18:悪役令嬢とデビュタント②
「な、なんだお前は?!」
王子はいきなり現れたライルの姿に怯んだのか、さっきまでの余裕の表情が焦りへと変わっていた。侯爵子息と宰相の息子も気圧されたようで一歩後ろに下がっている。
「おい、聞いているのか無礼者!僕はこの国の王子なんだぞ?!」
「そ、そうだ!名を名乗れ!」
「この方を誰だと思ってるんだ?!」
たぶん見知らぬ大人の男性が現れたからだろうが、王子という権力を振りかざしてなんとか対応しようとしているみたいだ。必死に王子が“王子”であることを訴えているだけなのだが、効果があると思っているらしい。
確かにほとんどの大人なら相手が“王子”となれば瞬時に顔色を変えて跪くだろうけれど、ライルはその王子を目の前にしてそんな態度などしなければ頭を下げることもしない。私を抱き上げたまま、ただにっこりと笑うだけだ。
「おや、これは失礼いたしました。お初にお目にかかります、王子殿下。私はラインハルト・ディアルドと申します」
これまでの“大人”と違う反応に戸惑った様子の王子は悔しそうにギリッと奥歯を噛み締めていた。すると侯爵子息が私を指差して唾を飛ばす。
「……お、お前みたいな派手な髪の奴なんか見たことないぞ?!そのキズモノに関わる不審者じゃないのか?!」
「私はセリィナ嬢の遠縁にあたる者です。普段は田舎暮らしでして、アバーライン公爵から直々に今回のデビュタントパーティーのエスコート役にと任命され王都にやってきたのですよ。もちろんちゃんと身分証もあります。そうでなければこの会場には入れませんし、そうやってひとりの令嬢を複数で囲い貶して指差すような非常識でもありませんのでご安心ください。もし心配ならいくらでも騎士を呼んてもらっても構いませんよ」
ライルの言葉に王子たちはぐっと言葉を詰まらせた。確かにこの会場には警備の為に数人の騎士が配置されている。王子が騒げばすぐにでもその騎士が駆けつけるだろうけれど……“公爵令嬢を数人で虐めていたら注意してきた大人が気に入らないからどうにかしろ”なんて理由で騎士を呼べるはずがない事くらいはわかっているようだ。なによりもそんなことをしたらデビュタントパーティーが台無しになってしまう。それはつまり自分の父親である国王の顔に泥を塗る行為なのだ。
王子たちが黙り込むと、ライルはにっこりとしたまま私を降ろしてケガがないかを確認してくる。私が「大丈夫……」と答えるとホッとした感じで目を細めた。
「では、ファーストダンスも無事に終えましたし帰りましょうか」
「え、あ、うん」
「……あ!ちょっと待て!この無礼者……!」
そのまま背を向け進もうとするライルと私に我に返った王子が再び手を伸ばそうとした。だが、その手が私に届くことは無く……ライルはその手をするりとかわして足を進めたのだ。
「さようなら、王子殿下」
ライルが妖艶な微笑みを浮かべてそう言うと、侯爵子息と宰相の息子は焦ったように顔を真っ赤にする。だが、王子は怒りの表情でずっとこちらを睨んでいた。
そして私は気付かなかった……それとは別に、カーテンの隙間から私を見ている瞳があったことを────。
帰り道、馬車の中で私は心配になってきてライルの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「ライル……あの王子、すごく怒ってたわ。もしかしたらライルに何かしてくるつもりなのかも……」
「あら、心配してくれてるの?」
口調を元に戻したライルが優しく私の頭を撫でると、ひょいっと抱き上げて膝の上に乗せてくれた。
「アタシのことなら心配いらないわ。これでもけっこう強いのよ?」
「うん……」
いつものライルの雰囲気になんだかホッとするが、今日の攻略対象者たちとの出会いに複雑な気持ちにもなっていた。
これはイベントだったのだろうか?このことが、ゲームの進行にどう影響してくるのか。そしてもしかしたら、悪役令嬢の運命にライルを巻き込んでしまうのではないかと思うと、不安になってしまったのだ────。
***
「……」
静かに揺れる馬車の中で、小さな寝息が聞こえてきた。ライルの膝の上で丸まっていたセリィナがいつの間にか眠ってしまったのだ。
せっかくダンスを楽しんでいたようだったのに、あの王子たちのせいで気疲れしてしまったのだろうと思うとライルの眉根に皺が寄った。
「それにしてもあいつら……」
あの王子たちがセリィナに向かって言っていた「フィリア嬢」と言う名前……それは例の男爵令嬢の名前だ。公爵家の影が調べた調査報告書はもちろんライルも目を通している。何か仕掛けてくるだろうとは思っていたから警戒はしていたのだが、まさか自分は姿を現さずに王子たちを手駒に使ってセリィナに攻撃を仕掛けようとするとは……セリィナと似た色を持つ同い年の少女のはずなのにこんなにも違うものなのかと、ライルは思わず深い息を吐いた。
「……せっかく、セリィナ様にさえ何もしてこなければ問題にするのはやめようって話になっていたのに残念ねぇ」
セリィナの前だったからこそ猫を被って紳士的に対応していたライルだったが、あの3人を殴ってやりたい衝動を抑えるのに必死だった。それでも、あんな空気の悪い場所からは一刻も早くセリィナを連れ出したかったのだ。1番守るべきはセリィナなのだから。
あの王子といい、取り巻きだろう子息たちも噂を真に受け都合よく解釈した上にあんな事をした愚か者をアバーライン公爵家が……ライルが許すはずがないのである。




