お邪魔します!*7
「えっ……?えっ、あの、ダンジョンって、奪える……の?」
俺が困惑していると、金鉱ダンジョンの主も困惑し始めた。
「え……?まさか、しらを切るつもりですか?知らないとは言わせませんよ」
「いや、そんなん言われても……あ、だから警戒してるんですね!?」
とりあえず、今出た情報だけでもこの状況に説明が付く。
どうやら、ダンジョンって奪えるらしい。そして、この金鉱ダンジョンの主は、このダンジョンを奪われることを危惧して、今、俺達を槍で囲んでいるという訳だ。成程ね!
「えーと、あの、俺達、それを今初めて知ったところなんですよ。ダンジョンを奪うという発想自体、全く無かったところで……」
「……そんなこと信用できるわけないでしょう?」
「いやあ全くその通りではあるんですけどぉ……本当に敵対する意思が無いのに槍を向けられて只々困惑しているところ、というかぁ……」
相手は困惑しつつもやっぱり緊張気味で、どうしようもなく警戒中なわけだ。こりゃーちょっと、話し合いでどうこうできるモンじゃないな。少なくとも、フィールドが悪い。相手のフィールドの上に居るから、俺達の命が相手に握られていて、だから交渉の余地が無いってことだ。
「槍、引っ込めてもらえませんかね……」
「……いいえ。あなた達にはここで死んでもらう!」
うおっ、これはいよいよマジで交渉の前に殺す気かぁ。うーん、このお覚悟、あっぱれではある。
だが、俺達からしてみりゃ困るわけで、そんなん許容できないわけですよ。
「ちょっと待って!じゃあ、本!本、読んだ!?」
「え?」
……なので、俺はここで時間稼ぎを開始する。
「本……?」
「うん!お菓子の箱の底に入れといたやつ!」
俺は、ブランデーケーキの箱の中に黄金色のお菓子ならぬTOEICの参考書の再構築物を入れておいたのである!
「ああ……あれは一体、何なのですか?」
「あー、読めなかった?」
「他国の文字であろうことは分かりましたが……あれが何だというのです?」
成程ね。ということはこの人の素性、大体分かったぞ。
こいつは俺と同じような『異世界人』ではない。
普通に話してる分には、分からないと思う。だって、俺はこの世界の言語を読めるようになっていたし、普通に喋れてるし。だから、この世界に来た時か、ダンジョンの主になっちゃった時か、そんなところで何か翻訳機能が付いちゃったものと思われる。
……が、『ダンジョンの主はどんな言語でも読める』ってわけではなさそう、ということが今、分かった。
また、流石に英語およびアルファベットに『他国の文字であろうことは分かる』みたいな言い方するってことは、まあ、俺の世界の人じゃねえだろ。流石に英語だからね。見たことくらいはあるだろうし、異世界人ならそれを見た瞬間、『相手も異世界人だ!』っていう方向の警戒をしてくれるはずである。
だがそうならなかった。英語に反応を示さなかった。だから目の前のこの人は……多分、彼の言っていたことも含めて考えて、『このダンジョンの主の座を何者かから奪い取った、この世界の人間』なんだと思う。
ってことは、目の前のこの人、多分、『ダンジョンの奥の割れ目が異世界に繋がってる』ってことすら分かっていないんじゃねえかなあ……。まあ、それが分かったところで何よ、ってかんじではあるが。
「まあいいや。その本、分解吸収してみてくださいよ。めっちゃ魔力手に入ると思うから」
「は……?」
「そのつもりのお土産として持ってきたんですよ、それ。どうぞどうぞ」
ひとまず、魔力はどのダンジョンでも欲しいだろうと思っていたんだが、おすすめしても警戒からか、全く動いてくれない。お前もTOEICマスターにならないか?ならないのか。そうか。でも俺は時間稼ぎのためにもうちょっと引っ張るぞ。
「あの……すみませんが、もしかして、何を吸収すると魔力が沢山手に入るか、とか、ご存じない……?」
如何にも、相手が興味を持ちそうな……即ち、『こいつをここで瞬殺するのは却って危険なのでは』と思わせるような話題を出して、相手の反応を見る。こちらはあくまでも、『殺さないでください!』の姿勢を保ったまま。
「当然、ある程度は把握していますよ」
「まあ、そっかぁ。じゃなきゃ、こういうダンジョンにはならないもんなあ……。ウーパールーパーがダンジョンの主をやってたら、ただ魔物が出てくるだけのダンジョンになるわけだし……」
「うぱるぅぱ……?」
「あ、うん、そういう生き物が居てね……?」
いや、時間は稼ぎたいんだけど、ウーパールーパーの何たるかを説明するのはなんか違う気がする。それだと説明の途中で飽きられて殺される気がする!
