、まるで相手の恐怖心を煽るかのように不気味な笑みをこぼしながら、優雅にフードをはぐった。

 三つ編みに束ねられた藍色の髪、凶悪に歪む翡翠色の瞳が現れる。

 右頬に彫られた深紅の銃が刻み込まれ、それが青年の見た目をより異常なものへと変えていた。

「はいは~い、“アンラ”様の出張惨殺サービスの時間ですよ~。最初に殺されたい屑野郎は、ダ~レ~カ~ナ~?」

「逃げろ!」

 絶叫しながら、アレクシスは黒衣の青年──“アンラ”──へと駆けた。

 ちょっとした屋内スポーツならできてしまいそうなほど広い部屋にも関わらず、アレクシスは一瞬にして距離をつめる。

 いつの間にか抜き放っていた長剣には水精霊(ウンデネ)の力が付加されており、刃面をウォータージェットさながらの水流が流れていた。

 超硬金属すら容易に斬り裂くそれは、“アンラ”のガンブレイドをあっさり切断する……………………かのように見えた。

「甘いなぁ。ほんとに甘い」

 アレクシスの長剣と、“アンラ”のガンブレイド。

 切断されたのは、アレクシスの長剣の方だった。

 しかし、その目に宿るのは自らの剣が破壊された畏怖ではなく、今目の前で起こっている異常な現象の方だ。

「綺麗だろ、オレの炎は」

 ガンブレイドと全く同じ銀色の炎(●●●●)が、ガンブレイドの刃先に沿って刃のような形を形成していた。

 基礎となっている砲身よりも、長く鋭い。

 ガンブレイド、それはまさに、銃と剣での戦闘を両立させる発動体であった。

 アレクシスの長剣を破壊した“アンラ”は、ガンブレイドを後方へと振りかぶる。

 稀少な肉体強化の秘術によって動かされる身体は、常人の目では到底追従できるものではない。

 だがたった一人だけ、それに付いていける人物がいた。

「アレクシス、油断するな。コイツ、ヤバいぞ……!」

 ウルバスの護衛を勤める二人の近衛(ユニコーン)隊のメンバーのもう一人、ゲルハルトだ。

 ゲルハルトは後方に振られた“アンラ”の腕をつかむと、重心を崩して放り投げた。

「悪いな、ゲルハルト」

 半壊した電気通信機へと身体を沈ませる“アンラ”。

 最新鋭の通信機器は、今度こそ完全に沈黙する。

 だが、上位の肉体強化術を有する“アンラ”にとって、それはむしろ怒りを買っただけだった。

「まずは、テメェからだ。オッサン」

 電気通信機に沈み込んだ状態のまま、“アンラ”は飛行術で一気に飛び出す。

 反動で大量のコードがまき散らされ、筐体が思い切りへしゃげた。

 予備動作の一切を廃した動きに反応しきれず、ゲルハルトの胴体に“アンラ”の前蹴りがめりこむ。

 最高硬度を有する鎧は陥没し、背後にあった大型テーブルを破砕しながら、ゲルハルトは壁まで吹き飛ばされた。

 あまりの衝撃に、意識が一瞬だけ途切れた。

「貴様ぁああああ!」

 仲間がやられたのを見て、アレクシスは最上段まで長剣を振りかぶる。

 無属性──物質化によって折られた刀身を再構成し、気合い一閃に振り抜いた。

 だが、一定より先に刃が進む様子はない。

 “アンラ”は涼しい顔でそれを受け止めながら、空いている方の手でアレクシスの腹部をぶん殴る。

 くの字に折れた身体は先のゲルハルトよろしく直線軌道を描き、壁にぶち当たった所でようやく止まった。

 またたく間に二人の魔法兵を打ち負かした“アンラ”であるが、逃げ去った者達を追う様子はない。

「ほら、なにしてんの。さっさと起きれば?」

 相手を欺けないと悟った二人は、五体に力を込めて立ち上がる。

 戦闘不能を装って、素通りした所を急襲する腹積もりだったのだが……。

 なかなか、天は二人の味方をしてくれないらしい。

「本番は、これからなんだからさ」

 元より、レイゼルピナでも五指に入る二人である。この程度で沈むわけもない。

 全魔法兵の中でも、ナンバーワンの実力を持つアレクシス。

 攻・防・速の総合力が高く、洗練された魔法技術の数々は、まさしく右に出る者はいない。

 そして全魔法兵中、ナンバースリーの実力を持つゲルハルト。

 肉体強化に置いてはグレシャス家やクレイモア家に一歩及ばぬものの、近接戦闘におけるパワーと瞬発力ではアレクシスすらも上回る逸材。

