50:悪役令嬢と使用人③
なんてことだろう。私はアバーライン公爵家の隠された秘密を知ってしまったようだ。
いや、なんというか……確かに使用人たちのことには驚いたけれど、それよりもあの兵士たちに使用人のみんなが傷つけられなくて本当に良かったと思っている。だってみんなは私にとって大切な存在で、家族同然だもの。
あれから簡単に説明をされたのだけど、ロナウド曰くアバーライン公爵家の使用人に起用されるためにはそれなりの戦闘技術が必要なのだとか。研修とかがあるなんて初めて知ったけれど……まさか料理長が元暗殺者で、庭師のおじいちゃんが元闇格闘家(闇賭博的なアレらしい)なんて過去を持つとは欠片も知らなかった。まぁ、みんなにどんな過去があったとしても別にいいんだけど。
なんというか……ゲームではモブ扱いの使用人の過去まで語らないから仕方ないけど、ただ純粋に驚いてしまったのだ。
そのせいで、もしかしたら他の使用人のみんなも過去になにかあるのだろうか?なんて、つい考えてしまう。採用試験で頭角を現した場合はそこから修行をしてからさらにロナウドが見極めるとかなんとか ……えっと、公爵家の使用人になるのってそんなに危ないの?アバーライン公爵家って普通の貴族だよね?……謎でしかない。
とまぁ、そんな謎な秘密を知ったのはいいとして。確か屋敷にいるのは危ないから移動する……と聞いたのに、考えている間に連れてこられたのは屋敷内にある普段はあまり使われていない倉庫の前だった。
するとお姉様たちが「「うふふ」」と笑みをこぼした。そしてさすが双子と言うべきか、ぴったり同時に手を広げたのだ。
「この間やっと完成しましたのよ!」
「こんなにすぐ使う事になるとは思っていませんでしたけど、間に合って良かったですわ!」
そして、お姉様たちが口を揃えて「「じゃーん!」」と言いながら倉庫の扉を開いて見せたのだが、私はそれを見てぽかんと口を開けた。
「こ、これは……?」
そこにあったのは地下へと続く細く長い道。先の方は暗くてよく見えないが、とにかく奥へと続いているように見えた。
「これは地下通路ですわ。公爵領の領地内にならここを通ってどこへでも行けましてよ!」
「いくつかの場所へは避難場所として繋げてありますわ。もちろん、そこに住んでる領民にも承知済みですわよ!みんな、“セリィナの緊急避難用”だと説明したら快く了承してくださいましたわ!」
「い、いつの間に……」
「さぁ、まずはお父様たちと合流しましょう。緊急事態の時に落ち合う場所は決めてありますわ。そうしたら……」
そこで言葉を切り、ローゼお姉様は呆然としている私の手をそっと握った。
「そうしたら、ライルの行方を探しましょう。お父様ならきっと何か知っているわ。わたくしたちの可愛いセリィナをこんなに悲しませるなんて許せませんもの、すぐに見つけ出してきっちりお仕置きしなくてはね!」
「大丈夫よ、セリィナ。アバーライン公爵家が本気を出せば砂漠に埋まってる一粒のダイヤだってすぐに探し出せますわ。なにがなんでもライルを探し出して、もう二度とセリィナから離れないと誓わせてやるから安心しなさい!」
「ローゼお姉様、マリーお姉様……私……」
私の手を握るローゼお姉様の手の上に、マリーお姉様がそっと手を重ねる。
「だから、セリィナは笑っていて。わたくしたちの可愛いセリィナには笑顔が似合っていてよ」
優しく微笑むふたりのお姉様の優しさに涙が溢れて視界が滲んだ。私が零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えて「はい!」と笑顔を向けるとお姉様たちはそのまま私を抱きしめてくれたのだ。
「お嬢様方、とにかく通路を進みましょう。使用人たち数名はお嬢様方の護衛としてついてきなさい。残りは追手の目を引き付けるために散らばって時間を置いてから集合するように!」
ロナウドが使用人たちに指令をしながらそれぞれに役目が与えられ、みんながなんだか浮足立ち始めた。そして、数人の使用人たちが向かい合って拳を振り上げたかと思うと……。
「よっしゃぁ、勝ったぁ!護衛役ゲットぉぉぉ!これでセリィナ様をお守りできるぞぉぉぉ!」
「負けたぁぁぁ!これじゃ3日間もセリィナ様のお姿が見れない……じ、地獄だぁ!」
……じゃんけんの結果による使用人たちの異様なテンションの落差に溢れた涙も引っ込みそうになった。なぜ私基準なの?
えっ、ちょ、料理長?なんで護衛役から外れたからって包丁を振り回してるの?あ、厩番の人が包丁が当たりそうになったって泣いてる。
待って待って待って……なんで私の取り合いで喧嘩してるの?!サーシャはその機関銃を早く閉まって~!
「セリィナは相変わらず公爵家のアイドルね。ライルが見つかってもセリィナを悲しませた罪でみんなにフルボッコにされそうですわ」
「セリィナは天使よりも可愛いから仕方ないですわ。みんなセリィナの為ならなんでもするくらい溺愛していますもの。……まぁ、1番セリィナを愛しているのはわたくしですけどね!」
「それはわたくしでしてよ。ちなみにライルを1番に殴るのもわたくしですからね!」
「うふふ……それは一緒に殴りましょう?ちょうどいいメリケンサックがふたつほど手に入ったのよ」
「あら、素敵だわ」
「「────セリィナを泣かせた事、死ぬほど後悔させてやるわ」」
ローゼマインとマリーローズがにこにことしながら不穏なことを呟いたが、使用人たちの反応にあたふたするセリィナの耳には届かなかったようだ。




