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69:悪役令嬢とひとつの願い

「……ここは星が綺麗だね」



 その日の夜、子爵家の庭にあるベンチに腰掛けて夜空を見上げた私はふぅっと息を吐く。久々の外出だった上に色々あって今頃疲れを感じてきてしまった。


 でも、嫌な疲れじゃない。はしゃぎすぎて疲れちゃうなんて子供っぽいことをしてしまったかなとも思うけれど、それくらい嬉しかったのだ。


「この領地から見る夜空はいつも綺麗なんだけど、今夜は格別ね。だってセリィナ様と一緒なんだもの」


 そう言って隣に座ったライルに、つい心に引っ掛かっていた事を口にしてしまった。


「あの、ライルは…………フィリア男爵令嬢のことは、どう思っていたの?」

 

 もうライルはシークレットキャラという存在から脱しているとは理解している。私の“悪役令嬢”の役割りも終わったのだと。でも、もしかしたらヒロインの最後の姿を見てなにか心を動かされたのではないかと考えたら……どうしてもモヤモヤしてしまったのだ。


 私の事を好きだと言ってくれたライルを疑うわけじゃないけど、もしもライルの心のどこかにこれからもヒロインがいたりしたら……と、そう思ったら気が気じゃなかった。


 するとライルは、想定外の事をを聞かれたみたいにキョトンと目を丸くした。


「え、あの男爵令嬢?あぁ、そう言えば変なことを言ってたわね。……運命がどうとか、母親がどうとか。影の報告では実の母親はとっくに亡くなっているし育ての母親は例の男爵夫人でしょう?たぶん錯乱して記憶が混濁していたんじゃないかしら。

 まぁ、確かに可哀想な境遇だったかもしれないけど……どう生きるかは結局本人が決めることよ。あの結末は彼女がそう生きると決めた結果なんだから、(セリィナ様以外に興味も無いし)なんとも思ってないわよ」


 そう言って、左手がそっと私の頬に触れてくる。ライルの手の感触に無意識に頬擦りしてしまうと、灰色の瞳が真っ直ぐに私を見ていることに気付いた。


「……アタシはね、どんな生まれや境遇だろうと信じていれば必ず夢は叶うって知っちゃったのよ。その夢を叶えるためならなんだってするってずっと決めていたから……今やっと叶ったわ」


「ライルの……夢?」


 そしてライルはにっこりと笑うと、ツンと私の右手をつつく。そこには袖の先から緑色の()()が見えていて、ライルの右手がそれを摘み上げた。


「このリボン、持っていてくれたのね」


「これは……さすがに髪の毛の束を持ち歩くのはお姉様たちに反対されちゃって、だからせめてこのリボンだけでも身につけておきたかったの。あ、片手で結んだから……」


 ライルの形見のつもりで手首に巻いていたリボンだったが、結び目がほどけてその端が袖から顔を覗かせていたのだ。


「ねぇ、セリィナ様。またこのリボンをもらってもいいかしら?」


「いいけど……ボロボロだよ?それに今のライルにこの色は似合わないかも……」


 ライルは戸惑う私に微笑みながら手を離し、リボンを解くとそれを自分の首にふわりと巻いた。


「これがいいの。セリィナ様が結んでくれる?」


「う、うん……」


 キツくならないように緩く結び目を作っていると、不意にライルの顔が近付いて私の頬に唇を落としてきた。ちゅっとリップ音が聞こえて頬に一気に熱が集中してしまう。


「!ラ、ライル……っ」


「……このリボンは、アタシがセリィナ様のモノである証よ。切ったって引っ張ったって絶対に千切れたりしない……アタシのお守りで宝物なの」


 そう言って今度は反対側の頬にキスしてくると、そこにある薄くなった傷跡をそっと指でなぞった。


「傷は、まだ痛む?」


「もう平気。……でも、少し傷跡が残るかもしれないって。これで本当のキズモノ令嬢になっちゃった……なんてね」


 恥ずかしさを誤魔化す為に少し笑ってから、ライルの顔を見つめる。黒髪になっても、片目を失明して目の色が変わってしまってもやっぱりライルはライルだ。ライルが大好きで、ずっと一緒にいたい。ライルが私を“お嬢様”として大切にしてくれている事もわかってる。


