24:悪役令嬢の人生設計
あのデビュタントパーティーからすでに3年が経ち、私は13歳になった。以前にも言った通り、ゲームが始まる合図である学園に入るのは15歳になってからだ。だが通常は、それまでに家庭教師を雇い基礎を勉強しておくのである。それはもちろん私も当てはまるわけで……。
「少し遅れちゃったけど、セリィナ様もお勉強を始めるわよ」
ライルにそう言われて、やっとそのことを思い出したのである。
「か、家庭教師が……くるの?」
恐る恐る聞いた私に、ライルが教科書を持ってにっこりと微笑んだのだった。
***
これまでは私の尋常ではない人間不信もあってそれどころでは無かったのだが、この数年でそれもだいぶ緩和された。けれどそれはあくまでも公爵家の人間に限るし、お母様とだってやっと挨拶出来るようになったばかりなのだ。ライルが間に入って執り成してくれているからなんとかなっているものの、どうしてもまだギクシャクしてしまう。これではどう見たって本物の娘には敵わないだろうな……と、そう思うと気が重かった。だからこそ、偽物だとバレる前に転生者チートを覚醒させて独り立ちしようと頑張っているのに私のチート能力は一向に目覚める気配は無かった。
前世で読んでいた物語でよくあったのは転生した主人公が現代の便利グッズを再現して公表したりするんだけど……一般人で普通の女子高生だった私にそんなものの作り方がわかるはずがない。ちなみに転生者チート定番のマヨネーズやケチャップの料理系から冷蔵庫や冷凍庫も似たような物がこの世界にはすでに存在しているのだ。それによくわからないものも。作り方や仕組みはさっぱりわからないけど昔の人が開発したらしい。と、さっそく今現在歴史の勉強で学んでいる最中である。乙女ゲームの世界だからかはわからないが、前世の世界と同じようでやっぱり少し違うのだ。
「……ライルって勉強も出来るのね」
「これでもセリィナ様の執事ですもの。基本くらいは知っておかないといざと言う時に困るでしょ?」
そう言ってページを捲ったライルは「雰囲気作りって大事なのよ」と言ってかけた黒縁の薄い伊達眼鏡を人差し指で押し上げた。さすがに外から家庭教師を連れてくるのは私にはハードルが高いからと、ライルが教師役をやってくれているのだがその姿が似合い過ぎていてつい見惚れてしまう。
……確かにいつもとちょっと雰囲気が違って見えるかも。思春期の扉を開け始めた“セリィナ”にはある意味で刺激が強いかもしれないが。
「でもセリィナ様、歴史は苦手みたいだけど計算式や文法は完璧だわ。もしかして独学で学んでたの?」
「えーと、それは……。ほ、本を読んだりとかしてたから……」
実はこの世界の勉強って、前世の世界の勉強とほとんど同じだったのである。私だって渡された教科書を読んで驚いた。そして高校生だった前世の記憶を必死にほじ繰り返したらなんとかなったのだが……私が欲しいのはこの世界の一般教養ではなく画期的なチート能力なのだ。
せっかく未来の断罪を回避する為に人間不信克服の特訓をしつつ、家族のみんながヒロインを認識したら嫌われて断罪される前に自分から身を引いて公爵家を出ていこうと決めたのに肝心の“ひとりで生きていく方法”が定まらないのではどのみち野垂れ死に決定だ。それに、ライルだって“優秀な執事”だからとヒロインに取られてしまう可能性だってある。
そうならないためにも、ライルを雇えるだけの“特別な何か”が欲しいのだ。
うーん。チート、チート……もはや悩み過ぎてチート能力ってなんだっけ、みたいな感じでゲシュタルト崩壊しそうだった。
よくある転生物なら主人公が魔法を使えたりするのだろうが、そもそもこの世界にそんなものは存在しない。……やっぱり私は“主人公”じゃなくて“悪役”なんだと、自分の才能の無さに落ち込みそうである。
せめて何か手に職をつけるくらいはしたいんだけどなぁ。とは思うものの、何もかもが“普通”だった前世の事を思い出すとやはりチート覚醒は難しいかもしれない。そこまで考えて「あ」とひとつ思いついた事を口にした。
「ライル、質問なんだけど……平民の女の人ってみんなどんな仕事をしているの?」
これは良い質問だと思った。公爵家を出ていくのならば必然的に平民になるようなものだし、質問内容だって平民の歴史っぽい雰囲気を醸し出している気がする。ライルならきっといろんな仕事を知ってるだろうし、その中で私にも出来そうな仕事やお金が稼げそうな仕事を教えてもらえばいいのだ。
「平民の女性の仕事?」
「うん!お金がいっぱいもらえるやつ!私にも出来る仕事があるのか知りたいの」
我ながらこれはナイスアイデアだと目を輝かせたのだが、ライルの笑顔がピシッと固まった気がした。そしてだいぶ間を開けてから「────うぅぅぅぅーん。そう……ねぇ。例えば……し、刺繍、とかどうかしら?」とちょっと困ったように首を傾げる。なんか顔色悪くなってない?
「刺繍?」
「ほら、セリィナ様のハンカチやドレスにも刺繍がしてあるでしょう?公爵家では侍女たちが刺繍をしてるけど、例えばマダムの店のドレスは平民の女性がお針子として働いているし綺麗に仕上がればお給金だってたくさんもらえるのよ。それに刺繍はレディの嗜みのひとつとも言われているし、出来て困ることはないわ。────これなら、反対はされないと思うのよ。たぶん、きっと……な、なんとか許可はもらえる……はず。が、がんばるわ!」
なるほど、確かに前世でもハンドメイドのオーダーメイドとか流行っていた気がする。なぜライルが目を泳がせながら固い決意をしているのかはわからないが刺繍なら私でも出来るような気がした。前世でもしたことはないけれど、隠れた才能が発揮するのではないだろうか?それに、イメージトレーニングをしてみたら意外とイケるかもしれないと思った。
誰も見たことがないような画期的な刺繍で一発当てて、例えば自分でお店をするとか……うん、それならライルを雇える!
「私……刺繍を習うわ!」
とは言っても、もちろんその刺繍もライルから教えてもらうのだが……数日後、私の全ての指が針で傷だらけになってしまったことによりライルから刺繍禁止令が出たのは言うまでもない。
 




