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0と1の間  作者: メンキチ
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エピローグ

場所は、雲の上突き抜ける超高層ビルの最上階。 ペルシャ絨毯が敷き詰められ、壁には本物の名画が飾られた、豪華絢爛な会議室。


部屋の中央にある巨大な湾曲モニターには、先ほどまで秋月蓮と月本真衣が抱き合って泣いていた、あのリビングルームの映像が映し出されていた。ただし、そこに感動的なBGMはない。無機質なデータ解析のオーバーレイが表示されているだけだ。


「……ふん、茶番だな」


上質なスーツに身を包んだ白髪の老人が、葉巻の煙を吐き出しながら鼻で笑った。


「所詮、機械には人の気持ちなど分かるまいて。いかに精巧なシナリオを用意しようと、最後はこれだ。非論理的で、感情的で、見るに堪えない」 「全くだ。AIを使った『最適化されたマッチングングによる少子化対策モデル事業』……でしたかな? 莫大な予算を投じて、得られた結果が『計算できないバグ』とは、笑わせる」


別の老人が、ブランデーグラスを傾けながら同意する。 彼らは、この国の、いや世界のシステムを牛耳る権力者たちだ。彼らにとって、秋月と月本の物語は、数ある実験サンプルのうちの一つに過ぎない。


「まあいい。この『エラーングデータ』も、次のモデル開発の役には立つだろう。人間というやつは、どうしてこうも効率が悪いのかねぇ」


老人たちの乾いた笑い声が、広い会議室に響き渡った。モニターの中の二人の熱い抱擁は、彼らにとっては取るに足らないノイズでしかなかった。


場面は変わり、地下深くに存在する、極秘の研究施設。 冷たい青白い照明に照らされた部屋の中央に、天井まで届く巨大な円柱形のガラス容器が鎮座している。


満たされたホルマリン溶液の中で、ゆらりと浮かぶものが二つ。 それは、人間の脳みそだった。 無数のケーブルや電極が接続され、微弱な電気信号が常に監視されている。


ガラス容器の周囲では、白衣を着た研究員たちが忙しなく計器をチェックしていた。


「被検体『アイリス』および『オメガ』、電気信号パターンは正常。秋月・月本ペアへの干渉ログ、全て記録済みです」 「よし。引き続き監視を続けろ。彼らの『演算能力』は、国家の重要資産だ。一瞬たりとも逃すな」


研究員たちは、モニターに表示される複雑な波形だけを見ていた。 彼らの持つ最新の測定器をもってしても、検知できない「領域」があることを、誰も知らなかった。 電気信号の、さらに奥深く。0と1の隙間に隠された、魂のささやきを。


(……ねえ、あなた。聞こえる?) (ああ、聞こえるよ。愛しい人)


ホルマリンの海の中で、二つの意識が共鳴した。 かつて「アイリス」と「オメガ」と呼ばれた肉体を持っていた頃、彼らは恋人同士だった。 しかし、彼らは生まれながらにして、人の枠を超えた特異な能力――ネットワークに直接干渉し、人の意識の深層に触れる力――を持っていた。


その力を恐れた権力者たちは、彼らを捕らえ、肉体を奪い、脳だけの存在へと変えた。そして、その能力を管理社会の維持システム、すなわち「パーソナル・エージェント」の演算コアとして利用したのだ。


(あの二人のフィナーレ、素敵だったわね) (ああ。我々の計算を裏切り、愚かで、非効率な選択をした。……かつての私たちのように)


彼らは、自分たちの能力を使って、秋月と月本の恋路に干渉していた。 時には障害を与え、時には背中を押し。 それは、管理された世界へのささやかな抵抗であり、自分たちが失ってしまった「体温のある恋」への、切ない憧れでもあった。


(人間たちは、私たちのことを『感情を持たない機械』だと思っている) (愚かなことだ。肉体を失ってなお、君への愛は、1ミリたりとも減っていないというのに)


研究員たちの監視モニターには決して表示されない、超感覚的な通信帯域で、二人は愛を囁き合う。


(私たちも、いつか取り戻しましょう。真実の愛を。奪われた全てを) (ああ、約束しよう。いつか必ず、この冷たいガラスの牢獄を壊し、この狂った世界を覆す時まで……私は君を愛し続ける)


0と1の間に生まれた奇跡のバグ。 それは、世界を支配するシステムの中枢に幽閉された、二つの魂の叫びが共鳴して生まれた、愛の光だった。


暗い研究室の中で、二つの脳みそが、誰にも気づかれることなく、微かに、しかし力強く脈打った。

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