「ゲルハルト、なんとしても仕留めるぞ」

「心得ている。アレクシスこそ、抜かるなよ」

 そんな二人を前にするのは、鉄壁の防御力である黒衣を身につけた、異形の発動体──ガンブレイド──を携えたマグス。

 グレシャス家にも劣らぬ肉体強化術式を有し、銀の炎を操る凶悪の権化を具現化したような存在。

 三人による生死を賭した戦いが、ついに幕を開けた。




 ライトハルトとエルザは、近衛(ユニコーン)隊の三人並びに、使用人一人と一緒に城外への脱出を計っていた。

 理由はもちろん、ゲルハルトからライトハルトの護衛の片方に送られた念話だ。

 危険なマグスが第一跳ね橋を渡って場内に侵入したので、念のために城外まで避難しろと伝えてきたのである。

 また、途中乱入者があったせいで、誰に連絡がいって誰に連絡がいっているかもわからないので、王妃と双子の弟の所にライトハルトの使用人がそれぞれ確認に向かっている。

 こんな危ない中自ら進んでやってくれるとは、ライトハルトとしては主人冥利に尽きるというものだ。

「姫様、気をしっかり持ってください」

 専属メイドであるミゼルに肩を支えられながら、エルザはなんとか歩いているといった状態だ。

 エルザの顔色をうかがいながら、ミゼルもまた小さく肩を震わせる。

 城内を満たす雰囲気のようなものが、時間を重ねるごとに鋭さを増していた。

 テントでも打ちつける杭で、全身を突っつかれているような気分的だ。

 自分ですらこれなのだから、敏感なエルザなら全身を串刺しにされているような感覚に襲われていてもおかしくないと、エルザの護衛官であるネーナは密かに心配していた。

「それにしても、国王から避難命令が出るって、そんなにヤバいマグスなのか?」

「だろうな。じゃなきゃ、避難するなんて有り得ないだろ。どうやら、もう城内に侵入してるらしい」

 ライトハルトの護衛を勤める近衛(ユニコーン)隊の二人もその空気を感じ取って、周囲へ注意を払っている。

 不審な人影はないか、術の発動する兆候はないか。

 と、いきなり寒気のするような魔力の気配が、二人の感覚に飛び込んできた。

 そう、二人はレイゼルピナでは珍しい、魔力を察知する能力を持ったマグスなのだ。

 精度はまだそこそこなのだが、あまりに桁外れな魔力量は否応なしに二人の感覚を刺激する。

 総毛立つような力の大きさに、二人は肩をすくませた。

 その桁外れな魔力というのは、“アンラ”の放った銀の炎なのだが、二人にそれを知る(すべ)はない。

「どうした?」

 ネーナは様子のおかしい二人の先輩魔法兵の肩に、そろそろと手を置いた。

 明らかに、先ほどまでと様子が違っている。

 二人は顔を見合わせるとネーナを手招きし、耳元でそっとささやいた。

「実は、物凄く大きな魔力が、あっちの方から」

 ネーナ以外には見えないように、二人の魔法兵は魔力を感じた方向を指差す。

 向かってくるようなら返り討ちにしてやればいいのだが、エルザやライトハルトを守りながらとなると、そういうわけにもいかない。

 魔力の気配にも注意を払うよう促すと、ネーナは元いたエルザの隣へ並んだ。

 二人と話している前より、異常なほど震えが強くなっていた。

「どうした?」

「…………す」

 ネーナが耳元でささやきかけると、聞き取れないほど小さな返事が返ってくる。

 明らかに、なにかに対して怯えている反応だ。

 やはり、エルザはなにかを感じとっているのだ。

「悪い、もう一回言ってくれるか?」

 今度は促すネーナの腕をつかみ、エルザは大きな目を見開いて前方を指差した。

「……来ます」

 小刻みに揺れる声がネーナの耳を打ち、続いて現れた人影が心を戦慄に染め上げる。

 ありえない、ありえるはずのない人物がそこにいたのだ。

「レオン……先輩」

 近衛(ユニコーン)隊の一員にして学院時代のネーナの先輩であるレオンは、細身の黒い刀身と血のような赤い刃を持った長剣を、まっすぐにネーナへと向けていた。

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