68:悪役令嬢の物語の結末
「そして、アタシはその影のおかげですぐに救出されたわ。命に別状は無かったもののやっぱりあの液体は特殊な毒で、右目は完全に失明しちゃったの。左目の視力はなんとか保たれたけれど、瞳の色が灰色に変わってしまったのよね」
ライルはそう言って眼帯の上から右目をそっと撫でた。そして「もうあの三人がセリィナ様の前に現れることはないから安心して」とにこりと微笑んで見せたのだ。ライルはハッキリとは言わなかったが“この世界から消えた”と言うことなのだろう。
「事の経緯はこうよ」
それからライルは裏側でなにが起こっていたのかも詳しく教えてくれた。
まずスリーラン王妃はライルから真実を聞いて、すぐさまお父様……アバーライン公爵に連絡を取っていたそうだ。
その内容は、ルネス王を罠に嵌めたい事。秘密裏に亡き者にしようと思ってる事。そしてライルの今後の事なども含めてなど……つまりお父様は最初から全てを知っていたのである。
ルネス国王をおびき寄せるために罠を仕掛けたと思われたけれど、そんな見え透いた罠にルネス王が引っかかるはずがないとスリーラン王妃はわかっていたらしい。わかっていたからこそ、ライルと……ルネス王の影武者を準備してわざと暗殺という寸劇を披露したのだと言う。
ルネス王の動向を掴んだスリーラン王妃は、ルネス王の手駒であるスパイの存在を確認する為にわざと“ラインハルト”との密会の場を作って偽の情報を流したのだ。
そしてそれはルネス王がスリーラン王妃の護衛にと付けた人物で……実は護衛ではなく監視役だったのだと話すスリーラン王妃は悲しげに目を伏せて「わらわとあの方の間に“信頼”などありませんもの」と言っていたそうだ。
しかしその監視役の忠実さを逆手に取り、ルネス王にまるでラインハルトがスリーランと手を組み影武者を使い自分を罠に嵌めて次期国王の座を狙っているかのように思わせることに成功したのである。
“スリーラン王妃と一緒にいるのは偽物である”、と。それならばきっとセリィナを助けに本物がくるはずだ。と。まさか自身の影武者まで準備されているとまでは思わなかったのか、スリーラン王妃の元にさえいかなければ勝手に自滅すると考えたのだ。だからこそ、スリーラン王妃の事は放っておいたのだろうと……まさかスリーラン王妃の思惑通り、“ルネス王が勘違いをして”目撃者の多い中で“罪の無い他国の貴族を殺した事”にされるとは思いもせずに。
離婚歴もだが、夫が罪人になればその妻にもキズがつく。ユイバール国であっても“キズモノ”になるというのは不名誉なことだ。ルネス王は、まさか妹であり自分を愛しているはずの妻が自ら“キズモノ”になる覚悟を持ってまでして自分を裏切るなどあるはずがないと高を括っていたのかもしれない。
スリーラン王妃が用意した影武者たちについては深く聞くことはなかったとライルは言った。
それぞれが二度と表に出ることの出来ない立場の者たちだとだけ聞かされて、今回の事が上手くいけばスリーラン王妃の力で助けてやれる可能性もあるからと……それだけだったそうだ。そこにお父様がどれだけ関わっているのかも知らないままにしておいた方が良いと……小さくウインクをされた。
そしてお父様ははまずはライルの身の安全を確保するために“ラインハルト”の死を発表した。あの葬式が取り急がれたのもその為だったのだ。
なんの罪もない貴族の青年が他国の王の勘違いで殺されたと。さらに、自国の王にミシェル王子の罪の償いを責め寄り、王子のした事について知らぬフリをする代わりにライルの新たな戸籍を作らせたらしい。ついでに王妃を黙らせるために愛人の存在を調べ上げて国庫の金に手を付けたのは王子だけではなかったと突き止めたって言うのだからさすがはお父様とお母様だと言うべきだろうか。
もちろん、今後一切の関わりを持たないと念書まで書かせたようだ。どのみち今の王政は長くは続かないだろうと、お父様が笑っていたらしい。
