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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

単純の道

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ~、これでようやく今日の仕事もひと段落ってところだな。

 つぶらやもお疲れ。そっちもひと区切りついたか? もう今日は終わりにすんべよ、帰る電車がなくなるぜ。

 残るのはあかん、仕事を持って帰るのもあかん、どうしてもっちゅうなら明日早くにくりゃあいいんだ。仕事とプライベートはきっちり分けんと、身がもたないっちゅうの。


 ――なに? プライベートに切り替えるから、おもしろい話でもしてみろって?


 お前、自分が楽しけりゃいいって、ぶっちゃけすぎだろ。話をしているほうの身にもなれよな……俺も話していて楽しいって、なかなか難しいもんだぞ。

 やれやれ、そうだな。じゃあ、仕事詰めの昨今にならって、仕事する奴らの話をしてみるか。


 仕事をする上で大事なことのひとつに「単純化」というのがある。シンプル・イズ・ベストってやつだな。

 日本語のニュアンス的に単純=単細胞みたいな印象で、程度が低いものと思われる場合もあるだろうが、たとえど素人を相手にしても分かるって大事なことだ。

 新入りはみなど素人だし、商売する相手だってみなど素人。中には経験ある例外を相手することもあるかもだが、前提はアマチュアだろう。

 そのような相手に対し、複雑怪奇な専門用語や高等技術を展開されても、気持ちいいのはこちらだけ。わけわからんことをまくしたてられた相手は、全然いい気持ちにならない。

 その点、単純明快になっていれば理解も早いし、互いのすり合わせもはかどる。なまじ知識や力量があると「レベル低いなあ」と内心で不満を覚えなくもないが、自分の満足などはプライベートで好きなだけやればいいのだ。

 だからこそ、プライベート空間にいる相手ってのはやっかいだぜ? ときにこちらがわけわからないようなシンプル理屈やテクニックでもって、接してくることがあるのだからな。


「視力、よくなりてえなあ」


 これが、学生時代のあいつの口癖だった。

 生まれてこのかた、視力0.00……いくつかは忘れたが、相当低い視力だそうで。メガネはかけていないから、おそらくはコンタクト生活だったんじゃないかと思う。

 俺は実際、そこまで視力が落ちたことがないから、その視力0.00……なんて世界は想像の中でしかないが、かなりしんどいのだろう。

 そしてたぶん、もともとは視力が良かったのだろうと思った。生まれつき、自分に与えられているものであれば、それがすべてのベース。当たり前のラインだ。

 いわゆるフツーの人から見れば、便利だとか不便だとか勝手に評価されるだろうが、本人にとっちゃあ、持って生まれた当然のコンディション。そこから減ったり、増えたりすることのほうが、かえって不快で不自然だ。

 しかし、心地よい環境を一度味わったあとで、元の暮らしに戻れという類じゃあ、おおいに抵抗するのが人間。まさに病みつきといおうか、並々ならぬ熱意を見せてそいつを追い求める気持ちは子供にも、大人にもある。

 こいつに関しても、やたら口にし始めたのは当時の一か月ほど前からだ。それ以前はなんともなかったところを見ると、元あった視力が急激に低下してしまったのだろうか。

 気の毒とは思うが、毎日のように言われると「かまちょ」のレッテルを張らざるを得ない。

 誰だって、解決できない悩みや問題を人知れず抱えて生きているんだ。それをいちいちアピールするなど、空気を重視しがちな日本人関係においては、うっとおしさを覚えがち。


 ――ちょっとは「自重」を学べよなあ。


 適当にあいづちを打ちながら、心の中でそうつぶやくこと、しばしばだったんだが。


 ある日の朝、通学路の途中でパトカーが路上に停車しているのを見た。

 その前には一台の乗用車がとまっており、ガードレールの一部が無残にひしゃげている。おそらくは衝突事故だったのだろう。

 ほどなく、遠くから救急車の音も聞こえてくる。見る限り、警官二人は怪我をしている様子もなく、運転手が対象なのだろう。

 くわばらくわばら……と足早にその場を立ち去る俺は、警官二人の顔が少し険しいのが気にかかった。青ざめたその顔は、場所が許されるならたちどころにリバースするんじゃないか……なんて懸念しちまうほどだったよ。

 そして学校についたとき。あいつは廊下の流しで顔を洗っていたんだ。掃除の水くみなどでも使うそこで、顔を洗う生徒は珍しくないが、あいつが顔を洗っているところははじめて見たんだ。

 珍しいな、と思いつつも声をかけてみると、そいつはいつもの「かまちょ」からはかけ離れた明るい表情を見せる。それからしばらくは、目のことなど忘れたかのようなふるまいだったんだが。


 しばらくして、俺は気づく。

 あいつの目の虹彩の色合いが、いきなり変わったり、眼球に浮かんでいた傷が消えたり、なくなったりしているのを。

 そしてあいつの目が変わったと思うとき、決まって近辺で事故が遭った。直接、俺が見たわけじゃないが、うわさによるといずれも両目のあるべき場所が空洞になっていたとか。


 シンプルな願いは、許される限りシンプルな方法に帰結すんのかもな。

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