第十四話 決戦のレイゼンレイド Act02:戦いの予兆
昶が飛竜の上で術習得に追われている頃、王都レイゼンレイドに本部を置く王国軍総司令部は、各方面で起こった反乱への対応に忙殺されていた。
中心部にある巨大な城の一角は、多数の言葉が行き交い、情報が錯綜している。
現在確認されたものだけで、大規模なものは四つ。
まずは王都から最も遠い、世界最大級の貿易港を持つシュタルトヒルデ。
外国船籍の船が多いがために、商人になりすまして相当数の傭兵が紛れ込んでいたらしい。
また寝返った者も多数おり、彼等の手引きによってまたたく間に一部の軍艦を強奪し、まっすぐに王都へと向かってきているようだ。
二つ目は、東の果ての広大な領地として知られるグレシャス領。
十年ほど前に併合されたローゼンベルグ方面から、約十隻から構成される戦闘艦隊が侵攻してきたとの報告があった。
こちらはシュタルトヒルデと比べれば数は少ないものの、どれもが耳にしたことのあるような手練れの傭兵達だ。
現在はグレシャス領の機動艦隊と竜騎士隊達が辛うじて戦線を保っているが、いつ崩れてもおかしくない状態である。
もうしばらくすればメレティスからの援軍も駆けつけるので、それまでは粘って欲しい。
三つ目は、王都から北方に位置する商業の街フィラルダ。
先の二つよりも、地理的に王都に近い都市だ。
表向きは失踪したことになっているが、市長が謎の変死を遂げたとして記憶に新しい。
後の調査で判明した元市長──バドレイは、法的にも倫理的にも常軌を逸した犯罪の数々から、現在は貴族としての身分を剥奪され、市長としての任も解かれている。
その元市長は今回の反乱にも荷担していたらしく、かなりの大部隊が向かってきているようだ。
そして四つ目が、娯楽の街ラズベリエ。
貿易の街シュタルトヒルデや、商業の街フィラルダと比べれば格段に小さな都市であるが、これが王都のすぐ近くに存在するのだ。
足の遅い船でも、標準時で一時間とかからないだろう。
距離的な問題もあって、現在最優先で部隊を投入しているのであるが、これがなかなかに難しい。
勢力としては、三倍から四倍近い兵力を動員しているのだが、なんと向こうには中位階層の火精霊が十柱もいるらしいのだ。
マグスからの魔力供給を受ける精霊の強さは、戦艦一隻の総火力にも遅れを取るようなことはない。
そのために王国軍の部隊はラズベリエの反乱部隊とにらみ合ったまま、迂闊に手を出せない状況となっているのである。
またこの他にも、十数人規模の小さな集団が破壊活動を行っているとの報告もある。
数の上では圧倒的に上なものの、超一級品の傭兵達に、切り札と目される精霊を前に、王国軍は予想外の苦戦を強いられていた。
国土的な問題から少ない兵力を質で補っているレイゼルピナ王国軍が、まさかより数の少ない反乱部隊にこうまで手を小招くことになろうとは、兵士達も夢にも思っていなかっただろう。
念には念をいれて、王都の周囲にも三重の防衛線を設置している。
船の準備ができしだい、王都で暮らす市民の避難も実行に移される予定だ。
他の四都市の避難状況も気になる所ではあるが、今は王都の防衛を最優先で考えねばならない。
また軍の司令部は、更に反乱部隊の確認された周辺地域へ、メレティスから仕入れた電気通信機で連絡を取る。
現在防衛戦を繰り広げている部隊を援護し、可能な限り早急に敵を殲滅するためである。
特にグレシャス領方面の戦線は、深刻だ。
裏の世界では名の通った傭兵集団のトップファイブが徒等を組んでいるのだから、その戦力は並の兵団を圧倒して余りある。
むしろ、よく戦線を維持していると称賛すべきだろう。
しかも司令部も兼ね備えたグレシャス家本邸も爆撃され、あわや指揮系統が寸断されかけたという。
