17:悪役令嬢とデビュタント①
今日はデビュタントパーティー当日だ。
ドレスアップし着飾った私は、まさにこれからパーティー会場の中に足を踏み入れようとしている。そして、私の名前が読み上げられ……目の前の扉が開いた。
「アバーライン公爵家三女、セリィナ・アバーライン様のご入場です」
その途端、会場がざわめくのがわかった。ほとんど人前に姿を現さない噂のキズモノ令嬢がどんなものかと、みんなの視線が一斉にこちらに集中してくる。
いつもの私なら、こんなたくさんの視線になんてとてもではないが耐えられなかっただろう。でも、今は大丈夫。だって────。
「さぁ、行きましょう。セリィナ様」
私は眼の前に差し出された手に笑顔で頷き、自分の手を重ねた。だって……超絶綺麗なライルが、私をエスコートしてくれているのだから。
「うん!ふふっ」
私が思わず笑みを零すと、ライルは優しく私の手を引いてくれたのだった。
***
なんと今日のライルは、男装(?)をして私とこのパーティーに参加してくれているのである。
その装いは誰もの目を引いていた。前世的に言えば軍服にも似たデザインの正装はライルの髪や瞳に合わせて濃い紫色で纏められていて、細やかなプラチナ色の刺繍が施されている。胸元にはエメラルドのブローチまで飾られているのだが……なんだか高級感があってそれでいて上品で、ライルが動くとワインレッドの髪が揺れて相乗効果なのかキラキラのエフェクトが見えるような気さえした。
「いつものライルも素敵だけど、今日は本物の王子様みたいね!……あれっ、でも髪を纏めてるのっていつものリボンなのね?新しいのをしてくればよかったのに」
「……あぁ、これは“お守り”だから「え?」うふふ、なんでもないわ。あっと、“セリィナ様の王子様”になるなら口調も改めないとね?────では今日は、“ラインハルト・ディアルド”としてよろしくお願いしますね?セリィナ嬢」
一瞬気になることを言っていた気がするけれど、そんな事などすぐに私の頭の中から消え去ってしまった。だって、いつもと違う姿のライルに名前を呼ばれてなんだかドキッとしてしまったのだ。
ちなみに今日のライルは公爵家の遠縁にあたる子爵家の息子……と言う設定らしい。偽名の身分証まで用意できるあたりがさすがはアバーライン公爵家だろうか。やはりデビュタントパーティーのエスコート役が執事では問題があったらしく急遽用意された身分である。
ライルは私の執事だが、私同様に公の場には出ていないのでライルの事を知る人はまずいないし、たまに外に行くときもライルは女性の姿をしているのがほとんどなので男性姿のライルと同一人物と思う人はいないだろう。それにしても、あのお父様が私のためにライルの偽った身分まで用意してくれるなんて思わなかったのでびっくりだ。
……あ、それともお父様自身が私のエスコート役をするのが嫌だったからライルに押し付けるために用意したとか?それならあり得るかもしれない。悪役令嬢の父親とはいえ、公爵家の体裁は大事にしたいのだろう。でもこれも、挨拶が出来るようになった効果よね!だって完全に嫌われたままなら私を貶めようするはずだもの。体裁を気にしてもらえるようなっただけかなりマシなはずだ。
なんにせよ、私はこうしてライルとデビュタントパーティーを過ごせるのだから万々歳である。
そうして私たちが最後だったらしく、デビュタントする全員が揃うと国王が姿を現した。
「────今年デビュタントする皆の幸福を願って」
なんとなく国王からの視線を感じた気がしたが、儀式的な挨拶の後に誓いの宣誓が終わってすぐにメロディーが流れ出すと国王はその場から立ち去ってしまった。そしてそれ合図に、周りのデビュタントの主役である令嬢や令息たちが一斉に優雅なステップを踏み出したのである。