 でも……ライルはもう孤児でも執事でもなく、子爵家の跡取りとして生きていけるのだ。片目が失明してたってそんなのライルの魅力からしたら些細なことだし、ヒロインのいなくなった今……ライルは本当の意味で自由になったのだもの。


 でも……さっきはライルに会えた嬉しさのあまり何も考えてなかったけれど、時間が経つと嫌な考えがよぎってしまった。


 “私”はライルの側にいるのに相応しいのだろうか?と。


 悪役令嬢の役割りが終わった私に残ったのは貴族令嬢として短すぎる髪と、みっともない傷の残った顔……学園も辞めちゃったし、いくら公爵家の娘とは言え私の“令嬢”としての価値は無いも等しい。それでも家族や使用人たちは優しくしてくれるけれど、これから子爵令息として生きるライルの目から見て……もしも“価値が無い”ってわかってしまったら?ライルがその事に気付いてしまったら私は……。



「……ねぇ、ライル。あの時はああ言ってくれたけど……ライルはこれから新しい人生を歩めるわ。やっぱり私みたいなキズモノな────んっ!」


 その瞬間、抱き締められて息が止まるかと思うくらいの深い口付けをされた。突然の甘い衝撃に目眩がしてくる。


「ラ、ライル……っ!う……ふはっ」


 息継ぎもままならないくらいに激しくライルの唇が降り注ぎ、やっとその動きが止まった時には私は体の力が抜けてしまいそのままライルに体を預けた。


 するとライルは、くったりとした私を抱き締めたままクスッと笑みをこぼす。


「……ほんとに、セリィナ様はちょっと油断するとすぐにアタシから逃げようとするんだから。アタシがどれだけ我慢してるかわかってるのかしら……────やっと手に入ったのに今更手放すなんて思われてるとしたら心外よね。

 ねぇ、セリィナ様が考えていることなんてお見通しよ?……でもね、アタシはセリィナ様以外はいらないの。言ったでしょ?やっと夢が叶ったって。それとも、セリィナ様はこんなオネェ言葉で片目が失明してる男なんて嫌になった?アタシはセリィナ様の側にいるのに相応しくないかしら?」


「ゆ、夢って?あの、ち、違うの……。だって私、ライルの為に何も出来ないし……好きって言いたかったのも、好きになって欲しいって思ったのも全部私のわがままだから……。私には何の価値も無いって思ったら、いつかライルがそれに気付いたらどうしようって思って……だから、その……っ、私の方がライルに相応しくないかもって急に不安になってきて……!でも、私はライルに嫌われたくないから……っ」


 涙が浮かんできて、いつの間にか私は幼い子供のように泣きじゃくっていた。ライルはそんな私を軽々と抱き上げて、いつものように膝の上に乗せると涙を指で拭ってくれる。それは私が1番安心出来る場所で……そう思ったら自然と涙が止まっていた。


「あら、セリィナ様の価値ならアタシが知ってるわ。今までもこれからも……全部アタシだけが知っていればいいのよ」


 そう言って、幼い頃にしてくれていたように……宥めるように優しく頭を撫でてくれる。でもあの頃とは少しだけ違うと、なぜかそう思った。


「セリィナ様がアタシの想いに気付いてくれるまで何度だって言うわ。────あなたを心から愛してるの。初めて出会ったあの日から、アタシの全てはセリィナ様だけのモノよ」


「ほ、本当に私でいいの?後から嫌って言っても遅いんだから……もう、自由にしてあげられなくなっちゃうんだから……!

 ……私も…………私も、ライルがいい。……ライルを────愛してる」


 “これからもライルとずっと一緒にいられますように”。ただそれだけを願いながら今度は私から唇を寄せた。さっきよりも強く抱き締められて……でも、それがなによりも心地良かった。




 そして、私達の頭上ではひときわ輝く流れ星がひとつ流れていたのだった。








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