さらに驚きなのは、爆撃を実行したのは凄腕のマグスらしいのだが、なんとその相手をしているのは王国軍に所属していない、ただの学生だというではないか。
制服から類推するに、王立レイゼルピナ魔法学院の生徒らしいが、あまりに激しすぎる戦闘に近付くこともままならない。
援護の魔法兵をよこそうにも、司令部にも数名の魔法兵が司令部護衛のために残っているだけで、残りは全て竜騎士隊と合同で戦闘艦隊の相手で手が一杯という。
王国軍としては恥ずかしい話であるが、もはやそのマグスの相手は学院の生徒に任せる
他なかった。
しかも周辺住民の避難がいまだ完了しておらず、七割以上もの飛竜を投入しているという。
これもグレシャス領の竜騎士達の頑張りに、期待する他ない。
「精霊持ち……、いや、サーヴァント持ちの魔法兵は、今すぐラズベリエへ向かわせろ! 多少遠くてもかまわん。足代わりに機動隊を向かわせる。竜騎士隊も、半数を残して全て投入。急げ!」
「シュタルトヒルデより緊急入電! 本都より王都に向かった船影を全て確認したとのことです。武装した民間輸送船十二隻、各国軍より払い下げられた旧式巡洋艦の改修型が五隻、奪取されたスコル級巡洋艦二隻、計十九隻が、現在王都に向けてバルハル山脈上空を航行中」
「予測される進路状に、付近のヴィングトール級とスコル級、それと爆竜隊を載せてイグドラシルも回せ。その他バルハル山脈山麓にも、警戒を厳にするよう通達。蟻の子一匹見逃すな。フィラルダ方面からの連絡はどうなっている!」
「小型船を大量に用いて、セキア・ヘイゼル川を王都に向かって南下中。船影は……、多すぎて計測できないそうですが、全て定員が二〇人かそこらの船で、飛行型はないと思われますが、足の速い船だと」
今まで怒号を飛ばしていた総司令は、ふむと首をかしげた。
「……妙だな。川は進路が限定されてしまうのに、そこをわざわざ大所帯で」
空路が発達する以前なら、まだわかる。
馬を使って陸路を行くより、川を下った方が圧倒的に労力は少なくて済む。
大都市はたいてい、河川の周辺部に存在しているのだから、むしろ使わない手はないだろう。
しかし、現在は違う。
魔法技術の発達によって飛行型の船舶が主流になった今、航路を限定される川を使う者はいない。
確かに、マグスなしでも動かせるというメリットはあるが、航路に縛られず、圧倒的な速度差を考えれば、飛行型の船舶を使うべきだ。
現にシュタルトヒルデでは、実に十二隻もの民間輸送船が、武装化されて使われているのだ。
小さい港とはいえ、フィラルダにも大型の飛行型船舶も停泊している。
セキア・ヘイゼル川を下る一団の動きは、誰の目から見ても不自然であった。
「どう思われますか?」
総司令は目だけを動かし、王国軍の全権を握る者を見た。
ウルバス=レ=エフェルテ=ラ=カール=フォン=レイゼルピナ。
現レイゼルピナ王国の国王の座に就く男を。
「奴らとて、馬鹿ではあるまい。爆竜隊でも使えば、一瞬にして殲滅されることくらい、わかっていよう。陽動か、もしくは飛行型船舶では運べぬ何かを運んでおるか……」
「そうなると、相当重い物に限られます。普通の船の利点と言えば、あとは積載重量くらいしかありませんから」
「しばらくは様子見で、見晴らしのよい場所で一斉射撃すればよかろう」
「了解しました」
総司令は国王から部下達に向き直ると、再び指示を出し始めた。
「隠密飛行の可能な機動隊の者を数名、追跡と監視に向かわせろ。おかしな所があれば、どんな些細なことでも報告するよう通達。それと、セキア・ヘイゼル川中流域に、手の空いておる地方警備の魔法兵を集結。連中に気取られないよう、慎重にな。派遣組の魔法兵は、全てラズベリエに向かわせろ。精霊を攻略するには、より強大な火力をぶつけるしかない」
「了解しました」
国王の意見を元に、総司令はより具体的な命令を各方面に指示を飛ばす。
