仮説展示室
高校の裏手に、それは突然できていた。
昨日まで何もなかった空き地。
駐輪場にほど近いそこには、銀色の仮設住宅のような建物が1つできていた。
プレハブ特有の、薄い鉄の壁。
でも人の気配は少ない。
「いつの間にできたんだろう」
誰に聞くでもなく、私はつぶやいた。
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入口を開ける。
中は思っていたより静かだった。
床には何もない。
机も椅子もない。
ただ、左奥だけが少し違っていた。
そこには、小さな作業スペースがあり、
一人の職人が古い時計を分解していた。
細いドライバーを動かす音だけが、静かに響いている。
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壁を見る。
そこには、無数の写真が飾られていた。
博物館みたいだった。
風景写真ばかり。
海。
山。
夕方の駅。
誰もいない道。
たまに人が写っていても、小さい。
後ろ姿だったり、遠くに立っていたり。
まるで、「誰か」ではなく「時間」を飾っているみたいだった。
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「掃除、確認お願い」
いつの間にか声がする。
振り向くと、同じ高校の先輩たちがいた。
床には正方形のマス目の区画があり、
一人25マスと、それぞれ担当が決まっているらしい。
私は、その確認役だった。
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歩きながら見ていく。
掃除された場所だけ、少し色が変わっている。
ちゃんと分かる。
ここは終わってる。
ここはまだ。
そんなふうに、タイルのマス目を数えながら一つずつ確認していく。
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途中、一人の先輩の区画で足が止まる。
自転車が置かれていた。
室内なのに。
「これ、掃除大変そう」
思わず口に出る。
でも、先輩は特に気にしていない。
私は少しだけ考えて、何も言わず次へ進んだ。
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確認を終えて戻る途中だった。
「ねえ、見て」
別の先輩が笑いながら手を見せる。
銀色の指輪。
細い輪が途中で二つに分かれ、
また一つに戻る、そんかな形の指輪。
そこに、小さなダイヤがついていた。
「婚約したんだ」
そう言って笑う。
私は「おめでとう」と返した。
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先輩が帰ったあと、私は床に落ちている煌めくものを見つけた。
私はしゃがみ込んで、指輪を拾った。
先輩忘れて行ったんだ⋯。
気付かなかったのかな⋯?
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ダイヤが少し浮いていた。
外れそうだった。
「危ない…」
私はなんとか押し込もうとする。
でも、うまくはまらない。
乗るだけで、固定されない。
触るたびに、不安定になる。
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気づくと、指輪は眼鏡に変わっていた。
銀色のフレーム。
そこにも、小さなダイヤがついている。
「なんで…」
戸惑いながら触れると、
ダイヤがぽろりと落ちた。
胸がざわつく。
直さないと⋯
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「すみません」
私は左奥にいた職人に声をかけた。
時計を直していた男が、静かに顔を上げる。
無言のまま、眼鏡を受け取った。
小さなネジを締める。
カチ、という音。
それだけ。
でも次の瞬間、
ダイヤはぴたりと固定されていた。
もう揺れない。
取れそうな気配もない。
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「…すごい」
思わず声が出る。
職人は何も言わない。
ただ、元に戻ったそれを私へ返した。
気づけば、眼鏡はまた指輪に戻っていた。
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私はそれを持って、先輩を探しに行った。
階段を上がる。
高校の校舎は、妙に静かだった。
二階。
三階。
教室を覗く。
でも、先輩はいない。
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「先輩、どこ行ったか知りませんか」
別の先輩に聞く。
「あー、さっきどっか行ったよ」
軽く返される。
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私はまた歩き出す。
銀色の指輪を握ったまま。
渡さなきゃ、と思う。
ちゃんと返さなきゃ。
でも同時に、どこかで分かっていた。
もう、私の役目は終わっているのかもしれない、と。
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廊下の窓から、仮設住宅が見える。
銀色の壁が、朝の光を反射していた。
まるで、一時的な場所。
ずっとは残らない場所。
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私は指輪を握ったまま、
静かな校舎を歩いていく。
誰もいない教室の前を通り過ぎながら。
まだ少しだけ、探している。
そんな中、私は目を覚ました。




