21:自分の価値(バナード視点)
モルガン侯爵家は、この国にいくつかある公爵家や侯爵家の中でも最も王家と親交の深い家門だった。だからこそ幼い頃から優先的に子息を王子の側近候補にと“友人”にしてもらえる。例えそれが本人にとって大迷惑でもだ。
「……急に呼び出すなんて、ミシェル王子のわがままにも困ったものだ」
そんな名門モルガン侯爵家の次男に生まれてしまったバナードは、手にした“呼び出し状”を見てため息をついていた。
***
オレが王子と初めて顔合わせしたのはいくつの時だっただろうか。とにかく最初から王子がオレを下に見ていただろう事は幼心に身に沁みていたのだ。
“モルガン侯爵家のスペア”
ずっとそう呼ばれていた。
5つ年上の兄は優秀で、次期侯爵としてすでに社交界で華やかな活躍をしていた。家族も使用人も兄を称賛するがオレには見向きもしない。オレはあくまで兄にもしものことがあった時の“スペア”だ。だから兄が無事な間はオレはいてもいなくてもいい存在で……このままならいつかはいらなくなる。だから、王子の機嫌を損ねてはならないときつく言われていた。
だから、王子の気まぐれで呼び出されても笑顔で参上するのだ。両親や兄と同じような色なのにオレだけがこの青味がかったダークブルーの髪と瞳を「地味だ」と笑われても、「“友達”でいたければ、わきまえるように」と脅されても、笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔…………。
でもあの日、初めて王子からの呼び出されて「嬉しい」と感じたのだ。
それがフィリアとの出会いだったから……。
「あなたが、ミシェル王子のお友達?」
プラチナ色の輝く髪と宝石よりも美しいエメラルド色の瞳をした可憐な少女にひと目で恋に堕ちた。オレはフィリアと出会うためにこれまで王子のわがままに付き合っていたんじゃないかと思うくらいの衝撃だったんだ。
詳しい話を聞けば、フィリアは男爵令嬢でデビュタントパーティーの準備の為に親戚を頼ってひとりで王都に出てきたらしい。オレと同い年なのになんてすごいんだと感心すらした。だが、運悪くセリィナ・アバーラインに目をつけられたせいで怪我をしてしまったとか……。
何かと悪い噂を聞く“セリィナ・アバーライン”だったが、“アバーライン公爵家の厄介者”とまで呼ばれる彼女に自分の境遇を重ねて見たこともあった。だからオレはその噂が全て本当だとは思えなかったのだが、手に包帯を巻いて涙を流すフィリアの姿を見てがっかりした。
結局セリィナ・アバーラインは、“スペア”にもなれない“キズモノの厄介者”で悪女だったのだ。
ミシェル王子からフィリアの味方になるように頼まれて二つ返事で承諾した。今はまだ王子の方がフィリアに近いし、オレと同じように呼び出されて同じようにフィリアに微笑みを向けているウィリアムの動向も気になる。だからいつものように“笑顔”で「任せて下さい」と頷いた。
それから数ヶ月間。フィリアは“スペア”でしかないオレにも優しくしてくれた。
「バナード様はスペアなんかじゃないわ。バナード様っていう人間はバナード様しかいないのよ」
そう言って笑ってくれたフィリアは本当に心の優しいレディだったんだ。
そして迎えたデビュタントパーティー。案の定ミシェル王子はフィリアにドレスを贈っていた。オレだって何か贈りたかったが、侯爵家の次男でしかないオレにそんな財力はない。下手に恥をかくぐらいなら何もしない方がいいだろうと思っていたらウィリアムの奴がフィリアにネックレスを贈っていたと知って悔しかったが……でもドレスもそのネックレスもフィリアによく似合っていた。
そして最後に現れたセリィナ・アバーラインを懲らしめてやろうとみんなで糾弾しにいったが、赤い髪の変な男に邪魔されてしまう。しかし言い訳もしないと言う事は、やはりフィリアの言っていた事は真実だったんだろう。
王子が落ち込んでいるのはどうでもよかったがフィリアを悲しませたく無くてわざと明るく振る舞った。
「あの公爵令嬢に逃げられたのは残念でしたが、逆に言えばデビュタントパーティーの会場から追い出したと思えばいいのでは?あんな悪態をついていましたが、きっとミシェル王子の威厳に怖気付いて逃げたんですよ!」