通信士達は錯綜する情報を的確にまとめ、指示された内容を電気通信機の向こう側にいる相手へと伝える。
彼等はまだ、王都に迫る狂気に気付かずにいた。
所変わって、城内の別室。
彩度を抑えた落ち着いた色合いの調度で飾られた室内は、久々となる主の帰還を快く歓迎していた。
主がいない間も毎日使用人達が掃除していたお陰で、広い部屋は塵一つ無い清潔感が保たれている。
そんな部屋の中で、主たる青年は数週間ぶりの休息を得ていた。
名を、ライトハルト=レ=エフェルテ=パラ=アテナス=フォン=レイゼルピナ。
レイゼルピナ王国第一王子にして、第一王位継承者でもある。
妹そっくりの黄味の強い金髪と、マカライトグリーンの瞳が特徴の青年だ。
ライトハルトはゆったりとソファーに腰掛けながら、外の気配に耳をそばだてていた。
平時と比べて別段変化がないように思われるが、明らかに城内の空気がぴりぴりしている。
それは、この部屋にいる者達もしっかりと感じ取っていた。
「なんだか、怖いですお兄さま。震えが止まりません」
「大丈夫ですか、姫様?」
両肩を抱えて震えるライトハルトの妹──エルザ──を、専属メイドであるピンクの髪の少女──ミゼル──がそっと抱きしめた。
更に後方には、若手ナンバーワンの実力を持つ近衛隊所属の麒麟児、ネーナがひかえている。
エルザやミゼルと違い怯えた様子はないが、しきりに窓の外へと視線をやったり、時折聞こえる足音や声に耳を傾けているようだ。
ライトハルトも、自分専用の使用人である初老の男性と、護衛の任に就く二人の近衛隊のメンバーに視線をやった。
初老の男性の方は、落ち着いた風を装ってはいるものの、不安げに表情に影を落としている。
一方で近衛隊の二人はと言えば、同じ部隊の後輩に当たるネーナの剣呑な雰囲気に、身を強ばらせている。
ライトハルトとしては、どうせ付けるなら同僚の空気に飲まれない程度の護衛を付けて欲しいのだが、ネーナが相手では仕方がないか。
「大丈夫だよ、エルザ。俺も付いてるし、頼りになる近衛隊の護衛官もいるんだ。なにも心配ないさ」
くしゃくしゃとエルザの頭を撫でる一方で、ライトハルトはわずかな情報から状況を分析する。
足音がどれも金属のこすれ合うような音を伴っているのを考えると、兵士達が城内を駆け回っていると考えるのが自然だ。
兵士が城内を駆け回るような状況など、あまり多くはない。
自然災害への対応。村や都市へ現れた危険獣魔の討伐。そして人間との戦い。
まず自然災害だが、ここ最近は珍しく積雪が少なく晴れの日が続いているし、地震も起きてないので当然除外される。
次に、危険獣魔の討伐であるが、これもないだろう。
ネーナだけは気付いているだろうが、夜の暗闇に紛れて軍艦が防衛線を張っているのだ。
この状況から察するに、なにかしらの勢力が王都に向かってきていると見るべきだ。
しかも王都が国内の真ん中に位置するのを考えると、その勢力とやらは国内から出現した可能性が極めて高い。
いくら高速で飛行できる船があったとて、国外から侵入して王都を襲うとなれば、周辺に防衛線を引くより迎撃に向かわせた方がずっと安全だ。
幸いにもレイゼルピナは人工湖建設に置いては一日の長があり、国内の主要都市周辺や各領主の本邸近くには、軍港が備えられている。
どこから攻めてこようと、容易に防衛線を張れ、挟撃にもちこむことができる。
それにしても、いったいどこの誰がこんなトチ狂ったことを企てたのだろう。
レイゼルピナの兵士は、隣国と比べてもかなり練度が高い。
メレティスはその差を科学兵器で補っているし、バルトシュタインは数に物を言わせた大兵団で対抗している。
それを相手取って戦いを挑むとは、相手は長い時間をかけて準備をしてきたか、よほどの馬鹿しかあるまい。
ライトハルトとしては、ぜひ後者であって欲しいものだが。
「お兄さまぁ……」