ライルの髪は切り落として偽造した死体をよりそれらしく見せるために使ったそうだ。なんとあの死体はジャズさんが作ったらしいのだが、いくら顔を確認しなかったとはいえ本物にしか見えなかった。なんていうか……すごいとしか言いようがない。
こうして“ラインハルト”は不幸に巻き込まれたとして死を発表され、“孤児で執事のライル”もある日突然いなくなったと、行方不明扱いとなった。お父様がひと言「公爵家から勝手に消えた元執事など探す必要はない」と言えば、世間は「たかが執事のこと」だとすぐに忘れてしまうだろう。
もうここにいるのは、“ライル・ディアルド”と言う名の、子爵家の嫡男である青年だけであった。
「旦那様……いえ、アバーライン公爵様ったら、突然生まれた時から今までのアタシの新しい人生だから全部暗記しろって台本持ってくるんですもの。無茶言うわよね」
「ライルさんは、死んだ“ラインハルト”と生き別れた双子の片割れということになってますのよ。子供が生まれた時にわたしが体を患い、双子の両方を面倒見るのは無理だと医者に言われて泣く泣く弟の方を親戚に預けて田舎に引っ込んでいた。けれど今回不幸が起きて嫡男が亡くなり、手放した次男が戻ってきた……ということになってますわ。もちろんその親戚との仲は良好で双子たちはちゃんと交流もあった。ふたりの髪色が違うのもわたしが妊娠中に病にかかりその後遺症で長男は髪と瞳の色が変化し、次男は片目が失明してしまっている……。子爵とはいえ田舎貴族ですから、憐れみの目で見られても深く探られる事もありませんわ。ついでに例の指輪は少々細工させていただきました。夫は手先が器用ですので……。ライルさんも頑張ったんですのよ」
「徹夜で暗記させられたから、5歳の時の兄との思い出も語れるわよ。……お母様はロナウドさんに似てスパルタなんだもの」
「あらあら、褒めてくれて嬉しいわ」
「お父様も頑張ったんだぞ~」
「……わかってるけど、成人した息子の頭を撫で回すのはやめてほしいわ」
「あらあら」
すでに本物の親子のような雰囲気を出す3人の姿を見て、ライルに家族が出来たんだと思ったらなんだかホッとした。もうライルはシークレットキャラなんかじゃない……“ライル”なんだと。
「それにしても、お父様が全部知っていたなんて……なんだか頭がこんがらがりそう……」
「“終わりよければ全て良し”って事ですわね。それに、セリィナが拐われた事以外は想定内だったようですわよ。あの時は寿命が縮まったと言ってましたわ。完璧な守りにしていたはずだったのにって」
「そうよ、セリィナ。難しい事はライルに任せておけばいいのですわ。時間が経てば周りもこの事件を忘れるでしょうし、王家がおとなしくなればこれ以上アバーライン公爵家にちょっかいをかけようなんて輩もいなくなりますもの。
それと、わたくしたちだけでなくお母様まで騙していたものだからお母様がとってもスネてらっしゃいましたわよ……ライルが子爵家を継いだら覚えておきなさいって伝言も頼まれましたわ。仕事が忙しくなってセリィナを愛でる時間がなくなりそうですわねぇ」
「そう言えばお父様は、ライルが失明するくらいボロボロの姿になっていたのにも驚いていましたわね?こんな風に死にかける男に(セリィナを)任せて本当にいいのか一瞬本気で悩んだって言っていましたわ」
「まさかあんな姿になったライルと再会するはめになるなんてって言っていましたわよね。ロナウドが鍛え方が足りなかったって怖い顔してましたけれど……」
そこまでライルに口を挟む暇も与えないほど口早に話し続けていたお姉様たちが揃ってにっこりと笑顔を向けた。
「「これじゃぁ、やっぱり(結婚は)止めさせとこうって反対されるかもしれませんわね?」」
「……精進します」
冷や汗をかいて視線を逸らすライルの姿にお姉様たちは「「冗談よ」」と笑ったが……なんだか目が怖いけど、何をやめさせる気なのだろうか?
でもヒロインがいなくなったのならば、これで私の“悪役令嬢の物語”は終わったと思ってもいいのかもしれない。これが私の物語の結末なのだと……。
そして、チェリーシュラさんの「あらあら」と朗らかな声が響いたのだった。




