第四章 ケニア共和国・ナイロビ・BRK公共放送
「本日は解明が進む『崩壊』と『回顧の実現性』について、専門家とコメンテーターを交えて特集していきます」
私がBRK公共放送に飛ばされて、十日が経っていた。
BRK公共放送は、『崩壊』前までケニアの国営放送だった放送局だ。
その頃の名残なのか、崩壊から四年が経った今もなお、正確で硬い情報を重視する文化を引き継いでいた。
「約七か月前、『崩壊』を意図的に起こせるという衝撃的なニュースが、世界を駆け巡りました」
私は端末に表示される原稿を淡々と読んでいく。慣れたものだった。
「あれからどのように研究は進んでいるのでしょうか? 『回顧先端技術研究所』にも所属した経験のある、ケニア大学・崩壊研究室のオノ教授にお話を伺います。先生は『日雇い』ではなく、崩壊以降『専門家』として研究を続けられている数少ない方です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
背筋の伸びたアジア系の初老の男性が、軽く一礼をする。
「あれから七か月、崩壊の解明はものすごい速度で進んでいます。今では十分程度のごくわずかな時間ですが、転送を食い止めることが可能になってきています。医療現場など、突発的な転送が許されない職業に従事される方を中心に、実験的に対処が行われています」
私は端末に表示された文字を読み上げる。
「その転送を食い止める実験の成功率は、どのくらいでしょうか?」
「十分間程度の転送の食い止めの成功率は、現在三割程度とみられています。ただ、転送の予兆というものが現時点では解明されておりませんので、三割という数字に信憑性はあまりありません」
「危険性はないのでしょうか?」
コメンテーターの若い女性が聞く。
「正直に申し上げると、分かりません。現在のところ、実験に協力された方に異常が出たという報告はありません。ただ、これは今まで誰も経験したことがないことです。安全には全力が尽くされていると思いますが、どの程度危険なのかは、誰にも分からないことだと思います」
別の高齢の男性が切り出す。
「それでも、回顧を目指すには、そういう実験を続けるしかないのでしょう?」
「はい、仰る通りだと思います。これは人類が回顧するために必要な実験です」
画面に、かつての世界の様子が流される。
家族で暖かな食卓を囲む映像だ。
私の端末に、読み上げ原稿が表示される。
『平和で安全で、暖かさに満ちていた世界を取り戻すために、私たちは協力を続けていくことが必要です』
声が出ない。
映像だけが流れる無音の時間を不審に思ったのだろう、出演者たちの視線が集まるのが分かる。
告げる。
「本当に、回顧するのが正しいのでしょうか?」
「えっ?」
高齢の男性が声を上げる。
「私はこの世界で生きてきました。辛い思いもしました。でも、楽しいこともたくさんありました。出会いも、たくさんありました。これは――」
マイクがオフになる。
映像が中断し、『只今放送休止中です』という画面に切り替わる。
その後は、淡々としたものだった。
「『日雇い』契約を解除します」
ディレクター役の女性から、そう告げられた。
ロッカーで荷物をまとめていると、缶コーヒーを片手に声を掛けてくる男性がいた。
「俺はあんたの気持ち、分かるよ。でもさ、その気持ちに意味がないんだ。あんたみたいなことをやった奴を、何人か見てきたよ。でもさ、俺たちの日常は何も変わらない」
「コーヒーありがとう。私も、何か期待したわけじゃない。ただ、どうしても抑えられなかったんだ」
「若いな。俺にも、そんなころがあったかもなあ」
そう言って、彼は去っていった。
私は与えられたマンションに戻り、ぬるくなったコーヒーの蓋を開ける。
――これは、若さなんだろうか。
そう考えながら、次の転送を静かに待った。