頭を撫でてくれるライトハルトの胸板に、エルザは顔をうずめた。
頼りになるはずの兄も、若手最強の魔法兵も近くにいながら、エルザの頭からは一向に恐怖が消えない。
少なくとも、妹は今の状況すら正確に理解していないはず。にも関わらず、なぜここまで怯えているのだろう。
「お兄さま」
「どうした?」
自分の胸で小さな身体を震わせる妹は、潤んだ目でライトハルトに告げた。
「お兄さまは、絶対にどこにもいかないでくださいね」
「わかってるって。ずっとお前の傍についててやるよ」
ついには泣きじゃくりはじめたエルザの背中を、ライトハルトはとんとんと叩く。
しかし、ライトハルトは気付いていなかった。
この時のエルザの発言に、どんな意味が隠されているか。
「すまんな。休暇前だというのに、呼び出してしまって」
王立レイゼルピナ魔法学院。その学院長室に、三人の男女が呼び出されていた。
一人目は筋骨隆々とした、まるで筋肉が服を着て歩いているような厳つい顔の上にボサボサのブラウンの髪を乗っけた男。
魔法使い然としたゆったり目のローブよりも、古代風の甲冑を来た方がよほど似合うだろう。
二人目は逆に長身痩躯の、少々ひ弱な感じがしないでもない美男子。
深緑に染まる頭髪を後方へと流し、切れ長の目は琥珀色の瞳を有す。右目の下にある泣きボクロがチャームポイントだ。
三人目はグラマラス……とは間違っても言えないような、全体的に身体の凹凸が少ない体型の女性だ。
しかし、二人とは大きく風貌は異なる。
似合う似合わぬはあれど、魔法使いめいた暗色系の長衣を着ている二人に対し、パリッとしたブラウスにゆったりとした黒のタイトスカート、そして全ての光を吸収してしまいそうな、漆黒の外套。
衣服自体はレイゼルピナにも存在しているのだが、どこか異国めいた意匠を感じさせる。
女性は薄桃色の前髪をかきあげながら、濃紺の瞳でオズワルトの両眼を見すえた。
「フィラルダ方面から、かなりの数の戦闘魔力反応がありますが、それと関係しているのでしょうか?」
「さすがメルチェ。“域外の者”の実力には、いつもながら驚かされるわい」
軽くおどけて見せるオズワルトに、女性はため息をつきながら更に言葉を重ねた。
「そのような細事、今はどうでもよいではありませんか。私が聞きたいのは、私達をここに呼んだ理由です」
「聞くまでもない。大方、フィラルダで暴れている連中を制圧するのだろ。もっとも、頭の中まで筋肉のグレゴリオにはわからなかっただろうが」
「……ふん、勝手にほざいてろ」
女性の言葉に重ねるように、長身痩躯の男が横から口を挟んだ。
罵られた筋肉自慢の男も、しかしことさら怒りを露わにするでもなく、いつもの軽口と右から左へ聞き流す。
その様が学院生時代の三人の姿と重なって、オズワルトはうっすらと苦笑を浮かべる。
オズワルトの反応を見た三人もどこか思い当たる節があるのか、緊迫した状況にも関わらず自然と笑みがこぼれた。
「さすが、三人の中で最も聡明と名高いディアムンドじゃのう。まさしく、その通りじゃ」
オズワルトはよっこらせと重たい腰を持ち上げると、三人の前まで歩み出た。
一歩一歩踏み出す足は、老いを感じさせないほどにしっかりとした安定感がある。
これが生きながらして数々の逸話と伝説を残してきた猛者の、強者たる所以かもしれない。
三人は数年ぶりに見る学院長の本気の気迫に、思わず生唾を飲み込んだ。
「フィラルダ市民の避難誘導のため、現在レイチェル先生が中心となって色々準備を進めておる。三人は学院からの救助隊に先行し、一般市民に被害が出ぬよう細心の注意を払いながら、敵勢力を壊滅させよ。できるな?」
「もちろんです」
「無論」
「必ずや」
筋肉自慢の男、長身痩躯の美男子、異国めいた風貌の女性の三人は、ともに違う返事を返すが、異を唱える者はいなかった。
