57:父は困惑を隠しきれない② (公爵視点)
ワシが涙を流して膝を折ると、ローゼマインが「おほほほほ!」と女優ばりに高笑いをしてワシにビシッ!人さし指の先を向けた。
「さぁ、お父様はライルの居場所をご存知なのでしょう?今すぐ教えてくださいませ!」
「そうですわ!セリィナが悲しんでいるのですよ?!」
「そ、それは……」
本当なら今すぐ教えてセリィナを安心させてやりたいところだが、下手に言えばセリィナを危険に巻き込みかねない。どこまで伝えるべきか悩んで口ごもっていると、セリィナが「お願い、お父様……ライルに会いたいの……」と一粒の涙を零したのだ。
その途端、それまでワシがやられている様子を黙って見ていた護衛の使用人たちがハイライトの消えた死んだ魚のような目を一斉に向けてきた。
「ナイわー。旦那様ナイわー」
「セリィナお嬢様を泣かせるなんて……正気か?」
「旦那様やっちまったなぁ!」
「セリィナお嬢様のお願いにすぐ応えないなんて……こんな時、ライルさんなら────例え旦那様でも、ヤるか?」
こいつら……本気と書いてマジと読むってやつだ。使用人は元々セリィナファーストだが、それでも多少はワシに敬意を払っていたのに、今ではすっかりライル思考に染まっている気がする。ライル……恐ろしい子!
「ライルは……とにかく無事だ。それだけは確かだ。あいつは今……セリィナの為に頑張っている」
「!」
なんとか体勢を整え、セリィナの求める情報を口にすれば我が愛しい娘が心の底から笑顔を見せてくれた。
うむ、可愛い。やはりセリィナはとてつもなく可愛い。親馬鹿な自覚はあるがそれを差し引いても可愛すぎる。あまり詳しく伝えるわけにはいかないが、ともかくライルはセリィナとの未来の為に頑張っているのだと伝えてやりたいと思った。
決してライルの為ではない。セリィナの為である。あいつが多少何をしてもセリィナは心配こそすれ嫌いになどならないだろう。セリィナがライルの事をどれだけ信頼して心を開いているかなんて一目瞭然だ。……羨ましくなんか……ある。ワシなんか、つい最近まで怯えられていたのに!ズルい!
だがライルがユイバール国王の隠し子で、無理矢理国に連れていかれようとしていること。それにこの国の国王が関与していること……。今、ライルと会うのは危険だと伝えると最初は騒いでいた使用人たちも次第に声を失くしていった。セリィナも下をうつむき悩んでいる様子だ。その目にうっすら涙が滲むのを見て内心かなり慌てた。
おい、ロナウド。お前は事情を知っているはずなのになんで「旦那様がお嬢様を泣かせた」オーラを他の使用人たちと一緒に放っているのだ。お前はワシの共犯だろう?!
「ライル……」
セリィナは薄々勘づいていたのか、ライルが“王子”であることにはさほど驚いてはいないようだった。だが、ユイバール国の恐ろしさを知り驚愕していたのだろう。
「しっかりしなさい、セリィナ。ライルは誰の執事だ?あいつは今、セリィナの側にいるために頑張っているんだ。主のお前がしっかりせねばどうする。これかもライルと一緒にいたいんだろう?」
娘を元気付けようと肩に触れる。セリィナがそれを避けたり怯えたりせずにまっすぐに自分を見てくれた事に歓喜した。今夜は祭りだ、わっしょい!……おっと、いかん。ここは威厳を保ってかっこいい父親の姿を見せておかねば。ライルがいない今、頼れるのはこの父のみ!……のはず!
「お父様……。わかりました、ワガママを言ってごめんなさい」
「そうよ、セリィナ!ライルはきっとセリィナの元へ戻ってくるわ」
「ライルを信じましょう。告白はその時にすればいいわ!」
これまたワシの可愛い双子の娘たちが左右からセリィナを挟むように抱き締めた。なんと麗しい姉妹愛かと感動しそうになるが……ん?
こ・く・は・く?
まさかとは思うが、もしかしたらもしかするのか?いや、まさか。セリィナにはそういうのまだ、だいぶ!早いんじゃないかとパパは思うなぁー?絶対!
