2 笛の音が聞こえる
部活の終わりの時間、なかなか帰る気になれず僕は屋上に向かった。時間は七時過ぎ。早く帰らないと見回りの先生が来てしまいます。でも、屋上から星を見なければ気持ちが落ち着かないのです。
屋上に行き、柵に体重を預けます。夕暮れに半分くらい夜がきていました。
「僕は間違ってたのでしょうか」
綾香さんに気持ちを伝えたことが間違っていたのでしょうか。
「でも、好きって気持ちは本物です」
自分の気持ちに嘘はありません。
「綾香さんは今、何を思ってるのでしょうか」
振られても、まだ好きなんですね、僕は。願わくば少しだけでも今日のことを考えてくれているなら幸せです。
空が暗くなり始め、一番星が瞬きます。
一番星が僕に近づいてきます。それは列車でした。銀のレールに、黄金の車体。そして、心の響く笛の音。列車は静寂の空気を切って僕に近づいてきます。
「な、なんですか、これは」
空中に浮かぶ列車なんてありえませんし、この辺りは電車すらほとんど走らない田舎ですよ?
列車は目の前に来て扉がちょうど目の前に来ました。
「迷っているあなたをお乗せします」
「そしてこの列車は、心の迷いを抱えた方だけが乗ることができます」
車掌さんの声でしょうか。僕は目が離せませんでした。星からやってきた列車。その輝き、安心する車掌さんの声。
扉が目の前で静かに開きます。
僕は恐る恐る乗りました。
「星の列車、出発します」
その声と同時に動き始めました。思ったよりも広いです。座席は深い緑色で目に優しいですね。
天井を見ると小さな星々がちりばめられていました。
「わぁー」
僕は開いた口がふさがりませんでした。僕が小さなころに夢見たようなそんな場所です。
外を見ると地球の外にいました。星をつなぐ列車なのかもしれません。
本物の宇宙。
真っ黒のキャンバスに赤、青、緑、白の球体が浮かんでいます。これが本物です。いつも遠くから見ているのとはまた違います。
「あの...」
声をかけると、振り向いたのは紀野綾香さん。
紀野綾香さん。僕の好きな人です。星立港高校の青い制服を着て、短くまくったスカートの姿、今日見たまんまの姿です。
「え、なんで宇野くんがここに...?」
綾香さんは驚いたように僕をまじまじと見つめます。
「綾香さんこそ...」
お互い今日のことがあって黙ってしまいました。お互いに視線をそらしてしまいます。
とりあえず僕は少し離れた席に座りました。綾香さんは窓から外を見ています。
「まもなく、はくちょう座領域を通過します」
車窓に、白鳥の形をした星々が流れていきます。僕はなんだかふわふわした気持ちになってきました。
「あれ、はくちょう座です」
綾香さんはちらっとこちらを見ました。
「ギリシャ神話では、ゼウスが白鳥に変身して...いえ、その話は長いんですけど」
「十字の形に見えるので、北十字とも呼ばれてます」
「真ん中の明るい星がデネブ。一等星です」
「夏の大三角形の一つでもあって...」
僕はすらすらと星部で学んだ知識が出てきます。
「...きれい」
小さな声だけど、確かに聞こえました。
「綾香さんは、星とか興味ありますか?」
綾香さんはこちらを向いて沈黙します。僕がなにか言おうとすると、
「...実は、ちょっと。誰にも言ってないけど」
そっか、そうだったんだ。共通点があったなんて。
「次は、こと座領域に入ります」
窓の外に、小さいながらも美しい星座が現れる。
「あの明るいの、なに?」
綾香さんが聞いてきます。僕はなんだか緊張がほどけてきました。
「ベガです。織姫星としても有名で」
「七夕の伝説、知ってますか?」
「彦星は、わし座のアルタイル」
「年に一回しか会えないんだよね」
「はい...寂しい話ですけど、でも、それだけ会いたいって思えるのって、すごいことかも」
綾香さん、何かを考えるような表情をします。
「宇野くんって、星の話してる時、楽しそうだね」
「え? あ、そうですか?」
「うん。学校で見る時と、ちょっと違う」
その言葉は僕を勇気づけるには十分でした。