「魔力については、もし冒険者の日記とか手帳とか手に入ったら、それ分解吸収してみるといいですよ。本もおすすめ」
「……何故?」
「いや、何故かは俺も知らない……っていうか、それを知ってる人が居るんじゃないかなあ、っていう淡い期待を胸にここに来たくらいなもんで……」
ここから先は、『情報』が魔力に変換されてる可能性を俺は考えてるって話になる訳だが、それを口にすることはしない。それはネタバレが過ぎる。
「えーと、ダンジョン歴、長いんですか?」
なので世間話へスライドを試みる。いや、そこから得られる情報もあるだろうし。
「……それを教える必要はありませんね」
が、駄目!相手はもう俺達を殺す方にスライドしようとしている!無情!
「うん、じゃあしょうがないね……」
よって俺は、槍を構える甲冑達の中で『何かあってもリーザスさんとミシシアさんがきっとなんとかしてくれる!』という希望に縋りつつ……。
「出でよスーパークソデカスライム!」
俺が声を掛けると、俺達が入ってきたドアの向こうから、むにょっ……と、透明なものがはみ出してきた。
「……えっ!?」
驚いてももう遅い!そうしている間に、次は天井からスーパークソデカスライムが降ってくるのだ!
スーパークソデカスライムを仕込んでおいて正解だったぜ。スーパークソデカスライムには、さっきダンジョンの奥に入る前に一旦ダンジョンを出て、そこで『こういう理由でこういう風にお願い』と挨拶しておいたのである。
その結果、王都実験農場でもっちりもっちりと穏やかに暮らしていたスーパークソデカスライム達は、もっちりもっちりとダンジョンの中に侵入し、もっちりもっちりと俺達が辿った通路を辿り、そして、もっちりもっちりと通路をミッチリ塞ぎつつ、俺達が居る場所にまで辿り着いてくれたのだ。
こういう所、スライムの長所だよな。ひび割れとかの狭い隙間であっても、スライムなら通れちゃう。それがとんでもなくデカいスーパークソデカスライムであったとしても。
「なっ……いつの間に!」
「えーと、俺達がここに到着した後にダンジョンに侵入してもらいました」
今回のこのスーパークソデカスライムの召喚には、大きな問題があった。それは、『めっちゃ、目立つ!』ということである。
……が、俺は知っている。俺はダンジョンを運営しながら、ダンジョンとしての機能がどんなもんなのかを確かめてきた。その結果、ダンジョン内のあらゆる情報を手に入れることができるとはいっても、リアルタイムに見ていられる箇所は1か所だけ、ということが分かっているのである!
つまり!俺達がここで存分に警戒されて注目を集めている間、ここのダンジョンの主は他の場所の様子を確認することができないのである。
そもそも、俺達を警戒する上で、『他に仲間が居るかも』ってところにすぐ至らないだろうしなあ。まあ、何にせよ成功成功。やったぜ。
「それにしてもやっぱこいつらでけえわ」
「天井が高い、広い部屋だったのにねえ……」
「スライムで部屋がほぼ埋め尽くされたな……」
槍を構えていた甲冑はスーパークソデカスライムの中に閉じ込められ、槍を奪われたまま、ぽよよん、と漂っている。その内、寝そう。いや、だってスライムの中だし、寝心地はいいでしょ。
「は、離せ!」
「いやあ、流石に殺されそうって時に何もしないわけにはいかないんで……」
そしてダンジョンの主の人は、首から上がスーパークソデカスライムの外に出ている状態なんだが、体はしっかり埋もれているので無力化完了。
「とりあえず、俺達はあなたに危害を加える意思は無くてですね……ただ、お話ししたいだけなんで、このままお話しするんでもいいですか?」
「いいわけないでしょう!」
まあそうか。スライムに埋もれ慣れてない人はやっぱりこの状況、緊張するよね。分かるぜ。
「そっか。じゃあ俺も埋もれておきますね……」
「は?」
なので俺も埋もれることにした。スーパークソデカスライムの頭の上をぺちぺちやりつつ、お布団に入るようなかんじでよっこいしょ、とやれば、俺の意思を汲んだスーパークソデカスライム君が俺の首から下を埋めてくれた。はー、もっちりするぅ。
「じゃあ私も埋もれておくね!」
「え?あの……え?」
続いて、ミシシアさんも埋もれ始めた。『わーい!ひんやりぷにぷにー!』と喜びの声が上がると、金鉱ダンジョンの主の人はものすごく困惑した顔になってしまった。
「……俺まで埋もれると、まずいよな?」
「いや!リーザスさん!ここは皆で埋もれよう!金鉱ダンジョンさんもやっぱり落ち着かないだろうし!」
リーザスさんはちょっと遠慮していたんだが、俺がそう言うと……ちら、と、金鉱ダンジョンさんの方を見た。金鉱ダンジョンさんは、何とも言えない顔をしていた。まあ、そりゃそうだね。
「リーザスさん!入りなよ!ぷにぷにだよ!いい気持ちだよ!」
「……あー」
ミシシアさんもおすすめしたんだが、リーザスさんにはまだ躊躇いがあるようである。そして金鉱ダンジョンさんはやっぱり滅茶苦茶何とも言えない顔をしている!
