表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない  作者: As-me・com


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/70

35:ユガンダオモイ(元侍女視点)

「あぁ……ダメだわ、うまくいかない。なぜ?なぜなの?」


 

 王子主催のパーティーが大波乱を終えた頃、その付近を怪しい女が彷徨いているのが目撃されていた。


 その女は虚ろな目をしながらブツブツと独り言を呟き、白髪混じりの長い髪を指でいじりながらおぼつかない足取りで歩いているのだ。しかしその異様な雰囲気に誰も声をかけることはなかった。







「まさかあの娘が姉さんが産んだ子供だったなんて────」



 王子からあの断罪劇の行われた会場に招かれていたあたしは、本当ならばあの後、証人としてあの場に登場するはずだった。子供を拐った罪だって王子がなんとかしてくれると言ったし、また公爵様に会える絶好の機会だと承諾したのだ。


 だが、運命の再会をする予定だったアバーライン公爵本人が王子を論破してしまいその機会を失ってしまった。


 それでも、久しぶりに見るアバーライン公爵様はやはり素敵だった。カーテンの影に身を隠してうっとりと断罪劇を魅入ってしまっていたが、公爵家族が立ち去った後になぜか天井のシャンデリアの飾りが“ひとつだけ”落ちてきたのである。鋭く尖ったガラス製の飾りは王子の顔を掠るようにして落下するとその頬に赤い線を描いた。


 幸いにもその場の人間は王子から離れるために壁際に寄っていたし、王子のかすり傷だけですんだのだが……。


 当の本人が先程の断罪劇の言い訳すらもせずに

大騒ぎしたせいで、その騒ぎを聞きつけた国王がやってきてしまい全てがバレてしまったようだった。どうやら今回の断罪劇は国王には秘密で行っていたらしく、怒った国王が王子と男爵令嬢を捕まえてしまったのだ。


 だから、その騒ぎに乗じて逃げてきたのである。


 それにしても。と、あの日の事を思い出す。あの日、老婆から奪った赤ん坊を連れて公爵家に戻り赤ん坊を子供部屋へと戻した。完璧だ、誰にも気づかれていないはず……そう思ったのにすぐに捕まってしまった。最初に忍び込んだ時は簡単に出入り出来たし、戻ってきた時も楽に入れたのに……なぜか《《最後に逃げる時だけ》》厳重な警備に引っかかってしまったのだ。まぁ、それはいい。いいのだけど……。


 そうか、あの赤ん坊は性別が違ったのか……。まさか赤ん坊の性別が違ったなんて思いもしなかった。だって、あんな女が産んだ赤ん坊になんて本当は触りたくすらなかった。だからおくるみの上から布でぐるぐるに巻いて掴んでいたからわからなかったのだ。


 あの日は、そのまま公爵家の地下にある牢屋に入れられた。何日か経ってからやって来た公爵様は冷たい視線を投げつけるだけだったが、それでもあたしを見ていてくれてると思うと嬉しかった。今でもあの視線を思い出すと背筋がゾクゾクとして快感に襲われる。確かにあの瞬間だけは彼の視線も心の中もあたしでいっぱいだったからだ。


 でも、その後はすぐに牢から出されて外に放り出されてしまった。


「お前の姉は、お前の命乞いをして死んだ。二度と公爵家に近づくな」


 公爵様は最後にそう言って、あたしを捨てたのだ。


 姉さんが死んだらしい。あたしが最初に公爵家を追い出された時には何も言ってくれずに、ただ悲しい目を向けるだけだった姉さんがあたしの命乞いをしたと公爵様は言った。あたしは意味がわからなかった。



 ────なぜ、そんな余計なことをしたのだろうか?



 どうせなら、公爵様の手で殺されたかったのに。あの方の肌とあたしの肌が触れ合えるチャンスを台無しにされてしまった。だってそれは、公爵様が殺したい程にあたしを愛してくれている証拠だったのだ。それなのに……。


 それからの長い年月を、あたしはどうやって過ごしたか覚えていない。


 ただある日……王子の使者だと言う人間がやって来て、あたしの話が聞きたいと言ってきたのだ。


 だから言ってやった。赤ん坊だった公爵家の三番目を拐った、と。その赤ん坊を男爵家の屋敷の前に置き去りにして、さらに平民の老女から赤ん坊を拐って公爵家に連れ帰った、と。だから今の公爵家の三番目は偽物だ、と。


 まるで物語の登場人物になったかのように気分が高揚して興奮しながら語った。だって、まともにあたしの話を聞いてもらえるのは初めてだったから。それからどこか豪華な屋敷に連れていかれたら王子がいて……また同じ話をした。