できるだけ平然を装い、にっこりと父親らしい微笑みをセリィナに向け口を開いた。
「……こ、コクハク?セリィナが、ライルに何をコクハクするのかなぁ?」
「……まるで油の切れた機械みたいな首の動きをしましたわよ(ヒソヒソ)」
「……見て、あのひきつった笑顔……複雑怪奇な顔をしてますわ(ヒソヒソ)」
娘たちよ、何をヒソヒソと言っている。聞こえているぞ!だいたいお前たちも散々セリィナとライルの仲に嫉妬していたくせにいつの間にそっち側についたんだ!?
するとセリィナは頬を赤く染め、その天使のような声を響かせたのだ。
「誰にもバレてないと思うんですけど……私、実はライルの事が好きでお姉様たちにだけ相談していたんです……。だからライルに告白して、私の事を好きになってもらえるように頑張りたいって思ってて……」
(公爵家の使用人たちも全員知ってます!)と、ここにいる全員が心の中で叫んだ。なぜか使用人たちと一緒に見ていた家を提供してくれている例の少年までもが頷いている。セリィナは、ほぼ初対面の人間ですらわかるくらい恋する乙女の顔をしていたのだ。
「ぐわっはぁ……!!」と脳内では言わずもがなクリティカルヒット。血反吐を吐いて倒れなかった事を誰かに誉めて欲しい。もちろん知っているし、そして認めている。セリィナを任せるならライルしかいないと家族会議もした。
でも、セリィナにはまだ早いのでは?!と思っていたので、まさかそんなに進展しているなんて考えたくもなかった。
ちなみにセリィナが何もしなくても、ライルはセリィナを好きに決まっている。いくらおねぇだからってセリィナに向けているあの眼差しを見れば奴の心など手に取るようにわかるくらいだ。だがライルは身分差とか歳の差とか、あとセリィナがお子ちゃまでそーゆーのはまだ早いって心得ているはずだったからまだ大丈夫!って安心していたのに────っ!
くそぉぉぉ!余裕そうにウインクしてくるライルが目に浮かぶ!まだ嫁にはやらぁん!!えっ、しかも刺繍入りのハンカチをプレゼント?!なんでも襲撃された時に兵士に踏みつけられてしまったそうだ。洗ったものの刺繍した部分がほつれて歪んでしまったらしい。
「こんなんじゃライルに渡せないから、贈り物は諦めます」
よし、その兵士を殺そう。え?もうロナウドが始末した?グッジョブだ、ロナウド。
「……そうか、悲しかったね。なんならそれはお父様がもら「「抜け駆けはよくありませんわ、お父様」」と、とにかく、ライルから報告があるまでお前たちは兵士たちから隠れておくんだ。いいね?
ユイバール国王は本当に恐ろしい男なんだ。セリィナの存在を知れば何をしてくるかわからない。今はライルの身分を偽って知らせているが、もしセリィナの専属執事であることがわかったら……そうなって一番困るのは誰でもないライル自身なのだよ」
「……わかってます、お父様」
あの男は、ライルの心をズタズタにするためなら手段を選ばない。手紙でもライルに言い寄る女がいるのかとか、良い仲になっている相手はいるのかとしつこく聞かれていた。向こうの王家の掟を考えればそんな相手がいたら即刻処分するつもりなのだろう。
もちろん、うちのセリィナは決してライルと“そのような仲”ではないが……あの国王がそんな言葉を聞いてくれるとは思えない。
「ワシが一緒ではすぐに見つけられてしまうだろうから別行動になるが……ロナウドたちよ、セリィナを頼むぞ」
「畏まりました、旦那様」
こうして今後の打ち合わせをし、ワシはセリィナたちと離れた。
……ライルの名前でもいいから、セリィナが刺繍してくれたハンカチ欲しかったなぁ。なんて拗ねることも出来ない。結局父親とは娘が巣立つのを見守るしかないのだ。パパは寂しい。だが娘の成長を微笑ましくも感じていたのだ。出来ればライルと幸せになって欲しいと、そう心から思っていた。
数日後。そのライルと、とんでもない再会をするまでは。