番外編③ 過去から未来へ
号泣しながら邪魔してくるアバーライン公爵をなんとかおさえこみ、無事に結婚し夫婦となったライルとセリィナ。ふたりはとにかく甘く幸せな結婚生活を送っていて可愛い双子にも恵まれた。
これは、そんな子どもたちが優しい両親のもとですくすくと育ち、いたずら盛りになった頃のちょっとしたお話。
「「おかーさま!これ、なぁに?」」
そろそろ4歳になろうかとしている見た目がセリィナにそっくりな双子は現在進行形で絶賛やんちゃ盛りだ。とにかく好奇心旺盛で、屋敷中を走り回っては使用人たちを振り回している。いつもなら一緒に遊んでいるルークからも逃げてきたようだった。
そんな双子が、古びた小箱を見つけたと持ってきたのである。
「あら、見たことない箱だけど……どこから持ってきたの?」
「倉庫の金庫の中にあったんだよ」
「探検してたら見つけたの。金庫の鍵が壊れてたから宝さがししたの!」
古びてはいるが頑丈そうな小箱にはしっかりと鍵がかかっている。まるで宝物を大切に隠しているかのようだ。
「倉庫の中の金庫……もしかしたら子爵家の御先祖様のものかしら?それならお義父様たちに……あっ、いえ、やっぱり……」
セリィナがライルの婚約者となり結婚してそれなりの年月が経つが、倉庫の管理などは主にライルがしていたので詳しいことはわからないなとセリィナは首を傾げる。そして、義理の父母であるディアルド子爵夫妻に聞いてみてもいいかもと考えてから「あっ」と、言葉を濁した。もしかしたらライルの私物かもしれないと直感が働いたのだ。
結婚して子供が産まれてからもライルはセリィナをこれでもかと溺愛している。それは子爵当主モードでも執事モードでも変わることはない。セリィナがその愛情を疑うことなどないが……。
子爵当主としてみんなから慕われるライルは、三十路をとっくに過ぎたのに漂う色気の進化が止まらない。このままあの色気にロマンスグレーが加わったらどうなってしまうのかとセリィナは常日頃から心配していた。とにかく美しいのひと言につきる。パーティー会場でライルの流し目に思わず気絶する令嬢(たまに令息も)が続出するので妻としてはかなりの悩みどころであった。(ライル自身は「セリィナ以外の人間は視界に入ってない」と流し目疑惑を全拒否しているが)
「そうだ、おとーさまに開けてもらおう!」
「うん!おとーさまなら開けられるよね!」
「あっ、待って……行っちゃった」
セリィナが思考を巡らせている間に双子たちは小箱を持ってあっという間に走り去ってしまった。身体能力はライルに似たのか、セリィナでは子供たちの足に追いつくのは到底無理である。
“もしかしたらライルの隠している秘密かもしれない”
そんな疑惑が浮かんで不安になったとは言いにくかった。出会った頃からずっとセリィナを大切に愛してくれているライルを疑うわけではないが、ライルはあんなに格好よくて綺麗で頭も良くて気が利いて……妻子持ちだというのに老若男女にモテモテなのだ。セリィナは、まさかの事態だってないとも言い切れない気がして生唾を飲み込んだ。もしあの小箱の中に、セリィナの知らない“誰か”との思い出の品が隠されていたとしたら……。
「……私のライルにちょっかいをかけてきてる誰かなんかがいたら、ライルとその人の命が危ないわ……!」
ちなみに、公爵家の両親と双子の姉によるセリィナへの溺愛はいまだ健在であるとだけ伝えておこう。もしもの事があれば子爵であるライルと愛人の存在なんて片手でひねるように消し炭に出来るだろう……いや、あの父や姉たちならば確実にやる。セリィナはそう確信していた。
「やっ、やっぱりダメ!ま、まってぇ~!」
ライルに限って浮気や愛人などあり得ないが、もしも誤解されるようなものが入っていてそれが露見すればライルの生命が終わってしまう。と、セリィナは慌てて双子たちを追いかけたのだった。
***
「やだ、みつけちゃったのぉ?」
息を切らしながらセリィナがなんとか追いつくと、すでに双子たちはライルの目の前に小箱を差し出していた。その小箱を見て、普段は子供たちの前では自重しているおねぇ言葉が飛び出ていた真っ最中だった。
「これ、おとーさまの?」
「おとーさまの?」
愛する妻に瓜二つの愛する子供たちのキラキラした瞳にライルは口元を緩める。この子たちが産まれた時、ライルは神に感謝した。そして、セリィナとこの子たちを守るためなら何でもすると誓っていた。もちろん、現在進行系で物理的にだ。
「……そう、これにはお父様の大切なものが入ってるんだよ」
中身が見たいとせがむ双子に「しょうがないなぁ」とほほ笑みながら、引き出しから小さな鍵を取り出した。
カチリ。と音を立てて小箱の蓋を開くと、中からは1枚の布切れ……少し色褪せたハンカチが出てきたのだ。それに、すっかり色がくすんでしまったリボンも。
「……ライル、それ」
「あれ?セリィナもこれの中身が気になったの?」
そう言ってライルがセリィナに見せたのは、その昔セリィナがライルに贈るために刺繍したあのハンカチと一度はライルの形見となったリボンだったのだ。
「……実はロナウドさんがこのハンカチの事を教えてくれたんだ。セリィナが見たらあの頃の辛い記憶を思い出すかもしれないからって秘密にしてたんだけど。それに、このリボンはセリィナとの“証”だから。……アタシ……僕の宝物」
そういえばあのハンカチの行方などすっかり忘れていたなと、セリィナはハンカチのよじれたままの刺繍に視線を落とした。
