31:悪役令嬢と塩対応
「「お待ちなさい!」」
私を庇ったライルがグラスの中身をかけられ王子に詰め寄られたその時、勢いよく音を立てて開かれた扉から同じ顔をした二人の美女が姿を現した。
そこにいたのは社交界のふたつの華と名高いアバーライン公爵家の双子……ローゼマインとマリーローズだった。美しく着飾ったお姉様たちがこの場に姿を現したのを見て、その事実に私は絶望するしかない。
まだゲーム開始前のはずなのに、こんなにも早くストーリーが進んでいるのかはわからない。でもきっと、これからヒロインが公爵家に受け入れられて私は悪役令嬢として断罪されるのだろう。ゲームでのふたりの姉はヒロインが本当の妹だとわかった途端、まるで離れていた時間を埋めるかのようにヒロインを可愛がるのだ。きっと私の言い訳なんて聞いてすらもらえない。
「お前たちは、公爵家の……。そうか、フィリアの事を迎えにきたのだな。使者を送ったばかりだと言うのになんともせっかちな者どもだ」
「まぁ、あの方達がわたしのお姉様達なんですね!ずっとひとりっこだと思っていたから姉妹ができるなんてすごく嬉しいです!」
「ははは、そんなにはしゃぐなんてフィリアはなんて可愛らしいんだ。そうだな、フィリアの姉ならば僕にとっても義姉になるのだしこれからはもっと親交を深め「ライ……いえ、ラインハルト。あなたは何をしているのです?可愛いセリィナをこんな怖い目に合わせるなんてエスコート役失格よ」お、おい?!」
握手を求めるように手を差し出した王子を無視してその横を通りすぎ、私とライルの前にやって来たローゼマインお姉様。まるでそこに王子たちなど見えていないかのような振る舞いに私は戸惑うしか無かった。
え……あれ?王子とヒロインをガン無視してる?
「本当だわ。こんなことならセリィナのエスコートはわたくしがすれば良かったですわ」
「ちょっと!抜け駆けはいけないわよ、マリー」
「ローゼ姉様がエスコートしたら、またセリィナを怯えさせてしまいますでしょ?怖い顔をなさっているから」
「わたくしたち、同じ顔でしょ!」
なにやら言い争いをしていたが、目の前までくるとふたりはにっこりと微笑みを見せてライルを押しのけた。そして同時に私の前に手を差し出したのだ。
「……来るのが遅くなってごめんなさいね、セリィナ」
「こんなに顔色を悪くして……よっぽど怖かったのね、かわいそうに」
「……ローゼお姉様、マリーお姉様……なんで、私に……」
てっきりヒロインが本当の妹だとわかったから、王子たちと一緒に私を断罪しに来たかと思ったのに……今のこのふたりはなぜ私に手を差し伸べてくれているのだろう?
なんで、こんなに……慈しむような優しい目で私を見てくれているのだろうか。
色んな感情が入り交じってぐちゃぐちゃで自分でもどんな顔をしているかよくわからなかったが、そんな私を見たお姉様たちがさも不思議そうにこう言った。
「「何を言っているの?可愛い妹の危機に助けにくるのは当たり前でしょう」」
「……い、妹……?だって、私は……拐われてきた子供で……」
「あぁ、扉の外で聞いていたわ。まったく馬鹿馬鹿しいこと」
「あんまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて中に入るタイミングが遅くなってしまいましたものね」
呆れたように王子たちに視線を向け、やれやれと肩をすくめるお姉様たち。するとローゼお姉様はどこから出したのか大きな袋を取り出したかと思うと、呆然としている王子の頭からそれをぶっかけた。
ぶぁさっ!と音を立てて王子を大量の白い粒……塩まみれにしたのだ。ついでもヒロインの顔にもかかって「しょっぱ!」と叫んでいる。
「ぶはっ!な、なんだこれは?!なにをする!?」
「あら、見ての通り塩ですわ?塩には悪いものを清めたり、素材をワンランクおいしくしたりする効果がありますのよ?これで王子殿下の馬鹿な頭も少しはマシになるのではないかしら。ちなみにこの塩は不純物が多くて食用には向いてない掃除用の塩なので、余った分を廃棄するくらいならとわたくしが使っておりますの」
「ローゼ姉様は相変わらずの塩対応ですわねぇ。ちゃんと掃除用の塩を使うところが素晴らしいですわ」
「この塩で磨くと鍋底を傷付けずに汚れだけを落とせるし殺菌にもなるのだけど、食用以外の塩ってあまり売れませんのよね」
「ローゼ姉様が使えば地産地消ですわね」
コロコロと鈴を鳴らすように「「ほほほ。まぁ、これだけ性悪だと塩くらいじゃ治らないかしら」」と笑い合うお姉様たち。……え?塩対応って相手に塩ぶっかけることなの?とそこにいる誰もが思ったに違いない。いや、一部の令息たちが「自分も塩対応されたい」とうっとりした顔でローゼお姉様を見ているのでこれはこれで正しい塩対応なのかもしれないが。
「……ライル、あれって」
「あー、セリィナ様は知らないかもしれないけど、実はローゼマイン様が自身で所有してる鉱山で岩塩が湧き出るように大量に採れるのよ。純度の高い物は高級塩として取り引きされているんだけど、食用として値がつかない物も多くてね。加工品にも回しているけどとにかく量が多いのよ。でも掘り出さないと鉱山の塩分濃度が上がっちゃうからってああやってよく撒いてらっしゃるの。特に人に」
思わず小声で聞くと、ライルもいつものおねぇ言葉に戻って肩をすくめながら教えてくれた。
「へ?お姉様はいつも塩を撒いてるの?人に?」
「あら、ローゼマイン様の塩は人にも自然にも優しいのよ?」
「……お姉様が塩対応で有名なのって……」
「パーティーなんかで気に入らない相手に塩をぶっかけて回ってらっしゃるそうよ。一部の信者からはローゼマイン様に塩対応されると憑き物がとれたかのようにスッキリすると言われてるみたいなの。ほとんどがマニアックな信者みたいだけど……塩をぶっかけられたら思考が変わるって有名なのよ」
そう言ったライルが「それに、根っからの性悪には効果が無いって仰ってたわ。ちょっとオカルトチックよね」と笑う。なんてこった、ローゼお姉様は塩の女王様だったのだ。
そして、跳ね返った塩の結晶が私のところまで飛んできて……それを摘んで見ていたらさっきまであんなにごちゃごちゃしてた頭の中が妙にスッキリとしてくる。確かにオカルトチックだが、実に上手く言い当てている表現だとも思えた。憑き物が落ちるって、こんな感じなのだと。
────お姉様たちって、私の思っていた感じと違うんじゃないかしら。
高笑いしながら王子に岩塩をどんどんぶっかけるお姉様たちの姿なんてゲームでは見たことがない。なんだか急に、ライルの存在以外ではっきりと「違う」と思えたのである。
これまでは、どんなに仲良くなれたとしてもヒロインの事がわかるまでの期間限定だと思っていた。きっと遅かれ早かれ終わりがくると。家族の対応がどこか一歩引いているように感じるのも、ゲームの強制力や血の繋がりの勘が働いていて私の事を疑っているからじゃないのかと。
でも違う、ずっと疑っていたのは私だけだった。お姉様たちは……みんなは……ちゃんと私を家族だと思ってくれていたんじゃないかって。なぜか急にそう思えたのだった。
 




