58:悪役令嬢と恐怖の再会
あれから私たちは少年の家に匿ってもらっていたが、またすぐに家の周りを兵士が彷徨くようになってしまった。少年の正体があのパーティーでの断罪劇に現れた男爵だとわかり、アバーライン公爵家と関わりがあるはずだと監視の目が厳しくなってしまったのだ。
たぶん、次に家探しをされたら隠し通路の出入り口もいずれ見つかってしまうかもしれない。もうここは危険だからと、出入り口を潰して塞いでしまうことになった。私たちは少年に別れを告げて再び通路の中へと入り、次の移動先について相談することにしたのである。
すると、一足先に別の場所に行っていたはずのサーシャとジャズがその場に姿を現したのだ。
「お嬢様方、ご無事でしたか?!執事長様も!」
「サーシャ、あなたが合流するのはまだ先の予定だったはずでは……それにジャズは非戦闘員なのですから身を隠しているように指示したはずですよ。なにがあったんです」
サーシャの予定外な行動に眉を顰めたロナウドがそう尋ねると、サーシャは「実は、お知らせしたいことがありまして……ね、ジャズ」と隣にいるジャズの袖を摘んで引っ張った。ジャズは言いにくそうに頭をボリボリと掻いている。
ジャズはサーシャの夫なのだが、なぜか私に話しかける時はしどろもどろとしていて、言葉を濁すのだ。分厚い眼鏡のせいで表情はよくわからないが、何か言いにくそうにしているのはなんとなくだがいつも感じていた。
「えーと、その……ライルさんから、セリィナお嬢さんの、えーとコスプ「こすぷって?」いや、変装を手伝って欲しいって……まぁ、そんな感じで。はい」
「もう、ジャズったら自分で説明するって言ったくせに緊張するといつも言葉が変になるんだから……。つまりですね、実はライルさんに以前からセリィナお嬢様のお忍び用に簡単に髪色を変える事が出来ないか相談されていたんです。今ある染料だとすぐ元の色に戻せませんし、長期間使用すると髪を傷めてしまいますから。触っても落ちないのに水で流せばすぐ落ちる染料を……とジャズに依頼されていたんです。それがついさっき!」
「えーと、それで……やっと、出来たんで……」
話を聞くとジャズはマダムの所に身を隠しながらその染料を作り続けていたらしく、サーシャはその出来具合を確認しにいっていたと言うのだ。
「奴らは“プラチナブロンドの髪の少女”を探しているのですから、違う色に変えてしまえば兵士たちの目を誤魔化せますし時間も稼げるはずです!さぁ、マダムが準備して待っていますよ!」
こうして私たちはサーシャに言われるがままにマダムの所へ行くことになった。しかもマダムが「ライルさんに依頼されていたので」とお忍び用に作ってくれていたという平民用のワンピースを持ってきてくれたのである。
「まったく……ライルってば、おねぇのくせに男前なことをしてくれますわね」
「しかもセリィナの分だけならまだしも、まさかわたくしたちの分まで頼んでいたなんて……用意周到なおねぇですわ」
お姉様たちが口をへの字にして「「ライルのくせに生意気ですわ!」」と声を揃えた。そう、なんとライルは私とお姉様たちが一緒にお忍びでお出かけ出来るようにと準備してくれていたのだ。
「ライルさんはセリィナお嬢様を驚かせたいから内緒にしてくれと言っていたんですが、サーシャさんからお話を伺って今こそ必要だと思いまして……。事情は聞きました。大丈夫、ライルさんは必ずセリィナお嬢様の所へ戻ってきますよ。だって、あの人はセリィナお嬢様の執事であることが生き甲斐だって言っていましたもの」
そう言ってマダムはそっと私の手を握ってくれた。
「マダム……ありがとう」
「ふふふ。さぁ、ライルさんがこの場に居なかった事を悔しがるくらい可愛らしい変装に致しましょうね」
そして私とお姉様たちはジャズから使用上の注意を受けながら髪の毛を染めてもらった。少し明るいチョコレートブラウンに染まった髪を見てなんだか不思議な気分になる。鏡にうつる姿はまるで別人みたいだ。……あぁ、でも前世の色に近いからか慣れればそんなに違和感はないかも?
