第零話 少年に居場所はない
人里から完全に隔離された山の奥地。地図にも載らず、衛星からもその存在を確認できない場所があった。
「これで終わりだ、宗家のできそこない」
それは俗世を離れ、世の悪鬼・妖怪の調伏を使命とする、法師陰陽師達が住まう場所。名前も無き隠れ里である。
「宝刀は、オレがありがたくもらってやるよ」
早朝の柔らかな陽光が、しとしとと降り注ぎ、春一番が隠れ里の乾いた土を巻き上げる。
その隠れ里の中にある、だだっ広い空間の中で、二人の人間が戦っていた。
短くツンツンした髪をし、あまり精気の感じられない目をした少年と、うなじの辺りで髪をまとめ、ギラギラと眼光を輝かす青年だ。
「やっちまえ!!」「勝ちは頂きだ」「お前なんかに宝刀はもったいないからなあ!」
二人の格好こそは、街中の少年達と大差ない。だが、その手に握られるものには、違和感を覚えざるを得ない。
「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリシュシュリ・ソワカ!」
青年の握る太刀が、その刀身に炎をまとう。
そう、彼等が持っているのは、紛れもない真剣の日本刀。世界最高の切断力を有する、人を殺すための武器だ。
そんな炎をまとった日本刀を、頭の後ろまでふりかぶり、青年は大きく跳躍した。
「おらぁあああああああ!」
そう、跳躍だ。人外と戦うために、改良を繰り返された肉体は、五メートル以上の高さまで、その身体を容易に押し上げる。
青年は、勢いを殺さぬよう、落下に合わせて炎をまとった日本刀を振り下ろした。
その下の、少年に向けて。
『振りが大きい。そもそも、かわされた時の事、考えてねえな。高く飛びすぎだし、体勢も滅茶苦茶だ』
青年が使っているのは、現世に存在する、一切の穢れを祓うとされる、神聖な炎である。
その火力は、人の身体など簡単に蒸発させるだろう。当たりさえすれば。
「……ふぅ」
少年は呼吸を一つすると、予想される長髪の少年の落下点から、退避した。
それも、けっこうギリギリのタイミングで。
「なっ……!?」
青年は、慌てて火を消し、急ぎ着地体勢に入る。
だが、その努力も報われず。青年は着地した瞬間に、自らの勢いを支えきれず、前方につんのめった。
「……俺の勝ちで、いいですよね」
少年は、日本刀の刃を、青年の頸動脈にピタッと触れさせる。
ギロリと、青年は自分に刃をつきつける『できそこない』をにらみつけるが、結果は覆らない。
「うむ。勝者、草壁昶。また、この者を、村正の正当後継者とする。以上」
少年は流れるような動作で、日本刀を鞘にしまうと、厳つい顔をした男の元へ向かった。
「まったく、だらしない。それでも草壁宗家が男児か」
男は少年だけに聞こえるよう、小声でそうつぶやく。
そして、眉をしかめながら、少年の前に並々ならぬ存在感を放つ太刀が置かれた。
「勝ったからと言って、調子に乗るな。勝って当たり前の相手なのだからな」
「…………」
少年は、なにも答えない。ただただ、この時が早く過ぎるよう、黙って聞くだけだ。
「草壁宗家の名に恥じぬよう、これからも修練に励むように」
「分かりました」
ようやく話を聞き終えた少年は、自分の負かした相手を盗み見る。
周囲で二人の戦いを見守っていたギャラリー達が、青年の周りに群がっていた。
その全員が、敵意むき出しの視線を向けている。この場所に、少年の味方になってくれる人物はいない。
『こんなとこ、いたくねぇ』
その日、一人の少年が、隠れ里から姿を消した。