65:悪役令嬢の告白
翌日、“ラインハルト”の葬儀がおこなわれた。
行きたくはなかったが私が自力で歩く気力もないとわかると、車椅子に乗せられてあの髪の束を握りしめたまま葬儀へと連れて行かれてしまったのだ。
ボロボロだった私の髪は綺麗に切り揃えられたし、顔の傷も見た目より酷くなかったので傷跡もそこまで残らないだろうと言われたが何ひとつ喜べない。今さら、そんなことどうだっていい気がした。
「……」
棺の中の“ラインハルト”の顔には白い布が被せられていて顔を確かめる事は出来ない。もしこの布を剥ぎ取って別人だったならば……そんな考えが浮かんだが、見え隠れする短く切られたワインレッドの髪が私からその気力を奪い取った。
「来てくださり、ありがとうございます。セリィナ様」
“ラインハルト”の両親が私に頭を下げる。公爵家の遠縁の田舎貴族だ。“ラインハルト”は私の又従兄弟で子爵家の令息という設定だった。
……そうだ。そう言えばそういう《《設定》》だったのに、なぜ“ラインハルト”の両親が存在するのだろう?
そんな疑問が浮かぶが、そんな事どうでもいいかと疑惑はすぐに消える。だってあのワインレッドの髪を見てしまった。あんなに鮮やかな髪色を私は他に知らない。リボンだって私の手の中にある。それが真実なのだ。
私はこれからどうしたらいいんだろう?
お父様もみんなもなぜライルの事を“ラインハルト”として扱うのか。ライルが元孤児だから?貴族ではなく執事だったから?ライルが存在していた事を否定されたような気がして悲しくて仕方がなかった。そのままお墓には“ラインハルト・ディアルド”の名が刻まれ、ライルの名は消滅させられてしまったのだ。
私は最後まで、お別れの言葉を口にすることが出来ないでいた。
***
それから数ヶ月。学園が始まったと知らせは受けたが私は入学式にすら出ずに退学することにした。噂によれば王子もヒロインも学園には姿を現していないらしい。王子に関しては人前に出られる状況ではないとか異国へ留学したらしいなんて聞くが、それもどうでもいいことだ。
「……セリィナ、気分転換に別荘地に行ってみない?」
「そうよ。勉強ならわたくしたちがいつでも教えてあげるし、今はゆっくり静養しましょう」
「いえ、私、外には……」
「「いいから行きましょう!」」
ずっと引き籠もっていた私は引きずり出すように馬車に押込められお姉様たちに挟まれて別荘地へと連行されてしまった。お姉様たちが最近ずっとそわそわしていたのは知っているが、やはり私を心配していたらしい。
でも……とため息をつく。申し訳ないが今は何もしたくないし何も考えたくないのに。みんなは全て終わって元通りだと言うが、私にとっては全てが変わってしまったとしか思えないのだ。
だって、この世界にライルがいない。
もう悪役令嬢だとか攻略対象者だとかなんてどうでもいい。それに、みんながまるでライルの事を忘れてしまったように振る舞うのも悲しかった。ライルはずっと一緒にいたのに、このまま存在したことすらわからなくなるんじゃないかと思うとまたもや涙が止まらなくなっていた。
「……ここはどこなんですか?」
「ここは、ディアルド領よ」
「ここでゆっくりしたらセリィナもきっと元気になるわ」
1日ほど馬車で揺られて連れてこられた別荘地は公爵家の所有物らしいが見覚えがない。しかし一緒に付いてきたサーシャも黙ったまま荷物を降ろしているがなんだか落ち着かない様子だし、お姉様たちはさらにそわそわとしている。そんなに重要な場所なのだろうか?
あれ?でもこの領地の名前は聞いたことがあるような気が────。
「セリィナ様」
「────え」
透き通るような声が耳に届いた。
視線を向けると、そこには短い黒髪で右目に眼帯をした人物が松葉杖をついて立っていたのだ。
瞳の色も……まるで曇り空のような灰色の薄い色をしている。そう、違う。私の求めるワインレッドの髪でも、アメジストのような紫色の瞳でもない。
見た目だってまるで別人のような装いだった。でも、その微笑みと優しい声を私が間違えるはずがないのだ。
「────ライル!!」
私は思わず走り出し、気が付くとその人物に飛びついてしまっていた。勢いのまま私が抱きついた衝撃でその人物ごと地面に転ぶが、松葉杖を離した手がそっと私を抱きしめてくれる。
「ふふ……いつまで経ってもお転婆ね。あぁ────やっと会えたわ」
「ライル、ライル……!本当にライルなのね……?!だって、死んじゃったっておもっ……!も、もうライルは戻ってこないんだって……!」
「……戻るわよ、絶対。だってアタシ、セリィナ様の執事ですもの」
ライルのぬくもりを感じて、また涙が込み上げてくる。でもそれは温かくて嬉しい涙だ。
「────私、ライルが好き。誰よりも好きだって、ずっと好きって、言いたかったの……!」
ライルは一瞬だけ目を見開いて驚いた顔をしたが、私の頬を包むように手を添えてにこりと笑顔を見せてくれた。
「ラ────」
そして、唐突にちゅっ。と、柔らかい唇が重ねられる。そっと触れるだけの優しいキスがあの時の口付けを上書きするようにじんわりと心に染み込む気がした。
「んっ……」
ほんの一瞬……それでいて永遠のような時間が過ぎ、唇が離れると目の前にはいつもと変わらぬライルの笑顔があったのだ。
「……先に言われちゃったわ。アタシもセリィナ様が好きよ、誰よりも愛してるの。もう二度と離れたりしない……。だからお願いよ、ずっとアタシの側にいてくれる?」
「私も、ライルと一緒にいたい……っ」
ライルが「嬉しいわ」と呟き、再び唇が近づこうとしたのだが……。
「「あなたたち!いつまでわたくしたちの目の前でイチャついている気ですの?!」」
と、全てを見ていたお姉様たちにめちゃくちゃ叱られてしまい、今更お姉様たちがいたことを思い出して恥ずかしくなってしまった。
「あら、気が利かないわねぇ。いくらローゼ様とマリー様でも恋人たちの逢瀬を邪魔するなんて無粋よ」
「「だまらっしゃい!今日までセリィナに真実が言えずにいたわたくしたちの苦労も知らずにのうのうと!とにかく早くセリィナから離れなさぁい!!」」
「嫌よ。アタシがどれだけ我慢してたと思ってるの?ずっとセリィナ様成分が足りなくて大変だったんだから!それにアタシとセリィナ様は両想いなんだからローゼ様たちに邪魔する権利はないわよーだ」
「「ライルのくせに生意気よ!!」」
そのままライルは私を抱きしめ続けて離してくれず、しばらくお姉様たちとの攻防戦が続いたのだが……怒っているお姉様たちもどことなく嬉しそうに見えた。
そして、再び出会えたことが……やっと「好き」だと告白出来たことが嬉しくて、私はこれが夢じゃないと確かめるようにライルに抱きついていたのだった。