今は“友人”としてミシェル王子のご機嫌取りも忘れない。王子のせいでフィリアと会えなくなるのは嫌だったからだ。だから、ドレスや宝石を贈れなかった代わりにフィリアの為になることをしようと誓ったんだ。
オレは誰にも内緒でデビュタントパーティーの翌日からこっそりと動き出すことにした。両親も使用人もボクが何をしようとあまり関心がないからある意味動きやすい。それでもさすがに親の名前を使ったらバレるだろうと思って兄の名前を借りることにした。
モルガン侯爵家は貿易の流通ルートも持っている。ちょっとしたコネを使えばすぐに誰が何を購入したかわかるはずだ。これは勘だが、セリィナ・アバーラインはきっと他の悪い貴族とも繋がっているはずなんだ。いくら公爵令嬢だからって子供には出来ることに限りがある。だから全部調べ上げて悪事の尻尾を掴んでやればいい。
まだオレは子供だが、もう少し大きくなれば……せめて学園に入ればもっと自由になるはずだ。だからそれまでに、オレはオレの価値を示してみせる。そうすればオレは“スペア”じゃなく“バナード”になるのだから。
そうしたら、オレだって────。
***
1年後、貴族の社交パーティーでとある噂が流れた。名門モルガン侯爵家の子息が貿易に介入してとんでもない失態をやらかしたらしい。まだ社交界で活躍し出してから1年程で次期侯爵としても期待されていたというのに、それは全てを裏切る行為だと非難されたようだ。
「本人は否定したそうですが、モルガン侯爵子息の名前がサインされた書類が見つかったそうですよ」
「まさか高位貴族の裏を調べようとするなんて……“暗黙の了解”で自分の家門も多少なり関わっていたくせに、それを棚に上げて糾弾するなどなんてことか。次期侯爵だからと調子に乗ったのでは?あまりに反省の色がないからモルガン侯爵が廃嫡すると怒っているらしいですよ」
「確かあそこは次男がいましたよね。それではその子が次の……?」
「いえ、それが……」
モルガン侯爵家は息子がふたりいたが、遠い親戚から養子をもらって跡を継がせることにしたのだとか。モルガン侯爵夫妻は今度こそ教育を間違えないと、肩を落としているらしい。
期待していた長男は子供の失敗では許されないような事をしてモルガン侯爵の顔に泥を塗り、信頼を地に落とした。“暗黙の了解”が守れない家門に下手に加担してもいいことなど何も無いからだ。貴族社会は決して綺麗な場所ではない。もちろん悪事は許されないが、“秩序を守る為の悪”までをも全て暴いたのは悪手でしない。しかもそこにはアバーライン公爵家の名前は無く、どちらかと言えば国王寄りの高位貴族たちの名前が赤裸々に暴露されていたのだ。王家と親交の深いモルガン侯爵家がそれをやってしまったのだから国王も黙っているわけにはいかなかった。
こうして自分のやったことを未だに認めずに否定し続ける長男はさらに怒りを買い、廃嫡されて修道士を育成する修道院に送られたのだとか。しかしなぜ、どこから、どうやってそれが露見したのかは誰も知らなかった。
そして次男はというと────。
「ねぇ、知ってる?この間の事故のこと……」
「ああ、お貴族様の馬車がひっくり返ったあれでしょ?馬が突然暴れ出したって聞いたわよ」
「不思議よね。夜中とはいえ、周りには何も無かったらしいのに……馬車の中には侯爵家の子息が乗っていたんですって」
「命は助かったけれど、打ち所が悪くて半身不随になったって本当なの?」
「確か、勢いで馬車から放り出されたんでしょ?運悪く割れたガラスで足の靭帯を切ったとか、ショックで声が出なくなったって……発見が遅かったからかもう二度と歩けないとかで親からも見捨てられたって噂だし」
「でも、しょうがないんじゃない?だってあの年齢で夜中に悪い噂のあるカジノに行こうとしていたって噂だもの。未成年のギャンブルは貴族でもご法度だって国王が決めたのに、それを堂々と破ったのよ?しかも“女を探しに行く”とかなんとか御者に言っていたって噂だし……侯爵家は一体どんな教育をしていたのかしら。他の貴族も距離を置いているそうよ」
「悪い事に憧れる年齢だったのかもね。それにしてもまだ子供なのに、ギャンブルで人生が終わるなんて世も末ね」
数人の平民の女性たちが買い物籠を片手に持ちながらそんな噂話をしていた。
「あらあら、本当に“噂”って……怖いわねぇ」
とある仕立て屋の女店主がその“噂”を聞いて、お茶を飲みながらクスッと笑った。
 




