25:悪役令嬢と招待状
そして月日はあっという間に流れ……セリィナはすでに14歳になっていた。運命のゲーム開始まで1年を切り不安な日々を過ごすセリィナだが、成長期なこともあってほんのりと幼さを残してはいるもののその仕草や体つきは美しく女性らしいものへと確実に変化している。立派な淑女へと成長していているはずなのだが……それは見た目だけの話で、中身はあまり変わっていなかった。
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あと数ヶ月で学園に入る運命の15歳になってしまう。とうとうゲームが開始してしまうと思うと不安でいっぱいだった。焦らず落ち着こうと思ってもどうしてもジッとしていられないのだ。あれから刺繍……は禁止令が出されたままなので針にすら触っていないが、他にも出来そうな事はないかと手探り状態で奮闘していたのだが……。
例えばメイドの真似をして掃除をしようとしたら……バケツをひっくり返して花瓶が割れてしまい、メイドが「腰が抜けました」とその場に崩れ落ちて泣いた。
それならばと庭の花壇をイジってみたらなぜか全部の花が枯れてしまい不思議に思っていたら水やりのつもりが除草剤を撒いていたことが発覚して、庭師がなぜか「穴があったら入りたい」と本当に穴に埋まっていた。
今度こそと馬小屋に行き、何度か触らせてもらっている馬たちの世話をするために糞を掃除しようとしたら厩番の人に「命が惜しいんで勘弁してくださいッス」とスライディング土下座でお断りされてしまう始末だ。
さらに料理長の手伝いをしようとしたらなぜかボヤ騒ぎになるし、洗濯くらいなら出来るかもと頼みに行ったら侍女のサーシャに泣かれるし……とにかく私のやったこと全てがライルの耳に入り叱られてしまった。
悪役令嬢ってこんなにポンコツなのかと改めて落ち込んでしまう。同時に前世でも家事なんてやったことなかったし家庭科の成績も底辺だった事を思い出してさらに落ち込んだ。せっかく打ち解けてきた使用人たちにも迷惑をかけてしまうし、みんなは笑顔で許してくれるけど役立たずの私は邪魔でしかないはずである。
その不安のせいで、いつもにましてリアルに例の悪夢を見てしまい……私はまたもやらかしてしまったのだ。
カーテンの隙間からこぼれる柔らかな眩しさに目を覚ますが、目を開けて意識がはっきりした瞬間に硬直する羽目になってしまった。
「あら、お目覚めかしら?」
すでに執事服を着てお茶の準備をしているライルが、私の頬をつんとつつく。
私、またやっちゃった……!?
そう、ここはライルの部屋だった。もうこの体は14歳になったというのに私はまたもやライルの部屋に忍び込み、ベットに潜り込んでしまったのだ。もはや無意識の行動である。いくら本能とはいえ、実は夢遊病なのかもしれないと真剣に悩みそうになった。
「ご、ごめんなさいライル……!」
「うふふ、大丈夫よ。セリィナ様の可愛らしい寝顔も見れたしね」
にっこりと笑うライル。ライルは22歳になり、さらに色っぽくなった。まさしく大人の色気だ。
ずっとお子ちゃま精神だった私でもさすがにライルが綺麗なだけじゃないと気付くようになってしまったのだが、やはり本能には逆らえずにいる。
それにライルも、もう私がベットに潜り込んできても慣れたもので今さらだと笑って許してくれるのだ。ライルの中では私は今だ7歳の子供のままなのかもしれないと思うと、それはそれで複雑だった。
しかし私はもう14歳。一般的な貴族ならとっくに婚約者がいて、ひと昔前なら結婚だって出来る年齢になってしまった。さすがにこのままではいけない気がする。それに、いつまでも私が寝床に潜り込んでいるなんてバレたらライルに悪い噂が立つかもしれない。
「セリィナ様、着替えはお部屋に準備してあるわ。そのままじゃ体が冷えちゃうわよ?それから……」
そう言って私の肩にカーディガンを羽織らせると「セリィナ様にパーティーの招待状が届いているわ」と1枚の封筒を見せてきたのである。
「え、私宛に招待状?」
アバーライン公爵家宛ではなく、私宛に招待状が届くなんて珍しい。
この数年の間、公爵家の“デビュタントした令嬢”としてどうしても顔を出さなくてはいけないパーティーがいくつかあった。その時はライルに再び男装してもらって“ラインハルト”としてパートナーを務めてもらったのだが、例のキズモノ令嬢が見目の変わったパートナーを連れていると瞬く間に噂は広まってその噂は尾ヒレや背びれをつけて泳ぎ回るわけで……。そんな珍しい取り合わせの私たちを見てみたいと考える物好きな貴族からたま招待される事があるのだが、それは全てアバーライン公爵家宛に届いていたのだ。まぁ、ほとんどは断っているからさらに「幻のキズモノ令嬢」なんて理由のわからない事を言われているようだけど。
「また例のラインハルトを見てみたいって人たちかしら?いつものように断れないの?」
ライルが一緒ならだいぶ慣れたとはいえ、やっぱりパーティーは苦手だ。今は公爵家にこれ以上の悪い評判が立たないギリギリのところでライルに調整してもらって参加を決めていた。
「それが、どうも王子が直々に主催しているパーティーのようよ。学園に次年度入学する事が決まっている者はパートナーを連れて必ず参加するようにですって」
王子が主催と聞いて一気に血の気が引いた。デビュタントパーティーから会うことはなかったが、嫌な予感しかしない。
「い、行きたくない……」
私は必死に顔を横に振るが、ライルは残念そうにため息をついた。
「どうやら不参加は無理そうよ。ほらここに……」
ライルが招待状を封筒から取り出し広げて私に見せると、ある箇所を指差した。そこには「セリィナ嬢はラインハルト殿を連れて必ず参加するんだぞ。欠席したらどうなるかわかってるだろうな」みたいな事がオブラートに包んで遠回しにしっかりと記載されている。
「しかも王家の紋章入り……これって参加しなかったらアバーライン公爵家が罰せられるってこと?」
「あの王子ならやりそうね」
あのデビュタントパーティーでは目をつけられたものの、王子はこの数年間は何も手出しをしてこなかった。だが、このタイミングでパーティーなんて何か企んでいるとしか思えないのだ。
「大丈夫かな……」
私が思わずそう呟くと、ライルの手がそっと私の頬を包んだ。
「セリィナ様が心配することなんて何もないわ。またアタシにエスコートさせてくれるわよね?」
「う、うん!ライルのエスコートがいい!」
「ふふっ、約束よ。さぁ、まずは着替えましょう?朝ご飯もちゃんと食べなきゃダメよ」
そう言ってくれたライルと指切りをして、私の落ち込んでいた気分がだいぶ浮上する。そして自分の部屋へと戻っていったのだが……。
その後ライルが「────例の件は順調みたいだけど、仕事の方は忙しくなりそうね」と呟いた事には気付かなかったのだった。