オズワルトに差し出された難題は確かに難しいが、絶対に不可能ではない。
「メルチェ、三人を同時転送させることは可能か?」
「グルゴリオ、この私を誰だと思ってるの? その程度、詠唱破棄しても一発起動できるわよ」
「相変わらず、グレゴリオは小心者だな。それだから、生徒達から“ゴリさん”なんぞと呼ばれるんだ」
「俺は単に、慎重なだけだ。己が実力を過信して、なにも考えず無策でかかる貴様には言われたくないぞ。ディアムンド」
筋肉自慢の男──グレゴリオ──と長身痩躯の美男子──ディアムンド──の間で、激しく視線が火花を散らす。
女性はとりあえず二人の頭に拳骨を叩き込んで黙らせると、オズワルトの方に向かせた。
放っておけば再び噛みつかないとも限らないので、女性はこれ以上暴れるなバカ共、と念話をダイレクトに二人の頭になげかける。
グレゴリオとディアムンドは、昔のことを思い出してぶるぶると肩を震えさせた。
ここは女性を怒らせるべきではないと、二人はそろってオズワルトに向き直った。
「では、頼むぞ。グレゴリオ=ド=ゴール。ディアムンド=ラ=ミリティファナ。メルチェリーダ=ソレィメス」
名を呼ばれた三人は勇ましくオズワルトへ返答すると、メルチェリーダと呼ばれた女性の出現させた魔法陣の中へと消えていった。
都市中枢から切り離されたバルハル山脈の西側──レイゼルピナ王国西海岸線最北端の領地には、王国最速を誇る竜騎士隊が存在する。
最強の火力を有するのは王都レイゼンレイドの王室警護隊に属する竜騎士隊であるが、その速度と空中格闘戦となれば彼らの右に出る者はいない。
アナヒレクス戦術機動竜隊並びに、高速移送竜隊。
高緯度帯の厳しい環境の中で独自の進化を遂げた竜は、他の飛竜とは一線を画する。
戦術機動竜隊はず抜けた空中格闘戦能力を有し、高速移送竜隊は物資を積んだ状態でなお船舶に勝る速度を発揮するのだ。
対艦爆撃能力を備えた竜が存在しない代わりに、アナヒレクスの竜騎士隊は、国内最速の名をほしいままにしていた。
そんなアナヒレクス領の竜騎士隊の竜舎もまた、グレシャス領の竜舎、王都の総司令部よろしく、怒号と喧騒に包まれていた。
各所に指示を出しているのは、既に引退したはずのダールトンだ。
現在のアナヒレクスの竜騎士隊総隊長は別にいるのだが、安定感や信頼といった意味では、未だダールトンの方が遥かに厚い。
現在の総隊長も元々ダールトンの部下だったので、むしろこの状況の方が彼にとっても好ましくあった。
彼等の横にはアナヒレクス領の魔法兵・一般兵を束ねるそれぞれの最高責任者、その他数名の補佐官の顔も見られる。
「うちの総大将から言伝だ。各人、耳の穴ぁかっぽじって、よく聞いてくれ」
電気通信機の番をしている知り合いと話し込んでいたダールトンだったのだが、不意に連絡があった。
それも本来なら使われることのない、王都からの緊急回線。
通信士は驚愕しながらも通話ボタンを押し込み、風精霊の結晶からもたらされる領主の声に耳を傾けた。
ダールトンはその通信士から聞いた言葉を、他の者達にも伝える。
「今現在、複数の勢力が国内の各地で暴れ回っておるらしい。シュタルトヒルデ、フィラルダ、ラズベリエ、そしてグレシャス領と旧ローゼンベルグ境界線。でかいのはこの四つだ」
「グレシャス領ですと!? 確か今、お嬢様が滞在しておられたはずではありませんか!!」
魔法兵の補佐官の一人が、ダールトンの言葉に我を忘れて怒鳴り散らした。
しかし、上官を含めたその場の全員の視線に射すくめられ、気まずそうに口を閉じる。
竜の鳴き声と竜騎士が出撃の準備を進める音を聞き流しながら、ダールトンは話を続けた。