「セリィナ嬢、一曲お相手して頂けますか?」
「はい、喜んで」
ダンスは苦手だったが、ライルのエスコートに身を任せれば流れるように踊れるから不思議だ。そして最初は私を物珍しげに見ていた視線も、いつの間にかライルに集まっていたのである。
「みんながこっちを見てるわ」
「そうですか?」
「すごいわ、ライル……ううん、ラインハルトと一緒ならこんなに人が集まってても怖くないの」
「お役に立てたなら光栄です」
おねぇ言葉じゃないライルはなんだか背中がムズムズするかも?でもライルとダンスを踊るのはとっても楽しかった。ライルがエスコート役をしてくれて本当に良かったと思ったのだ。
ファーストダンスが終わるとライルに促されて誰もいない壁際へと足を運んだ。まだダンスの興奮が冷めずにいた私の頬をライルが指先で撫でてクスッと笑う。
「少し火照っているね。冷たい飲み物をとってくるから、ここから動かないで」
「う、うん」
ダンスではしゃぐなんてはしたなかったかも……。でもこんなに楽しい気持ちも久々だったし、ライルも今日くらいは許してくれるだろう。私はその時、このままライルとセカンドダンスも踊りたい……かも?なんて、浮足立っていた。
しかしそんな楽しい気持ちも、このあとすぐに底辺に落とされることになったのだ。
「お前が公爵家の末娘だな」
「……!」
突然目の前に現れた数人の男の子。その姿に血の気が引いた気がした。まだ少し幼さが残っているが、間違えるわけがない。“彼ら”は私が最も恐れる攻略対象者たちだと、すぐにわかってしまった。
私を値踏みするようにじろじろと見てくる金髪碧眼の少年は間違いなく“ミシェル・ベルザーレ”だ。ゲームの中の王子と同じように表情を歪めると、悪意の塊のような顔で私に毒を吐いてきた。
「ふん、これが噂のキズモノ令嬢か。お前は公爵家の権力を振りかざして地位の弱い者をいじめているらしいな?おっと、言い訳はいらないぞ。そんなもの聞くだけ時間の無駄だからな!なぁ、お前たちもそう思うだろう?」
「王子の仰る通りですね!あんなに心の優しいフィリア嬢に酷い事を出来る時点で淑女失格でしょうに。……全く、キズモノの分際で」
「おっと、そう言えば人には見せられないような傷があるんでしたっけ?しかも家族からも冷遇されていると有名ですからね。きっと可愛らしいフィリアを羨んでいるのですよ」
王子に続き、侯爵家と宰相の息子らしき少年たちがニヤニヤと口元を歪めながら私を取り囲んできた。大商人の長男はいないみたいだけど……彼はこの時点では《《まだ》》貴族との関わりは無い平民のはずだ。デビュタントの場にいなくて当然だと思い出した。
攻略対象者の姿を見てしまったからだろうか、脳内にゲーム画面で見た悪役令嬢の断罪シーンが次々と流れ出しくる。そのせいで、本当ならすぐにこの場から逃げ出したいのに足が竦んで動けなくなってしまった。
彼らが口を開くたびに私にぶつけてくる“悪意”が私のトラウマを刺激する。しかも記憶を思い出してからは“怖い”と思うことから逃げてきたから、こんなにまともに悪意をぶつけられたのは“セリィナ”にとって初めての経験だった。
恐怖のせいで心臓の音がうるさく警告を鳴らし続ける。3人は私がやったと言う悪行三昧を語るがそんなものに身に覚えなどない。けれど口が上手く動かず震える息だけが漏るだけだった。
私が何も言わないのが気に入らなかったのか、王子が「チッ!」と舌打ちを鳴らす。
「なんとか言ったらどうだ?!このキズモノめ……!」
「!」
そして、イラつきを隠さない王子の手が私に伸びてきたのを見て固く目をつむった瞬間……ふわりと体が宙に浮くのを感じたのだ。
「えっ……」
「大丈夫ですか?セリィナ嬢」
そう言って微笑むライルが、私を優しく抱き上げていてくれたのであった。