まさかライルの手に渡っていたなんて思いもしなかったが、ロナウドがライルに渡していたことにもかなり驚いてしまった。リボンだってすでにボロボロだったのに、まさかまだ持っていてくれたなんてと、目頭が熱くなるのを感じた。
「私ったら、てっきり私以外の誰かとの思い出でも隠しているのかと……」
「そんなことあるわけないでしょぉ?!」
セリィナの発言に心底驚いたライルは、「まだアタシの愛が足りないからそんな妄想するんだわ!」とセリィナをめちゃくちゃ甘やかすことにしたとかなんとか。もちろんそれを止める人間などこの屋敷にはいなかった。
「こんなところにいた。まったく、逃げ足が早いな……」
遊び疲れた双子は、いちゃつく両親を放って部屋に戻り仲良くお昼寝をしていた。それを発見したルークが「やれやれ」と息を吐く。まさかいたずらに引っかかって逃げられるとは一生の不覚だと反省はするが、その瞳は穏やかだ。
そして、ふたつ並ぶ無邪気な寝顔を見つめていると自身も眠気に襲われる。ルークはいつの間にかふたりと並んで眠っていた。
大人たちが3人を見つけると、みなが揃って目を細めて笑みを浮かべた。
ステラティアを挟むようにシュヴァルツとルークが眠っているのだが、その二人の手をステラティアがしっかりと握り締めていたのだ。
なんとも微笑ましいその姿に、使用人たちは「今日も平和だな」と呟きながらそっと毛布をかけたのだった。
***
十数年後。
その日は、17歳となったステラティアとシュヴァルツが王家の主催するパーティーに出席した日だった。デビュタントパーティーではお互いをパートナーとして社交界デビューを果たした双子だったが、学園に入学して《《色々あった》》おかげでシュヴァルツもシスコンを卒業……は無理でも姉離れしようと日々奮闘しているため、ステラティアはとある人物をパートナーとして意気揚々と(シュヴァルツは渋々と)出かけたはずだったのだが……。
「ねぇ、大変よ!ステラティアお嬢様が今開催されている夜会の真っ最中に婚約破棄されたって!」
「は?なにそのガセネタ?そんなわけないでしょ。だいたいお嬢様の婚約者は……」
「わかってる!わかってるけど!でもなぜかされたらしいのよ!使用人緊急連絡網が回ってきて、パーティーの最中にどこぞの伯爵令息がお嬢様に婚約破棄をつきつけたって!男爵令嬢をいじめたとかなんとかわめいてたとか……意味わかんないんだけど?!」
「なにそれ、巻き込まれ事故ってやつ?!でもなんで婚約破棄?そんなどこぞの伯爵令息なんかと婚約するはずないじゃない」
「もしかして、だいぶ前に申し込まれたけど断ったって言ってたアレかしら?やだ、あっちは婚約した気になってたの?キモッ」
「うちが子爵家だから断るはずないとか勘違いしてたってこと?それにしたって、なにをどう勘違いしたらステラティアお嬢様と婚約してるなんて思い込めるのよ!しかも王家主催のパーティーで婚約破棄とか……頭腐ってんの?!」
「あ、続報が届いたわ!」
「どれどれ……。えーと、男爵令嬢はステラティアお嬢様のことを“悪役令嬢”だ、婚約者がいながら自分の執事とファーストダンスを踊るなんて“尻軽”だと罵ったぁ?あの鈍感でポヤポヤのピュアっピュアなお嬢様を?この男爵令嬢、命が惜しくないのかしら」
「お嬢様の執事って……え、もしかして今日のパーティーに執事服で参加したの?!」
「あれほど正装しなさいよって言ったのに……いくらお嬢様から執事服が1番似合うって言われたからって、ほんとにお嬢様のことしか見えてないんだから!」
「ほら、あの執事服って旦那様からもらったやつだから。お嬢様ってばちょっとファザコンだから“お父様みたいでかっこいい!”って言っちゃったらしいのよ」
「またシュヴァルツ様が怒り狂いそうね~」
「おっと、また続報……。ふむふむ、なんとお嬢様ったらその伯爵令息と男爵令嬢のこと知らなかったみたい。ついでにあの《《ふたり》》にこてんぱんにやられてパーティーから追い出されたみたいよ。《《新しい王家》》はちゃんとわかってるわね~」
「そりゃぁ、旦那様たちを敵に回したらどうなるかなんて少し考えればわかるじゃない。まぁでも、しばらくは逆恨みによる《《お客様》》が増えるかしら?」
「あ、お嬢様たち帰宅されるみたいよ。シュヴァルツ様がパートナーとして連れて行ったメイドが諜報部員だから情報が早いわね」
「お嬢様のパートナーは譲ったけど、ご自分はまだ新しいパートナーは作る気ないっておっしゃってたからね。子爵家子飼いのメイドなら勘違いすることもないし(お嬢様の)護衛にもなるし一石二鳥なんでしょ」
「きっとお嬢様は何もわからないままご帰宅されるわね。あのお二人がいて、気付かせるはずないもの」
「旦那様からお説教はされるかもね~、《《ルークさん》》が」
「それは仕方がないわね。初めて“婚約者”として参加したパーティーでこの騒ぎだもの」
「さぁさぁ、早く準備しちゃいましょう!パーティーではほとんど何も召し上がっていないらしいし、お夜食を作っておかないと」
その後、その伯爵令息と男爵令嬢は学園から姿を消したらしい。だが、それが騒がれることはなくステラティアの耳に届くこともなかった。
ステラティアは気付かない。
悪役令嬢と呼ばれた意味も、その日に婚約破棄騒動に巻き込まれた理由も。
いや、彼らが気付かせはしないのだ。
……なぜかって?いや、ここで語るのはやめておこう。だってそれはまた、別のお話なのだから。