「で、だ。グレシャス領の方には、メレティスからの援軍、フィラルダとラズベリエの方は、国の中心付近だから、援護も出しやすい。が、シュタルトヒルデの方はそうも言ってらんねぇ。バルハル山脈のお陰で、艦や竜の飛行できるルートは限られる。向こう側のやつらがシュタルトヒルデで未だ暴れ回ってる連中を黙らすにゃあ、まず王都に向かってくる連中を先に叩かにゃならん。そこで、バルハル山脈のこっち側にいる俺達の出番ってわけだ」
他のメンバーが相づちを打つのを横に見ながら、ダールトンはレナやシェリーには見せたことのない表情を見せる。
気のいいおっさんの顔は歴戦の武士へと変わり、魔法兵すら恐怖せずにはいられないほどの気迫が全身から溢れていた。
「アナヒレクスの竜騎士隊の飛竜全てに高速巡航具を装着して、王都派遣組の連中からシュタルトヒルデへ輸送する。主戦力は王都に向けて出発したろうが、一度乗っ取った拠点を放棄するほど、連中も馬鹿じゃないだろ。先行した魔法兵は、こいつらを叩いてくれ。その後、足の速い軍艦に残りの魔法兵と一般兵を乗せ、シュタルトヒルデに乗り込んで完全制圧。とまあ、自分はこんな感じの作戦を思い描いとるんですが、いかがですかな? 各々方」
それぞれの兵団の最高責任者は顎に手を当て、部下達の能力とダールトンの口から語られた作戦を吟味する。
言い分はもっともであるが、最小限の防衛能力は残しておかねばならない。
可能性は限りなく低いものの、アナヒレクス領も襲撃されないとは限らないのだ。
優秀なマグスを全て、シュタルトヒルデに向かわせるわけにはいかない。
それに、問題はもう一つある。
「ダールトン殿。アナヒレクスの竜騎士隊の速さは、無論我らも自覚している。なるほど、これに勝る速さを有する手段は、他にないだろう」
ダールトンに意見したのは、一般兵の最高責任者だった。
彼は自分達の竜騎士達の実力を重々承知した上で、その問題点を指摘した。
「だが、飛竜の数には限りがある。魔法兵の戦力は確かに強大だが、ある程度まとまった数がなければ、残党部隊の相手は難しいだろう。いくらなんでも、何百人やそこらではきかぬであろう」
これには、他のメンバー達も頷いた。
彼等もまた、同じことを考えていたのだ。
現在のレイゼルピナの移動手段で最も速いのは、間違いなく飛竜である。
その中でも国内最速を誇るアナヒレクスの飛竜なら、確かにこれに勝る高速の移動手段はないだろう。
しかし、飛竜は竜籠でもつけない限り、一度に多くの人間を運ぶことはできない。
せいぜい、二、三人。無茶をしても四人が限度だ。
竜騎士達の全ての飛竜を運用し、しかも無茶をして四人を乗せたとしても、運べるのは百数十人かそこら。安全を期するなら、運べる人数は更に減ることとなる。
それでは先行した魔法兵だけで、敵勢力に対抗できない可能性も否定できない。
防備に必要な最低限の戦力、シュタルトヒルデ攻略に必要な最低限の戦力。
その線引きは、極めて難しい。
一般兵の最高責任者は、隣にいる魔法兵の最高責任者を見た。
彼の頭の中では、様々な状況でのシュミレーションが行われていることだろう。
誰を行かせれば対抗できるか、その場合残った者だけで、どれほどの戦力にどれくらいの時間対応できるか。
領民の避難にかかる時間、対物理・魔法障壁の防御力と効果を維持できる時間。
シュタルトヒルデ攻略に当たっている戦力を、全力で帰還させるのにかかる時間。
ありとあらゆるシミュレーションを行った結果、
「王都組を七割だ。それ以上の戦力は、さすがに割けん」
結論は決まった。
「竜騎士達は、機動竜隊の飛竜から輸送する魔法兵分の高速巡航具を装着。魔法兵はただちにメンバーを選定し、竜舎に集合。艦の整備班共を叩き起こし、ただちにスコル級の発進を準備にかかれ。その間、残りのシュタルトヒルデ攻略に向かう者は、市街戦の装備を整えろ。以上」
最後に、戦闘全体を取り仕切る司令官の号令により、ダールトンを含むそれぞれの隊の指揮官は各自の持ち場へと戻った。