第三章 アメリカ・カリフォルニア・クレッセントバーガー3号店
クレッセントバーガー3号店は、とてもクラシックなハンバーガーショップだった。
『崩壊』前は地元の客で賑わっていたのだろうが、今は地元の客なんていない。
古き良きアメリカを見てみたい、そういう好奇心で客がぽつぽつ訪れる、そういう店になっていた。
今はランチを終えて、店内にジン一人だけ。
使い込まれた飴色のカウンターテーブルを拭きながら、端末で短めの講義を探していた。
ふと、壁にかかったラジオから、興奮した男性の声が聞こえてくる。
見た目は西部開拓時代のようなラジオだが、実際は端末のシステムが組み込まれている。
「我々は、ついに崩壊前に『回顧』するための重要な実験結果を得ました」
それに答える、落ち着いた女性の声が聞こえる。
「つまり、世界が回顧するための糸口を見つけた、ということでしょうか?」
「その通りです。我々はあの世界に戻ることが出来ます」
「非常に素晴らしいことだと思います。今回の実験について、順を追って解説をいただけますでしょうか」
自然と耳が惹きつけられる。
「崩壊の原因については、我々はスイッチの切り替えミスのようなものだと思っています」
「それはどういう意味でしょうか?」
「本来の世界には『今日までここに居た人は、明日もここに居るという、位置を常に同期するシステム』があった。そのシステムが何者かの手によって切られてしまった。そして同時に『違う言語は通じない』というシステムもオフになった。つまり何らかの原因、あるいは神の試練によって、この世界は本来の世界のシステムの、位置情報と言語情報に関わる部分のオンオフを切り替えられてしまった状態にあります」
「なるほど、続けてください」
クレッセントバーガーの創業者である、ジョー・クレッセント・ジェイムソンの肖像画が、笑顔で話を聞いている。
「今回行ったのは、世界の外に出て、このシステムに干渉する実験です」
「世界の外側に出るとは、どういうことでしょうか?」
「今回の異変以降、我々は従来の物理では観測されていなかった、いわば第5の力の存在を突き止めました。この第5の力は、不変と思われていた本来の世界の物理法則を維持する重要なファクターでした。そして今回の実験では、この第5の力をごくごく短時間ですが、我々はコントロールすることに成功し、意図的に『崩壊』を起こすことが出来たのです」
「専門的過ぎて分かりませんが、あなたがたは崩壊を起こすことが出来る、ということですか?」
「0.000と0が20回続くほどのごく短時間で、現実にはほとんど影響はありませんがね。ただ、崩壊を起こせるという事実が、今は大事です。最初に申し上げた通り、崩壊は単なるスイッチの切り替えにすぎません。この実験をさらに進めて、我々の力でスイッチを元の場所に戻すことが出来れば、世界は本来の姿に戻ります」
「素晴らしいことです。我々は神の試練を乗り越えられる、ということでしょうか?」
「その可能性が高くなった、ということです」
別の女性の声が聞こえる。
「やはり神は我々に、乗り越えることが出来る試練を与えた、ということでしょうか?」
男性はこれまでと違い、やや硬い口調で答える。
「そういうことだと思います」
女性が、満足気に息をつく音が聞こえる。
「神は我々に大きな試練を与えました。その代わりに、言語の統一という希望を、私たちに与えてくれました。そして我々は、その希望にすがりながら、この末世を強く生き抜いてきました。そして今日、我々は大きな歩みを進めることが出来ました。彼ら『回顧先端技術研究所』の皆様に感謝を。そして今まで支えてくれた、多くの支援者に感謝を。本来の世界で穏やかに暮らしたいという、私たちの願いは必ず叶うでしょう」
ジョー・クレッセント・ジェイムソンの肖像画は、変わらぬ笑みを浮かべている。
――本来の世界ってのは、なんなんだ。この三年間と、今の俺は、なんなんだ。
そう思い、ジンは講義を探す手を止め、自分用のまかないのハンバーガーを作り始めた。