「入りなよぉー!一緒に埋もれようよぉー!」
「ソーレ!引っ張れ!引っ張れ!」
「うん、分かった。分かったから引っ張らないで。あああ……」
俺とミシシアさんがスライムの中からリーザスさんの足を引っ張ったところ、スーパークソデカスライムが『ああ、この人も埋めるんですね?』とばかり、賢く動いてくれて、結果、リーザスさんも埋もれることになった。
「さて……これで、あなたと俺達、どちらも状況は同じ。これでやっと、対等に話せますね」
俺が表情を引き締めてそう話しかけると、金鉱ダンジョンさんはもう、すっかり毒気の抜けた顔でしょんぼりしていた。
……まあ、4人全員がスライムに埋もれてるからね。締まらない絵面ではあるけどね。でもいいでしょ殺し合いよりはさあ……。
「えーと、まず、あなたの目的を聞きたいんですけれど……あなたは何故、このダンジョンを奪ってダンジョンの主になったんですか?それから、どうしてこんな特徴的な形態のダンジョン運営をされてるんです?」
ということで、気の抜けた絵面のまま、表情だけはキリッとしつつ、金鉱ダンジョンの人に聞いてみることにした。いや、やっぱり手を取り合ってやっていけるかどうかの見極めは大事だからね。
「……ダンジョンの主になったのは、偶然でした」
そして、観念したらしい相手が話し始めてくれる。やったぜ。
「突如として王都にできてしまったダンジョンの調査のため、私は仲間達と共にダンジョンへ踏み入り……そして、この場所で、この腕輪を付けた熊を仕留めました」
「あ、熊のこともあるんだ……」
これでまたウーパールーパーだったら、いよいよ俺がウーパールーパーなんじゃないか説が濃厚になるところだった。あぶねえあぶねえ。
「その熊を倒した直後、腕輪が熊の腕から外れ……そこに、新しい文言が刻まれました。『ダンジョンは、主を待っている』と」
ここまではなんとなく想像がついたことだ。よしよし、いいぞ。
「……調査のために、その腕輪を持ち帰るつもりでした。しかし、それを見ていたら……」
「えーと、腕輪を嵌めてしまった、と。そういうことですね?」
「……気づいたら、腕に腕輪があったのです。自分で嵌めたのか、そうでないのか……それすらも、記憶が曖昧ですが」
金鉱ダンジョンの人は、ちょっと後悔が滲むような顔で頷いた。浅慮だった、っていう後悔なのかな。責任感強そうな人だもんなあ。まあ、深く詮索はしないけども……。
「そしてその瞬間、私はこのダンジョンの主となり……この姿に戻っていました」
が、そっちは聞き捨てならない。
「……戻って、というと?」
俺は、ちょっと期待しながらソワソワ聞くと……金鉱ダンジョンの人は、言った。
「20代の姿に、ということです。当時の私は50を超えた老兵でしたから」
「同時に、何やら莫大な魔力を得て……」
「俺も!俺もぉ!元々19歳だったのに、7歳ぐらいになっちゃってぇ!」
ということで、話を遮っちゃって申し訳ないが、俺はスライムの中で金鉱ダンジョンさんの手を握った。スライム越しなんで、むにゅっ!ぷよっ!という感覚しか無い!でももうそれでもいい!
「うわあああああん!仲間だぁー!仲間が居たよぉおー!」
「よかったねえ、アスマ様……」
やっと!やっと俺と同じ苦しみを持つ人に出会えた!ウーパールーパーじゃなくて、人に!ようやく!うおわあああああ!
「あ、あの、これは……一体?」
「あ、ああー……少しそのままにしておいてほしい。アスマ様は、その、年齢と肉体のことで、お悩みだったようなので……」
金鉱ダンジョンさんが困惑しているところにリーザスさんがそっと補足を入れてくれた。そうなんですよぉ!俺、ずっとお悩みだったんですよぉ!ということでしばらくこのままにしておいて!ありがとう!
で、俺がスライムの中で喜びのダンスを踊っていたところ。
「……その、失礼ですが、あなたはもしや……かつて王立第一騎士団の副団長を務めておられた、オウラ様では?」
リーザスさんが、金鉱ダンジョンの人にそう、聞いていた。
……え?知り合い?