「しっかり乾かせばちょっと触ったくらいなら平気ですが、雨に濡れたり水を被ると色が落ちてしまいますからお気をつけて下さいね」
私の髪を乾かして触っても色が取れないとこを確認すると、素早くワンピースを着せてくれる。シンプルなベージュのワンピースだが裾にワンポイント的な赤紫色の薔薇が刺繍してあり、なんだかそれがライルの色みたいで少しだけ嬉しくなってしまった。
「……お忍び用にかこつけて、さりげなく自分の色を入れるなんて油断なりませんわ(ボソッ)」
「しかも薔薇が3本なんて……刺繍とは言え周りへの牽制も兼ねてますわね。お忍びなんて言い訳して、絶対に自分とのデート用ですわよ(ヒソヒソ)」
お姉様たちが小声で何か言っていたようだが刺繍に夢中になってしまってよく聞こえなかった。
「ローゼお姉様、マリーお姉様、どうかしたんですか?」
「えっ、なんでもないわ~。セリィナ、よく似合ってるわよ!それにしても……(刺繍の意味を教えたらセリィナってば恥ずかしさで爆発しちゃうんじゃないかしら?!)」
「サイズもぴったりね!さすがはマダムだわ~!ええ、それにしても……(ここでわたくしたちがライルの気持ちをバラすのもなにか違いますわよね?!せっかくセリィナが告白しようとしているのに!)」
なにやらお互いに視線を合わせて頷きあっているがどうしたのだろうか?そう思って私が首を傾げていると、今度はふたりして「「平民の格好をしたセリィナも可愛いですわ~!」」と私を抱きしめてきたのだった。
それから私たちは慌ただしい日々を送ることになる。
まず興奮気味なお姉様たちがやっと落ち着いた頃、同じく平民の格好をしたロナウドが「セリィナお嬢様に是非会っていただきたい方がいるのです」と言って連れてきてくれたのがドクターと呼ばれるおじいさんの所だった。
ライルの事をよく知っているらしく、ライルの子供の頃の話をたくさん聞かせてくれたのだ。おねぇになる前のライルの話はなんだか新鮮で、少し切ない気持ちになってしまった。
「そうか、お嬢さんがセリィナお嬢様か……やっと会えた」
ドクターはそう言って、まるで孫でも見るかのように優しく接してくれた。そして私は気付いたのだ。不思議なことに、いつの間にかあんなに怖がっていたはずの街の人達が全然怖くなくなっていることに。みんな私たちの逃亡に協力的で「公爵家の方々を信じてますから」と口を揃えて言ってくれている。屋敷から外に出ても、こうして触れあっても大丈夫なんだ。と頑なだった心がほぐれていった気がした。
そこから空き家に拠点を構え、平民に混じって息を潜めるように暮らした。他の場所に散らばった使用人たち全員が揃うことは無かったがみんな入れ替わりに顔を見せてくれて手に入った情報を教えに来てくれる。髪色を変えたのが効果的だったのか兵士に絡まれる事もなく、それなりにこの暮らしに慣れていった。
しかし、日を重ねるごとに王家の手下である兵士たちの数は増えるばかりでさすがにみんなの顔に疲労の色が滲んできていた。あれからお父様からの連絡も無く、ライルのこともわからずじまいだ。
あと何日この生活を続ければいいのか。ライルは無事だと言われたけれど、今も大丈夫なのか。時間が経つに連れて私の不安も大きくなっていた。
そんな時だ。
完全に油断していた。いつもなら誰かと一緒に行動しているのだが、今日に限って誰も側にはいなかった。お姉様たちはロナウドと一緒に街の様子を見に行っているし、サーシャとジャズは買い出しに行ってしまった。残った使用人たちには「少しだけひとりになりたい」とお願いして庭に出てきたのだからいなくて当たり前なのだ。
私がこの状況を作った。
今になって思えば、なぜかどうしてもひとりで行動しなければと頑なに同行を断ったのだと思い出して背筋がゾッとした。
これは、強制力が働いたと言うことなのだろうか。私は運命から逃れられないのかもしれないと息を飲んだ。だって────。
私の目の前には、あの人物が立っていたのだから。
「やっと見つけた!まさかこんなところに隠れていたなんてね。なによ、その髪?ダッサぁい」
「あ、あなたは……」
そこには私と同じプラチナブロンドの髪とエメラルド色の瞳をしたひとりの少女が不敵な笑みを浮かべて立っていたのだ。
ヒロインである……フィリア男爵令嬢が。