 やたらと飾り立てた人間たちに囲まれて、そうしたらそこにひとりの少女がいたのだ。あの時に拐った赤ん坊と同じ色をした少女だった。この子があの赤ん坊なのだと、すぐにわかった。


「彼女は男爵令嬢のフィリアだ」と王子に言われたが、最初はその服装にピンとこなかった。だって、男爵令嬢だとは思えないくらい豪華なドレスを着ていたからだ。


 あたしが赤ん坊を置き去りにした男爵家は、もっといかにもな貧乏貴族だと思ったのに。


 てっきり本物の公爵家の三番目は、貧乏男爵家で貴族なのに肩身の狭い思いをしながら暮らしていると思ったら……なんだ、お金には困っていないみたいだし幸せそうじゃないか。


 あの憎い女の……アバーライン公爵夫人の産んだ子供が、結局幸せになっているんだと考えたら……むしょうに腹が立った。


 あたしは知ってる。アバーライン公爵様が“今の”三女を溺愛していることを。


 幼い頃に暴漢に襲われそうになり、キズモノになった三番目の娘。あの方は慈悲深く心優しい方だからそんな娘を無下にするはずかない。世間では冷酷な男だと言われているが、あたしだけは知っている。でもそれはあたしだけが知っていればいいのだ。



 ────だから、そんな愛しい娘が偽物だと知ったらどんな顔をするか見てみたくなった。



 それに、彼は突然目の前に現れた本物の娘をどう処分するのだろうか?彼は慈悲深くて、本当に冷酷な公爵様だから……。だから、その娘に「あなたが本物の公爵令嬢様です」と言ってやったのだ。


 “きっと、娘として優しく残酷に殺してもらえるわ”と、そう思ったから。



 それなのに、全てが違った。




 彼はやはりあのセリィナを溺愛していて、でもすり替えられた偽物ではなく元から本物の娘を溺愛していただけだった。


 そしてあたしが拐ったのはまさかの姉が産んだ赤ん坊だったなんて、そんなの想定外だ。それにしても、なぜ姉は妊娠したことをあたしに教えてくれなかったんだろう?いくらあたしが公爵家から出入り禁止を言い渡されて追い出されていたからって、実の姉妹なのだ。姉さんが妊娠したこと、乳母になることをなんらかの方法で教えてくれていたら間違えて拐ったりしなかったかもしれないのに……。


 それとも、妹のあたしに言えないような事情があった?


「!」


 その時、ハッと脳裏に浮かんだのは公爵様に感謝され握手をしている姉さんの嬉しそうな顔。姉さんが夫人の恩人だと言っていた公爵様にあたしは一目惚れしたけど、実は姉さんも……。


 まさか……まさか、あの娘は公爵様との子供なのでは?


 姉さんはあたしの気持ちを知っていながら公爵様を奪い、子供まで?その上、暴漢に襲われたなんて嘘で取り繕い公爵家を騙して乳母にまでなろうとしていたのではないか?


 そう考えれば全てが繋がる。だから姉さんはあたしに報告してくれなかったんだ!言えるわけ無いわよね、実の妹の愛する人を奪って出来た子供のことなんて!


 そして、あたしと公爵様が触れ合うことに嫉妬して邪魔するために命乞いをしたのだ。


 今も姉さんは公爵様の心の中に残り続けているなんて羨ましい……そして憎らしい。


 あたしがどんなに誘っても冷たくして屋敷から追い出した公爵様が憎い。こんなに愛しているのに。そんな公爵様の愛を掠め取った姉さんがもっと憎い。


 公爵様と姉さんの間に出来た子供が────!


 そして女は足元に咲いていた一輪の花をグシャリと足で踏みつけると、ニヤリと微笑みながらまたフラフラとどこかへ歩いていったのだった。










 事実があるとすれば、公爵家を追い出された後この元侍女は行方を眩ましていた。姉も最初は何度も探したし、居場所がわかる度に手紙も書いたが、その手紙が届く前に再びいなくなっていたのだ。


 どうもあやしい奴らと危ない事をしているらしいとの噂もあり、姉は公爵家にこれ以上迷惑をかけてはいけないと捜索を断念した。


 もちろん、公爵家が本気になって探せばすぐ見つかっただろうが……公爵が次に顔を見せたら容赦しない。と言っていたので姉は諦めるしかなかった。そして、あの悲しい事件が起きてしまったのだ。


 久々に姿を現した妹が公爵家に忍び込み子供を拐ったなんてとんでもない事をしでかしてしまった。本当ならすぐに斬り殺されても文句は言えないが、そんな妹でも最後まで守ろうと姉は命をかけて懇願したのである。


 だが妄想に囚われた元侍女には、そんな姉の気持ちなど伝わるわけもなかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