62:悪役令嬢と神様の駆け引き
神様は意地悪だ。
この時、私はこの瞬間まで生きていた事を後悔していた。こんなことになるならもっと早く家を出ていれば……ううん、いっそ死んでしまっていればよかったのだ。
全ては私のワガママが引き起こした悲劇でしかない。きっと、そんなワガママな私に神様が怒ったのだろう。だからこんな罰を与えられた。
それでも、罰を与えるのならばもっと違う罰にして欲しかったと思う。私がライルを好きにならなければ、こんなことにはならなかったのだろうか?
そう考えたら、涙が止まらなかった。
神様は意地悪だ。私が最も苦しむ方法で私に罰を与えるのだから。
どうしてこんなことになってしまったの?どうして……。でも、その答えはわからなかった────。
***
あの日、私が囚われている部屋の扉が少し錆びた音を立てながらゆっくりと開いた。そしてミシェル王子が顔を覗かせたのだ。
「……っ!」
醜く歪んだ顔をした王子がギョロリと私を睨むと、どこから持ってきたのか手錠の鍵を見せて私の手首を自由にして……私の喉元にナイフを押しあててきた。
ミシェル王子はナイフを押し当てたまま強引にその場から私を連れ出した。もしも私が無理に逃げ出そうすればそのままこのナイフで殺すつもりだろう。王子からはそれくらいの殺気を感じた。
「……!」
部屋を出て辺りを見回すと、そこには数人の兵士らしき人たちが倒れていた。その血溜まりの大きさにミシェル王子が何をしたのかをすぐに理解して全身に冷たい汗が一気に流れた。一体どこに連れて行かれるのかはわからないが、決して助けてくれるつもりではない事だけはわかる。
そして、廊下に出てミシェル王子が辺りを警戒して左右を見るために少し身を乗り出したその瞬間。
「……お嬢様を離せ!」
どこからともなく現れた謎の人物がミシェル王子と私の隙間に滑り込み、ミシェル王子の体を蹴り上げたのだ。私の首筋に当てられていたナイフは音を立てて廊下の端に転がり、ミシェル王子は声にならぬ唸声を上げていた。
「あ、あなたは……」
「……本当ならお嬢様にこの姿をお見せする事は規定違反なのですが、今だけはお許し下さい。我ら影が不甲斐ないばかりにこのような目に合わせてしまいました」
顔に布を巻いていて表情はわからないが、いつも側で守ってくれていた影さんだとわかり張り詰めていた緊張感が少しだけ和らいだ気がした。
「……助けに来てくれたのね、ありがとう」
「勿体ないお言葉でございます……」
こうして私は影さんに助けられ、ミシェル王子の手から逃げることが出来た。囚われていた場所は王城の裏にある塔の地下だったようで、道が迷路のように入り組んでいる。……けれど、私たちは何故か誘われるようにその場へと足を勧めてしまっていた。
「……おかしい、こんな所へ出るはずが────がはっ」
予定の出口とは違う場所へ来てしまったようで、影さんが警戒しながら扉を開け────その場で膝を崩した。
「影さんっ?!」
影さんの脇腹には矢が突き刺さっていて、よく見れば、扉を開けると自動で発射される装置のようなものが側に設置されていた。
「おっと、致命傷にはならなかったようだな。もう少し精度をあげないといかぬか」
クスクスと笑いながらそう言ったのは部屋の中にいた人物……ルネス王だった。
「ちょうどよかった。今からお前を呼びに行こうと思っていたところだ。やっと《《準備が》》整ったからな」
「……準備?」
そう言ってルネス王はある方向を指差す。私が恐る恐るその方向へ視線を向けると、そこだけ壁が大きく抉られていて外へと繋がっていた。そして突き出るように床板が貼られてあり、その先には台と5つのロープがぶらさげられていたのだ。
所謂、“公開処刑場“というやつだと思った。
「最初はお前を使って交渉してやろうかと思っていたが、もう面倒になった。だから、俺を陥れようとした愚か者どもにお前の死体を送りつけてやることにしたんだ」
ルネス王は指先で首を切る真似をしてニヤニヤと笑い「後悔して泣き叫んでくれたら面白いのだがなぁ」と呟いている。
「お、お嬢様に何を……ぐっ!」
「あの矢には毒が塗ってある、あまり動くと死ぬぞ?」
私を守ろうとした影さんがルネス王に蹴られるのを見て思わず「やめて!」と叫ぶがその叫びに抑止力はない。そして私は為す術もないまま再び手錠を掛けられてしまったのだ。
「この処刑方法は、人体の《《5つの首》》に縄をくくりつけて五方向に引っ張るものなんだ。そして足から順番に切り落としていくと、最後は頭を支える首だけなるだろう?そのまま死んで行くのを眺めるもよし、最後の情けに切り落としてやるもよし。なんとも楽しめる処刑方法だ。祖国でやると多少反発する者がいたが、《《ここ》》でなら問題あるまい」
楽しそうに語られるそれを聞いて、もう冤罪とか断罪とかそんなの関係ないんだと……私はここで死ぬのだと覚悟した。
お父様、お母様、お姉様たち……。ロナウド、使用人のみんなに影さんたちも、あんなに私を守ってくれたのに、ごめんなさい。
ライル────せめてあなたに「好き」って言いたかった……。
そして、そこからの事は急展開過ぎてあまりよく覚えていない。
私が吊るされて抵抗しようとした影さんが何か叫んだ時、扉が開いた。ほんの一瞬だけ期待したものの、そこにいたのはなんとミシェル王子で……「お前を殺すのは僕だ」と叫びながら私に向かってナイフを突き刺そうと走ってくるのが見えた。
もう、誰に殺されようと同じかな。と、諦めて目を閉じる。もうすぐ来るだろう衝撃と痛みを受け入れてしまおう。そうすれば楽になるんだと。
でも、その衝撃も痛みもいつまでも来なかった。
ただ、暖かい何かに包まれていて……そのぬくもりの正体を知って閉じていた目を見開いた。
「……ラ、イル……?」
私の口が掠れた声を出して愛しい人の名を呼ぶ。
そこには変わらぬ微笑みを見せてくれるライルがいた。周りがざわめく中、ライルは持っていたナイフで私に繋がっている縄を切り……「まだ、死んじゃダメよ」と私の耳元で囁いた。
「ラ────っ」
「下に影がいるわ。絶対助かるから、舌を噛まないように……」
そしておもむろに私の体を抱き上げると断崖となっている床の先から私を放り投げたのだ。
ほんの一瞬、私の唇に自身のそれを押し当てて。
落下していく私から見えたのは……腹部の辺りが赤く染まっているいつもの執事服を着て、優しく微笑んでいるライルの姿。そして、ライルの背中からキラリと反射する“何か”。
さらにその“何か”を掴んで引き抜いて、ライルに襲いかかろうとしているミシェル王子の姿だった────。




